Re;Project
変わり始めた距離に背中を押されて
「nameちゃん、具合はどうだい?」
「はい。おかげさまですっかりよくなりました」

 私はname。ルネシティで生まれてルネシティで育った17歳の女の子。女の子というよりは女子と言った方がいいのかな?

 私のお兄さんは有名なコンテストマスター・そしてルネシティのジムリーダーのミクリ兄さん。昔から私の髪はミクリ兄さんによく似た綺麗なエメラルド色だねって色んな人に褒めてもらってるんだ。

 そして、今一緒にいてくれるのがミクリ兄さんの旧友でありホウエン地方のチャンピオンであるダイゴさん。ミクリ兄さんを通じて知り合いになったんだけど、このダイゴさんはなかなかカッコよくてとても紳士的な素敵な男性だ。きっと、ずっと一緒にいれば自然と「好き」という感情が込み上がってきそうな…、そんな人。

「それにしてもインフルエンザは今かなり流行ってるよね」
「はい。ダイゴさんも気を付けてくださいね」
「大丈夫だよ。ボクはnameちゃんよりは体が丈夫に出来てるからね」

 ポンポンと私の頭を撫でてくれたダイゴさん。触れたところからだんだん熱を帯びてくるみたいにドキドキする。ダイゴさんにとって何もないようなことでも、私の心臓はドクドクと脈打つ。
 そう、私は昔からダイゴさんのことが好きなんだ。

 私は生まれた頃から体が弱くて、人が一通りかかるであろう病気をほとんど体験した。インフルエンザなんて毎年。予防注射なんてまるで効果がない。最悪の場合…実は今年なんだけど、肺炎併発一歩手前になったから入院した。
 
 そして今日は、私がミナモシティの病院から退院する日で、本当はミクリ兄さんや姪のルチアちゃんに迎えに来てもらう予定だったんだけど、2人ともジムやらコンテストライブやらで忙しいから来れなくなっちゃったんだ。だから、このダイゴさんがミクリ兄さんに頼まれて私を迎えに来てくれた。

 大きなバッグにパジャマやら身の回りの物を詰め込んで、チャックを閉じれば退院準備が完了。あー、これでようやく外の空気を吸えるようになった。病院にいるとなんだか気が滅入っちゃう。誰にも会えないし、ダイゴさんに会えないし。

「nameちゃん。これ、忘れてるよ」
「あ…」

 「ありがとうございます」と呟いて受け取ったのは、入院中に抱いて寝ていたクッション。小さい頃、病気がちな私にミクリ兄さんがくれた大切なクッションだ。ずーっと一緒に寝ていたから、ありとあらゆるところがボロボロで糸が解れている。

「大切なものなんだろう?はい」
「……ありがとう、ございます」

 ダイゴさんから受け取ったボロボロのクッションを思わずぎゅっと抱きしめた。昔から一緒にいるせいか、これがないと眠れないし抱いてないと落ち着かない。

「そのクッション、とても大事なものなんだね」
「はい。小さい頃ミクリ兄さんがくれたもので、もうボロボロだから捨てればいいのにってミクリ兄さんは言うんですけど、なかなかそうする勇気が出なくて…」
「…うーむ」

 ダイゴさんは考える時に目を伏せて指を口に当てるクセがあるみたいで、今まさに、そんなポーズでクッションを凝視して何かを考えている。そんななんでもない仕草も私にとっては銀幕のスターみたいにカッコよく見えるの。

「ねぇnameちゃん」
「はい、なんでしょう?」
「これからミナモデパートに行こうか」
「はい?」
「退院祝い。新しいクッションを買いに行こう」

 ちょうど今は新作のクッションやぬいぐるみがたくさん出てるからね。とダイゴさんは目を細めて笑った。
 そんな笑顔にキュンとする私の心の中では「デート」という3文字が頭の中で踊り狂っている。それは『ミナモデパートでダイゴさんと2人きりで買い物をするなんて、これは所謂デートなのでは?』の略だ。ダイゴさんと一緒にいる時は、大抵ミクリ兄さんやたまにルチアちゃんも一緒にいるんだけど、2人きりになるのは滅多にないことで、今もこうやって迎えに来て2人になるのは随分と久しぶり。なのに、これから買い物を一緒にしてくれるなんて…。

