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  やわらかにほどける想い


目覚めてからの数分間はいつも 自分がどこにいるのかがわからなくなる。

夢との境界線が曖昧で、目を開いてからしばらくは意識がぼんやりとして上手く思考が働かない。意味も無く瞬きを繰り返して無為に時間を過ごすだけ。ライムは何気なく寝返りを打ち、ベッド横のチェストに置かれた時計を見て、一拍置いて 飛び起きた。

「く……9時っ!? 嘘!遅刻!」

ザアッと物凄い勢いで血の気が引いた。つい数分前まで夢の中にいたとは思えない程機敏な動きで跳ね起きると、バタバタと走り回ってクローゼットから制服とローブ一式を取り出しパジャマを乱雑に脱ぐ。荒々しくシャツに手を通して手早くボタンを止めるとネクタイを首に引っ掛け、椅子の上に置いてあった鞄を手に取ったところで、ようやくライムは違和感に気付いた。何か、重大な事を忘れている気がする。

「……ん?……あれ?もしかしなくても……今日から休み、だっけ……?」

恐る恐る壁に掛けられたカレンダーを見ると、今日の日付の上に太字で書かれた『クリスマス休暇!』の文字がキラキラと楽しげに踊っている。

「………あー、うん。うん。なんかすごく……恥ずかしい」

脱力したライムの肩から鞄がずり落ちる。どこからか隙間風が吹き込んだ気がする。この時程 一人部屋で良かったと思った事は無かった。


****


大広間はほぼ貸し切りだった。元々残っている生徒が少ない上にこんな時間では当然かもしれないが、普段とは違う静けさにライムは少しだけ戸惑った。

休暇中で人が少ないせいか、いつもは四つある寮のテーブルも取り払われて中央に置かれた一つだけになっている。辺りを見回してみても生徒はほんの数人しかいなかった。
ハッフルパフが一人、レイブンクローが一人、グリフィンドールが二人、スリザリンに至っては誰もいない。リドルは既に食事を終えたのだろう。奥にある教職員テーブルは無人で、大広間は話し声も少なく静かで普段の騒々しい空間とはまるで別の場所みたいだった。そのギャップに違和感を感じたけれど、人がいない分他人の目や噂話を気にする必要も無くて、ライムはいつもよりゆっくりとしたペースで食事を進める。大分遅い朝食をトーストとサラダで簡単に済ませると、軽い足取りで大広間を出た。

「図書館……か」

昨日あんな約束をした以上、リドルの事を無視する訳にもいかない。正直気が進まないが、どうせ図書館には行かなければならないのだし、本を借りるついでに覗くと思えばいいのだ。リドルだって必ずあそこにいるわけでは無いのだろうし、まだ今日は休暇初日の朝だ。居ない可能性の方が高い。サッと様子を見て いなければ寮に戻ってしまおう。
幾つも理由を作って無理やりにでも自分を納得させて、ライムは図書館へと向かった。


****


そして残念ながら、リドルはそこにいた。

「やあおはよう、ライム。いい朝だね」
「おはよう……ござい、ます」

居た。居ました。トム・リドルが。今日も優雅に椅子に腰掛けて読書していますよ。休暇中でも一部の隙も無くきっちりと制服を着ている。相変わらずリドルは律儀だ。
挨拶を返しつつリドルの向かいの椅子に座ると、ライムは抱えていた本を机の端に積み上げた。

「今朝は随分とゆっくりだったんだね。朝食は食べ損ねなかった?」
「……ちょっとゆっくりしたい気分だったのよ。朝食はちゃんと食べたわ」

爽やかに微笑むリドルが何だか憎たらしい。以前だったらこの言葉もリドルなりの気遣いだと思っていたかもしれないが、今となってはただの嫌味にしか聞こえ無い。笑顔もどこか胡散臭いものに見える。明日からはちゃんと起きよう。むしろリドルより早く起きよう。何時に起きているか知らないけれど。

「フレディ・アッカーソン」
「え?」

唐突に挙げた聞き覚えの無い名前。
何の事かわからず首を傾げたライムに、リドルは答えを告げる。

「君が忘却呪文を掛けた男さ。呪文はきちんと効いていたようだよ」
「どうして……」

今更、そんな事を言う。
あの時していた話。隠すどころかこうしてちらつかせる。まるで、試すように。

「気になるかい?彼らが何故あんな場所であんな話をしていたのか。どうして僕があそこにいたか」
「そ……れは、」

そんな風に言われたら、誰だって気になる。────けど。

「聞かないの?」

リドルはずっと嗤っている。まるでライムがどう答えるのかを愉しむかのように。

「……聞かない」
「君は本当に変わっているね。本当は気になるだろうに」
「“Curiosity killed the cat(好奇心は猫をも殺す)”
……踏み込んだら、戻れない気がするから」
「賢明な判断だ」
「貴方の気まぐれで人生まで左右されるなんて御免よ」
「君のそういう冷静な所は嫌いじゃないよ」
「私はリドルのそういう所が嫌い」

間髪入れずにそう返して、ライムは勢い良くそっぽを向いた。

「……で、今日は何を調べるんだい?」
「何だっていいでしょ。課題の息抜きよ」
「息抜き、ねえ……」
「そうよ。目的なんて無いんだから追求しても無駄ですー」
「……そう。じゃあやめておくよ。これ以上しつこくして、嫌われたら困るからね」
「へっ?」

意外な程アッサリ引き下がった事に肩透かしを喰らった。反論する為に思い浮かべていた言葉の数々が行き場を無くしてしぼんでゆく。予想外の反応に戸惑っていると、リドルは「それとも、聞いて欲しかった?」とイタズラっぽく笑いながら聞いてきた。まさか、と即座に否定して、ライムは慌てて視線を手元の本へ向けた。

パラパラと一定の間隔で捲られる本のページ。すっかりペースを乱されたのはライムだけで、リドルは少しも余裕を崩していない。それが何だか悔しくて、でもそれを口にしたら負けな気がして。行き場の無い感情を飲み込むと、胸の奥がぐるりとうねった。

でもまあ、追求されないのなら文句を言う必要も無いし……別にいいか。釈然としないものを感じながらもそう無理やりに納得させると、ライムは気を取り直して手元に積み重ねた本の山に手を付けた。


(緩やかに変化してゆく関係に、本当はとっくに気付いていたのに)

私はいつでも、目を瞑る。


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