Episode 21





疲れているはずだった。
職場でも色々あったし、それにあの大惨事の後だ。
心も身体も傷だらけで、足も枷が付けられたみたいに重い。
でも、私はなぜか、夜中に目を覚ました。

窓の外に広がるネオンと、そこから入り込む埃っぽい空気。
明日も仕事には行くんだから、今のうちに寝とかなきゃ行けないのに。
そう思って、無理やり目を閉じた。

その時だった。



コンコン、


突然、部屋のドアがノックされる。
……マムさん?こんな時間に?


「はーい……?」

部屋の中から返事をする。
返事は無い。
するとまた、


コンコン、

「……誰ですか……?」


恐る恐る扉を開く。

そこには、


優しく笑うエアリスさんが居た。


「エアリスさん……!?どうして、神羅に連れて行かれた筈じゃ、」


私の言葉に笑顔のまま首を傾げて、彼女は背を向けて歩き出す。


「ちょっ、どこに、エアリスさん!」


そのまま階段を降りて離れていく茶色の束ねられたロングヘア。
私は慌てて部屋を飛び出した。


「エアリスさん、待って!どこに行くの!」


必死に手を伸ばすが、何故か彼女には届かない。
必死に走って、追いかけて、手を伸ばして……

気付けば私は、月の光に照らされた美しい花畑の中に立っていた。



「ここは……?」


しゃがみこんで、花に触れる。
指先で揺れる花びらが、何故か彼女の笑顔と重なった。
そしてふわりと香る蜜の匂い。

……ここ、もしかして、エアリスさんの家……?
確信はないけど、何となくそんな気がした。

でも、どうして私はここに。






「……ナマエ?」



花を見つめる私の背中に聞こえる、驚いたような、低く、甘い声。

どくん、と心臓が音を立てる。

振り返りもしていないのに、涙が出そうになった。




「クラウド……」

「どうして、ここに、」

しゃがみこんだまま振り返る私を、彼の瞳が見下ろす。
綺麗で、でも、どこか戸惑うように揺れたその目に、込み上げてくる愛おしさ。

何も答えないままに彼を見つめた。
エアリスさんに連れられて、あなたと会いたくて……何を言っても正解じゃない気がしたから。


そんな私の心を読んだみたいに、彼が小さく首を振る。
そしてそのまま、座ったままの私を彼は後ろから抱き締めた。

背中に感じる温もりと、耳元を撫でる髪。
頬に触れる彼の息遣いがくすぐったい。

でも、勘違いしたらダメだ。
彼の私への"大切"と、私の彼への"大切"は、同じじゃない。
自分に必死に言い聞かせるけど、止められなくて、私は回された彼の手に自分の指を重ねた。


「ナマエが生きててよかった。」

「クラウドも、」

多くは語らず、でも腕に力が込められる。
それだけなのに、なんでこんなに幸せなんだろう。
離れたくない。離したくない。
彼のこの強くて暖かい腕が、私だけのものになればいいのに。

目を閉じて、彼を感じる。
クラウドも何も言わなくて、私たちはしばらくそのままでいた。



沈黙を破ったのは、クラウドの方だった。
何かを決意したように小さく息を吐いて、そっと口を開く。


「……最初、俺はアバランチに金で雇われた傭兵だった。」


アバランチ。
今となっては憎んでいるのかもよく分からないその言葉に、どきっとする。


「仕事が終われば他人だった。
星の命なんて興味なかったし、報酬がもらえればそれで良かったんだ。」

黙ったままの私に、彼が続ける。


「……でも、みんなと一緒にいるうちに、みんなが依頼主から仲間に変わっていった。」

うん、わかるよ。あなたを見ていたら。
だって、来たばかりの時に比べて、クラウドは なんだか柔らかくなった。


「ナマエを裏切る結果になった事は、すまなかったと思ってる。
……でも、今の俺は、みんなを捨てては逃げられない。
それに、倒さなければいけない相手がいる。」


うん。と小さく頷く。
耳元で響く声に、ついに涙がこぼれた。


「許されるとは思ってない。
でも、これから何があっても、絶対に俺がナマエを守る。
……それが、俺なりのナマエへの罪滅ぼしだ。」

「くさいセリフだね、」

「本気で言ってるからな。」


小さく笑って、肩に乗せられた彼の顔を見つめる。
彼も私を見つめ返して、まるで恋人みたいなんて思った。


「……ティファにあげたお花の花言葉……知ってる?」

「花言葉?」

「再会、だって。」

「……そうか。」


彼の腕を解いて、今度は彼に向き直って抱き締めた。
再び回された彼の腕は、しばらく私を離さなかった。


いちばん最初に間違えたのって、一体誰なんだろうね。
私の思いは、言葉に出ずに空気に溶けた。








- ナノ -