旦那の岡惚れ | ナノ




13 言動一つで一喜一憂



「暑い……暑すぎる……」
「ここの廊下はまだ涼しい方だと思いますが」
「Ah? テメェ感覚神経狂ってんじゃねぇのか?」
「失礼な。某は正常でござる」



ずるずると壁を伝って座った政宗殿に俺もつられて座った。

相変わらず某を罵る元気があるのだから大丈夫だと思うが、顔が赤いので少し心配だ。
汗もかなり掻かれておられるし。



「政宗殿、保健室に行かれてはいかがか?」
「あんなとこ行っても変わんねぇだろ」
「クーラーがかかっておるので涼しいのでは?」
「今行っても俺らと同じ事考えてる奴らが糞ほど居んだろ」
「それもそうでござるな」



まだまだ九月で残暑が残る季節は保健室に群がる輩も多いのだろう。
暑い季節が嫌いな政宗殿は逃げる場所が無い故、今の季節の登校は辛いのだろうな。

教室よりも断然涼しいこの廊下でも暑い暑いと仰るくらいだからな。


苦しそうにこめかみを揉んでおられる政宗殿に同情する。


「テメェは全然辛そうじゃねぇな」
「ええ。某は全ての季節が好きでござる」
「All season? んでだよ」
「季節ごとに色々な趣があって楽しいではありませんか」
「爺か、お前は」
「誠の事を言っただけでござる」


俺を馬鹿にするような言葉に頬を少し膨らませて言うと、ぽたり、と一滴政宗殿の汗が廊下に落ちた。

Shit……気持ち悪ぃ。と俺が差し上げたタオルで顔を拭い、保冷剤を首の裏に当てた。

熱中症ではないのか?
俺は病気の前触れなどには詳しくないので分からぬが、このままでは政宗殿はいずれ倒れてしまわれるだろう。


佐助がここに居れば何か分かるやもしれぬのだが。
こんな時に佐助は一体どこに行って居るのだ。




「む……佐助や他のニ人は一体どこに?」
「今日は二年の全クラスが調理自習だからな」
「おお、一時間に一クラスずつ行われるのでござるか」


二年生といえば、姫の学年だ。
姫も調理自習に参加されるのだろうな。

包丁で手を切ったり、火傷などをせねば良いのだが……。


「しかし、それが佐助達が居なくなった理由にはならぬのでは?」
「佐助は料理が上手いだろーが。慶次は話しやすいとかなんかの理由で味見を頼まれてんだろ」


昼休みの今は頼むのに絶好なチャンスだからな。と仰った。


「おお、味見を……! 羨ましい」


某も食べたいでござる。と言えば政宗殿が呆れたように溜息をついた。

……どうせ、この暑い日によく食欲が湧くな。と思われていらっしゃるのだろう。
しかし、食べたいのは事実故、仕方あるまい。



「味見なんざついでに決まってんだろ」
「ついで?」
「味見を口実にあわよくば仲良くなれたら。っつー思いが含まれてんだよ」
「お、おお、そのような裏の事情があったとは……」
「分かりやすい女共だ」


と、貶すように仰った政宗殿は溶けた保冷剤をくにくにと揉んでおられる。
あまり、人が傷つくような事は言わぬ方が良いのではないかと思う。

しかし、それを注意すれば、女苦手の癖に女庇ってんのか? と言われることは確実なのでやめておいた。



「幸村」
「ん? 何か?」
「もう一個保冷剤あるか?」
「ええ、ありまする。今お持ちするのでお待ちくだされ」
「ああ」



弁当箱に入っていて、まだ少しだけ凍っている保冷剤を取り出した。
この佐助が食中毒に敏感になって保冷剤を大量に入れてたのがこのように役に立つとは。

備えあれば憂いなし。は、このような事を言うのだな。


そう思いながら政宗殿に保冷剤を手渡した。



「Thank you」
「いえ。先程のことでござるが、政宗殿はなぜ呼ばれなかったのですか?」



俺が呼ばれなかった理由は分かる。
女子と普通に接する事が出来ぬからであろう。

しかし、政宗殿は違う。
女子と普通に話される。それに、この前も政宗殿が、こ、告白されているところを偶然見てしまった。

そんな女子に好かれてる政宗殿が呼ばれぬわけがないと思う。



「Ah,俺は料理に厳しいからな。評価されるのが怖いんだろ」
「そうでござるか」


確かに、政宗殿はご自分で料理を嗜まれたり、片倉殿の料理で舌が肥えていらっしゃる上に言いたい事ははっきり言う方であるから、食べていただくのは少し壁が高いと思う


「では、元親殿は?」


元親殿も呼ばれておられるのだろうか?
しかし、元親殿も幼少の頃に料理を嗜まれていらっしゃったと前に聞いたが。



「元親は知り合いの原チャリが潰れたらしくてな、今日はそれを直すためにサボりだ」
「なんと、バイクを直すためだけに休まれたのか?」
「ああ」
「……確か、元親殿は欠点ギリギリでは?」
「ああ、そうだな」


それで休まれるとは、かなりの根性を持っておられるのだな。
俺も成績は決して良いとは言えぬが、元親殿程ではない。
それでも佐助に怒鳴られて勉強を強要されているというのに、元親殿はご家族に怒られぬのであろうか?


