※オリジナル没話
「 」
聞こえない。
目を瞑って耳を塞いだ。使い慣れた布団を頭から被る。自分の鼓動だけが響く暗闇で、確かに昔呼ばれた愛称を、思い出せなかった。
:深海行きのロープウェイ
ごぽ、
(意識が沈んだ。軽く息を止めてみる。苦しくはない。静かな水中でそっと閉じていた眼をあける。光の届かないくらい、下へ。ゆっくりと沈んでいく。)
「やあ」
すとん、
砂に足の裏をつけて、ふんわり舞い降りた影に声をかけた。
しばらく見なかった髪の毛は肩まで伸びている。身長も伸びたのかな、思春期からもうすぐ抜け出せそうな顔つきになってきた。
「………、久しぶり」
「うん、久しぶり」
懐かしい旧友に再会して、照れくさくて何を話せばいいか判らなくて。とりあえず挨拶しとこう、みたいな。少しぎこちない笑顔が見えた。
静かに上から降りてきた少年、つまりこいつと合うのは、本当に久しぶりだった。一時期は頻繁に来ていたのに、いつの間にかぱったりと来なくなった。はずだったのだが。
つめたくないゼリーの中に居るみたいな感覚で、お互いに何も喋らない。痺れを切らしたのは僕の方。彼が砂に腰を下ろすのを待って口を開く。
「昨日、さ」
「昨日?」
「うん、昨日。なにがあった?」
「………やっぱり分かっちゃうんだな」
「そりゃあね。おかげでしばらく君が来ない内に作ってた僕の庭が、ほら、なんにもなくなっちまった」
顔をしかめてから苦笑いした彼は、諦めたように言った。
「それは謝るよ、悪かった。けどこればっかりは仕方ないじゃないか」
僕と同じ顔が拗ねて口を尖らせた。
いや、違う。
僕が、彼と同じ顔なんだ。
「今回はどんな庭にしてたの?」
「和風な感じに石を敷き詰めてアヤメと水仙を生やしてみたんだ。ちなみに池も作ってみたかったんだけど、水の中で遊ぶにはちょっとどうかなと思ってね…」
「ああうん、わかった」
遮られてしまった。
しかし真相心理の底で幻覚を造り出して遊ぶと言うのはなかなか馬鹿らしいことなのだろう。そもそも、僕自体が幻想みたいな不安定なものだし。
でもやっぱり、悪いのはこいつだ。こいつの心に波が起きれば、このセカイは台風が来たみたいに荒れる。喜べば明るく穏やかに凪ぐ。悲しめば暗闇に沈む。