レギュラー・イレギュラー






「なっ……五条先生、その顔……!!」


「あー……あはは……」


ある朝のこと。
最強と言われる彼……五条悟の顔を見て、人々は絶句した。
普段は冷静な伏黒でさえ言葉に詰まるが、無理もない。

彼の頬に貼られた小さなガーゼ。

呪霊か?呪詛師か?
だとすれば、あの五条悟に傷を付けるなど相当な強さに違いない。


しかし、周囲の反応に彼は苦笑いを返すのみだった。


時は、一日前に遡る。








「……っつーことで、今日は2人で体術の訓練です!
あっ、もちろんラッキースケベ狙いね。」


目の前で笑顔で仁王立ちする恋人、もとい五条悟に、私は盛大なため息をついた。


「あのね淫行教師。あんた最強じゃなかったら今頃ブタ箱で臭い飯食ってるよ。」

「うわっ、名前ほんと口悪いね。
そんなんじゃモテないよ?
僕が適当なところにつれてってあげるから、女磨いておいでよ。
イタリアとか良いんじゃない?」

「自分の恋人にセクハラとパワハラの2コンボを綺麗に決めるな。」


接近戦が苦手だと零した私の独り言をどこから聞きつけたのか、ある日突然五条先生に呼び出された私は先生と2人で地下室のようなところに来ていた。
テレビとソファだけ置いてある、薄暗い部屋。
こんなとこ、何に使うんだろう……?


「名前が体術苦手だっていうのは何となく見てて分かったし、どうにかしてあげたいなと思ってたのは本当。
ほら、最強からの直々のご指導なんて有難いでしょ?」

「……そりゃあどうも。」


「無下限も解いてあげるから、1発でも当ててごらん。」



これが全ての始まりだった。



「ほらほらー、もっと本気出さないと一生当たらないよ?」

「っ、うっさいなぁ、分かってるってば……!!」



向こうは私に触れないというハンデをもらったにも関わらず、私の拳が片っ端から空を切る。

足元を掬おうとした蹴りもひょいっと躱され、壁際に追い込もうという私の狙いは筒抜けなのか攻撃は面白いほどに当たらない。


このままじゃ一発どころか、一生かすりさえしないだろう。

どうにか、一撃だけでも当ててやりたい。



……そうだ。

はっとして、私は壁を背に座り込んだ。




「名前?」


「せ、んせ……ちょっと疲れた、」


心配そうに近寄った彼を、気持ち上目遣いで見つめる。
息切れと熱気で少し紅くなった頬を見せつけるように、汗ばんだ首筋を指先で拭った。


「休憩する?」

「ん……いいの?」


右手を伸ばすと、警戒心もなくその手を取られる。
目の前にしゃがみこんだ彼の胸元に寄りかかると、彼は小さく笑った。


「なに、そんなにバテるなんて珍しいね。」

「だって、先生が全然手加減してくれな……っん……」


瞬間、顎を掬われて落ちてくるキス。
それは一瞬触れて、角度を変えるともう一度重なる。


「"悟"がいいな。」


……今だ。


「やだ。だってまだ訓練は終わってないでしょ?"先生"。」

「はっ?」



握られた手を逃がすまいと掴み直して、次の瞬間には、私の拳が彼の顔面にめり込んでいた。



「いっっってぇ!!!!!」

「やーいやーい、掛かってやんの!!
やった、一発入った!!」

「ズルでしょ!
完全に今そんなんじゃなかったじゃない!!」

「ズルじゃないですー、訓練おわりとも言ってないのに油断した悟が悪いんじゃないの?」

「休憩中!」

「休憩中?そんなこと誰も言ってないけど?」

「はい!?言ったで…………あ、言ってないわ。」

「ってことで私の勝ち、やったね。」

「なっ、ゴジョハラだ!!五条悟ハラスメント!!
僕は絶対認めませーん。」

「さんざ私をコケにしたのが悪い。
焼肉奢ってねー。」

「ヤキハラだ!!」

「ハラハラうっさい!!!」








「……アホですか。あんたら2人とも。」

「えっ、待ってよ伏黒、私も?」

「そうに決まってるだろ。
……というか、先生と同級生のそういう話を聞かされる俺の身にもなってくれ。」

「えっ、何?恵。この程度で照れちゃうの?
ウブだねー。」

「ねー。」

「セクハラですよ。」


教室が、ため息と呆れた声でいっぱいになる。
二酸化炭素濃度が上がったのを感じて、当人たちも思わずため息をついた。


いつもと違う、いつも通りの一日がはじまる。





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