少し、元親殿が留年しないか心配になっていると、声が聞こえた。



「やばいよ、伊達君」
「今日くらいダイエットのこと忘れろって」
「無理無理! 夏休みで増えすぎた体重を減らさないと! それなのになんでこんな時に何でも食べてくれるしのっちは風邪で休みなのさ!」
「お前の重圧に耐えられなくなったんじゃねぇの?」
「どういう意味!?」
「みょうじの想像に任せる」
「うわーむかつくー」


油が切れてブリキのおもちゃのようにぎぎぎ、と首を声のするほうへ向けた。


「ひ……!」
「princessだな」

姫……!
ああ、今日も姫にお会いできるとは!


エプロンなどを持って調理室に向かうために必ず通らねばならぬこの廊下を通っておられるという事は、五限目に調理自習されるのだな。


もう直ぐ俺の前を通り過ぎる姫に、お怪我が無いようにと言いたいが、俺にそのようなことが出来る筈など無い。
それに、男と二人で仲睦まじく歩いて居られる所など見たくない。

あの男は、この前の伊達成実と言ったような。
姫と、あの男は一体どのような関係なのだろうか。



そう思ったとき、嫌な予感が過ぎった。


違う! そのようなことは無い!
姫と伊達成実が恋人同士など……!


ないない、と願うように首を振って俺は、俯いて二人が通り過ぎられるのを待とうとした。


しかし、通り過ぎるはずの四本の足は俺の前で止まった。



「梵?」
「……よォ、成実」
「暑いからヘバってんの?」
「Shut up」


な、なぜ止まるのだ!
そのまま何事も無かったように通り過ぎてくだされば良いのに!


右の方から伊達成実の声が聞こえる。

という事は、だ。
この俺の目の前にある、俺よりも断然に小さな足は姫だ。


ああ、姫が……俺の前に。
姫は、俺の存在に気付いて居られるのだろうか?



「なになに? これが伊達君の従兄弟?」
「おーそうだよ」
「ふーん。やっぱり……」
「何でそこで止めてんだ。最後まで言えよ! 逆に傷つくっつーの!」
「別に傷つくこと言ったって決まってないよ」
「じゃあ、何言おうとしてたんだよ」
「ごそーぞーにお任せするー」
「むかつくな、仕返しか」
「さあ?」


……なぜだ、胸が痛い。

二人が仲睦まじく話しているからか?
それとも、姫が俺に気付かず政宗殿を見たからか?


……両方だろう。



苦しくて、胸を押さえて俯いたままで居ると、姫の胸元辺りが見えた。


「……え?」


先程までは姫のおみ足しか見えなんだはずだ。
なぜ、胸元が見えるのだ。


分からなくて、思わず顔を上げると

姫がしゃがんで俺を覗き込んでいた。


「っ!?」
「真田君も暑いからヘバってんの?」
「っ、あ……や、ち、違いまする」
「そっかー。なんか俯いて暗い雰囲気が漂ってたから暑いのが辛いのかと思った」


姫は、初めから俺に気付いていらっしゃったのか。
その上、俺の体の心配をして……!


な、なんとお優しい……!


視界の端でニヤニヤと嫌な笑みを浮かべてる政宗殿が見えるが、気にせぬ事としよう。



「あ、そうだー」
「え……?」
「真田君って、スイートポテト好き?」
「は、はい!」
「私達ね、五限目に調理自習があるんだ」
「そ、そそそうでございますか!」
「その調理自習で作った私のスイートポテト食べてくれる?」
「……あ、え……?」
「あ、私が作ったのじゃ嫌?」



首を傾げて姫が俺を見つめてきた。
どこか、その表情が寂しそうだ。



「い、いえっ……! そ、そそ某で良ければ……!」
「良かった。じゃあ放課後に持ってくるから」
「は、ははははい!」
「あは、じゃあまたね。伊達君行こ」
「おー」


手を振った後姫は立ち上がり、ぶどうの香りを残して伊達成実と調理室へ向かった。


「良かったーこれで食べずにすんだ。ダイエットが続けられるー」
「あの真田っつー奴を利用したのか?」
「利用って、人聞き悪いなー。プレゼントだって」
「けっ、どうだか」
「何、その蔑む顔は」
「見間違いじゃね? 俺は至って普通だけどな」
「うわーむかつくー」


舞い上がった俺の耳にはそんな会話が入って来るはずなかった。



「幸村、きもいぞ」
「へ?」
「頬緩み過ぎだ」
「そ、そうでござるか……?」


両手で頬を包み込んだ。
ああ、頬が熱い。

俺は、気持ち悪いほどにやけて居るのだろうか。


お前は恋する乙女か、と隣から溜息が聞こえた。



(五・六限目の授業に集中できない事、決定)
[ 15/30 ]
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