「じゃ、行こうか」

 と、ダイゴさんは私の手を引いて病室から連れ出してくれた。
 このまま私をどこか2人だけの場所に攫って行っ…て欲しい、な。


* * * * * * * * *


 「やっぱりね」とダイゴさんはたくさんのぬいぐるみやクッションの前で満足そうに呟いた。ミナモシティの家具売り場は、今日がちょうど新作の発売日だから人がごった返している。
 やっぱりねって、ダイゴさんってもしかしてぬいぐるみが好きなのかな?大人の男の人なのに、ちょっと意外。

「大丈夫?nameちゃん」
「大丈夫です。マスクしておいて良かったです」

 この人混みからもう1回インフルエンザ菌をもらうのは御免だからね。
 人混みに怖気づく私を心配してくれたダイゴさんが、私の顔を覗き込んで尋ねてくれた。こういうところが紳士的でカッコよくて、きゅんと来ちゃう…。

 それにしても、しばらくここに来てない間に色んなクッションやぬいぐるみが出たんだなぁ…。定番の水玉模様とか炎の模様だけじゃなくて、エキゾチックな花柄とか幻想的な星空の柄とか。私が今持っているクッションの柄は無地の水色だから、ここにあるクッションはどれもど派手に見える。

「何か好きな柄はあるかい?」
「うーん…」

 正直言って、今のクッションに敵うクッションはここにはない。ずっと抱きしめていた感覚と想いはこれらの新しいクッションには籠ってないからだ。やっぱり、時間と思い出には勝てないよ。
 それに、このクッションの色はダイゴさんの髪と瞳と同じ色をしてるから。

「じ、じゃあ、ポケモンのぬいぐるみとかはどうかな?」

 ダイゴさんは私の顔を見て察したように言った。眉を下げて笑顔を作っている。どうしよう、ダイゴさんとのデートなのにダイゴさんに気を遣わせちゃったよ…。

「クッションは今のものを大切にして、ボクからのプレゼントはほら、可愛いポケモンのぬいぐるみとか」
「ぬいぐるみ…」

 クッションのことで頭がいっぱいな私にそんな選択肢はなかった。確かに、ダイゴさんからもらったぬいぐるみが側にいるだけで、なんだかダイゴさんが近くにいるように感じれそう。ロマンチックなことを考えてぽーっとする私にダイゴさんは続けて尋ねてくる。

「nameちゃんはどんなポケモンが好きなの?」
「えっ、えっ、えーっと…私、カメックスが好きです」
「カメックス?あぁ、ミクリね」
「はい」

 ミクリ兄さんが水ポケモンを専門としてるから、自然と水タイプのポケモンが好きになったんだよね。中でもカメックスはどっしりとしてて、甲羅から伸びるロケット砲が凄くカッコイイから好き。それに、いつか背中の甲羅にサーフィンみたいに乗ってみたい。

 でも、本当に好きなポケモンは別にいるの。それはとても年頃の女の子が好き好むようなポケモンじゃないし、ここにはそんなぬいぐるみ売ってないし…。でも、あの凶悪なオーラと特異な姿は、何事にも負けない強さが秘められているみたいで私は大好きなの。でも、今まで誰にも―もちろんダイゴさんにも打ち明けたことはない。だって、そんなことを言ったらきっとダイゴさんに幻滅されちゃうよ。

