Zhonyu 1 hour drawing/writing


twitterにて開催の「鍾甘ワンドロ/ワンライ」参加作品のまとめです

#04 孤独を忘れて夜が来る

お題:お酒
開催日:2022.06.11

 甘雨は、重たい瞼をゆっくり開く。どうやら、まだ朝は遥か遠いらしい。開かれた瞳に、眩しい陽の光は差し込んでこない。淡い色をした窓掛けによって、隔たれた先に広がる璃月の街並みは、未だ漆黒に沈んでいる。
「……ああ、すまない。甘雨。……起こしてしまったか?」
 鍾離が酷く申し訳無さそうに言った。彼は窓際の椅子に腰掛けており、ひとりで酒を呑んでいるようだった。彼がこのように遅い時間まで呑んでいるのは、珍しい気がする。少なくとも、甘雨は初めて見た。
 そんな鍾離に対して、甘雨は何度か首を横に振った。私はただ、何となく目が覚めてしまっただけであって、あなたのせいではありません、と。そんな答えを丁寧に綴りながら、彼女は彼の前の席に移った。
「そうか……」
 ふわりと酒の香りが漂ってくる。甘雨は酒を嗜まないが、別にそういったものを嫌悪している訳でもない。酒は、璃月の隣国――「自由」の国モンドで盛んに造られる。だが、鍾離が好んで呑んでいるものは、そのモンドで有名なワインや、蒲公英酒と呼ばれる類のものでは無さそうだ。甘雨にそれほど酒の知識は無いけれど、彼が呑んでいるものは、おそらく璃月の伝統酒なのだろう。鍾離は、何よりもこの国と、この国の伝統を重視する。
「……」
 しばらく沈黙が続いた。重苦しいものでは無い。だが、穏やかだとか、そういった言葉は、どうにも当て嵌まらない。鍾離は酒が入ったままのそれに目を向けている。
「……なにか、考え事でしょうか?」
 沈黙を破ったのは甘雨だ。彼の視線が彼女の方へと動かされる。石珀色の瞳には、やや寂しそうな光が宿っているように見えなくもなかった。だからこそ、甘雨はそう問いかけたのだ。
「ああ……」
 少しな、と彼は素直に答えた。旧友のことを思い出していたんだ、と続けられて、甘雨の目線が落ちる。これは、なんとなく気付いていた返答だった。半仙として、岩神と共に魔神戦争を駆け抜けた甘雨は、彼の過去を知っている。辛い別れを幾度と無く経験したことも。遠い昔に戻ることは叶わないということも。甘雨だって痛いほど知っているのだ、別離というものの悲惨さを。
「少し、昔話に付き合ってくれないか」
 鍾離が静かに言う。朝は、まだ来ない。世界は静寂の中で、陽の光が産声を上げる時を待っている。
「ええ、勿論構いません。私でよろしければ、幾らでも」
 応える甘雨の瞳に、鍾離の顔だけが映り込む。礼を言う、と告げる彼は、どこか寂しそうで、けれど、微笑っている。そんな彼から甘雨が目を逸らすことは無い。

