×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
masquerade T
「ダンスパーティー? 」

ある冬の夜、寮の自室でくつろいでいたミラに一つの情報が寄せられた。間の抜けた声でミラが聞き返すと、同室の少女セシルは長い指に赤いマニキュアを塗りながらミラの方を見ずに頷いた。

「そうよ。三週間後の日曜日にやるんですって。貴女、掲示を見ていなかったの? 」
「うん……掲示板の前は生徒がいっぱいいてよく見えなかったし、後で見ればいいかな、って。でもまた、何でこんなに急に? 」
「親睦を深めるため、ですって。校長の発案らしいわ。ダンブルドアらしい案ね」
「親睦……」
「そう。合同授業はあるけれどほとんどの生徒が他寮生との交流なんて持たないじゃない?普段なかなか機会が無いから、このパーティーを機に交友関係を広げろ、ってことらしいわ」
「へぇー」
「それにしても急よね。ダンスパーティーって言ったらドレスも靴も、アクセサリーだって準備しないといけないのよ?髪形を決めるにも時間がかかるし、パートナー探しだってあるし…簡単に言わないで欲しいわ」
「そうだね」
「他人事じゃないのよ、ミラ。貴方も準備するんだからね」
「ええっ?! 私はいいよ。パーティとか華やかなのは好きじゃないもの」
「5年生以上はみんな参加よ。諦めなさい」
「……はぁい」
「ミラはおしゃれに興味無いものね。貴女もたまにはマニキュアくらい塗ったら? 好きな色使っていいわよ」

そう言ってセシルが杖を一振りすると、ベッドサイドに置かれていた小さなアンティーク調の引き出し入れがひとりでに開き、中からミニチュアの小物入れが出てきた。4段ある内の上から2段目の引き出しがパッと開くと、中にしまわれている瓶が触れ合ってカチャカチャと音を立てた。ラピスラズリのような深い青、とろりとした光沢のある翡翠色、清涼感のある檸檬色、淡い珊瑚色にキラキラと輝くラメがふんだんに含まれた白銀。
小さな小瓶に詰まった色とりどりのとろりとした液体は、どれも美しい色をしていた。

「そこから好きな色、選んで。ついでにお手入れの仕方も教えてあげるわ」
「でも、私には多分似合わないし……」
「馬鹿ね、ミラ。貴女の指って白くて綺麗だもの。似合わないはず無いわ。こういうのは似合わないんじゃなくて、見慣れないから変だと思うだけよ。すぐに慣れるわ」
「そういうもの? 」
「そういうものよ」

少し強引だが面倒見のいい友人の言葉に気押されながら、ミラはちら、とセシルの指を見る。綺麗に整えられた爪は長く鋭利で、凶器のようだとミラは思った。血のように真っ赤な色は美しいのにどこか恐ろしく、何処までも女性的だった。ああいうハッキリした色はきっと自分には似合わない。

「じゃあ、これで」

ミラが指差した先にあるのは淡いペールピンクの小瓶だった。

「あら、意外とセンス良いわね。……うん。これならあなたの肌の色に良く映えると思うわ」
「意外に、って」

この友人は本当に容赦無い。裏でネチネチ言うタイプではないし、言い方こそハッキリしているだけできちんと気遣いも出来るからとても付き合いやすい。そういうところも嫌いじゃないが、こうもズバズバ言われると何とも言えない気分になる。

「せっかく塗るのに一色だけじゃあつまらないから、あと二色くらい合わせるわね」

そう言って勝手に残りの色を選び出したセシルをじっと見つめて、ミラは浮かんだ疑問を口にした。

「セシルは舞踏会、楽しみなの? 」

長い指で小瓶を手に取るセシルはどこか上機嫌に見えて、ミラはそう尋ねた。するとセシルはにっこりと綺麗な笑みを浮かべて、ミラの方を見た。

「当然でしょう? だって羽目をはずす良い機会じゃない。女の子なら誰でも期待しているはずよ」
「そうかしら……? 」
「ミラはまだまだ子どもね。ま、そのうち貴女もわかるようになるわよ」