「カメックスのぬいぐるみならあそこにあるよ」
「えっ、ホントですか!?」
「よし。じゃあそこに行こう」
「あっ、待ってくださいダイゴさん!」

 私をカメックスのぬいぐるみがある方へ連れて行ってくれるダイゴさん。だけど、さっきより腕を引っ張られる力が強すぎて足がからまってしまった。だんだんと床との距離が近づいて行く最中、今度は背中にドン!と誰かに押される衝撃で床との距離はますます縮まって行く。

「nameちゃん!」
「きゃっ」

 まるでスローモーションだった。だけど、私は床と衝突することはなかった。なぜなら、目の前の男の人に抱えられていたからだ。

「大丈夫かいnameちゃん?」
「は、はい…。なんとか…!」

 こ、これって、もしかして、いわゆる…抱擁!?

「ダ、ダイゴさん…」

 ダイゴさんの胸の中って、思ったよりも広くてしっかりしてる…!見た目はその、失礼かもしれないけど結構細身なのに。でも、凄く温かくて凄く心地いい。まるで、ダイゴさんに守られてるような感じがして、ずっとこのままでいたい。大好きなダイゴさんに抱きかかえられてるって、凄く幸せ。

「nameちゃんnameちゃん」
「は、はい!?」

 どうしよう!変なこと考えてるってバレちゃったかな!?心臓が口から飛び出そうな思いでダイゴさんの顔を見た。

「どうしたの?具合悪いの?」
「いっ、いいえ!ただ…気持ちよくて」
「え?」
「ダイゴさんの腕の中…凄く、温かくて」
「nameちゃん…」

 このまま、ずっとこうしていたい。なんて言ったらダイゴさんはどんな反応をするだろう。やっぱり迷惑だって思うかな?それとも…。

「ひとまず、ここは混んでるから…」

 …やっぱり、そうだよね。

 ダイゴさんはそう言うと、私を抱いていた腕で肩を掴んで私を起立させた。「ありがとうございます」って呟くけど、マスクの下で私は唇を少しだけ噛んだ。
 もう少し、ダイゴさんの優しい腕の中にいたかったな…。

「あーっ!石のお兄さんとnameちゃんだー!」
「ル、ルチアちゃん!?」

 キラキラしたオーラを纏う、私の姪であるルチアちゃんがどこからともなく現れた。相変わらず元気で明るくてキラキラしてて、周りの注目を一気に集めている。あれ?でも今日はコンテストライブがあるって言ってたよね?

「何してるのー?あ、その前に!nameちゃん、退院おめでとう!」
「あ、ありがとう…」

 どんな状況でも笑顔を絶やさないのがルチアちゃんのいいところだ。でも、この状況だとそれは私の心を抉るの。だって、せっかくダイゴさんと2人きりだったのに、これじゃあ2人になれない…。

「石のお兄さんも忙しいのにnameちゃんのお迎えに行ってくれてありがとうございます」
「いや、いいんだよ。ちょうど時間が取れたからね」
「それで?nameちゃんはダイゴさんとぬいぐるみ買いに来たの?」
「退院祝いだよ。nameちゃんは昔から長い付き合いだしね」

 『昔からの長い付き合い』…。やっぱり、ダイゴさんにとって私はその程度なんだ。

 ミクリ兄さんの妹、としか見てもらえてないんだ。

「ルチアちゃんは何をしてるんだい?」
「うん!コンテストライブが終わったから息抜きに来たの!ちょうど新作のぬいぐるみが発売したから、可愛いぬいぐるみがあったら買おうかなーって」
「そっか。じゃあぬいぐるみを買った後は女の子2人で楽しんだ方がいいかな?」
「えっ」

 そんなの、せっかく憧れのダイゴさんと一緒にいれるのに!
 イヤだ。ダイゴさんと離れたくない!

