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出会いは鮮紅色

獄卒。死んだ人間を地獄で呵責する鬼。獄卒は閻魔庁に所属している。しかし、中には閻魔庁とは異なる部署が存在する。それが特務課である。そのトップである獄卒・肋角に選ばれた者は特務課の獄卒となるのだ。
佐疫もその一人だ。獄卒、鬼とはいうものの、佐疫は姿だけならば人間と何ら変わりない。しかも十三かそこらの少年の姿形を取っている。とはいえ仕事を任されないわけではなく、上司や同僚と共に任務へ赴くこともある。

今日も同じ頃に獄卒になった同僚の一人、谷裂と任務にあたっていた。今は既に任務を終えて館へと戻ったところだった。

「今回も上手くいけたね」
「あれくらいこなせければ意味がないだろう」
「あはは……」

谷裂は獄卒一倍獄卒としての意識が強い。獄卒たるもの任務は必ず遂行するもの、どんな時も鍛錬を怠らぬものと考えているらしい。他人にも厳しいが己にも厳しく、常に向上を目指すところは谷裂の美点と言えた。
佐疫は苦笑するだけに留める。

「じゃあ、肋角さんに報告しに行こう」
「そうだな」

執務室へ向かう。留守にすることもあるが、肋角は大抵ここにいる。一度扉の前で立ち止まり、声をかける。

「肋角さん。佐疫と谷裂です。報告に参りました」
「入れ」

威厳のある声が扉越しに聞こえる。許可を得た佐疫と谷裂は中へと入った。

「失礼します」

執務室の扉を開けると、見慣れぬ少女がいた。人間の視点からなら、いや、獄卒の佐疫視点でも「美しい」と評できるような少女。少女と呼ぶにはひどく大人びて色気があり、女と称した方が正しい気がした。

まず目につくのは少女の背丈と同じくらいある艶やかな銀の髪。そして全てを凍らせるような碧の瞳。肌の色は災藤に似ている。整った顔立ちに浮かぶ感情は何も無く、友人になった斬島のようだった。しかしそれでも斬島よりも冷たい印象を与えるのは攻撃的な目つきのせいか。服は佐疫や谷裂と同じものなので獄卒なのだろう。スカートはやけに体にはりついていて、右脚には深いスリットが入っているが。動きやすさを重視しているのかもしれない。

驚く佐疫と訝しむ谷裂を見ながら、肋角は煙管を吹かす。

「お前たちは初めて会うか。お前たちと同じ頃に入ったんだが、なかなか会わせる機会もなくてな。賀髪という」
「賀髪と申します。よろしくお願いします」

少女、賀髪は丁寧に礼をした。顔つきと同じように温度を感じさせない声音だった。

「はじめまして。佐疫です。よろしくね」

佐疫はにこやかに微笑み、握手を求める。それに応じて賀髪も差し出された手を握った。

「……谷裂だ」

対して谷裂の声は普段より数段低い。いつも何かに苛立ちを感じているかのように刺々しいが、さらにひどくなっている。
賀髪の顔にようやく感情が浮かぶ。嫌悪に近いそれを隠すこともない。

「どうも」

佐疫のときより素っ気ない、多少の怒りが混ざった返事。何やら谷裂と賀髪の視線が鋭くなっており、二人の空気は重苦しい。佐疫は少し呼吸がつらくなってきた。
頼りの肋角といえばどこか愉快そうに口角を上げて見守っている。佐疫が助けを求めるように視線を投げると、肋角が言った。

「よし、賀髪。今日はもう上がって構わん」
「はい。失礼しました」

肋角へ一礼した後、賀髪が執務室を出た。通り過ぎる際谷裂を睨んだ気もするが、佐疫の気のせいということにする。

「佐疫、谷裂。報告を聞こう」
「は、はい。まず……」

佐疫は背筋を正し、上司へ仕事の結果を伝え始めた。


肋角への報告も終えて二人は食堂へと歩く。先程紹介された獄卒と会ってから谷裂はやけに口数が少ない。元から多い方ではないが、明らかにいつもの強面に不機嫌が強く刻まれていた。谷裂の沸点の低さにも慣れたものだが、ライバル視している斬島や少し幼い平腹の発言で怒鳴るときとはまた別の苛立ちを感じる。

もしかして初対面ではないのか? とも思ったが、それなら肋角が一言付け加えているだろう。無表情だったのが気に食わなかった? 温度の差はあるが斬島も似たような表情だ。それに谷裂はそんなことを気にする男ではない。女だったから? 他にも女獄卒はいるし、性別を理由に差別や批判をする男でもない。

