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  静かに降り積もってゆく


リドルとの奇妙な停戦条約を結んでから早数日。クリスマス休暇真っ只中のホグワーツは静かに雪に包まれていた。

いつどこに集まるという風に 特に具体的な約束をしたわけでは無かったが、気付けばお互いに自然と暇な時間にあの場所に集まるようになっていた。どちらとも無く図書館を訪れ 課題をこなす時間は日に日に長くなる。

……とは言っても、ライムもリドルも基本的には話さない。息抜き程度に雑談はするけれど、それも短いものだ。裏があるか勘ぐる必要も無いから負担にはならず、不思議と続いた。他人と四六時中一緒にいるのは疲れるし、どちらかと言えばひとりで行動する方が好きなライムには負担になる事の方が多いのだが、このリドルと過ごす時間は嫌いでは無かった。

そう。リドルといるのは案外楽なのだ。それはリドルがライムに必要以上に関わろうとはしない所為かもしれないし、リドルに気を遣う必要が無くなった所為かもしれない。勿論ライムが何処から来たのかは言えないし、原作の知識についてなど隠さなければならない事ばかりだけれど、リドルは意外な事に深く追求して来なかった。そうなると会話の内容は自然と勉強に関するものばかりになって、今日もこうして二人は図書館の奥で黙々と勉強をしているのだった。

「どうしたの?」

パラパラと軽快に捲る音が止む。ライムが羽ペンを片手に数分 同じページで止まっていると、リドルが声を掛けてきた。その何気無い口調に警戒する事無くライムも答えを返す。

「……課題が捗らなくて」

ため息混じりに吐き出す言葉は何処か投げやりに響いた。リドルは軽く身を乗り出してライムの手元を覗き込むと、ああ、と納得したように声を上げた。

「魔法史か。その課題なら……そうだな、この本が参考になるよ」
「あ、ありがと。えーと、メモ用の紙は……」
「この文字はそのまま杖で紙に移せるよ」

杖で空中に本のタイトルをサラサラと書くと、その場に流麗な文字が浮かび上がった。リドルの言葉に従って、恐る恐るそれを杖で引き寄せメモ用紙に移すと、空中に浮いた文字は引き寄せられるようにピタリと紙にくっ付いた。便利な呪文だ。初めて見た。

「すごい。こんな魔法もあるのね」
「ああ。便利だろう?一々書き写すのが手間だから作ったんだ」
「へえー……ん?作った?えっ、この呪文、リドルが作ったの?」
「ああ。そんなに複雑な魔法では無いからね」

この数日で分かった事がある。
リドルは何をするにも恐ろしく効率が良い。リドルがやる事には無駄が無く、普通の人が試行錯誤を繰り返しながら見付ける最短の方法を、リドルは感覚的・直感的に選んでいるのだ。センスが良いと言うべきか……とてもじゃないが、ライムには真似出来ない。

何とも言えない敗北感に包まれながら、ライムは視線を外へと向ける。
窓から見える空は薄墨色に濁り、今にも雨が降りそうだった。この寒さなら雪になるかもしれない。それまでにはこの課題を終わらせようと決心して、気を取り直して再び前を向くと、リドルの横に積み上げられた本の背表紙が目に入った。

「随分と難しそうな本ばかり読んでいるのね」
「最近の授業はどれもOWL試験の為に復習ばかりだからね。新たな知識を得るには こうして自習するしかないだろう?」

『等価交換と魔術』、『空間魔術概念』、『物量と質量の魔法』などなど。リドルの手元に積み重ねられている本はどれも分厚く、タイトルからして難しそうなものばかりだった。

「理論書が好きなの?」
「まあね。ライムは嫌いなの?」
「うーん、嫌いじゃないけど少し苦手かな。重要だとは思うんだけど、なかなか」
「理論は大事だよ。一見荒唐無稽に思える魔法にもきちんと筋の通った独自の理論がある。新しい魔法を生み出す為にはまず、それを抑えなくてはならない。
実際には、それを理解しない者が殆どだけれど」
「なるほど。それにしたって、凄い量ね。それ全部 一気に読むの?」
「ああ。知識が多くて困る事は無いからね」
「確かにね。でもそこまで徹底出来るのはすごいわ」
「そういう君だって、編入してからずっと図書館に入り浸って本ばかり読んでいるじゃないか。今も折角の休暇だっていうのに毎日何かを調べてる。そんな必死になってまで、何が知りたいの?」
「知りたい事が沢山あるの。いつまでここにいるかわからないし、調べられる内に調べておかないと」
「……卒業まで、ここにいるわけでは無いのかい?」
「可能性の話よ。もしかしたらまた引っ越さなきゃならなくなるかもしれないってだけ」
「じゃあ、決まっているわけじゃあ無いんだね」
「……うん。私が選べる事じゃあないけどね」

いつ帰れるのかも、帰れるのかどうかすらもわからない。選べないというのはこうも人を不安にさせるものなのか。衝動的に吐き出したくなるのを、無理矢理喉の奥に押しやった。

嘘を吐かなければならない状況というのは案外ストレスになるものだ。割り切っていても、時折こうして胸が痛む。リドルだって嘘は吐いているのだろうから、お互い様だと言えばそうなのだろうけど。

ふ、とため息を吐くと、吐く息が白く煙った。

「寒くなってきたね」

そうつぶやくリドルは少しも寒くなさそうだった。

この場所は図書館の中でも奥まった所にあるから、真冬になると着込んでいても少し寒い。ライムは明日からはもう少し厚着をして来ようと決めて、無意識に明日もここに来ようとしている自分に気付いて……ほんの少し、驚いた。


****


談話室に戻ると、既に時計の針は夜の十時を差していた。図書館を出てからリドルと大広間で夕食をとり、そのまま真っ直ぐ寮に帰る気にもなれず 何なく城内を散歩していたのだが、思ったより時間が経つのが早い。円形の談話室を見回しても人気は無く、暖炉だけが赤々と燃えている。他の生徒はもう 部屋に戻ったらしい。

がらんどうの談話室はやはりどこかさみしくて。暖炉の傍に積み上げたクッションの山にもたれ掛かると身体はゆっくりと後ろに沈んだ。パチパチと音を立てて燃える明るいオレンジ色の炎はあたたかく目に鮮やかで、少し染みた。窓の外には雪がチラつき始めていて、室内との温度差でゆるゆるとガラスが曇りだしている。

ライムは身体を丸め、冷えて僅かにかじかんだ指先に息を吹き掛けてこすり合わせた。じわじわともどってくる感覚を逃さぬようにぎゅっと握り込んで、目を閉じる。

「静か、だなぁ……」

ひとりの部屋は静かであたたかく、吐く息はもう 白くは無かった。


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