旦那の岡惚れ | ナノ




28 聖なる日に





「真田ー! コンビによってこーぜ!」
「すみませぬ! 某、今日は急ぎの用がありまして……」
「そうか、じゃあまたなー」


用事なのかどうかは分からぬが、一人で帰らぬばならぬため断った。
……一体姫は何をお考えなのか。


そんなことを考えながら、部室を出て校門に向かう。




一人で帰れば何かあるのだろうか。

校舎の横に差し掛かったとき、俺を呼ぶ声が聞こえた。



「真田くーん!」
「っ!?」



ど、どこだ!?
この声は姫だ!


きょろきょろと周りを見渡すが、姫の愛しい姿が見つからぬ。
どこだ、どこにいらっしゃる!




「あは、上だよー!」
「う、うえ!?」



急いで見上げると、姫が二階から笑いながら俺を見ていらっしゃった。
その天使のような笑顔に胸を打ち抜かれたような気分になった。

ああ、なんと可愛らしい笑顔なのだ。




「私の教室まで来てね!」
「え? あ、はい!」


姫は俺が返事したのを確認すると、中に入っていかれた。




部活帰りで疲れた身体を叱咤して、全力疾走で俺は姫の待つ二年一組に向かった。

姫と近くで会える。
また、あの声が聞ける。


そう思うだけで飛び跳ねて喜びたくなった。





靴を放り投げるように脱いで、上靴を踵を踏んで履いて二階へ駆け上がった。




閉まっている二年一組の扉を乱暴に開ける。





「し、失礼します」



勢いに乗って扉を開けたのはいいが、いざ姫が一人でいらっしゃると考えられる教室に入るのを意識すると、足がすくんだ。

ああ、なんて情けない。
心臓が耳の横にあるように音が聞こえる。


姫が近くにいると考えるだけでこんなにも緊張してしまうのか。
まだまだ精進が足りぬ。




教室に入って周りを見渡すが、姫の姿が見えない。




「姫……?」



む? 教室を間違えたか?

……いや、俺が姫の教室を間違えるはずがない。
どこかへ行かれたのか?



なんて思いながら立っていると、俺が入ってきた扉とは違う扉が開いた。



扉に目を向けると、サンタクロースの帽子をかぶって、白い大きな袋を背負った姫がいらっしゃった。




「メリークリスマース!」
「え?」
「あは、びっくりした?」
「え、あ……はい」



そ、そうか、今日はクリスマスイブだ。
だから姫はこのような愛らしい格好を……。


写真に残しておきたいぐらいだ。



「今日は、真田君にプレゼントがあります!」



そう仰ると、姫は白い袋の中に腕を入れて、何か探っていらっしゃった。


姫が、俺にプレゼント?
お、俺は何も用意しておらぬぞ。

どうする!? 姫はせっかく用意してくださっているというのに、俺は手ぶらだ。

最悪だ。






「大した物じゃないんだけどね」
「い、いえっ……そんな」



もらえるだけで天にも昇りそうな勢いです! と言いたかったが、喉で言葉は詰まった。
このような事を言ってしまえば、姫は重いと感じてしまわれるのだろうか。



姫には不快な思いしては欲しくない。




「はいどーぞ!」



姫が差し出したのは、包装された両手サイズの箱。


「あ、ありがとうございます!!」
「いーえ。じゃ、ばいばい」
「へっ!? あ、あのっ、お待ちくださ……!」
「あは、中身は私がいなくなってから見てね」




そのまま、姫は笑顔で出て行かれた。



……頬が上がってしまうのは、今は許されるだろうか。

姫からの贈り物……。
姫が、自ら、俺に……。




破らないように細心の注意を払って包装をといて、蓋を開けた。



二つ折りのメッセージカードの下には、色々な形のクッキーが入っていた。



「手作り……?」



姫の手作り……。


思わず、手が震えた。



跳ね上がって喜びたい。
こんなもの、食べられるはずがない。
墓場まで持って行きたいくらいなのに俺の胃袋にしまわねばならぬのか。


嬉しいが、悔しい。



しかし、嬉しいほうが何倍も大きいな。

姫が頑張って俺のためにクッキーを作っている姿を想像して顔の筋肉がこれ以上がないほどに緩む。
今、政宗殿や元親殿に見られてしまえば笑われるだろうな、と思いながらメッセージカードを開いた。






『幸村くんが、好き』






「っ……!?」



心臓が、止まった気がした。
ゆ、夢ではないのか?


しかも、俺を下の名前で……。



夢と確かめるために頬をつねってみたが、痛みはある。




姫は、他に好きなお方がいらっしゃるのではなかったのか?

なぜ、俺に、好きと……。





もしや、ボーリングの時も、教室で叫んでいらっしゃった時も、全て俺のことだったのか?





心拍数が半端なく上がった。
歓喜と驚愕に全身が震えた。




姫が、俺のことを好いて……。





「ひ、め……!」




まだ、姫は近くにいらっしゃるだろうか。



俺も、姫に伝えなければならぬ。

姫に会いたい。
姫の声が聞きたい。



頭の中が俺に笑いかけてくださる姫でいっぱいになりながら昇降口まで走り抜けた。





「っ……」




もういらっしゃらぬ。



くそっ、もう帰宅してしまわれたのか!



しかし、まだ諦めたくない。
靴を履き替えて、外に出た。





校門の方を見ると、いらっしゃった。
ああ、諦めずに外に出てよかった。





「あのっ……!」



大声を出せば、少し遠くにいた姫が振り返った。



「なあに?」



暴れてる心臓を押さえつけて俺は叫んだ。









「お、俺も、姫が……






なまえが好きでござる!!」







すると、姫はふわりと俺を包み込む、太陽のような笑顔になられた。



(だんなの岡惚れ、これにて終了)
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