ならどうして、と疑問がスタート地点に戻ったところで食堂に着く。そこには問題の賀髪が紅茶を飲んでいた。
ティーカップを持って紅茶を飲む。たったそれだけの仕草が妙に様になっている。
気配に気付いたのか賀髪が視線だけこちらに向ける。二人を視界に入れた途端、氷の彫像のような顔が微妙に歪んだ。

「……お疲れ様です」
「お疲れ様」

佐疫が笑顔で返すものの、変わらず空気は剣呑だ。谷裂と賀髪は睨み合ったまま視線を外さない。怨霊と呼ばれる亡者を相手にしたこともこの世に住む大量の魑魅魍魎を潰したこともあったが、どんな任務よりも場にかかる圧が凄まじい。息を呑むだけで矛先が佐疫へと向かう気さえする。しかしここで逃げたらどちらかが掴みかかって乱闘になるに違いない。どうにか笑みを保つことしか佐疫にはできなかった。
このまま重苦しい時間が流れるかと思われたが、痺れを切らしたらしい谷裂が口火を切った。

「何だ。言いたいことがあればさっさと言ったらどうだ」
「貴方の方こそ私に何かあるのでは? 何か言いたげな視線、不愉快なのですが」
「貴様が不用意に睨んでくるからだろうが!」
「貴方の方が先だったでしょう」
「えっと、谷裂、賀髪……」

止めなければ。佐疫が二人の間に入ろうとするも、谷裂の言葉にかき消される。

「しかも、何だ貴様のその髪は。切れ」

谷裂の目がさらさらの銀髪に移る。
確かに賀髪の髪は長い。腰までならともかく、毛先が地面との距離が五センチあるかないかだ。そこまで長い髪の持ち主は今のところ人間でなくとも見たことがなかった。

「何故? 別に私の髪が長かろうが貴方に迷惑をかけていませんよね?」
「そんなに長い髪だと任務に支障が出るだろう」

谷裂の言葉は正しい。だが、賀髪の瞳がよりいっそう苛烈な光を灯し始めた。大きな感情を映したことのなさそうな瞳に激情が宿る。

「――――これは私の唯一の持ち物です。誰に言われようと切るつもりはありません」

強い意志がこもった声で賀髪は告げる。静かに憤怒の炎が目の奥で揺れ、枝毛など一本もない髪がまるで生きているかのように動いた。明確な敵意を向けられても谷裂は怯むことなく受け止めている。

「持ち物? 意味の分からんことを……」
「分かってもらいたいわけではありませんし、貴方に分かってもらうつもりもありません。どうせ言ったところで理解できないでしょうから」
「貴様……」

谷裂の顔がさらに歪む。そして見上げていた賀髪の胸倉を掴んだ。

「た、谷裂!」

さすがに同僚へそんな扱いはどうか。それにおそらく気にしていないだろうが手に思い切り豊かな胸が当たっている。そう思い佐疫は谷裂を呼び止めるも、谷裂は賀髪を乱暴に掴んだままだ。賀髪はというと侮蔑たっぷりに見下ろしている。

「無遠慮に胸を掴まないでもらえませんか? 気持ち悪いので」
「いちいち貴様が苛立たせるようなことを言うからだろうが!」
「貴方がほぼ初対面の女に髪を切れなんてデリカシーのないことを言うからでしょう」
「で……?」

一瞬谷裂の顔が緩んだ。賀髪は角が立つ口調ですらすらと答える。

「配慮、気配りということです。人間の世も移り変わるものですから、少しは人間の言葉を勉強した方が良いと思いますけど。……貴方には少し難しいでしょうか?」
整った顔に嘲笑が浮かぶ。嫌味たらしいその笑みに、谷裂の顔に再び怒りが広がった。握りしめる手にも力が入る。

「ここで貴様の頭を潰しても構わんが」
「やれるものならどうぞ。その間に貴方を刻みますので」
「ちょっと、谷裂! 賀髪も煽らないで!」

佐疫が間に入ろうとするよりも早く二人が頭突きした。鈍い音を立った後、二人ともバランスを崩す。だが谷裂の手は賀髪の服から手を離さない。

「……っ、流石に固定観念がガチガチに堅い方は頭も硬いですね」
「やかましい!」

谷裂と賀髪の顔が近くなる。もう少し距離を詰めれば口と口がくっついてしまいそうだ。しかし二人はそんなことを全く気にしていないのか、近距離で火花を散らしている。
どうするべきか。銃でも撃って静かにさせるべきだろうか。佐疫は特注の外套からピストルを取り出し、まずは壁に当てようと狙いを定める。引き金を引こうとしたところで、頭上から声が降ってきた。

