壱 磑風舂雨
「伊地知。」
「は、はいぃ。」
「そんなにお上は、僕に皆殺しにされたい訳?」
「そ、そんな事……言われましても……」
山道を登る車の中。
雰囲気は最悪だった。
運転席では伊地知が縮こまりながらハンドルを握り、一方の後部座席では五条がその長い足を伸ばしながら威圧的な雰囲気を醸し出している。
そしてその五条の隣には、眠りこける少女が1人。
「あくまで"容疑"なのに死刑だなんて……あのジジババ達も随分偉くなったものだね。
撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだって知らないのかな?」
「さ、さぁ……」
五条はその手を伸ばし、少女の髪を撫でた。
その瞳に浮かぶのは憐れみか、同情か。
目隠しの下のそれは誰にも分からない。
「たった30日の青春なんて、むしろ残酷だよ。」
「おっすー。おはよ、伏黒!」
「あぁ。」
「あんた相変わらず朝から冴えないわね。
このイモくらいシャキッとしなさいよ、シャキッと。」
「えぇー、俺イモならポテトがいいんだけど。」
「なんでも良いっつの、うっさいわね。」
……長らくの疑問なんだが、普通の高校生は朝からこうも元気なのか?
朝っぱらから繰り広げられる弾丸トークにため息をついて、教室に入る。
席について、早速途中まで読んでいた小説を開いた。
今日は五条先生の授業だ。どうせ大した話は無い。
隣で未だに繰り広げられるしょうもない論争を聞き流しながらページを捲る。
この紙が摺れる音が好きだ。本は紙に限る。
……隣がうるさくて聞こえたものでは無いが。
「だから、ポテトは塩多めがいいんだって!」
「ほんっと分かんない奴ねあんた。
なんでも適量がいいのよ、マックのポテトはそうやって出来てるの!」
「多めの需要があるから多めに出来るんだろ?
誰も頼まないならそもそも無えって!」
「馬鹿みたいになんでも多め多めって、これだから馬鹿は困るのよ。」
「なっ、馬鹿馬鹿言うなよ!
とにかく、ポテトは塩多め!」
「普通!」
「多め!!」
「お前らうるせぇ!!!」
しんと静まり返った教室で、はっとする。
まずい、思わず叫んじまった。
「ご、ごめんって伏黒、怒んなよ……」
「いきなり怒鳴ったら、ビックリするじゃない……」
「……悪ぃ。」
なんとも言えない空気が流れる。
いたたまれなくなって思わず小説に視線を戻した瞬間、ガラガラっと勢いよく教室の戸が開いた。
「おはようございマウスー!
……ってアレ、何この雰囲気。」
場違いに明るい声に、釘崎と俺が同じタイミングでため息をつく。
虎杖は呑気に「せんせー久しぶりー!」なんて言ってるが、こちとら面倒は御免だ。
いくら五条先生の授業とはいえ、授業は授業。
仕方なく五条先生を見上げる。
いつも通りの能天気な振る舞い。
……でもその表情に、何か違和感を感じた。
それも、嫌な違和感。
「五条先生、何かありましたか?」
思わず呟いたその一言があの日々の始まりだったなんて、俺たちはまだ知らない。