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それは突然やってくるU

あれから30分経った。連絡はまだない。

デンジはあまりお風呂に時間をかけない人なんだけど…マナーモードのままだから気がつかないの?それともまだお風呂?もしかして、もう寝てるとか…?
気づかないのなら気づいてもらうために何回も掛ける。じゃないと体の汚れが落とせないし寝られないし、明日会社に行けない。
すぐ切ってまた掛ける。そしたら呼び出し音、女の人の声。すぐ切ってまた掛ける。そしたら呼び出し音、女の人の声。すぐ切ってまた掛ける。そしたら呼び出し音、女の人の声。すぐ切ってまた掛ける。そしたら呼び出し音、女の人の声。
いつまで経ってもこんな調子。聞こえるのは無機質な電子音と感情のない女の人の声。聞きたい声は聞こえない。

「デンジー…」

見放された気持ちになって目から涙が流れる。涙をぬぐいながら鼻水をすすりながら、出る気配のない電話を掛け続けた。
それでも一向に返事がない。
もう汗と涙で顔がぐしゃぐしゃだ。暑くてファンデーションがドロッとしてて気持ち悪い。
あまり好きな手段じゃないけど、あっちが出ないならこっちから行かないと。いきなり押し掛けたら迷惑だと思うけど…仕方ないよね。
涙をぬぐってグズッと鼻水をすすって、ボールからエアームドを呼び出した。快眠中に起こされて若干ご機嫌斜めみたい。

「エアームドごめん…。鍵がないから部屋に入れなくてね、ナギサまで飛んでくれないかな…?」

主人の泣き顔を見てエアームドはビックリしている。そしたら、大丈夫?と言いたげに優しく鳴いて羽根で頬をさすって慰めてくれた。羽根が火照った頬を撫でてくれて気持ちいい。

「ありがとう…」

早く乗りなよ!と背中を向けてくれた。それに甘えて、たくましい背中に乗って夜空に飛び立った。





飛んでしばらく電話を掛けていたら、ようやく女の人の声を聞かなくて済んだ。やっとデンジが出てくれた!

『すまんname、風呂入ってた。どした?』

やっと聞けたデンジの声。
ほっと安心して緊張の糸が切れたのか、だーっと涙が零れた。

「デンジのバカー!!」

無性にバカにしたくなった。でもデンジは悪くない。絶対に。悪いのはバカなミスをして鍵を忘れたあたし。でも叫ばずにはいられなかった。

「鍵を、会社に忘れて…、部屋に入れないから、そっち行っていいか聞こうって…」

罵倒が涙声に変わったから、きっと「は?」みたいな顔をしているに違いない。電話越しでもなんとなく分かる。

『い、今どこにいるんだ?』
「分からない。エアームドに飛んでもらってるから…」
『とにかく明るい道飛べ!近くに来たら連絡しろよ!風呂はまた溜めとくからな!』
「うん…ごめんね…」

やっぱり優しいデンジ、カッコいいデンジ、頼りになるデンジ。バカって言ってごめんね。だって不安だったんだもん。なかなか出てくれないから怖くなったんだもん。






「あーあ、ひっでぇ顔」

ドアを開けて1番にそれかよ。落ち込んでるあたしに向かって最初の言葉がそれかよ。しかもニヤニヤしてるし。そりゃあ今のあたしの顔は汗と涙で顔ぐちゃぐちゃだけど…。
デンジはもう寝る準備万端と言わんばかりのラフな格好だった。

「とにかく風呂入れよ。あったけぇぞ」
「うん…」

言葉に甘えて風呂に入る。
浴槽にたまったナギサのソーラーシステムで沸いたお湯は気持ちいい。中途半端に落ちたメイクも涙の跡も落ちて、鼻づまりも治った。何より明るくて温かい場所にいれて嬉しい。イライラも解消できた。
パジャマを着て化粧水と乳液も塗ってさっぱり!部屋がこんなに気持ちよくなれる場所なんて…。無くしてわかる有り難み?ちょっと違う?
濡れた髪を拭きながらリビングに行くと、ソファに座っているデンジがいた。「こっちにおいで」と、自分の隣のスペースをポンポンと軽く叩いている。
見放されてなかった、良かった…と自然と口角が上がる。その顔のままデンジの隣に座って寄りかかった。

「着歴が27件もあってビビったわ」
「えっ!そんなに…」
「で?鍵を会社に忘れたって?どういうことか聞かせてもらおうか?」

またそんなにニヤついて…。いじりネタ、ゲットだぜ!ってか?あーあ、弱味握られちゃったよ…。

「う、うん。ロッカーで着替え終わった後、刺しっぱなしにしてるかもしれない…」
「うわ、バカだな」
「うるさいー!」
「でもオレが部屋にいて良かったな。もし改造に夢中になってジムにいたまんまだったらどうしたんだ?」
「えっ、そ、そりゃ呼びに行って部屋に連れ戻す…よ?」
「あーあ、ジムにいれば良かったなー。そんで鍵かけとけばnameはジムの鍵を持ってないから…」
「そんなこと言うなー!」

デンジはこうやってあたしの反応を楽しんでる。いい反応してるんだって。自分では分からないけど。
するといきなり顔がデンジの胸板に引き寄せられた。息苦しい。デンジに抱き寄せられたようだ。

「ったく、もっとオレに甘えろもっとオレを頼れ。そんな遠慮しなくていいんだからよ。オレはnameの何だ?nameは俺の何だ?」

大好きな恋人です。

背中に手を回され、ぎゅうっと強く抱き締められた。もっと苦しくなったけど、嬉しくなってあたしもデンジの背中に手を回してきゅっと抱いた。そしてパジャマの裾をくしゃっと握る。

「デンジ、ありがとう」
「あーやっぱ胸でけーなー」
「は!?」

確かに今の体勢はあたしの胸を押し付けてる形だけど、今言うことかよそれ!

「さて、夜中に押し掛けられた分何かしてもらわねぇとな」
「え?」

ひょいっと一気に体が宙に浮いた。そのままベッドルームのシングルベッドにダイビング。

「え?え?」
「オレも疲れたから明日は起こさねぇぞ。遅刻しても知らね」
「ちょ、ちょっと…!」

それからあたしが何かしゃべろうとするたびに唇で邪魔された。

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