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縮まらない距離を追って
※シリウス逆トリップ夢。短いです。



「ちょっと、邪魔」

ソファーと低いテーブルの間を通ろうとして、ジルは掃除機をかける手を止めた。掃除機の行く手を阻むそれを目にして、思わず眉間に皺が寄った。

「どうしたジル」
「ほら、足」
「足が何だって? 」

明らかにわかっているのに、シリウスは脚を退けない。それどころか脚の長さを自慢するように足を組みかえて行く手を遮る。ジルは抗議の意味を込めてガツガツと掃除機を脚にぶつけた。

「痛え」
「邪魔なんだけど、って何回言わせるの? 」
「ああ、すみませんね、足が長くて」

ニヤニヤ笑うシリウスの表情を見るまでもなくワザとだとわかる。シリウスはいつもそうなのだ。

シリウスは何事にも順応するのが早い。
こちらに来てから1ヶ月。最初は色々と驚いたり警戒してばかりいたシリウスも、今ではこうしてすっかり寛ぐようになった。平日は一人でテレビを見たり読書して過ごしているし、休日にはジルと一緒に買い物にも行く。
シリウスは基本的にマグルの文化に寛容だが、掃除機の音は嫌いだ。だからこうしてジルが掃除を始めると必ずと言っていい程邪魔をしてくる。邪魔と言っても些細なものでどれもくだらないのだが、やっぱり少しムカつく事はある。

「ばーか」

抗議の意味を込めて、ジルは掃除機のスイッチを強にした。
途端にシリウスが何か言った気がしたが、掃除機の音で聞こえないふりをした。



****



初めは”お前”呼びだったのが、今では名前で呼ばれてる。
初めは床で寝ていたのが、今では一緒にベッドで寝ている。

当たり前のように毎朝顔を合わせて、ご飯を食べて、他愛ない話をして、たまには出かけて。夜は当たり前のように一緒に眠る。ベッドなんて一つしかないから、もちろん雑魚寝だ。スペースは狭いし枕は一つしかないから毎晩奪い合いになる。争奪戦には大概シリウスが勝つけれど、朝になるとちゃんとジルのスペースは空けてある。
近いけれど近すぎない。シリウスはいつだってちゃんと適切な距離を置く。けれどそれでもやっぱりじわじわと、近づいていくものがある。


「ねえ、シリウス」

前を歩くシリウスの背中を夕日が照らす。線路沿いの道を駅に向かって十五分。品揃えのいい大きなスーパーで買い出しするのが、金曜日の夕方の定番の散歩コースだ。

シリウスは背が高い。意外としっかりした骨格に、無駄の無い筋肉。スタイルがいいのは言うまでもない。短い黒髪は風に靡いて少しも絡んだ様子が無いし、肌もやや日には焼けているけど充分綺麗だ。少し骨張った腕のラインが捲った袖から覗く様すら、不思議と色っぽく見える。

「何だ、ジル。腹でも減ったのか? さっきひつまぶし食べたばっかだろ」
「うん。お腹すいた」
「そこは嘘でも違うって言えよ」
「シリウスに嘘吐いたって仕方ないでしょ」
「……それもそうだな」

ふっと、緩むようにシリウスは笑った。
その横顔を見て、ジルは無意識に息を止めていた。

いつまでこうしていられるんだろう。ある日突然やって来て、ズカズカと日常に踏み込んで来たけれど、嫌じゃなかった。だった一ヶ月なのに、もうこんなにシリウスの存在が大きくなっている。

距離が縮まるにつれて、残り時間が減ってゆく。

ぶわっと風が吹く。叩きつけるようにぶつかって、木々の葉っぱを引きちぎって巻き上げる。ぬるい空気がまとわりつく感覚に、不快指数が跳ね上がる。

「シリウス」

ジルは無意識に名前を呼んだ。
少し長めの黒髪が風に靡いて顔が見えない。シリウスはゆっくりと振り返り、真面目な顔でジルを見下ろした。

「なあ、ジル。俺は、お前にーー」

がたんごとん、と音がして、その先は聞こえなかった。
けたたましい電車の走行音。風が言葉を攫って行く。

シリウスの色の薄い唇がやけにゆっくりと動くのを、瞬きせずに見つめていた。
まるで魔法にかけられたように、一瞬が永遠みたいに長かった。

電車が走り抜けてからもしばらくジルは動けなかった。シリウスの靴がじゃりっと砂を踏む音でようやく我に返って、引き止めるように言葉をぶつけた。


「今! 」
「あ? 」
「い、今っ! ねえ、今何て言ったの!? 」
「……さあな」
「さあって、はあ!? ちょっと! 」
「忘れた」
「忘れた!? 」

シリウスは信じられない、と声を上げたジルを見て笑うばかりで、その顔に先程までの真剣な表情は欠片も残っていなかった。ひとしきり怒りをぶつけた後で、ジルは深くため息を吐いた。

「どうした」

ため息に気付いたシリウスが振り返る。

「別に」

影がのびる。
ゆらゆら揺れるシリウスの手に思わず手を伸ばしそうになって、ジルは躊躇った。つい、足が止まる。

「……本当にどうしたんだ? タイムセール、終わっちまうぞ」

今日は卵が安いんだろ、と言ったシリウスの僅かに傾げた顔に夕日がかかる。夕焼け色に染まった世界の中で、シリウスはただひたすらに恰好よかった。
こんな所帯染みた生活の中にあっても、シリウスは変わらなかった。馴染むけれど染まらない。一緒にいればいる程差異が際立つ。

「なんでもない」

シリウスは眩しい。いつでもそうだ。
初めて見た時、太陽みたいだと思った。誰より強く眩しくて、周りを巻き込み燃やし尽くす人。
……そんな人と、いつまでこうしていられるんだろう。

「悪戯でもすりゃ、嫌な事なんて忘れられる」
「シリウスと一緒にしないでよ」
「あれやるか? 盗んだバイクで走り出す……」
「それ、犯罪だからね」

シリウスが笑う。つられたようにジルも笑ったけれど、上手く笑えていたかはわからない。

「行こう、シリウス」

代わりに影の手を取った。触れられないけど、せめて影の中でだけは。

いつしかこの距離が、目に見えない程遠く離れてしまう。その前に、今だけは。

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