1/7 温泉街の氷灯篭 編
「あ、ねえ、クラウド!ここはどう?」
寒さも増した1月。
何気なく捲った雑誌のページを指さして、私は隣に座るクラウドの肩を叩いた。
ん?とグラスから唇を離して、彼が私の手元を覗き込む。
「……温泉街か?」
「そう!氷灯篭のイベントやってるんだって。
ほら、この写真とかとっても綺麗。」
そうだな。と頷いたクラウドが、小さく笑った。
「じゃあ、そこにするか。」
巻いてきたスヌードを鼻まで上げて、コートのボタンを上までとめる。
バイクに乗るにはさすがに寒くて2人で電車に乗ってやってきたのは、地元の観光名所。
人も多すぎず、石畳を踏む2人の足音が耳に届いた。
「やっぱり綺麗……写真よりキラキラしてる!」
目の前に広がるのは、伝統的な建物の並びと、その通りに沿って並べられた氷灯篭。
まるで星が私たちの足元を照らしてくれているみたい。
その光が薄く積もった雪に反射して、薄暗い街はぼんやりと優しく輝いている。
「寒くないか?」
「うん、大丈夫。クラウドは?」
「平気だ。」
隣のクラウドを見上げると、平気な顔をしつつも鼻を赤くしている。
手先を摩った彼の指を、両手で取った。
「ナマエ?」
「ほんとは寒いんでしょ、バレバレ。」
はーっと息を吹きかけて彼の手を包むと、その指先はやっと熱を取り戻した。
あったかい?と再び見上げたクラウドは今度は耳まで赤くなっている。
……そんなに寒いのかな。
クラウドは色も白いし、実は寒さにはあんまり強くないのかもしれない。
なんだか付き合わせちゃったな。なんて、少し申し訳なさを感じる。
ふと通りに視線を戻すと、「鍋」の文字。
お鍋か……これなら、クラウドも暖まれるかもしれない。
「クラウド!お鍋だって、私お腹すいた!」
「あ、ああ。」
少し目を逸らして頷く彼。
その手を引いて、私はその戸を開いた。
「こんばんはー。」
「いらっしゃいませ!お2人ですか?」
「はい、あいてますか?」
「もちろんです、こちらにどうぞ。」
迎え入れてくれたのは年配の女性。
くしゃっとした笑顔で私たちを招き入れると、個室の引き戸を開いてくれた。
こぢんまりしてて、落ち着くお店だ。
どうやら夫婦で経営しているのか、店にはそのおばあちゃんと、厨房に立つ男性1人。
ごゆっくりどうぞ。と頭を下げる女性にこちらもぺこりとお辞儀を返して、私たちは靴を脱いだ。
「あったかいねぇ。」
スヌードを外して、メニューを開く。
クラウドもその黒いロングコートを脱いで、胡座をかいた。
「何か食べたいのある?」
「ナマエはどうなんだ。」
「うーん……あ、これどう?しゃぶしゃぶだって。」
「うん。それでいい。」
すみませーん!と声をかけると、戸を開いたのはさっきの女性。
「はいはい、お待たせしました。」
「えっと……このしゃぶしゃぶを2人分!」
「……あと赤ワインを。」
「あ、じゃあ私も。生ビールで!」
はいはい。と、おばあちゃんが軽くメモをとる。
それからそう時間も経たないうちに、個室に鍋とお酒が用意された。
おばあちゃんがにこにこ笑って私たちに視線を向ける。
「デートでいらしたの?いいわねぇ。」
「で、デート!?そんなんじゃないですよ!」
「あらそう?まあ、ごゆっくりなさってくださいね。」
「あ、ありがとうございます、」
……デート……
そっか、そりゃあそうだよね。
私たち2人でお鍋つついて、こんなの傍から見たらカップルのデートだ。
クラウドと、デートか……
なんとなく気まずくて、それでも視線を上げる。
目の前のクラウドは、妙に真剣な眼差しで私を見つめていた。
「……ど、どうかした?」
「……いや。何でもない。」
乾杯。と小さく呟く彼のグラスに、私のそれを合わせる。
でも、なんとなく微妙な雰囲気だったのも束の間。
気付けば私たちはすっかりさっきの空気に戻って、お酒も進んでいた。
2杯目を飲み干して、いい気分。
クラウドもいつもよりどことなくふわふわしていて、なんだか可愛い。
「楽しいね、クラウド。」
頬杖をついて笑うと、クラウドもこくりと頷いた。
「ああ。また来よう。」
「珍しい。クラウドがそんなこと言うなんて。」
「変か?」
「ううん、そんなことないよ。
また、来ようね。」
2人で笑いあって、ふと気が付いた。
もう隣に彼がいるのが、私にとって当たり前になっているって事を。