エルザ | ナノ


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身体の痛みが引いた頃にのんびりと周辺を散策して、ボートに乗ったりなんかして、家の中では2人きりだとういことで、ちょっとしたサービスのつもりで普段の3割り増しくらいに甘えてやった。ディオの頬は終始ゆるっゆるで気持ち悪いほどだったが、まあ、エルザちゃんが可愛いから仕方ないよね。私ったら本当に罪な女だぜ。
終始パーソナルスペースが皆無に等しい状態で過ごし、まあ、それだけ引っ付いていたらディオ的にも溜まるものはあるようで……2回目は約束通り優しく丁寧にしてもらえた。とだけ言っておこう。しかし、結局最後にはがっつかれ、再び私は身体の痛みに苛まれることとなった。最初よりマシとは言えきっついものはきつい。普段から筋トレも柔軟もしているのに、普段使わない筋肉を使っているのか何故だか痛い。それにもやがて慣れる日が来るのかと思うとどうにも微妙な気になってしまう。
まあ、私の愚痴はさておき、そうこうしているうちにあっという間に2人きりの1週間は過ぎ去ってしまった。愚痴ばかりだったわりには、確かにディオが言った通り1週間は短かったかもしれない。そう思うほどには充実した旅行になった。自然豊かなお陰で割と虫が多くいたこともポイントが高い。また来年もディオを誘ってやろう。
そうして再び馬車と汽車に揺られて、1週間ぶりに我が家へと帰って来た。
馬車から降りて伸びをすると身体がバキバキとヤバい音がしたが気にしない。トランクを片手に持ち、ディオにじゃあなー。と手を振って、屋敷の扉を開く。

「おねえさま!」
「お?……っと、ただいま帰りました。良い子にしていた?」

パタパタと駆けてきて、ひしっと脚に抱きついて満点の笑顔をくれたのは可愛らしい我が弟だ。一応弟君の前でも猫を被っている。

「おかえりなさいませ!いい子にしていました!エルザおねえさまは?」
「え?私?私も、まあ、良い子にしていた、と思うわ」

うん。多分。自分の行いを振り返りながら何度か頷いていると、ぐいぐいとスカートの裾を引っ張られたので目線を合わせてしゃがみこむ。すると弟の小さく柔らかい手でポンポンと撫でられた。

「いいこいいこー」
「は?」
「おかあさまが、ボクのことこうしてくださるから、いい子なおねえさまにもしないと」
「……はぁ」
「ねえさま?」
「いいえー何でもありませんよ。そう言うことならとっても良い子な可愛らしい我が弟にはこれぐらいしないと」

トランクを足元に置き、ヒョイッと抱き上げてハグしてグルグルと回る。首もとに回した手に子どもながらに力を込めてしがみつきながら、ヒャーヒャー言って喜んでいるのが可愛くて堪らない。やはり子どもは好きだ。いずれこの子も野郎になってしまうのかと思うと本当に現実は非情であると言いたくなる。ちなみに単に子どもが好きなだけで別にロリショタ好きと言うわけじゃあない。断じて。
弟と戯れていると奥からお母様が出てきた。相変わらずのニッコニコ笑顔だ。

「おかえりなさいエルザちゃん。楽しかった?」
「ただいま帰りましたお母様。ええ、とても。ゆったりと過ごすことができました」
「リフレッシュできたみたいねー。エルザちゃんの表情が違うもの」
「そうですか?」
「ええ、とっても柔らかくなったわ。雰囲気も」

そう言って頬をムニムニと触って、あらーすべすべねー。なんて羨ましそうに溢すお母様を苦笑しつつ受け入れる。そんなに変わっただろうか?

「やっぱりディオ君を選んで良かったわ」
「……そうですか」
「ええ。昔のエルザちゃんも大好きだけど、ディオ君と仲良くし始めた頃から変わったもの。やっぱり愛が大事なのねー」
「お母様……」

若干の呆れと、何だか私が家族に対して壁を作っていることに対して責められているような気がして少したじろぐ。少しだけ強張った頬に気が付いたのか、お母様は優しく微笑んで、その頬を慰めるように優しく撫でた。

「エルザちゃん。大丈夫。私達に見せる表情とディオ君やジョナサン君に見せる表情が違っても、エルザちゃんなりに考えがあってそうしているなら誰も気にしたりなんてしないわ。親子だって秘密があっても良いじゃない。でもね、もう少し、お嫁さんに行くまでで良いから見守らせてね?」
「……」
「エルザちゃんは小さい頃から強くて全部自分でなんとかしちゃうでしょう?髪のことを気にしているのも知っていたわ、お部屋にいることが多いから心配かけてないかちょっと気にしてたのも知ってる。それに、ホントはディオ君の事が好きじゃなかったのも知っているわ。沢山貴女の事を見ていたもの。それを分かっていてディオ君との事を勧めたのは、きっとエルザちゃんにとっての幸せに繋がると思ったからなの」
「おかあさん……」
「なあに、エルザちゃん」
「私、おかあさんに会えて良かった……」
「まあ、それは私の台詞よ。エルザちゃんが産まれてきてくれて本当に嬉しかったんだもの。ありがとう」

ずっと、全部お見通しだったんだろうか。だとしたら、私はどれほど滑稽に写っていたことだろう。そう思いはするが、優しくかけられた言葉に心が軽くなるような気がした。母親って本当はこういうものだったんだろうか。じんわりと滲む涙に、腕の中の弟が心配そうにこちらに手を伸ばす。母と弟に慰められ、泣き止んだ私の手を引いて、そのままお茶会の会場へと連行された。
用意されていたケーキスタンドには、サンドイッチや、ケーキ達と共に、私がお土産に買ってきていたジンジャーブレッドも並べられていた。お茶をしつつ、キラキラした瞳をしたお母様にこの1週間のことをみっちりと聞かれ、ヘロヘロになって眠りについた。
目が覚めてからはいつも通りの日常だ。泣いたことなど嘘のように、何事もなかったかのごとく、私達親子の関係性は何も変わらないまま。ディオとの関係もまあ、概ね変わらないまま、ゆるやかに、穏やかに過ぎていった。
身の振り方を考えないと、と思っていたが、もっと後でも良いだろうか。今は先のことなど考えたくない。ただこの目の前の、幸福な日常を過ごしていたい。きっと今この時を過ぎれば、2度と得ることができないものだと分かっている。それでも、もう充分に私は幸せだ。



そうして数年が過ぎ、心のどこかで来るなと思っていたその日が来た。
「やったァーッ最後の試合を優勝でかざりましたァー!!」
私の心中など微塵も知らぬであろう解説の男の歓びの声がグラウンドに木霊した。

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