Episode 4





ガンッ と、金属が何かに当たる音で目が覚めた。
何の音だろう?
ここはスラム、物音がすることは良くあるけど……何やら様子がおかしい。


目の前の廊下からだ。耳を澄ます。
隣に目をやると、ティファも目を覚ましたみたいだった。




途端、争うような物音と誰かが苦しむ声が私たちを掴んだ。


「……クラウドの声!!」


ドアを押し開けると、そこには剣を振りかざすクラウドの姿。
その先には黒いローブを身につけた男の人がうつ伏せに倒れていた。
203号室のマルカートさんだ!


何が起こってるの?

どうしてクラウドがこんなことを?



「クラウド やめて!」

ティファが咄嗟に叫んだ。


「部屋に戻ってろ!」

焦って怒鳴るように彼も叫ぶ。
その足を、マルカートさんが掴んだ。


「離せ!」

クラウドが息を切らして、顔を顰める。
そして突然はっとした。




「あぁ……あ……」

マルカートさんの唸る声にそっと剣を下ろす。
何か……まるで、何かが見えていたみたいな反応。


ティファが駆けて行って、倒れた彼の肩を支えた。


「この人は 203号室のマルカートさん。病気でずっとこんな感じなんだって。
ときどき様子を見るように、大家さんから頼まれてるんだ。
クラウドも、お願いね。」

「ああ」


呟くみたいに返事をしたクラウド。
ティファとマルカートさんを見下ろしてはいるものの、心ここに在らずだった。


「……クラウド、どうかしたの?」

そっと、彼の肩に触れる。


「いや……何でもないんだ。起こしてすまない。」

頭を冷やしてくる、と彼がアパートの屋上に向かった。
向こうで聞こえる、梯子に足をかける音。


「ティファ、マルカートさん任せて大丈夫?」

「うん、任せて。」

ティファが彼を支えて203号室に入っていくのを横目に、私は揺れる金髪を追った。







「……ここ、落ち着くよね。」

手摺に寄りかかってスラムを見下ろす彼に声をかける。

「ああ、ナマエか。」


私に気付いて彼は一度こっちを向いたけど、その瞳はどこかまだ揺れていた。


「驚いたでしょ、ちゃんと言ってなくてごめん。」

「いや、いいんだ。」

夜風が頬を撫でる。
クラウドの隣に歩み寄って、肩を並べた。
何も言わず、2人でスラムの町の光を眺める。
あの灯り一つ一つに人々の生活があって、それぞれに物語があるんだって、そう感じるこの景色が私は好きだ。


…物語、か。


「……会わない間に、何かあった?」

灯りを見つめたまま、クラウドに尋ねる。
でも、なかなか返事は返ってこない。
ふと彼に目をやると、眉を顰めて頭を押さえていた。


「クラウド?大丈夫?」

「あ、ああ……」

今はまだ、聞かせてはくれないみたいだな。


「ごめん、疲れてるのに。」

少し俯いた私の口から、言葉が落ちた。
気持ちもなんとなく沈んだままだ。


せっかく会えたのに、求めてばかりの自分が嫌になる。

いや、と右耳に届いた彼の声。
覇気がない。もっと真っ直ぐ言葉を伝える人だったと思うのに。
やっぱり どこか沈んでる気がする。



「明日も早いんだろ、もう休んだらどうだ」

綺麗な瞳がこっちを向いて、思わず見蕩れた。
魔晄みたいな、綺麗な色。
確かソルジャーの瞳の色、だよね。


そうだね、とクラウドの言葉に頷く。

クラウドも部屋に戻るのか、2人で梯子につま先を向けた。


「……会えてよかった。心配してたの。」

「心配されるような事は無いけどな。」

「町を1人で飛び出して、よく言う。」


茶化すように笑ってみる。
それを見たクラウドも微笑むと、おもむろに私の髪を掬うように撫でた。
その指先から、目が離せない。


こんなの、まるで……恋人みたい。

離れていく手を思わず握りたくなった。
ずっとこの時間が続いて、彼がそばにいてくれたらどんなに嬉しいか。
そう、思ってた。


「部屋、助かった。ティファにわがまま言って困らせるなよ。」

妹にするみたいにぽんぽんと頭を撫でて、彼が梯子を降りていく。







彼の部屋のドアが閉まる音を聞いて、その場にしゃがみ込んだ。

「……いつまでも子供じゃないよ、ばか。」



私はいつになっても、あなたの隣には並べないの?








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