旦那の岡惚れ | ナノ




05 廊下の中心で愛を叫ぶ


「うぐぐぐっ……!」
「旦那、落ち着いて。夢は叶うから!」


両手を握り締めて願っていると、佐助が俺の肩に手を乗せた。

頼む頼む!
何でも致す!
どんな苦境も受け入れる!


故に、故に……!



体育祭の団を姫と同じにしてくれ!!










「慶次、遅いね」
「う、うむ! 何かややこしい事でもござったのだろうか」


もしや、俺のために如何様をしてくれているのだろうか!
如何様は好かぬが、今回は致し方ない。

俺が姫と同じ団になるためだ!

佐助が言っておったが、同じ団になるのとならないのとでは接せるチャンスの数が違うらしい。



「あ、慶次来たよ!」
「ま、誠か!」


俺達の居る教室前に走ってくる慶次殿が目に入った。
なんとしても昼休み中に伝える。と断言してくださった慶次殿には感謝しても仕切れぬ。


「学級委員長、お疲れ。くじ引きどうだった?」


息を切らしてる慶次殿に佐助が水を渡せば、慶次殿は一気飲みした。


「はぁ、はぁ……幸村……」
「ど、どうでござった!?」


俺がそう聞くと慶次殿は眉を下げられた。
その顔に、なんとなく予想が付いた。

慶次殿は何も言わず、手に握り締められていた紙を某に渡した。


紙を見ると、俺のクラス、一年六組は赤団。
そして、同じ団は二年四組と三年二組。


……姫のクラスは、二年一組だ。



「あらら、姫さんと離れちゃったね」
「……ごめんな、幸村」

「い、いや、良いのだ! 某もあまり期待しておらなんだ故……」


慶次殿が眉を下げられた時点で予測は出来た。
しかし、姫と離れるのが、こんなにも辛いとは……。



「ってか、旦那。これ……」
「む? なんだ?」
「姫さん、二年一組だよね?」
「そうだが……」
「ここ、見てごらん」



そう言って佐助が指差したのは、姫と同じ青団のクラス。
三年五組と一年……。


「……一組、だと?」



一組は、政宗殿と元親殿のクラスでは……!



「あっちゃー。幸村、ほんとごめんな?」
「よりにもよってあの二人が姫さんと同じクラスとはね」
「っ、なな、なんと……!」



羨ましい!!
な、なぜあの二人が姫と同じ団なのだ!
しかも、団の色までもが政宗殿が好きな色の青だとは……!

せめて、姫が赤団で、体育祭当日に赤色の鉢巻をして下さるだけでも報われたというのに。
なぜ青団なのだ!



悔しくて、爪が食い込むほど拳を固めていると、一番聞きたくない声が二つ聞こえてきた。



「Hey,どうしたお前等。哀愁が漂ってんぜ」
「なんかあったのか?」
「んーちょっと、これ見てよ」



俺は今二人の顔も見たくないので、背を向けたまま佇んだ。


「Ah? 団が決まったのか?」
「そうそう。でね、姫さんが二年一組なわけ。それであんた等二人が一年一組でしょ?」
「俺らと同じ団じゃねえか」


元親殿が、そう言うと政宗殿は感づいたように口笛を吹いた。


……どうしたというのだ。
今まで、政宗殿がからかうように俺に接しても、こんな気持ちにならなかった。


なのに、今は……癪に障る。



「幸村、男のjealousyは醜いぜ?」
「っ! し、しし嫉妬などしておらぬ!!」


佐助に教えてもらって、知っていた英単語に反応する。

大体、俺がなぜ嫉妬などせねばならぬのだ!