きっと自分のように、乗り気で無い生徒も沢山いるはずだ、とミラは思ったが、それを言ったらきっと水を注すことになるのだろうと考えて、言わないことにした。

――――しかし、このミラの予想は見事に外れることになる。

「信じられない……! 」

今日一日で、ミラは嫌というほど“ダンスパーティー”という単語を耳にした。女子生徒だけでなく、男子生徒までもがその単語を口にし、囁き声の端々に抑えきれぬ興奮が滲んでいる。ミラが意識しなくても、パーティの話題は耳に飛び込んでくるのだった。

聞いた情報を繋ぎ合わせてみると、どうやらただのダンスパーティーでは無く、仮面舞踏会らしい。
何でまた、そんなややこしいことをするのかとミラは首を傾げたが、親睦を深めることが目的であるため、顔を隠した方が色々な相手と関わることが出来るはずだ、というのが理由らしい。確かに普段ホグワーツの生徒は基本的に寮の中で交流を深めているからこういった機会は貴重なのだろう。他寮では別の寮同士でも交流が多いらしいが、グリフィンドールとスリザリンで仲が良いなんて稀だ。

けれど顔がわからなければ普段より話しかけ難い気がするのだが……。

納得できない思いを抱えながら自室へ戻ると、そこにはミラの飼い猫――トム・リドルがベッドの上でくつろいでいた。人の姿で。

「リドル! 」
「ああ、お帰り、ミラ」
「ただいま……って、そうじゃなくて! 何で人の姿になっているの? ここは一人部屋じゃあないのよ」
「人避けの呪文を欠けてあるから平気だと前にも言ったはずだけど? ミラは心配性だね」
「そうだけど、そういう問題じゃあないわ……」

仕方ないなぁ、と少々めんどくさそうに言って、リドルはパチリと音を立てて猫に姿を変えた。これで満足かい? とでも言わんばかりの顔で尻尾を一振りしたリドルに、ミラは少し呆れた。

「貴方って本当、猫みたい」
「猫だからね」
「……」

ミラはそれ以上言うのをやめ、ベッドにゆっくりと腰かけた。綺麗に形を整え、淡いペールトーンで揃えられたミラの爪を見て、リドルはおや、と声を上げた。

「珍しいね、君がそういうものに興味を示すだなんて」
「セシルがやってくれたのよ」
「成る程ね。君も普段からお洒落をすればいいのに」
「本気で言っているの? リドル。どうせ私には似合わないわよ」
「自意識過剰なのは論外だけど、自信が無さ過ぎるのも考え物だね」
「……何が言いたいの? 」
「さあ? でも、君はもっと自分を知るべきだと思うよ」

イマイチぴんとこなくて質問を重ねようと口を開いた瞬間、遠くから階段を下りる足音が聞こえてきた。「誰か来るみたいだね」と他人事のように言うリドルを「ほら、黙って」と遮ると、リドルはぱたりと尻尾を一振りした。

****

「ミラ! 」
「……ジェームズ? 」

午前中の授業が終わって、食事を取ろうと大広間に向かう土地途中でミラは声を掛けられた。きょろきょろと辺りを見回すと、遠くの方でピンピンとあちこちにはねる黒髪と、まあるいメガネをかけた少年がミラに手を振っている。よく見なくとも誰かわかるその人は、グリフィンドールのジェームズ・ポッターだ。その後ろからやや遅れてゆっくりと歩いてくるのは、シリウス・ブラック。どちらもミラの友人である。
二人共ミラの方へと人波を掻き分けて近づいてくるので、歩みを止めて待つ事にした。

