今日で、都秋が殉職してちょうど20年が経った。秋特有の少しひやりとした空気が俺を包み込む。そっと都秋が生前好んでいた金木犀を生けた。


「――都秋」


こうやって墓石に手を合わせると今でも鮮やかに思い出すことが出来る。それがどうしようもなく歯がゆい。どうして俺はいつも大切な人を守ることが出来ないんだ。何度もあの後自分自身に問いかけた。……返ってくるのはいつも沈黙。分からない。なぜ都秋が命を落とすことになったのか。伝令神機で救援を求めにきた部下たちの声を聞いた時には既に都秋は虫の息だったらしい。虚の巣の位置の情報を知らせる為だけのごく簡単な任務。無理はするなと出発する前に伝えておいたのに、止めにかかった部下を振り切って単独で巣に乗り込んだらしかった。共に着いていった部下達が慌てて連れ戻しに向かったものの、俺が事態を把握した頃には既にあいつは深い傷を負っていた。

あいつらしくない。なぜそんな無茶を?俺は報告するだけでいいと、散々牽制した。なのに、どうしてだ。上司の命令を安易に破る奴ではなかったし、命令違反をしてまでも仕留めねばならないような虚ではなかった。死因はおそらく虚の牙による腹部の貫通。事態をまとめた報告書を提出した上には、なんの不自然もないと判断されたらしく、呆気なく片付けられた。その場に居合わせた部下に話を伺おうにも、一緒に任務を行っていたやつの半分は瀕死の傷を負い口の利ける状態ではなく。残った隊士たちも信頼の厚かった都秋の死のショックで、ただうわごとの様にあいつの名を呼ぶだけだった。


「助けてやれなくて、悪かった……」


そして、俺自身も都秋の死を長らく受け入れられないでいた。あいつの最期を看取ったのは部下達の救援を受けて駆けつけたこの俺だ。ふとした時に浮かんでくるあいつの死に顔に、今でも身がちぎれるような痛みが伴う。いなくなった穴は大きすぎてどうやって埋められばいいのか分からない。ギュッと拳を握る。どんな理由があるにせよ、未だ都秋のいなくなった空虚に耐える術を俺は知らない。隊長がこんな状態だと隊全体の指揮も必ず落ちる。当たり前だよな。だけど、俺には果たさねばならない約束がある。

「妹を、レイを……!どうかッお願い」

あいつの最期の言葉。遺言ともとれるこの言葉は、体中から血を吹き出して死ぬ直前の奴が言うようなものではなかった。少しでも言葉を発せば死のカウントダウンが早まっていく。そんな危険の状態の中、あと数分保ちさえすれば恋人の檜佐木が到着するというのに、あいつはずっとその言葉を反復していた。

「お前の妹のことは俺に任せろ都秋!!だからもう喋るな!傷が広がるっ」
「たいちょう……あの子を、おねがい。凄く賢い子だからっ。あたしのあとを継がせてあげて」
「!?」
「レイをっ……」


都秋に妹がいるという話はそれまで本人からも周りからも聞いたことがなかった。レイという名の妹は今どこで何をしているのか。それを聞く前にあいつは逝ってしまった。結局檜佐木とも会わずじまいだ。まだ乾いていない血液がべたりとついた恋人の死に顔に、あいつは一言俺のほうを向いて頭を下げた。ご迷惑をおかけしてすみません、と。
その後俺は都秋の周りの親しい死神に片っ端から妹の話を聞いてないかと、聞き込んでみたが誰一人として都秋に妹がいることを知っている者はいなかった。あの松本でさえ知らなかったのだから余程のことだろう。
手掛かりは《レイ》という名前のみ。都秋のあとを継ぐということは相当のてだれだ。それなのに、あいつが亡くなってからどれだけ《レイ》という名の奴を探しても見つからなかった。空白の十番隊三席。いつしかこう言われるまでになっていた。本当は都秋の遺言通りに妹を三席にしなくてもいい。代わりのやつは他にもいる。だけど、俺たち十番隊士はまだ都秋が死んだことを受け入れられない。それでも、都秋三席の妹なら……!あいつの代わりを装って妹を捜すのは気が引けたが、今の十番隊にはそいつが必要だった。

そして今日、俺は長年捜し求めていた都秋レイに会いに行く。


「都秋――。やっとお前の妹を見つけたぜ」


都秋の墓石に誓った。必ず、お前の妹の面倒をみると。たくさん貰った笑顔を今度は俺が返す番だ。きちんと妹の世話はお前が望んだ通り俺が引き受ける。大丈夫だ。安心しろ。全部、俺に任せておけ。ちゃんと約束は守る。


「じゃ。行って来る」


今度ここに来るときはお前の妹が三席になった時だ。聞くところによればお前の妹はずっと刑軍の遠征に行ってたからお前が亡くなったことを知らないらしい。泣かれるかもしれねぇな。姉の死を突然告げられるんだからな。だけど隊長として、それはありのままを伝えに行かないといけない。そして都秋が死ぬ前の謎の行動も。もしかしたら妹ならば、あの真相も知っているのではないかという、淡い希望も抱きながら。


「都秋レイ、か――。」


ふんわりと漂う金木犀の香りが、鼻孔をくすぐった。懐かしい都秋の匂いがした気がした。







俺はどこかで勝手にそう想像していた、だけど皮肉にもそれは、現実と遥かにかけ離れた空想だったんだ。



2011/01/23