「どうした、お前たち」

肋角だ。肋角を見た佐疫の胸に安堵が落ちる。が、上司が来たというのに谷裂と賀髪は視線すら向けずに口喧嘩を続けていた。

「ろ、肋角さん。谷裂と賀髪が喧嘩し出して……」
「ふむ。さっきも随分と険悪そうだったが、あそこまでとは」

口喧嘩と言うには過激な二人を見ても肋角は冷静に分析している。流石と感嘆したくなるが、放っておけば食堂が半壊しそうな勢いだ。

「あの、止めなくていいんですか?」
「そうだな」

頷き、肋角は二人の頭を掴んで持ち上げた。賀髪はともかく谷裂は筋肉もあり確実に重いはずだが、まるで子供が人形を乱暴に扱うかのように平然としている。そしてそのまま床に下ろした。
突然持ち上げられた谷裂は目を丸くさせ、賀髪の顔にも無表情ながら多少困惑の色が滲んでいる。

「「肋角さん」」
「珍しいな。お前たちが佐疫の制止も聞かず俺の気配にも気付かんとは。よほど夢中だったとも見える」

二人が言葉に詰まる。頭を垂れる様は叱られる子供のようで、先程まで殺し合いでも始めそうな気迫を持った二人とは到底思えなかった。

「いえ、そういうわけではないのですが……」
「この女がいちいち癇に障ることばかり言うので、頭に血が上ってしまい……」
「ほう。そうなのか、賀髪」
「このクソ坊主が私の大事な髪を切れなどとのたまうので、口を滑らせてしまいました」

クソ坊主。彫像のごとき美しい顔に似合わぬ物言いに佐疫は自分の耳を疑ったが、確かに賀髪はそう吐き捨てた。上司に向かって使ってはいないが似つかわしくない言葉だ。しかし、同僚の一人である平腹だって「肋角さん」と敬称で呼ぶが敬語は使わない。使えないの間違いかもしれないが。懐が深い肋角は気にせず谷裂へ言う。

「なるほど。谷裂、女に、賀髪に向かって髪を切れとは無粋だな」

谷裂が口ごもる。賀髪の銀髪へ視線を向けてから疑問を投げかける。

「しかし、これだけ長いと任務に支障が出るのでは……」
「実際に問題ないからそのままにさせている。心配するな」
「は、はあ」

返事はしたものの、谷裂はあまり納得のいかない顔つきだ。だが肋角にそこまで言われては強く出れず、谷裂の口から次の言葉が出てくることはなかった。
やれやれと言うように肋角は肩をすくめる。

「俺は戻る。馬が合わんかもしれんが、同じ獄卒だ。任務は果たせよ」
「は、はっ」
「……はい」

頷いた二人は明らかに不満が残っていた。それでも肋角はどこか楽しそうな笑みを唇に形作り、背を向けた。肋角の広く逞しい背が遠ざかる。
それを見守っていると、谷裂が賀髪へ声をかけた。

「おい、賀髪」
「何ですか。もう貴方から話しかけないでほしいんですが」
「俺も貴様に話すことなどないが、ひとつだけ答えろ」
「質問によります」

賀髪の素っ気ない返答に谷裂の眉間にシワが刻まれる。また騒ぎ立てて肋角が来ることを恐れたのか、平静さを戻すために一呼吸置いて尋ねた。

「切らんのならせめて結ぶなり何なりできんのか」
「結ぶと髪が傷みますから」

そういうものか。それなりに知識はあるつもりの佐疫も髪にまでは詳しくないし、そもそも髪も短いので結んだこともない。知識が豊富な田噛か抹本ならば答えられたのだろうか。
空気は多少、本当に多少だが柔らかくなったので佐疫も会話に混ざる。

「でもちょっとかがんだだけで床につきそうだけど、どうしてるの?」
「上手く肩から前に垂らしたりしています」

このように、と賀髪はかがんで手本を見せた。長さもあれば量もある髪が肩にかかり前に流れる様は絹でできたカーテンだった。確かにこれで床につくことはない。
否定する者は全て射殺さんとする威圧から髪に対する執着が並々ならぬことは分かったが、戦いはもちろん日常生活でも大変そうだ。しかしこれ以上佐疫が口に出すことではないので黙っておく。

「……では、私はこれで」
賀髪が立ち上がってばさりとカーテンが背へ流れた。もう話しかけるなと後ろ姿が語っている。ティーカップを持って台所へ向かっていった。
谷裂が鼻を鳴らして歩き始めた。佐疫も隣に並ぶ。

「谷裂、煽ってた賀髪も悪いけど、手を上げるのは良くないよ」
「あいつから煽ってきたろうが。俺にそこまで非はない」
「まあ、そうかもしれないけど」

否定できない。容姿は女そのものだったが、口も気迫も男に負けぬものがあった。個々によるだろうが場合によれば男でも負けるだろう。
そこで佐疫の中にひとつ疑問が生まれる。