「やあやあ、久しぶりだねミラ」

芝居がかったしぐさと自信に満ちた声で挨拶するジェームズに苦笑交じりで挨拶を返すと、その後ろでシリウスが挨拶替わりに手を上げた。

「ダンスパーティーのパートナーは決めた? 」
「いいえ、まだよ。何だかそういうのって苦手で…」
「へぇ、ならシリウスの弟君、誘ってみたら? 同じ寮生なんだし、確か仲もいいんだろう? 」
「おい何言ってんだ、ジェームズ! 」
「シリウス? 」
「おや? 僕、別に変なことは言っていないと思うけどな。ミラはまだパートナーが決まっていない。しかしパーティーは二週間後。君の弟君の学年は誘われないと参加できないから今からでも誘えるだろうし、ミラの相手にはぴったりだと思うけど? 」
「わざわざあいつを引き合いにださなくったって、他にも相手は沢山いるだろ」
「じゃあシリウス、君がミラのエスコートをしたらどうだい? 」
「は? 」

唐突な話にぽかん、と口を開けたシリウスの代わりに、ミラが慌てて口を挟む。

「ちょっと、ジェームズ? 何言ってるの」
「あれ? ミラはシリウスがパートナーじゃ嫌かい? 」
「そんなことは言っていないわ」
「なら良いじゃないか。シリウス、君もミラのことは嫌いじゃないだろう? むしろ結構気が合うはずだ」
「そうだけどよ……幾ら何でも強引過ぎないか」
「物事を決める時には慎重さも大事だけれど、時に勢いも必要だからね」
「ジェームズはいつも勢いで動いているみたいだけど? 」
「そんなことないさ」
「説得力無いな」
「うん。それに、Miss.エバンズに話しかける時の勢いはもう少し抑えたほうがいいと思うわ」
「同感だな」
「うわぁ酷い! 」

大袈裟に傷付いたと言わんばかりの声をあげて、ジェームズは顔を手で覆った。
その様子を見て肩を竦めるシリウスと視線を交わして、ミラはため息混じりに「わかったわ」と返した。途端にバッ! と顔を上げたジェームズの顔に浮かぶのはいつもと変わらぬ笑顔。

「じゃあ、決まりだね。いやー、よかった! これで毎日のようにシリウス目当てで寄ってくる女の子たちとサヨナラできるよ! 彼女たちがいると、リリーがいつも以上に話してくれないから困っていたんだ! ありがとう、ミラ」
「ジェームズ、それ、失礼よ」
「ごめんごめん。でも、シリウスはオススメだよ? 少々無鉄砲だしちょっと頑固だけれど、いい奴だから。ご覧の通り、顔もいいし」
「お前って本っ当に調子いいよな……」
「おや、それはどうも」
「褒めてねぇよ」

ニコニコと機嫌良さそうな親友の様子に心底呆れたように、シリウスは溜め息を吐いた。

****

「良かったじゃないか、パートナーが無事に決まって」

授業が終わり、同室の友人達より一足早く部屋に戻ってベッドにごろりと横になったミラの枕元に擦り寄りながら、黒猫がそう言った。
がばっと勢い良く体を起こしてリドルを見ると、目を細めてミラを見ていた。

「聞いていたの? 」
「まぁね。持っている情報は多くて困ることはないからね」
「……」

無言でごろりと再びベッドに横たわったミラを不思議そうに見て、リドルは首を傾げた。

「不満なのかい? あのシリウス・ブラックという男は結構人気なんだろう? 君には勿体無いくらいの相手じゃないか」
「そうだけど、」

口ごもるミラを赤い瞳でじっと見つめながら、リドルは小さく鼻を鳴らして寝そべった。興味を無くしたのか、本物の猫のように毛繕いを始めた。…猫だけど。

「リドルはどうするの? 」
「部屋で休んでいるよ。人ごみは嫌いだからね」
「……そう」
「僕と踊りたかった? 」
「まっ、まさか! 」

慌ててそう叫ぶミラの顔は心なしか赤い。上ずった声とその態度から察するに、リドルの指摘は強ち間違いでもないようだったが、リドルはそれ以上は追及しなかった。

「君は本当に素直じゃないね」

ただ一言、そう呟いて、黒猫は呆れたように笑った。


prev next