夢の続きはバーに居る



ワードパレット
つま先は宙に浮く、いらっしゃい、サックス


ハンドルを握り、真剣に前を見つめる後ろ姿にずっと焦がれていた。

当たって砕けろの精神で何度か好きだと伝えたことがあったけれど、その度に「えぇっと……その……あなたはまだ学生ですし……私なんか……」と困ったように視線を逸らされ真剣には取り合ってもらえなかった。それでは学生でなくなればいいのか?そう思い、卒業してから改めて伝えると今度は「その……未成年ですし……」と眉を八の字にして言われてしまった。

私と付き合えない問題は一つ、年齢だけなのか?伊地知さん仕事、仕事で彼女がいる様子も特になさそうだし……とりあえずもう一年待ってみようか。なんて慌ただしく呪霊を祓い過ごしているうちにあっという間に一年が過ぎ、ついに先日20歳を迎え

「……そうですね……もう、断る理由がないですね……ほ、本当に私なんかでいいんですか……?」

と気持ちを受け入れて貰うことができた。
そして今日、めでたく初デートを迎えた。


いらっしゃい

ムードたっぷりなサックスの音色が響く中、出迎えてくれた、これまたムードたっぷりなおじ様が微笑む。

映画を観て食事を終え、まだ少し帰るには早い時間ということで伊地知さんが連れてきてくれたお店は大人な雰囲気がそこら中に漂っていて、アルコールが飲める年齢になったばかりの私には、少し早いような気がした。

「こういうお店よく来るんですか?」
「ま、まぁそうですね……たまに……」

カウンター前の妙に高さのある椅子に腰掛けると、つま先は宙に浮く。あまり安定感のないそれは今の私をより不安にさせた。
受け入れてもらえたけれど、依然として埋まることのない年の差。私はまだ大人になったばかりで伊地知さんは歴とした大人である。

「……こういう所はお嫌いでしたか……?」
「えっ、いや……その……なんだか、とっても大人な雰囲気で自分の子供っぽさが恥ずかしいな……って……なんて……ははは……」

言葉にすると一層、悲しくなってきた。
曇った表情を隠す為に前髪に触れる。

「そんなことないですよ」
「……嘘」
「入学した頃から見ている私が言うんです。それでも信じられませんか」
「……」
「確かに最初は、まだあどけない少女といった感じで見ていて心配な所もありましたが、現場に送り出す度に自信と実力を身に着けていったあなたはとても素敵でしたよ。今ではもう立派な呪術界の戦力です。それに────一人の大人の女性として、私はあなたを大切に思っています」

前髪に触れていた手をそっと取られ、きゅっと優しく握られる。いつも後部座席から見ていたハンドルを握るゴツゴツと骨張った手に触れられているなんて。今まで私が一方的に好意を伝えていたから、まさか伊地知さんがそんな風に思っていてくれているなんて思わなくてツンと鼻の奥が痛む。

「……もう……ズルいです……」
「はは……、そうですかね……。それにしても、失敗……でしたかね」
「失敗……?」

伊地知さんは少し落ちた眼鏡を直すように触れ、困ったように笑ってみせた。

「実は……私もあまりこのような所は来たことがなくて……」
「え、でも」
「すみません見栄を張りました。お恥ずかしいことに女性が好きそうなお店とか全然知らないもので……。実は七海さんに教えて頂いたんです。でも、あなたにいらない心配をさせてしまうくらいなら、素直にもう少し気取らないお店を選ぶべきでしたね……」
「いえ、そんなことありません……。確かにお洒落すぎて緊張、しましたけど……。伊地知さんの気持ちも知れたので良かったです。七海さんに感謝ですね」
「……えぇ、そうですね」

ずっと後ろから見つめるだけだった伊地知さんの隣は酷く居心地がよくて、少しのアルコールと最初は緊張の材料にしかならなかった大人な雰囲気に溶けていくように、初デートの夜は更けていった。


ワードパレット by もきゅ(@ACarte22)様




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