 そして、空が白みだした頃。鍾離は暫し綴った「昔話」の終わりを、こう締めくくるのだ。――俺に、お前がいて良かった、と。

#03 あなただけが鮮明な、

お題:思い出
開催日:2022.05.07

 璃月港から西へ、遠く離れた地――「?林」と呼ばれる地域。険しい山々が連なるそこは、仙人たちの住処とされる。その為、大半の璃月人は、迂闊に立ち寄ることがない。ごく普通の人間からすれば、仙人というのは自分たちと大きく異なる存在であり、そういった者たちの領域を侵すことは禁忌とされるのだ。
 そんな特別な場所とも言えるこの場所に、水色の髪をした女性の姿がある。その長髪は冷たさを孕んだ風に靡いており、まるで小波のようだ。彼女の名前は甘雨。非常に長い歴史を持ち、契約の国ともされる商業国家――璃月を実質的に統治する「七星」と呼ばれる者たちの秘書である。
 彼女がこの仙境に立ち入れる理由は、ただひとつ。彼女の身体には、仙獣「麒麟」の血が流れているからだ。とはいえ、同時に人間の血も流れている。一言で言えば半仙――要するに、仙人と人間の混血である。頭部に在るふたつの角が、それを主張している。
「……」
 甘雨は無言のまま、空を仰いだ。少しずつ暗くなっていく世界。太陽はやがて西方の地平線に沈んでいくだろう。代わりに、数多の星がテイワット大陸を優しい目で見守るようになる。
 当然のように甘雨はひとりだった。だが、多くの人々が行き交う街にいる時よりは、気が楽だ。璃月の街が嫌いという訳ではないけれど、身体を巡る麒麟の血が、何かを叫び続けているような感覚に陥ることが多々ある。お前の居場所は此処ではないと言われているような、そんな気すらした。
 甘雨は岩王帝君との契約に従い、長い時を紡いできた。岩王帝君――璃月を築き上げ、人々を守った岩神モラクス。その尊き存在によって、彼女は今在るすべてを得た。これからだって契約の通り、生きていくのだろう。
 でも、と甘雨はもう一度空を眺める。先程よりも、明度を落とした世界。遠い契りを破る気は一切無い。目を瞑れば、いつだって彼の姿を瞼の裏側に描くことが出来る。聡明で、力強い瞳。それでいて、とても優しい眼差し。帝君、と思わず弱々しい声が落ちた。彼との思い出を抱えて、甘雨はこれからを生きる。絶対の忠誠を誓った彼がこの世界から去った後も、だ。頬に生温いものが伝うが、甘雨はそれを拭うことなく、再び同じ言葉を漏らす。彼とのすべての思い出が色褪せずに残ったとしても、新しい思い出が生まれることは、もう、ないのだ。その鉛のような事実が、甘雨の胸を何度も何度も貫いた。

#02 美しい世界

お題:おやすみ・抱きしめる
開催日:2022.04.23

 彼の腕の中で迎える朝は、いつだって、大変に心地が良いものだった。私はゆっくりと瞼を開く。白雪色をした窓掛けの僅かな隙間から、陽の光が顔を覗かせているのが分かる。
「……ああ、目が覚めたか、おはよう」
 彼が私へ微笑む。その表情は、非常に穏やかなものだ。まるで、陽だまりのように。夜を越した寝台から身体を起こして、私も彼に朝の挨拶を返す。
 今の私たちは、テイワット七国を巡る旅人の同行者。旅人は、活動の拠点をここ璃月に戻して、突如として引き裂かれた双子のきょうだいを探す手がかりを集めている。今日もまた冒険者協会を通して依頼が舞い込んでいることだろうが、私と彼には休暇が与えられていた。たまにはゆっくり羽を伸ばしたらいいよ、と旅人が言っていたことを思い出す。と、いっても、何をしたらいいのかはイマイチ分からない。私はずっと「やらねばならないこと」に追いかけ回されて生きてきたから。
「甘雨?」
 不思議そうに、彼が私の名を呼んだ。
「どうかしたか?」
 数十秒間黙っていた私に向けられる目は、優しい。あ、いえ、何でもありません。返した言葉に、偽りは存在しない。ただ、ほんの少しだけ、考えごとをしていただけ。そんな私の頭を、彼はそっと撫でる。半仙である私が、私である証明といえる頭部の角を、その指先が掠めた。びくりと身体を震わせてしまうと、彼はその手をさっと引っ込めた。すまない、と続いた声に私は首を振る。少し驚いただけですと続ければ、彼は安堵したようだった。
「それで、今日はどうする?」
 特に予定は無いのだろう、と彼が言葉を重ねた。
「そう、ですね……ええと」
 少し前から、私は彼と「恋人」という特別な関係を得ていた。麒麟の血が流れているがゆえに、普通の人間とは比較にならないほど、長い時間を生きてきた私だけれど、彼は様々な意味で「はじめての人」だった。こんなにも、心を焦がすような存在と巡り合ったことは、今までに無かった。だから、もしも許されるのならば、彼と同じ時間を過ごしたい――私は勇気を振り絞って、そんな台詞を口にしてみた。彼は一瞬目を大きくさせ、けれどすぐに微笑を浮かべてくれる。ああ、俺も同じ気持ちだ。頷いて続けられたものに、胸がぎゅっと締め付けられた。ではまず階下へ朝食を摂りに行こう、私が今度は頷く番である。

