バス停のあの人 前編





気になる男の子がいる。
見た感じ自分より2つくらい年下で、でもそれと同い年の弟と比べると随分と大人っぽい雰囲気の子。

着ているのは浦見東中の白いブレザー。
この間私が卒業した中学だ。


「あ……またいる。」


バス停に寄りかかる彼を遠目に見つけて、思わず呟く。


彼と会うのはいつも朝のバス停だった。
最初は中学までバスで行ってるのかと思ってたけど、ふと気付く。
ここに止まるバスは浦見東中には行かない。
実際、彼がバスに乗っているのは見たことが無かった。


それから、バスに乗る訳でもないのにバス停に必ず現れる彼に、次第に興味が湧いて行った。


ここで小説の主人公なら、「何してるの?」なんて話しかけるかもしれない。
でも、あいにく私はただの人間で。
向こうも私を認識してはいる様だけど、もちろん話しかけてなんて来るはずがないし。


そうやって、お互いに顔を知ってはいるが言葉を交わすことも無い、不思議な関係が続いていた。



そんな、ある日のこと。







「やっば、遅刻……ぜったい遅刻!!!」

寝坊した。完全に。

漫画みたいにパンを咥えながら、片手で傘をさしてバス停まで走る。
くわえているパンはやきそばパンなんて可愛くないブツだが許して欲しい。
こっちは時々落ちる紅ショウガが服につかないようにするのに必死だ。

家を出る直前に降り出したゲリラ豪雨に腹を立てながら、どうにか最後の一口を飲み込む。
もう、お母さんだって起こしてくれても良いのに!

すぐそこに見えるバス停に安堵のため息をつく。
どうにか間に合ったみたい。


乱れた息を整えながら、ふと、違和感に気が付いた。


いつもの彼が、いない。
毎日欠かさずここに居たのに。

思わずキョロキョロと見回して、私は目を見開いた。


「た、倒れてる……!?」


そこには、時刻表のボードにもたれ掛かって座り込んでいる例の男の子。
こんな大雨だけど、その手には傘なんて持ってない。
思わず駆け寄って、顔を覗き込む。


「っ、はぁ、」


眉間に皺を寄せて、息をつく彼。


「ちょっ、あの、大丈夫……ですか、?」

「んっ……」


恐る恐る声を掛けると、凭れた肩が痛いのか、更に眉間に皺を寄せた。

よく見ると、頬が紅い。
もしかして。


「ちょっと、ごめんね……!!」


額にかかる黒髪を退けて、その白い額に触れる。


「あっつ、!!」


案の定だ。
私が家を出てからバス停までだいたい10分強。
それまでこの冷たい雨に晒され続けていたのなら、無理もない。

けほ、と咳をした彼の肩を小さくゆすった。


「ねえ、しっかりして、大丈夫?」


揺すられた彼がゆっくり目を開けて、その瞳が私をとらえる。


「っ……あんた、は……バス停の、」

「そう。あなた酷い熱だよ。
家どこ?送っていくから帰ろう。」


雨にも負けそうな声で呟いた彼に声をかけると、彼は小さく首を横に振った。



「……帰りたくないの?」


こくり、と頷く。

その悲しそうな眼に、私は思わずその黒髪を撫でていた。


「……わかった、うちにおいで。嫌かもしれないけど、ここにずっと居るより100倍マシ。」


彼がこたえる前にスマホを取り出すと、くいっと袖を引かれる。
振り向くと、いつも乗る高校行きのバスがドアを開いた。

そのバスの運転手さんに会釈をすると、それは扉を閉めて通り過ぎていく。


「バスが、」

「大丈夫よ。」


彼の髪をもう一度撫でて、私はスマホを耳にあてた。


「あ……お母さん?
ちょっとバス停まで迎えに来て!」





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