「へえ、嫉妬しねえのか?」
「む、無論!」
「普通、嫉妬するよな?」
「ああ。俺なら殴り飛ばすかもしれねぇな」


楽しそうに話す政宗殿と元親殿。
ああ、ただ二人はからかっているだけだと言うのに。

冷静になれ。と頭では分かっている。

頭に血が上るのが分かった。


「お、おい二人とも、そんな煽るようなこと言うなって」
「煽ってねえよ。当然のこと言ってるだけじゃねぇか」


落ち着け、慶次殿の言う通り、俺を煽って楽しんでおるのだ。
落ち着け落ち着け、と何回も言い聞かせて何とか押さえる。


「旦那、我慢だよ」
「分かっておる……!」


唇を噛み締めて、耐えた。
いろいろと俺をからかう言葉が飛んでくるが、必死で耐えた。





「お前、本気であの女のこと好きじゃねえだろ」



しかし、そう政宗殿に言われた時、我慢していた何かが切れた。

俺が、姫を好きでない。と……?
そんなことが、あるはずない。

俺以上に姫の事を慕っている輩など居ないと自負しておる。



「お、俺は……姫の事が世界で一番好きだ!!」


政宗殿に向き合い、大声でそう言った。


「だ、旦那……」
「むっ……?」


佐助に、落ち着いて。と肩に手を置かれて自我を取り戻した。


周りから視線を感じて見渡すと、俺のクラスだけでなく他のクラスからも見られていた。
廊下で叫んだのだから当たり前だ。



「真田君、好きな人いるんだー」
「すっごい好きなんだねー」


周りから、そんな声がひそひそと聞こえてきた。


その言葉で、さっきとは違う意味で一気に血が上った。


「言うじゃねえか」
「っ〜!! は、謀ったなっ!!」
「Ahn? 知らねぇな」


怒りたいのだが、今は羞恥の方が大きい。


「世界で一番好きだってさー」
「名前、なんて言ってたっけ?」
「え? ひめとか言ってたような……」


「っ!」



周りは姫と言ったことも憶えておるのか……!
という事は、姫にこのことが伝わるかも知れぬのか……?


それは、不味い。


「う、うう……!」
「幸村、どうした?」
「うわぁぁぁあああっ!!!!」
「ちょ、旦那っ!? どこ行くの!?」



恥ずかしくて仕方なく、取り合えずこの視線から逃れたく、当てもないまま走った。












(もう、みなに合わせる顔がない……!)





佐助side

……旦那、行っちゃった。
五限目までには戻って来られると良いけど。



「あーやべ、アイツ面白すぎだろ」
「ちょっと政宗、やり過ぎだって」
「Ah? ムキになったアイツが悪いんだろ?」


至極楽しそうに笑う政宗。
ああ、旦那可哀想に。


居た堪れなくなって、溜息を吐くと慶次が心配そうに話しかけてきた。



「どうすんだ、佐助。みんなに幸村に好い人が居るってばれちまったじゃねえか」
「あーそうだ、フォローしとかなきゃね」


まだ周りでは、ひそひそと旦那の事を話してる輩が多い。
このままだったら姫さんの耳に入るのも時間の問題だろうね。

まあ、ちゃんと『姫』って言ってたから姫さんの耳には言ってもまさか自分だとは思わないだろうけど。


けど、一応フォローしとかないと姫さんに『真田幸村には好きな人が居るから』って敬遠されるかもしれないし。


旦那の只でさえでも低い可能性を潰すわけにはいかないからね。




「慶次、俺様の話に合わせて」
「え? ああ、いいけど」


「旦那も馬鹿だねー。『犬』のことであんなにムキになるなんてさー!」
「あ、ああ。そうだな!」
「大体自分の飼い犬に『姫』って名付けるくらいだからよっぽど好きなんだろうなー」
「そうだなー。いつも自慢してくるしなー」



そうできるだけ大きな声で言うと周りがまたざわざわし始めた。


「なんだー犬かぁ」
「まーあの真田が女に惚れるなんてありえねーし」
「真田くん、犬好きなんだー」


騙されてくれたみたいで良かったよ。
してやったり、の顔で政宗たちを見ると、面白くなさそうな顔をしてた。


「よく考えたな、佐助」
「まあね。旦那に姫さんを犬にしたってことがバレたら鉄拳食らうことになるだろうけど」
「……ハハ、だろうな」

旦那に耳に入らないように細心の注意を払わないと。



取り合えず、一件落着かな。と思ったところで丁度チャイムが鳴った。




(結局、旦那はどこに行ったんだろう)
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