「谷裂は賀髪に会うの、初めてなんだよね?」
「あれが初対面だ。そうでなければ話しかけなどせん。だったら何だ」
「いや、初めての割に最初から睨んでたから……」

谷裂は怒りの沸点が低いとはいえ初対面の相手に目を吊り上げることはない。目つきが鋭いのは元からだ。対する賀髪も絶対零度の眼差しを向けていた。だから尋ねたのだが、谷裂は厳しい顔つきのまま答える。

「一目見てあの賀髪という女が嫌いになっただけだ。理由は分からんしどうでもいいが」

人間の言葉の中に、一目惚れというものがある。普通なら甘い感情だ。実際どういうものかは掴めないものの、小説などでは「甘い」などと表現されることが多いのでそう認識しているだけだが。
一目惚れとひとつ正反対の単語が入った「一目で嫌い」。谷裂は外見だけで判断する男ではないとはいえ、清潔さはプラスになるだろうし真面目だからあまり軽薄な者も好ましくないだろう。賀髪は清潔だったし全く軽薄そうでもないし、見た目の話ではないはずだ。
色恋に興味がなさそうな谷裂だが、もしかして賀髪が好みだったのかもしれない。この間見てみた人間の映画には「好きだけど素直になれない」なんて人物がいた。かといって照れ隠しかと勘ぐるにはあまりに険しい表情をしている。それに、肋角が止めなければお互いの首を絞めていただろう冷たい空気。これのどこに恋愛などという甘い感情が存在するなど考えられるのか。佐疫には理解できないが、いわゆる「生理的に無理」、「合わない」ものなのだろう。
佐疫はそれ以上何も言わず、そっかと相槌を打った。



賀髪と出会ってから一週間。それまでに賀髪に何度か会った。佐疫が挨拶すればちゃんと返事がくるし、紅茶を淹れてくれたこともあった。谷裂の名を出すと端正な顔を思い切り歪めたのでやはり賀髪も谷裂と同じ感情を持っているようだ。

肋角から言い渡された任務内容を確認し、佐疫は玄関へ赴く。玄関に着いた途端、館の扉が勢いよく開いた。

「任務中はともかく、館に入ったら半径百メートルは私の中に入らないでくれませんか?」
「好き好んで貴様といるわけではない! 報告したらさっさと部屋に戻れ。むしろ首でも吊っていろ」
「吊ってほしいなら吊ってあげますよ。首を吊るのは貴方ですけど」
「俺が貴様なぞにやられるわけがあるか」
「先程隙がありすぎて腕を食われそうになっていた方が何を言っているんだか。もう少しご自分の実力を認めては?」
「そこまで言うなら報告した後に試してやる。その身でな」
「分かりました。今日の仕事終わりにお相手してあげますよ。貴方の首を刎ねればすっきり寝れるでしょうね。再生しなければの話ですが」
「貴様の頭が潰れるの間違いだろうが」
「寝言は寝てから言ってもらえません?」

谷裂と賀髪だ。外で鉢合わせてしまったのだろうか。止まらない応酬。誰かが止めなければ永遠に続いていそうだ。乾いた笑いをこぼす佐疫を見つけた賀髪が声をかける。

「佐疫さん。お疲れ様です」
「お疲れ様。二人は外で会ったの?」

賀髪がわざとらしく大きなため息をついた。忌々しいものを口にするかのように苦い顔で答える。

「いえ、違います。一緒の任務だったんです。とても腹正しいことに」
「えっ」

この二人が。一緒の任務。お互いを嫌っているという谷裂と賀髪。仕事は仕事といえ、協調できるのか想像がつかない。そんなことは可能性のひとつとしても考えられなかったので、驚きの声を上げてしまった。

「肋角さんが『この任務はお前たちが適任だ』と仰ってな。肋角さんの命令だ、仕方あるまい」

肋角の命令ならば納得できる。しかし、何を考えて二人を組ませたのか全く分からない。まだ新米といえる佐疫には及ばぬ考えがあるのだろうか。

「私だって肋角さんか災藤さんに言われなければ絶対に組みたくないです。もう二度と組みたくないので、抗議しないと」
「そうだな。佐疫、肋角さんは執務室にいるか?」
「うん。俺もさっき肋角さんから仕事を任されたところだから、まだいると思うよ」
「分かった。行くぞ、賀髪」
「貴方に言われなくても行きます」
「一言付け加えんと気が済まんのか、貴様は!」

佐疫から離れていく二人の会話がだんだん遠くなっていく。何かが壊れた音が聞こえたが、気のせいということにしておく。

――――本当に大丈夫かなあ。

心配になってくるが、任務を達成できたのだからそのあたりは大丈夫なはずだ。館で暮らすとなると話は別だが。
自分も任務に行かなくては。佐疫は深く帽子を被り直し、扉を開けた。