旦那の岡惚れ | ナノ




佐助side


「旦那遅すぎなんだけど」


帰ってくる予定を四十五分も過ぎてるし。
一体何やってるわけ?


……もしかして、一緒に買い物行くこと忘れて自主練してるとか?


うわぁ、ありえる。
ってか、この前もそういうことあったしね。


自分からついて行きたいって言った癖に。
もう、無責任過ぎるよ、旦那は。


まあ、旦那が居ない方がスムーズに買い物が進むし、良いんだけど。



待つの止めようと思って、玄関に向かうと風通しをよくするために取り付けた玄関用網戸が勢いよく開いて外れた。

網戸が倒れる音がしたと同時に旦那が倒れこんだ。


「え、ちょっ……旦那!?」


え? 何でこんな汗だくなの!?
もしかして、遅れた事に気付いて急いで走ってきたとか?


「なんでそんなに急いで帰ってきたの?」


買い物なんていつでも行けるのに。と言えば、旦那は俺様に手を伸ばした。




「さっ……っけ、ず」
「え? なに?」
「み、ずっ……!」
「あー水ね! はいはい!」


台所から水をコップに入れて今だ玄関に倒れてる旦那に差し出した。
飛びつくようにコップを取った旦那は喉を上下に動かして一気に飲み干した。

うわあ、いい飲みっぷり。どれだけ喉渇いてたんだか。


「っぷはぁっ!」
「で、どうしたの?」
「ああああ、あのだな!」


胡坐を掻いていた旦那がなぜか改まって正座した。
なんか、顔も赤いし。
何かあったことは訊かなくても分かる。



「ひひひ姫が! 姫が!」
「姫さんに何かあったの?」

帰る途中に姫さんに会ったんだ。
まあ、姫さんは学校の近くに住んでるらしいし、会う確立は高いだろうね。



「姫が、おお俺に!」
「旦那に?」


俺に、って言ったって事は、姫さんに何かあったんじゃないんだ。
何かしてもらったんだろうか?




「俺に、これをっ!」


満面の笑みを浮かべて手を開いて俺様に溶けた茶色い何かを見せた。
なんか、ビニールも混じってるような……。

甘い匂いがするし。


「チョコレート?」
「ああ!」
「無残な事になってるね」


どろどろに溶けちゃってるし。


「のわっ! せ、折角姫に頂いたというのに!!」
「あー姫さんにチョコ貰って舞い上がってたんだ」
「ま、舞い上がってなどおらぬ!」
「舞い上がってんじゃん。どうせ、早くそれが自慢したくて駅から全速力で走ったんじゃないの?」


電車内でもそわそわしてて、周りから不振に思われてただろうな。
改札で定期かざすの面倒くさいとか言って、強行突破とかしてないでしょうね。


もうちょっとで良いから周りの目を気にして欲しいよ。


「……電車に、乗っておらぬ」


忘れてたという風に、目を見開いて口を開けた旦那。


電車に乗ってない?
なにそれ。
電車に乗ってないってことはバス?
いや、バスの方が電車よりも遅いし。


それに、バス停は家の近くにあるから、喉が渇き過ぎて声が出なくなるなんてありえない。


タクシーなんて、以ての外。
そんなお金持たせてないし。



「……もしかして、走ってきたの?」


「ああ。つい、うっかり電車の存在を忘れてた」



何食わぬ顔で言った旦那にただただ呆れるしか出来なかった。




(ついうっかり電車を忘れる、なんて馬鹿なことある?)
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