企画 | ナノ
驚くより笑顔で


今日はエイプリルフールだ。どんな嘘をついても許される日。
だから俺は妹に嘘をついてみようと思う。


「悠莉!都条例案が通ったって!」


昼前に大量のゲームを抱えてリビングにやって来た悠莉に言う。
赤崎と相談しながら考えた、オタクなら絶対に驚くとびっきりの嘘だ。


「…って、あれ?」


悠莉からの反応がない。
よく見たら寝てないのか腫れぼったい目をしてこっちを見てる。


「………ウソ…」


しばらくの沈黙の後、悠莉の抱えてるゲームが落ちる音がリビングに響いた。


*** *** ***


「心臓に悪い嘘はやめてよ、兄さん」


悠莉が落としたゲーム拾いを手伝いながら種明かしをする。
溜息混じりの妹に俺はしたり顔だ。


(やった!大成功だ!)


心の中でそう叫びながら、口では悪い悪いと軽い謝罪を繰り返す。
無表情無関心を地で行く悠莉を驚かせられたのはそれほどに気分がいい。


「でもそっか。今日はエイプリルフールか」


落ちたゲームを拾って抱え直した悠莉が立ち上がる。
俺も遅れて立ち上がるが、俺に対する妹からの言葉はなかった。


「今日って何かあんの?」


仕方なく独り言の方に反応を返すと、悠莉は少し驚いたように俺を見た。


「…何だよ」

「兄さんは本当に疎い人だね」

「だから何が…」

「今日はオタクにとって重要な日でしょ!」


あれ、いつのまにか形勢が逆転してる。これじゃいつも通りだ。


「思い出したからにはサイト巡りしなきゃ」


妹がいつも通りの即断即決で自分の部屋に引き返そうとする。
俺は咄嗟にその腕を掴んで引き止めた。


「兄さん?」


引き止めた理由は自分でも分からない。
ただ、そうしてしまった以上はどうにかしないといけない。


「…話し投げっぱなしで消えるのはどうかと思う」


いつも言おうと思ってたことが想像以上の焦りでついつい出てしまった。
悠莉は案の定不機嫌そうな顔をする。


「もし私に大嘘憑きがあったら兄さんの存在を消してやりたい」

「そこまで!?」


前半はよく分からないけど後半が不吉すぎる内容なのはよく分かった。
俺が恐怖と驚きで固まっていると、悠莉がふっと笑った。


「ウソだけどね」


悠莉の声が右から左へと抜けていく。
それから数秒経って妹からの意趣返しに気付く。
だけど、感じる感情は悔しさより嬉しさの方が大きかった。


悠莉を騙せた時より、悠莉が笑ってくれた時の方が何倍も嬉しい。


そんな事実に気付いたら数分前の興奮が急に遠く感じる。
さっきとは違う満足感をかみ締めながら、掴んでいた悠莉の腕を放した。


「ねえ兄さん」

「ん?」


悠莉の顔を見るとさっきより更にいい笑顔だった。
ある範囲を越すと嬉しさが嫌な予感になるってどういうことなんだろう。


「ゲーム拾ってくれたお礼に教えてあげるよ」


兄貴としてはたった五文字で済む感謝の言葉を聞きたい。
だけど、妹の感謝の示し方は一般とは掛け離れてる。


「進めエロゲオタの道!エイプリルフール編がスタートだよ!」

「いや、始まんねえから!」


結局はいつもの結末に落ち着いてしまう。
普通じゃないけどこれが俺達のいつも通りで、それはどんな日も変わらない。




→オチなしおまけ




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