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ギーマ先生と
「あ、あの、先生!」

 放課後、好きな先生のいる職員室にやってきた。いつも夜遅くまで仕事をしているのは、ギーマ先生。授業は真面目にやってるんだけど、気づけばギャンブルの話をしている、そんな先生だ。先生に少しでも近づけるよう、放課後は先生に勉強を教えてもらったり、1日1回は先生と話をしたり、先生がよく通るルートから少し離れたところで先生を待ち伏せしたり…。よく考えみればストーカーちっくなことをしている。

「こんな遅い時間にどうした?」

 受験生は早く帰って勉強しなさい、なんて素っ気ないことを言われた。そう、この恋は片思い。

 きっと先生は他の生徒からもチョコをもらったのだろう。側のごみ箱には、いくつかの包装紙が入っている。でも、それはあの売り場で見た手作りチョコ用の紙カップや可愛い袋だった。

「あの、今日、バレンタインだから…」
「……」

 放課後まで待ったのは、誰もいないところで渡したかったから。いつもは他の先生がここで仕事をしていたり、生徒が廊下を歩いたりしているけど、今このフロアには自分とギーマ先生しかいない。自分でこの状況を選んだのに、いざ2人きりなると…やっぱりドキドキする。

 先生のところまでゆっくりと行き、そして、後ろに隠し持っていたチョコを先生の前に出した。チョコのパッケージと袋がお揃いになっている有名ブランドのチョコレート。パッケージと袋がバラバラだと味気がないからね。シンプルだけどエレガントな模様のパッケージに、数種類の味の違うチョコが入っているもの。本当はもっとたくさん入っているものが良かったけど、学生だからお財布事情が厳しいの。

「も、もらってください。先生」
「あぁ、ありがとう」

 先生が私のチョコを受け取ってくれた。それだけでも嬉しい。だけど、私は次を期待しちゃう。「ありがとう」以上の言葉が欲しいんだ。

「お金がないと嘆いていた割には、お高いチョコを選んだんだな」
「えっ、いや、あの…」

 いつもなら「そうなんですよー!お財布がすっからかんになりましたー!」なんて冗談めいたことを言えるのに、今日は言えない。暦の上ではただの平日なのに、『バレンタイン』という魔法がかかったせい。

「まぁ、ありがたく頂くよ。ほら、早く帰れないと家の人が心配するだろう」
「は、はい…。失礼します」
「気をつけて帰りなさい」

 職員室から出るよう促され、先生と2人きりの時間が終わった。フロアには2人しかいないのに、このドアが隔てているせいでバラバラに感じる。窓から先生の様子を窺うと、チョコは机に置かれ、先生は仕事を続けていた。すでにもらったチョコに対して関心がなくなったようだ…。

 わかっている。先生と生徒の関係なんて所詮こんなものだとわかっている。だけど、それでもその先を期待してしまう自分がいる。友だちから「隣のクラスのイケメンくんがnameのこと好きらしい」なんて言われても、私の心は先生だけ。それくらい、私はギーマ先生のことが好きだから。

 息苦しい気持ちで帰ろうとしたとき、職員室のドアが開く音がして「name!」と先生が私を呼んだ。

「チョコ、ありがとう!このチョコ、好きなんだがまだ貰ってなかったんだ」

 そのセリフが嬉しくて、その笑顔が嬉しくて。そして、心に温かいものがどんどん注がれていく。

「はい!」

 上手く言葉にできなかったけど、私の心は満たされたんだ。この笑顔を先生に見てもらえて嬉しいんだ。

 帰りの電車で、ギーマ先生とあのセリフを何度も何度も思い出した。それだけで幸せな気分になれる。他の人がどんなチョコをあげていても、先生が他の人に告白されていても、先生に恋人がいても、あの言葉で私は満たされる。
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