 階下には、旅人やパイモンの姿があった。下りてきた私たちに「おはよう」と口を揃える。まだ姿が見えない者も若干いるのだが、それほど待つことはなく、下りてくるだろう。私と彼は定位置の椅子に座るのだった。

 ◇

 食事が終わると、旅人は何人かの仲間を引き連れて、出かけていった。璃月の街から少し離れたところで、ヒルチャールの巣を片付ける依頼などが入っているらしい。残されたのは私たちだけではないが、その面々も何かしらの用事があるのだと、足早にこの場を離れていく。私は彼と顔を見合わせ、それからどちらともなく立ち上がった。とりあえず部屋に戻るか、と言った彼に私は応じる。

 そうして戻った二階の一室。換気の為に、と少しだけ開けた窓から、そよ風が入り込んでくる。ふわりとかすかに花の甘い香りがした。彼が椅子に腰を下ろしたので、私もその隣に座る。窓の向こうは美しい青で満ちていて、そこを白鳩が横切った。本当に――心が安らぐ時間がこの場にはある。かけがえのない彼がそばにいてくれる、その事実も、影響しているのかもしれないけれど。

「……甘雨」
「はい」
 どれだけ経過しただろうか。しばらく続いた静かな時間は、彼の呼びかけによって、終焉を迎えた。すぐに返ってきた私の声に、彼が立ち上がる。つられるように腰を上げれば、彼が私を抱きしめた。背中に手を回し、何度か撫でられる。その手は私が思っていた以上に大きくて、逞しくて、同時に温かい。この手には何度救われ、支えられただろうか。私はそのまま彼のぬくもりにすべてを委ねる。周囲の目がない時だけだ、私たちが、これくらいまで距離を詰めるのは。
「――」
 私たちの間に、それ以上言葉は無い。けれど、思う。彼の体温を感じながら迎える朝も、こうして側に居ることの出来る昼間も――本当に、本当に、幸せだと。「おやすみ」という言葉を交わしてから至る夢の国にだって、大抵、彼の存在がある。何処に居ても彼が居る。彼にとっての私もそうでありたい。
 鍾離さん。その名を紡ぐ度、私の世界は色鮮やかに輝くのだから。

