断罪する白



 闇に包まれた深い森に、まるで時が止められたかのような塔が建っている。
 かつて王都から追放された者が、死を迎えるまで閉じ込められたという逸話のある塔だ。
 そんな場所に、カムイの姿がある。僕がその逸話をなぞらえるように、彼女を閉じ込めたのだ。念入りに結界まで施して。カムイは籠の鳥に戻った。北の城塞という籠よりも、ずっと小さな籠の中の鳥に。
 僕は石造りの階段を上がっていく。塔の最上階。そこがカムイがいる。カーテンや絨毯などは北の城塞で使われていたものに近いものを用意させた。自分でも自分がよくわからない。カムイはきっとベッドに腰掛けているだろう。施した結界は、守護の効果があるものと、隠蔽の効果があるもののふたつ。カムイという一羽の鳥は自由をもぎ取られた。かつての弟の手によって。
 
 最上階。扉の前で僕は足を止める。魔力を込めて手をかざせば扉は開く。けれど、すぐにそうすることが出来ない。
 カムイは拒絶の目をしているだろう、そんな風に思うと、心に風が吹く。ひどく荒んだ風が。だが、彼女をそういった状況に置いたのも自分だ、嫌われてしまっても文句は言えない。それに、僕は彼女に言ったのだ、お前のことなんてずっと嫌いだったと。……もちろんそれは、嘘だ。カムイが姉として僕に微笑んでくれた日々は、大切な宝物のようなもの。暗夜の王子王女として闇の世界で生きていたけれど、カムイ姉さんはいつだって光を当ててくれた。穏やかな笑みも、優しい声も、あたたかな手のひらも、愛おしかった。今はもうそのすべてが失われてしまったけれど。
 
 意を決して、扉を開ける。ギイ、と軋む音の先にカムイはいた。
「……」
 彼女は昏い瞳をしていた。僕を見る顔は窶れ、輝きを失くしている。僕を見て、何かを言いたげな顔をするも、その口が開かれることはない。あの頃であれば「レオンさん」と僕を呼び、駆け寄ってきてくれただろう。だがそれも全部過ぎ去ったものなのだ。過去は優しいけれど、現在と未来はいつだって残酷だ。それでもカムイは僕から目を逸しはしなかった。僕もまたカムイをじっと見る。どちらかといえば、睨んだといった方が正しいかもしれない。
「カムイ」
 名を呼ぶ。しかし、カムイが声を絞り出すことはなかった。ただ、見つめて、悲しい顔をするだけで。
 そんなに悲しい目をするのなら、どうして――どうして、僕たちを裏切ったのか。どうして、白夜王女として戦う道を選んだのか。喉元までその問が上がってくる。なんとかそれを押し込んで、僕は鋭い目で彼女を捕らえる。睨まれたカムイの表情はどんどん暗くなっていく。泣き出しそうな目にも見えた。しかし、カムイは涙をこぼしはしなかった。
「ねえ、カムイ……暗夜に戻って来る気は無いの」
 間を置いて問いかけてみた。出来るだけ優しい声で言ったつもりだが、うまくいかず、やはり冷たさを孕むものになってしまった。カムイは黙ったままだ。それが答えなのは、何となく分かる。カムイは暗夜に戻る気など無いのだ。そう簡単に戻ると言えるなら、最初から白夜王女としての道を選びはしなかっただろう。僕はそれがわかりつつも敢えて聞いたのだ。
「カムイが行方知れずになって、僕らがどれだけ心配したか、お前はわかっていないんだ」
 少し切り口を変えれば、カムイははっとした顔に変わる。
「父上からの命令で、カムイは偵察に行ったよね。あれから消息不明になって、マークス兄さんもカミラ姉さんも、エリーゼも……本当に、本当に心配していたんだ。無限渓谷に落ちて死んでしまったのではないかってね。カミラ姉さんなんて、気が動転してすごかったんだから。エリーゼも泣いてばっかりいたし……まあそれは今も変わらないか。でも、カムイは何ひとつ感じないんでしょう? 僕らはもう敵でしかないからね……白夜のカムイ王女は、暗夜の僕らのことなんて、どうでもいいんだろう?」
「それは――」
「違うとでも? じゃあ、どうして僕たちを裏切ったんだ?」
 一歩近づいて、言う。出来るだけ冷たく。視線も、言葉も、表情も、すべてのものを凍てつかせる。ああ、なんて容易いことなのだろう、冷酷に、非情に、振る舞うのは。
「諦めたほうがいいよ、カムイ。お前が暗夜に抗う道はもう途絶えたんだ。もしまだ諦めきれないというのなら、今ここで、僕を――かつての弟を殺してみせろよ」
 この結界には戦意を削ぐ効果はないからね。僕が付け足すも、カムイは赤い瞳をこちらに向けるだけ。僕がどれだけ本気で言っているのかわからないのだろうか。それとも。
「出来ないの? やっぱり甘いね、カムイ。僕が逆の立場だったら躊躇わずに手にかけていたね」
「……レオンさん」
 僕はカムイにもう一歩歩み寄って、首に手を押し当てた。
 ああ、このままくびり殺してしまえば、胸に燻っているものも消えるだろうか。
 カムイという存在がこの世界から消えていったら、楽になれるのだろうか、僕も。



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