旦那の岡惚れ | ナノ




07 応援してください





体育祭もたけなわになり、最後の競技、団選抜対抗リレーになった。


「Ha! ここは勝たせてもらうぜ」
「何を! 勝つのは赤団でござる!」


赤団のアンカーは俺、青団は政宗殿だ。
この勝負、負けるわけにはいかぬ!


こちらには佐助も慶次殿もいる!
それに、もし二人が遅くても、俺が全員抜かす!







『それでは位置について、よーい……』


マイクでそう生徒会の役員が言った後、ピストルの音が運動場全体に鳴り響いた。
その音と同時に応援席から、各団の応援歌や声援が交錯した。



『赤団早いです!』




「佐助! もっと早く走れ!」
「これ以上早く走れって!? 無茶でしょ!」
「そのような大声が出す暇があるのなら足を動かせ!!」
「うわ、横暴!」



そう愚痴を言いながらも一位を保ち、二番走者にバトンを渡した。



「あー疲れたー」
「嘘を申すな。声が出せぬようになるほど走って、初めて疲れるのだ」
「たった100mで声が出せなくなるほど走るなんて無茶じゃない?」
「気合があればなせる」



そんな無茶な。と抗議する佐助を無視して戦況を見た。

一位は、俺達の赤団。
そこから約30mほど離れて青団。


この調子で行けば、俺達が勝てる。


しかし、隣にいる政宗殿はなぜか笑っていらっしゃる。
一体、何を考えていらっしゃるのだろうか。



「この位のhandicapがあるほうが燃えるな」
「その余裕、この幸村が断ち切らせて頂く!」
「Ha! 寝言は寝てから言いな」
「な、なにを……!」


政宗殿はいつも俺を逆上させるような事を仰る。

俺も、このくらいで取り乱してはいかん。
平常心だ、平常心。


心を落ち着かせるために、深呼吸をしようとしたとき、周りからまるでサッカーで大事な場面にペナルティキックを外した時のような声が響いた。


なんだ、何かあったのか?
その残念そうな声が出た原因を探そうと周りを見渡すと、赤団の走者が扱けていた。



「な……!」
「あーあ、俺様が折角、差つけたのに」



佐助がつけた二番手の青団との差はもうほとんど無い。

このままの距離で俺達の番まで回ってきたのなら、政宗殿といい勝負になる。
いや、俺が差をつけて政宗殿に勝つ!



「残念だったな、幸村」
「なぜでござるか」
「折角、俺に勝てるchanceが1%はあったのに、これで0%になっちまったな」
「某が勝つ確率は始めから100%でござる!」
「はいはい。言い合いは後にして、もう直ぐ二人の出番だよ」


佐助の言葉に前を向くと、俺の三つ前の選手がバトンを貰った直後だった。

む、もう行かねばならぬな。


立ち上がろうとしたとき、ふと青団の応援席に目がいった。


「っ!」


ペットボトルを叩いて応援している姫がいらっしゃった。

……姫が、青団を応援していらっしゃる。
姫は青団に所属していらっしゃるのだから、自分の団を応援するのは当たり前だろう。

しかし、政宗殿を応援しているようにも見えて、気に食わぬ。



「せーの、伊達くーん! がんばれー!」

「なっ!?」


姫と、その周りの友人達が声を揃えてそう言った。

周りの女子達ははっきり言って、どうでも良い。
ひ、姫が、政宗殿を、応援……!


ち、違う。
同じ団の誼みだからだ。
他の友人達に合わせて仕方なく仰っただけだ。



「Oh,お前のprincessからの応援だな」
「あ、あれは、ただ政宗殿が同じ団のアンカーを努めている故、応援なされただけでござる!」
「Ha,理由はなんだろうと、俺を応援したのは事実だ。you see?」
「くっ……!」


くそ、事実で言い返せぬ!


この悔しさを糧にして、必ずや、政宗殿に大差をつけて勝つ!



そう意気込んだ時、バトンが俺の二つ前の走者に渡った。
赤団と青団は抜きつ抜かれつの状態だ。

順位はアンカーにかかっている。


「旦那、頑張ってね。」
「うむ!」




「せーの、真田くーん! 手加減してー!」


「んなっ!?」
「Ha! どうする、真田」


気合を入れたところに、先程の姫と友人達が今度は俺に向かって叫んできた。
政宗殿は俺の驚いた顔が面白いのか笑っていらっしゃる。


て、手加減しろ、と?
姫が、俺に直々に頼んでいらっしゃるのか?


