旦那の岡惚れ | ナノ




27 鈍感なのは生まれつき





「幸村ー今日で二学期も終わりなのにそんな暗い顔すんなってー」
「……申し訳、ありませぬ」
「うーん……どうしたら元気になんだー?」
「慶次、ほっとけ」



こいつに何言っても無駄だと政宗殿が呆れながら慶次殿に向かって言った。


「旦那ー明日はクリスマスイブなんだからさ、少しはテンション上げなよ」
「出来るならもうやってんだろ」
「まあそうだけどさ」




ああ、皆に心配を掛けるなど最低だ。
何とかいつもの調子に戻さねばと思っていてもどうにも出来ぬ。


無理矢理にでも笑おうとこの前努めてみたが、政宗殿に頭を叩かれた。
無理に笑うと余計に気味が悪いと眉間に皺を寄せながら言われた。

……そんなに、気持ち悪い笑顔をしていたのだろうか。





「なまえ先輩にも会ってこいよー。ちょっとは元気出るかもよ?」
「いやいや、今姫さんに会ったら旦那逃げちゃうって」
「うーん……幸村さーややこしい事考えずに前みたいに突っ走ればいいのに」
「俺様もそうやって説得したのに、聞く耳を全く持ってくれないんだよ」



空を見上げていると、佐助と慶次殿がなにか困ったように話している。




ああ、姫の笑顔が見たい。



「っ……」



くそ、まだ吹っ切れぬというのか。
姫のお顔を見ないでいればこの苦しい気持ちも晴れると思っておった。



だが、お顔を見ない時間が過ぎるほど気持ちが大きくなっているような気がする。
この気持ちを抑えるにはどうすればいいのだ。


溜息をつくと、担任が入ってきた。




「おーい、廊下に並んで体育館に行けー」


「さ、旦那、終業式始まるから行くよ」
「ああ」




鉛のように重たい身体を叱咤して立ち上がり、廊下にでた。




「Shit,こっちまで気が滅入るぜ」
「あは……今は勘弁してあげてよ。旦那が気付くまでもう少しのはずだからさ」
「何で気付かねーんだ、この鈍感」
「仕方ないって、経験値少なすぎるんだからさ」



ああ、そういえば一学期の終業式は少しの間だったが姫の隣に座れたな。
少しだけ会話して、仲が深まった気がした。

あの時は手放しで喜んでいたはずだ。
まさか、姫に思い人がいるなどと夢にも思っていなかったからな。




「はぁ……」




階段に差し掛かったところで、二階の二年生と合流した。



「うわっ……人口密度高っ」
「道開けろ、糞共」
「しゃーねーだろ、一、二年が合流するんだからよ」
「政宗、口悪いっての」


後ろでぶーぶーと言ってる佐助と政宗殿。
まあ、佐助も政宗殿も人が多いところは好かぬからな。

仕方あるまい。


ふと、なんとなく階段の方に目をやると目が合った。


「っ……!?」


誰とは、言わぬとも分かる。
俺の想い人だ。




「あっ……っ、え……」



姫も、真珠のような綺麗な瞳で俺を見据えていらっしゃる。


姫に見つめられて足が思わず止まった。
姫が俺から目を逸らしてくださらないと、身体が思うように動かぬ。



「おい、幸村。唯でさえ混んでんだ。立ち止まんな」
「旦那? どうしたの?」



政宗殿たちに背中を押されて何とか歩き出そうとした時姫が、大声を出された。





「真田君! ちょっと待ってて!」





ちょっとごめん、通して! と前いる同じクラスだと考えられる人たちに断って前に進んできた。
あ、姫が、俺に近付いて……。


このように距離が近付くなど、いつ振りだろうか。


姫の言葉にただ佇んで必死で俺に近付こうとしてくださっている姫をみる。





「幸村、俺ら先に行くな」
「へ? な、何故?」
「俺らが居たら邪魔だろうが」
「旦那、頑張って」
「いい報告期待してるぜ」



慶次殿たちはにやりと癇に障る笑みを浮かべて前に進んでいかれた。



な、なぜ先に行かれるのだ。
邪魔などではないのに。




止める間もなく、四人は人込みの中に消えた。

姫が下りてくるのを待つため、少し人の波から離れて、階段の横に寄った。





視線は姫から離れぬ。
ああ、俺に近付くにあの人込みの中を必死でかき分けていらっしゃるのか。


頬が緩んでしまうのを手の平で隠すが、意味を成していないだろう。
多分、目も緩んでいる。




「ぷはっ……つ、疲れた。人多すぎ」
「だ、大丈夫ですか?」
「あはは、うん。だいじょーぶ」



姫が、息を切らして俺の目の前にいらっしゃる。

久しぶりに心臓が跳ね上がった。
ああ、この香りをかぐのも久しぶりだ。


この笑顔を見るのも久しぶりだ。



やはり、この気持ちを押さえ込むなど俺には出来ぬ。



人込みを離れて、誰もいない廊下へと移動した。




「あのね、真田君」



そう言うと、姫は照れくさそうに微笑んだ。



「っ……! な、なんでしょう!」



ああ、心臓を鷲掴みにされたようだ。
苦しいのだが、嫌ではない。



姫は、一体何を仰ろうとしているのだ?
何か報告することでもあったのか?



何か言い難そうにしている姫を見ながら不思議に思う。


……人が多いところでは言い難いのだろうか?




人前で言い難い話の内容とは、どんな物だ?




「っ……」



そ、そうか。



姫の想い人の話か。




……もしや、もう結ばれたのだろうか。
ああ、そうかも知れぬ。


姫は行動が早い方だ。
もう告白をなされたのかも知れぬ。





心臓がさっきとは違う意味で痛い。
胸が張り裂けそうだ。


覚悟しておこう。
大丈夫だ。
姫の幸せが、俺の、幸せだ……!




「あのさ、真田君」
「は、はい……」



「明日、部活ある?」


「へ?」



ぶ、部活?
なぜ、俺の部活だ?



「部活ある?」
「は、はい。ありますが……」
「午前? 午後?」
「ご、午後です」
「何時くらいに終わる?」
「ご、五時くらいです」
「そっか! じゃ、じゃあさ、明日部活が終わったらさ、一人で帰って!」
「え?」



姫は、焦っているように見える。
なぜだ? 心なしか頬も赤い気がする。

もしや、風邪を引いていらっしゃるのだろうか?




「一人で帰るの、無理?」
「いえっ! 大丈夫でござるが……」
「そっか! じゃあ、一人で帰ってね!」
「え、あっ……!」



にっこりと嬉しそうに笑って、姫は人込みの中に戻っていかれた。




一体なんだったのだ?
なぜ、俺の部活の予定ことをお聞きになったのだろうか。


姫と想い人の話ではなかったのか?




……よく分からぬが、とりあえず明日は一人で帰ろう。



(問題:明日は何の日?)
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