#01 雨の日はあなたと

お題:くちづけ・贈り物
開催日:2022.03.26

 冷たい雨が、執拗に大地を叩き付けている。勢いは時間の経過につれて、弱くなるどころか、増していっているように見えた。
 木陰に立ち、甘雨は灰色の空を見上げる。璃月港まではあともう少し、といったところだったが、雨が弱まるまで、この場に留まらねばならなさそうだ。彼女と一緒に出撃していた鍾離も、腕を組んで雨宿り中だ。今回はふたりで璃月の街を発ったので、他のメンバーの姿はない。
 旅人の仲間として、テイワット中を巡るようになって、もう数ヶ月になる。必要に応じて月海亭に戻ることはあるが、旅人とその仲間は、甘雨の存在を受け入れてくれる。半分だけ人間とは違う血を流す自分のことを、別け隔てなく接してくれる。それはとても、居心地が良かった。璃月港であれほどまでに抱いていた疎外感は無くなっていったし、孤独という名前の冷え切った重い鎖も、とっくに外れている。膨大な量の仕事に追われている時間にも充実感を得ていたけれど、などと考えながら鍾離の方を見た。
「……」
 降り頻る雨の音。東から吹いてくる風。悪天候であるが故に、聞こえてくることのない鳥の囀り。この季節になれば、美しい愛の歌が響き渡る緑の大地は、薄暗い。鍾離は黙したまま、何処か遠くを見ている。その金色の瞳に映っているのは、目の前に広がる景色のように単純なものではないのだろう、と甘雨は何となく察した。
 そんな彼のことを、甘雨が強く想うようになったのは、それほど前ではなかった。鍾離が同様に甘雨を想うようになったのも、同様にそう遠い過去ではない。
「……」
 鍾離は、胡桃という名の少女が堂主を務める「往生堂」に招かれた客卿だ。往生堂は、璃月でも名の知られた葬儀屋である。死というもの。生というもの。対になるそれらを受け止め、璃月の伝統とその文化をよく知り、それを最も大事なものと考える鍾離は、旅人などからは「先生」と呼び慕われている。彼はそれだけではなく、非常に大きな秘密を抱えているが、いま、それについて語るのは控えよう。
 甘雨は、ちらりと鍾離のことを見上げた。自分より随分高いところにある目は、今なお遠くへと向けられていて、ふたりの視線は一向に交わらない。甘雨の方にも、声をかけるような素振りはなく、ただただ雨音が響き渡っていくだけ。大地には幾つもの水溜りがあり、そこに落ちる雨粒は波紋を生み出しながら、自らの存在を同化させていく。
「――」
 ある意味、雨は空が大地へと贈る贈り物なのかもしれない。雄大なる空はいつ如何なる時も、数多の生命が根を張る大地から目を逸らすことがない。今のように、鈍色の分厚い雲で覆われても、その雲の上では至極穏やかな目をしている。甘雨は、そのように考えることが時折あった。月海亭で共に働く者が雨天を嘆いても、甘雨が同様のことを発することは一度も無かった。そういう日は、休憩時間になると庭に出て、雨の音を聞くことが好きだった。それは、もしかしたら、自分の名に「雨」が含まれているせいかもしれないけれど。
「甘雨」
 ふいに名前を呼ばれ、えっ、と声を漏らしながら顔を上げる。この場に居るのは自分と彼のふたりだけだから、誰が声を発したかなんて考えずとも分かるのに、甘雨の胸に生じたのは驚きだった。青々とした葉を無数につける大樹の下、鍾離が甘雨の姿をじっと見ている。彼の透き通った瞳が映すのは、他でもない自分だ。
「それにしても――なかなかやまないな」
 彼はそう言って、一歩だけ甘雨の方に歩み寄った。ほんの僅かだけとはいえ、確かに狭まる距離に、少女の心臓がどくんと強く鳴る。ええ、と何とか応じた甘雨の隣で、鍾離は再び視線を動かした。後ろで束ねられた髪が冷たさを孕んだ風に靡く。甘雨のものも、同様に。
「もう暫くは、此処に留まる必要がありそうだな……」
 そう言う鍾離の顔に曇りは一切無く、甘雨はもう一度、胸が高鳴るのを感じた。誰の視線も無く、妨害するものも、何も存在しない。本当の意味でふたりきりである、という事実を改めて受け止めると、甘雨は少しだけ、もどかしさを感じた。鍾離と甘雨の間にある関係を知るのは、本人たちだけだ。旅人も、誰も――知らない。だからこそ、周りに誰も居ない今は、望んでもいいのだろうか、彼という存在を。
「……」
 そう思う自分を、甘雨は即座に恥じた。私はいったいいつの間に、こんな強欲になったのか。何度か首を横に振る自分を、彼が不思議そうな目で見ているのが分かり、甘雨は頬の辺りがかあっと熱くなるのを感じた。どうしたらいいのか、分からなくなってしまった。頬の火照りを隠すように項垂れた甘雨を、鍾離は見ている。ざあざあと雨音が続く中で、彼が彼女の名前を呼んだ。甘雨、と発せられる声は酷く優しくて、少女は反射的に顔を上げた。
「――!」
 唇同士が、触れ合っている。甘雨がその事実に気付くまで、数秒間は要した。ただ、重ねられただけのくちづけ。すぐに離れていく、彼の顔。だけれども、その目に映る自分は、何よりも幸福に浸った顔をしていた。なお続く雨の音が、急激に早まる心臓の音を何とか隠している。ふたりがこうしてくちづけをするのは――初めてだ。いつもは大体、仲間の姿が側にあるから。
「鍾離さん……」
 それは甘い声だった。鍾離は、そんな甘雨の頭を何度か撫でた。絹糸のような髪を丁寧に指で梳けば、彼女は目を細める。愛でられて喉を鳴らす子猫のよう。愛しい気持ちが広がっていく。
 雨はやまない。いや、まだ――やまないでいい。
 鍾離はそんな風に考えて、じっと甘雨を見つめる。このままもう少し、甘雨とふたりの世界に居たい。この雨は、自分たちに与えられた、天からの贈り物。甘雨も同じように思っているのか、曇天の空を仰ぎ、そして鍾離の方を見据える。紫水晶に黄昏を閉じ込めたようなその瞳は、よく澄んでいて、それに映る鍾離もまた、満足気に微笑っていた。

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