……こ、断ることはできぬではないか……!
し、しかし姫の頼みを了承してしまうと、政宗殿に負けることになるではないか。

わあ、わざと政宗殿に負けるなどできるはずなど無い!
必ず、勝たねばならぬ。

しかし、勝ってしまえば俺は姫の願いを無視した事になる。
姫を無視するなど、重犯よりも重い罪ではないか!



考えているうちに、バトンはもう俺のひとつ前の走者に渡った。



ど、どうすれば良いのだ……。


俺の自尊心か、姫の頼みか。


「……っ、ひ、姫の頼みのほうが絶対優先だ……!」
「ちょ、旦那! わざと負けるとか言わないよね!?」
「し、仕方あるまい。姫は、俺の負けを望んでいらっしゃるのだ」
「じょ、冗談に決まってんじゃん! 姫さんに格好良いところ見せなきゃだめでしょ!」
「そ、そうだろうか……」
「そうだって! 姫さんに真田君、格好いいっ! って思って欲しいでしょ?」
「あ、ああ!」
「なら、全力で走って政宗に勝ちなよ。分かった?」
「うむ!」



よし、姫に良い所を見せる!



気合を入れて、俺は回ってきたバトンを受け取った。



「Ha! 俺が勝つ!」
「某が勝ちまする!」


俺と政宗殿がバトンを受け取ったのはほぼ同時。
団子になって、走った。



「Ya-ha!!」
「うぉらおらぁっ!」



我武者羅に腕を振り、足を前へ前へと出していく。

少しでも気を抜けば、負けてしまう。


……負けるわけにはいかぬのだ!



姫が、観ていらっしゃる。
姫の前で無様な姿を見せられぬ!

アンカーはトラック一周の200mだ。



走って走って走りまくる。
隣には常に政宗殿がいる。

視界には入っているが、表情を確認する余裕がない。



白いテープが見えて、俺は飛び込むようにゴールした。



「っはっ、はっ、は、はぁっ……!」
「はーっ、はーっ、っはぁ……」



トラック内に政宗殿と同時に倒れこむ。





「お疲れー」
「くっ……はぁ、あ、ああ」
「二人ともすごい早かったよ」
「ど、どっちが、勝ったっ!?」


「まさかの、同着」
「What!?」
「なに!?」
「I won!」
「某の方が速かった!」



起き上がって、抗議しようとすると、応援席が盛り上がっていた。

なんだ? 何かあったのか?




「みんな、二人のこと褒めてるよ」



みな、俺達の走りを観て歓声をあげているのか……?





「……Hum,悪い気はしねぇな」
「そ、そうでござるな」
「行くか」
「はい」


この雰囲気でどちらが一位か争う気が無くなったのは政宗殿も同じらしい。
立ち上がって、政宗殿と並んで応援席に帰ろうとすると姫の姿が視界に入った。





「っ!?」


そ、そうだ、俺は姫のお頼みを無視してしまったではないか!


やはり怒っていらっしゃるのだろうか……。
もし、姫がご立腹なら俺は切腹する!

もう覚悟は出来た!



どこかで刀を借りよう、と思って応援席に歩いて行く。
俯いて姫からのお叱りを受けようと青団の応援席で立ち止まっていると、姫と友人の話し声が聞こえた。



「伊達君に真田君、すごいねー」
「うん。二人とも速かった」


「へ?」
「お、姫さんからのお褒めの言葉だね」


「やっぱり、男は走りが速いのがいいよね」
「うん、運動神経悪い男は嫌だ」
「あの二人なら護ってくれそうだよね」
「そんな感じする。けど、伊達君は浮気しそう」
「あーわかるー。軽そうだし。それに比べて真田君は真面目でずっと護ってくれそー」
「うん」



「っ!」
「旦那、良かったねー。護ってくれそうだって」
「Hey,佐助。俺は軽そうなのか」
「うーん、そう思う」
「Shit! 俺はそんなにろくでなしじゃねぇ!」
「……この前だって一週間で別れたくせに」
「……あ、あれはだな、その」



ああ、姫が、俺をお褒め下さっている……!
俺は、姫の頼みを無視したような最低な男であるのに。

この俺を、正義の味方のようにお褒め下さるとは。


なんと懐の深いお方なのだ。



「旦那、嬉しい?」
「うむっ!」
「あらー満面の笑み浮かべちゃってー」



もっと早く走れるように、姫を誰からでも護れるように、頑張らねば!!




(褒めても、叱っても、伸びる子なんです)
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