拒絶する白



 ――どうあっても結ばれない運命だった、とは思いたくなかった。
 僕はそこまで考えて、深い溜息をひとつ。闇に覆われたこの国は厳冬期にある。王都ウィンダムは北方の地域と比べればそこまで積雪があるわけではないが、ちらちらと降る白は確実に世界の色を変えていく。
 もう一枚上着を羽織ってくれば良かったかもしれない。思っていた以上に書庫は冷える。小さく身震いしながら、書庫の奥へと進んでいく。自分の離宮にも書庫はあるけれど、ここでないと得られない知識は膨大にある。ランプを手にし、その灯りを頼りに目的の書物を探す。
「この辺りだと思うんだけどな……」
 つい、ひとり言がこぼれ落ちた。静寂の中、思っていた以上に大きな声だったので自分で自分に驚く。こんな時間だから、書庫にいるのは僕だけだ。マークス兄さんに見つかったら、酷く叱られてしまうだろう。戦時下にたったひとりで、しかも深夜に書庫へ潜っている、だなんて。それでも、僕は探したい本があるのだ。暗夜と白夜、啀み合う両国の記録が記されたものを。
 そもそもそんなものを探しているのには訳がある。僕たちを裏切って、暗夜から去っていったカムイ。彼女のように、光と影の狭間で揺れた人物が長い歴史の中で、これまでいたのかどうかが気になって仕方がなかったのだ。
 別に、彼女の言動を理解したいからではない。ただ、何となく気になるだけだ。心の隅では、そんな人物はカムイだけではないかと思っている。けれど、もしかしたらいたかもしれない。いたとしても、裏切り者として断罪され、その存在は消されているかもしれない。それでも、と僕は探し続けた。
 
 小一時間書庫に籠もったが、結局、求めているものは得られなかった。
 そろそろ部屋に戻らなければ。ランプをしっかりと持ち直して、書庫を出る。扉を開けて廊下に出た僕に、見知った人物が目を向けた。
「……レオン様」
 僕をそう呼んだのは、臣下のゼロだった。暗夜のスラム出身でありながら、王族の部下にまで上り詰めた隻眼の男。その声には僅かに憤りの色がある。ゼロが何かを言ってくる前に、僕は素直に謝った。すまなかった、と。ゼロは僕を心配して、ここまで来てくれたのだ。こんな時間に。それに、こういったことは初めてではない。これまでに、何度かあった。ゼロ、と一度名を呼んで、それから僕は廊下をつかつかと歩き始める。
「何かお探しのものがあるのですか」
「……ああ。でも、見つからなかったよ」
「……そうですか。出来れば探しものは昼間にお願いしますよ。レオン様に何かあったら大変ですからね」
 ゼロの言う通りだ、僕はもう一度謝った。いつもの独特な口調で無いのは、彼が本当に僕のことを心配してくれているからだろう。ああ、と答えて、それから静寂が続いて。離宮に戻り、僕はゼロを下がらせた。少しだけでも眠ったほうがいい。この様子ではきっと夢を見て、それに苛まれるだろうけれど、睡眠が不足するのはよろしくない。冷えたベッドに潜り込む。そして、やけに重い瞼を閉じた。

 ――予想通りの夢を見た。
 あの日。運命の歯車がからからと廻り始めた、あの時。
 目の前でカムイ姉さんが暗夜王国を裏切った、まさにその時の夢だ。
 
 僕が、マークス兄さんたちが何度彼女の名を呼んでも、彼女は戻っては来なかった。カミラ姉さんの悲鳴と、エリーゼの泣きじゃくる声が聞こえる。カムイ姉さん――いや、カムイは悲痛な表情を浮かべつつも、その剣を僕らに向けたまま。
 僕は何度も「どうして」と呟いた。カムイは確かに僕のきょうだいだった。いつまでも一緒だと疑いもせずに信じていた。それなのに、カムイは白夜王女であることを選んだ。暗夜を拒絶したその目は、今までと同じ血の色をしていた。




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