Recognize





「幼なじみ」
いつも思う、これ以上に鬱陶しい存在が、他にあるか。


「んん……っ、」


目の前で横たわって唸っているのは、ナマエ。
俺にとってはまさに、その幼なじみ。

本当に鬱陶しい。
彼女が寝ているのをいい事に、はぁ。と目の前で盛大にため息をついた。


ため息の理由を話すと長くなる。
話の始まりは、今から3時間前。





「クラウドー!!暇ーー?いるのは分かってるぞー!」

時刻は21時を少し過ぎた頃。
どんどんどん、とドアを叩く音に俺は渋々扉を開いた。


「……取り立てか。」

「違いますー。入れてー!」


ドアの前に立っていたのは、顔を赤くしたナマエ。
息が酒臭い。これは相当飲んだな。


「あんた何時だと思ってるんだ。」

「んー?9時過ぎー?」

「あのな、この時間に誰が男の部屋に1人で来るんだ。
それにナマエ、もうかなり酔ってるだろ。」

「酔ってない酔ってない!」

「酔っぱらいは皆そう言う。」


玄関先で押し問答する訳にもいかず、渋々ナマエを部屋に入れる。

水をコップに注いで戻ると、ナマエはいつの間に俺のベッドに寝転んでいた。


「いつも思うけど、クラウドん家のベッドってめちゃくちゃ寝心地いいよね。」

「いい加減あんたの形にマットが凹む。」

「軽いからへこみませんー。」

「そういう話じゃないだろ……」




俺より3つ年上のナマエとは腐れ縁だ。
ニブルヘイムにいた時からエッジに住んでいる今まで、暇があればこうして俺の家を訪れて勝手に遊んで帰る。
あいつの男にバレれば何かと誤解されそうな話だが、むしろ日付が変わる前までにどうにか追い出している俺の日々の努力を讃えて欲しいくらいだ。


そこまで考えて、興味もない男の顔が一瞬浮かぶ。
金髪で背は俺と同じくらい。
ただ、見せつけるように空けられた沢山のピアスホールがなんとも悪趣味な男だった。

こんなのがいいのか、と思った記憶がある。

その写真を嬉嬉として俺に見せつけたナマエの表情をふと思い出して、急いで頭から追い出した。


……しかし、こんなに酔いつぶれているナマエは珍しい。


「飲み会でもあったのか?」

「んー?無いよ、家で飲んでたの。」

「それから、わざわざ俺の家まで来たのか」

「そうですけどー。」


そう話しているうちにも、早速ナマエの瞼がゆっくりと落ちてくる。


「……おい、ナマエ。寝るなよ。」

「寝ないよ……ねない、」

「ナマエ、」


そしてついに、その瞳がぴったりと閉じられた。






そして、いわゆる「そうして今に至る」というやつだ。

寝返りをうったナマエのサイズの大きいTシャツからはみ出る脇腹や肩。
全く。俺以外の男だったら、襲われていても文句は言えないぞ。


ふと時計を見やると、もう12時まであと10分の所だった。



「おい。……おい、ナマエ。」

気持ち良さそうに眠りこけるナマエの肩を揺らす。


「んんん……なに……」

目を閉じたままうわ言のように答えるナマエはまだ夢見心地のようで、思わずまたため息が漏れた。


「もう12時になるから、いい加減帰れ。」

その俺の言葉に、ゆっくりと目を開けて俺を見つめる彼女。


「……やだ。」

「あのな、」

「帰りたくない。」

「彼氏の家に行けばいいだろ、俺の家はホテルじゃないんだぞ。」

その俺の一言に、ナマエがぐっと言葉を詰めた。

そして、ぼそっと独り言のように呟く。
その一言に、俺は思わず目を見開いた。



「別れた。」

「はっ?」

「もう別れたの、あいつとは。」


仰向けのまま寝転ぶナマエの目元に浮かぶ涙。
それは、まばたきの瞬間にぼろっと頬を転がり落ちて行った。


「……いま家に帰ったら、色々思い出すから、帰りたくない。」



やっと、好きになれるかもと思ったのに。
ナマエが妙なことを呟く。

そうしてもう片方の瞳から涙が零れた瞬間、俺の何かが、がたり音を立てて外れた。


ナマエの腕をとってベッドに押し付ける。
跨った俺を見上げるナマエの驚いた顔。
ふん、いい気味だ。


「く、クラウド……?」

ぽかんと薄く開かれたナマエの唇に、押し付けるようなキスをする。
そのまま首筋を甘噛みして、鎖骨のあたりに花を咲かせた。


「クラウド、ちょっと待って、」

「待てない。」

「っ、待ってってば!」


彼女を見下ろす俺の肩を、ナマエが咄嗟に膝で押す。
その様子に、俺は仕方なく動きを止めた。


「……何だ。」




「クラウドって……私の事、好きだったの……?」



……


…………はっ?




予想していた言葉とはまるで違った彼女の質問に、思わず間の抜けた声が漏れる。


「いや、まあ……嫌いだったらしないだろ、こんなこと……」

ゆるゆると握っていた腕を解いて、体を離してベッドに腰掛けた。
何だか盛大に肩透かしをくらった気分だ。





……ナマエの返事が一向に帰ってこない。
何なんだ、本当に、一体。
まだ寝転んだままのナマエを振り返る。


「おい、なんとか言ったら…………ナマエ?」


そうして目にした彼女の瞳からは、先程とは比べ物にならないほどの涙が溢れ出していた。


「ナマエ、すまない、怖がらせたか、」


慌てて尋ねるが、ナマエは首を振るばかり。
どうしようかと思いあぐねていると、彼女はふらふらと身体を起こして俺に抱き着いた。


「……ナマエ?」

名前を呼ぶ俺に、そっと顔を上げたナマエ。


「そんなの……早く言ってくれれば良かったのに。」

「早くって、あんたには付き合ってる男が居ただろ。」

「だって、クラウドとは幼なじみでしかいられないと思ってたから……」


ぼそぼそと、ナマエが本音を漏らしはじめる。

ずっと俺のことが好きだった事、どうしようも無くて俺と似ている男と付き合い始めた事、好きになれるかもしれないと思った途端別れを切り出された事。



「……クラウドに、ちゃんと勇気を出せばよかった。」

馬鹿だったね。と、ナマエがため息をつくように笑う。
そしてナマエが少し背伸びをしたと思ったら、次の瞬間、俺の唇はナマエのそれに重ねられていた。


ぐっと気持ちが込み上げて、口付けるナマエを強く抱きしめる。
熱を絡めて、何度も重ねて、ついにそれをそっと離した。




涙目で俺を見上げるナマエに、仕方なく笑いかけた。




「だから鬱陶しかったんだ、幼なじみなんて。」








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