※リハビリ中のためキャラ崩壊(いつも)
膝を抱えて蹲る子供を見つけた。
痛みを耐えている様な、涙を堪えている様な姿に目が離せなくて近づいた。不躾だったかも知れないが、光を失わない瞳に惹かれて。
陽の差さない廊下の隅の、冷たい床に膝を抱え、独りで剥き出しのコンクリートの壁を睨んでいた子供の前に立つ。
「名前は?」
のろのろと視線を上げて俺を見る色は昏い。何故だか口角があがる。多分、立ち上がったら俺より背が高い。痩せ過ぎず、その逆でもなく、どこまでも見た目は普通だった。何だろう、この高揚。構いたい。構ってほしい。興奮しているのかも知れない、とにかくじっとしては居られなかった。
「ねぇ名前、教えてよ」
「…E42番」
「番号じゃなくて名前だよ、なまえ。此処に来る前の名前」
「無い」
「知らないの?」
「俺は物心ついたときから此処に居る。E42番以外の名前は無い」
「へぇ、そうなんだ」
ふうん、産まれたときから施設に居るケースも有るのか。知らなかった。俺は二ヶ月前に連れて来られたから。
この施設が子供を集めて何をしているかなんて知らない。他の子供も知らない。けれど、何故だか、無性に、E42番と名乗る子供に興味が湧いた。
「俺はS1313番だよ。宜しくね」
「自分だって番号じゃねぇか。しかもSクラス? お前が?」
うん?
「Sクラス? ってなに?」
「……?」
目の前の金髪は首をひねった。あれ、意志疎通が出来てないよ?
言葉のキャッチボール、落下。目下降下中。
「俺、きみと違って最近ここに来たばかりなんだ。だからここのルールとかよく知らなくてさぁ。教えてよ、なに? Sクラスって」
何か特別なものだろうか。クラス、ということはここにいる子供達はみんなクラス分けでもされているのか。
形のいい眉を寄せて、睨むように見上げて来る瞳がひかる。茶色だ、髪の毛も元々は茶色なのかな。
「クラスはS、A、B、C、D、の五種類ある。もちろん一番上がSで、特別待遇も良い。番号の前にクラス名が付いて、ほら、お前はSクラスの1313人目だ」
「…ん?」
「上のクラスに行くほど施設では重宝されるが、殆どのケースは使用済みになるまで幽閉だ。その代わりに待遇が良いらしい。だから、お前、早死にするかも知れないぜ」
「ちょっと待って」
有難い説明だが、遮らずにはいられなかった。だって、可笑しい。きみは、
「死ぬのが怖いか?」
せせら笑うきみは、
「違う、そんなことじゃないよ、ねぇ、さっきクラスは五種類って言った。番号の前に表記されるとも。…じゃあなんで、きみはEなの?」
背中を、興奮にも似た緊張が滑り落ちる。
「Eは使用済みの称号。元々SかAクラスだった奴が、使い終わったらEになるんだぜ。俺は42番目で、お前までの1313の間は使用済み以前に使い物にならなくて既に破棄されてる」
「…それって」
だから、こいつは部屋にも帰らずこんなコンクリートでこの施設を呪っていた? 少しでも抗ってやろうと髪を染めてみたりしてたのか?
「俺は明後日の夜、ヒトマルサンマルに破棄される。これは決定事項だ。」
検査着から伸びる手足がひどく細い。埃で汚れて、ほとんど骨と皮だ。食事も祿に摂っていないのか、いや、与えられていないのか。
何かを言いたげに見上げ、忌々しそうにEクラスを名乗るこいつが、酷く滑稽に見えた。なんだ、使用済み? 俺もいつかこうなる? 下らない。別に構わない。脳を解剖されようが手足をもぎ取られようが培養液に沈められようがちっとも怖くない。俺はただ、あの双子を守る為に自ら進んでここに来たんだ。あいつらを守れたなら死など全く怖くない。
「…俺には妹が二人いてね」
「あ?」
「双子なんだけどさ、いつまでも甘えん坊で、構ってちゃんで、本当に可愛いんだ。全然遊んでやれなかったけど、でも誰よりも大切なんだ。」
E42は黙って聞いていた。
「でもそいつら、凄い珍しい? って言うのかな、変な病気にかかっちゃって。俺の家、金が無いから俺を売ったんだ。まぁそれはいいんだ、俺は結構な額で売れたみたいだし。そうじゃなくて、お前がその妹に似ててさぁ、嫌になるんだよね」
だからなんだと言う様に眉間に皺が寄る。無視する。
「放っておけないんだよねぇ、気になっちゃってさぁ。どこが似てるとかうまくは説明出来ないし、一度そう思ったら自分にごまかしも効かないし?」
嫌になるね、本当に。
吐き捨てるようにそれだけ言って、踵を返そうとすると、検査着がぐいっと引っ張られて、反応する間もなく体が重量に引かれる様な感覚、直後背中に衝撃。壁に叩きつけられた背骨が痛い。細い割に馬鹿力なんだな、趣味悪いね。
「放してよ」
「てめえ、何する気だ」
「関係ある? きみの意志と俺の意思は全く噛み合わないし合わせるつもりもないけれどもさ、俺、そういえば一人部屋で暇なんだよね」
ぎり、と壁に当てられた拳が力む。うわぁ、壁凹んでる、ヒビ入ってるよ?!
「そろそろペットが欲しい頃合いだったんだ」
そう言って口角をあげてやれば、少し緩んだ拘束に隙をみて抜け出して、午後の検査に走って逃げた。