「それいいかも!だってnameちゃんと遊ぶの久しぶりだもんね!」
「ま、待って!」

 思わず体が動いてダイゴさんの腕を掴んで叫んでしまった。私が考えるよりも体の方が早く動いてた。たぶん、これが本能というものだと思う。そして、本音とも言う。

「どうしたのnameちゃん」
「わ、私。だ、ダイゴ、さんと一緒がいい…」
「えっ?」

 い、言っちゃった…。私が考えるよりも先に口が動いちゃった…。

「nameちゃん?」
「え?」
「ダイゴさんから…離れたくない…」
「nameちゃん…」

 本能と本音と勢いだけで言っちゃったけど、後には引けないよ、ね…。

 しばらくイヤな沈黙が続くけど、その空気を壊したのはルチアちゃんのテンションがMAXになった声だった。

「そっか…そっかぁnameちゃん!そっかそっか!わかったよnameちゃん!」
「ルチアちゃん…?」

 ルチアちゃんは私の顔を覗き込んでニマッと笑った。まるで私がダイゴさんを好きだということを完全に見切った!という顔だ。どんな顔でもコンテストアイドルのルチアちゃんは可愛いけど…今はちょっと怖いよルチアちゃん。

「石のお兄さん!nameちゃんをよろしくお願いします!私急用思い出しちゃった!じゃあね!」

 「ルチアちゃん!」とダイゴさんが口にする前に、ルチアちゃんはぴゅーっと走ってあっという間にここからいなくなった。
 ルチアちゃんがいなくなってホッとするけど、残された私とダイゴさんの間に漂うこの空気をどうにかしないといけない。
 この空気から察するに、ダイゴさんは戸惑っている。それもそのはず、いきなり一緒にいたいなんて言われると誰だってそうなるよね。ただの『顔なじみの妹』である私からそう言われると特にそうだろう。

 「nameちゃん」と後ろからダイゴさんが私を呼んだ。恐る恐る振り返ると、ニヤリと笑うダイゴさんがいた。

「は、はい」
「この責任は、ちゃんと取ってもらうからね」
「は、はい?」
「ボクの家に、来てくれるよね?」
「ダイゴさん!?」
「あとはボクの部屋で、たっぷりと…ね?」

 責任って何?ダイゴさんの部屋で何をするの?何をされるの!?ニヤニヤと笑うダイゴさんが怖いけど、その笑顔はその…大人の人がいたずらを思いついた時のいじわるな笑顔だ。
 
でも、イヤじゃない。ダイゴさんの家でダイゴさんと本当に2人きりになるなんて…。また熱が出て来たのか顔が凄く熱いけど、マスクのおかげで私の顔は半分以上隠れてるから、この顔がダイゴさんにバレる心配はない。

「あんなことを言われると、ボクだって男なんだからドキドキしてしまうよ」
「で、でもっ!私…」
「わかってるよ。その話も、ボクの家でたっぷり聞かせてもらうからね」
「うぅ〜…」

 あふれ出る感情が招いた結末は、私が思った以上にハッピーエンドだった。この胸の高鳴りが私に教えてくれる。思い切って言ってよかったと。

 やっぱりダイゴさんは大人の男の人で、こんな小娘の心の中なんて透き通ったガラスケースみたいに簡単に読めてしまうんだ。その感情を逆に利用して楽しむことができる男の人。

 だけど、ダイゴさんの家に着いたら…、どんなことになるのかな。わかってるのは、とてもドキドキするようなことが待ってる、ということだけ。

「じゃあ、早くカメックスを迎えに行ってボクの部屋に行こう…ね?」
「あっ、だ、だいごさん!」
「ん?なんだい?」

 今なら素直に言える気がする。全部を見通されたダイゴさんになら、私のこの気持ちを打ち明けても全部受け止めてくれる。きっと。


変わり始めた距離背中を押されて

(ほ、本当は!サザンドラが1番好きなんです!)
(さ、ザンドラ…?)
(だって!強くてカッコよくて、何事にもめげない屈強なオーラが好きなんです!)
(へー…。ボクよりも好きなのかい?)
(え?)
(ボクのことが好きって暗に言っておきながら…悪い子だねぇnameちゃん?)
(!)
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