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きらめきは絶対零度

平腹は谷裂と賀髪のことを、わかんねえけど面白い奴ら、と思っていた。

毎回二人で一緒のところを見ると喧嘩というか殺し合いばかりしているくせに、自分を怒るときはやけに息が合うのだ。その様が何だか面白くて仕方なかった。


ある日、仕事が終わったのでゲームをしようと自分の部屋に帰ろうとしたときだった。鍛錬場の扉が開いていて、今日も谷裂か斬島がいるものだと声をかけようと中を覗いた。そこには異様とも言える光景が広がっていた。

「三百二、三百三、三百四、」

谷裂が腕立て伏せをしている。そこまではいい。そこまでならいつも通りだ。しかし、その谷裂の背に乗りながら賀髪が涼やかな顔で本を読んでいるのは平腹でもおかしいと思う。傍から見たら女王様と下僕にしか見えない。だからつい扉を開いてしまった。

「なーなー、何やってんの?」

「見て分かるだろう。筋トレだ」

「なんで賀髪が上に乗ってんの?楽しい?」

「いえ、別に楽しくはありませんが」

目と同じくらい冷たい温度で返される。平腹は気にせずふぅんと相槌を打った。賀髪が冷たい態度なのはいつものことだ。

「重し代わりだ。あれくらいで根を上げて、俺もまだまだだったからな」

以前力比べで牛を背に乗せたことだろう。重いものより軽いものから、ということだろうか。そりゃあ牛より賀髪のが軽いと平腹でも分かる。

「賀髪的には椅子?」

「こんな最悪に硬い肉椅子、即刻粗大ゴミ行きですね」

筋肉質で汗をかいていて息を荒げる椅子なんて座り心地がよくないに決まっている。賀髪は潔癖症と言ってもいい。よく見たらタオルを敷いて座っている。そこで平腹はひらめいた。

「じゃあ俺も重しになる!」

「なんでそうなる、っ!」

平腹が無理矢理賀髪の横に座、ろうとして賀髪が優雅に立ち上がった。賀髪の代わりに平腹が入ると支えるのがきつくなったようで、谷裂の歯を食いしばる音がした。

「平腹貴様、降りろ!」

「なんで賀髪はいいんだよ〜。あ、やっぱりお前ら仲いい、」

「「誰が」」

刹那で鋭い眼光とともに遮られ、起き上がった谷裂に落とされた。射殺さんばかりの目に一瞬怯んでしまう。だがすぐに平腹は手を叩いて懲りずに言った。

「ほら、めっちゃハモった!すげえ!」

目を少年のように輝かせる平腹とは正反対に、二人の目には鈍く仄暗い光が宿っている。
それには気付かずそういえばゲームしたいんだった、という欲求を思い出した。別れの挨拶も言わずに鍛錬場を出て行こうとする。

そこで風を切る音がした。平腹の目の前の扉には理髪用の鋏が綺麗に突き刺さっている。ついでに頬が痛い。触ってみると頬が切れてた。
苦しくなるほど強い背後の殺意でゆっくり振り返る。

「谷裂さん、今平腹さんをどうにか反省させようと思うのですが、どうでしょう?」

「貴様と同じ意見など不愉快極まりないが、賛成だ」

谷裂と賀髪がそれぞれの武器を持っている。憤怒に燃えた表情はきちんと顔に出ているか出ていないかの違いで、とても殺し合っているとは思えないほど同じだ。

「ほ?」

なんでそんなに怒っているのか分からない平腹は田噛に言われていることを思い出した。間違っても俺といるときに谷裂と賀髪に仲いいとか言うんじゃねえぞ、と。なんで?と尋ねたら、田噛はけだるげに答えた。俺のいるときに二人をキレさせるなってことだよ、馬鹿。

実は何度も口にしてしまっているのだが、今の今まで忘れていたのだった。

「ぎゃーっ!?」

館中に平腹の悲鳴が響き渡り、数分後の鍛錬場には傷だらけの平腹が転がっていた。



谷裂と賀髪のことを心底面倒くさい奴らだ、と田噛は思っていた。

出会い頭に罵倒はするし殺し合うくせに、同じところで妙に息は合うしおまけに付き合っているのだと言う。怒りは体力を使う。なるべく体力を使って疲労したくない田噛としては、嫌いなのに付き合うという行為にまでいったことにわけが分からなかった。何にせよ、自分に火の粉が降りかからなければそれでいい。


ある日、田噛は任務に向かう前に朝食を取ろうと食堂へ向かっていた。さすがに何か食べてから行かねば倒れる。倒れると面倒なことになる。
というわけで向かっているのだが、食堂から怒鳴り声がしている。平腹ではない。谷裂の声だ。彼は沸点が低いため、すぐに誰にキレているのかが推測できない。
谷裂の怒鳴り声を聞きながら朝食を食べるのは嫌だったが、取らない方が面倒だ。田噛は仕方なくそのまま足を動かした。

「朝から喚かないでください。鼓膜が破れます」

「これくらいの声量で鼓膜が破れるか」

「破れます。ですので口を縫い付けてください、永遠に貴方が喋れないように」

「誰がするか」

平腹の声も谷裂と同じくらい大きいので斬島か木舌あたりかと思えば、最悪なことに相手は賀髪だった。しかも食堂の入口でお互い視線で相手を殺そうとしている。無視して席に座ることができない。田噛は舌打ちして、お互いを射殺すように睨んでいる二人へ声をかけた。

「おい、入口で突っ立ってんじゃねえよ。邪魔だ」

覇気のない声音で言えば二人は一歩下がった。

「すみません」

「チッ。すまん」

棒読みと舌打ちつきのそれらは謝罪感がゼロだった。特に気にする田噛でもないので、そのまま二人の間を抜ける。
キリカから朝食をもらって胃にためていく。少しだけやる気が上がっていく田噛の隣に谷裂が乱暴に座った。一気に田噛の幸福度が減った。横目で苛立ちを周囲に振りまく谷裂を見る。

「朝からうるせえんだよ、お前ら」

「賀髪の奴が噛み付いてくるだけだ」

「そうかよ」

こんな会話をしても不毛だということを田噛は知っている。なので無理矢理会話を終わらせた。煽る賀髪も悪いしそれに乗る谷裂も悪い。自分に被害が来なければ何でもいい。
朝から会う二人じゃねえな。田噛は隣で白米を噛み締める谷裂を見ながら味噌汁をすすった。

「何してんだ」

さっさと終わらせて任務から帰ると、賀髪が朝と同じように食堂の前で一人佇んでいた。声をかければゆっくりと不気味なほど整った顔がこちらを向く。それもすぐに首を元の位置に戻した。

賀髪の近くに寄れば、死角で見えなかった谷裂が椅子に座っている。鋭い紫の瞳を閉じて腕を組み、眉に皺を寄せている。微動だにしていない。

「寝てんのか」

耳を澄ませば寝息が聞こえる。疲れているのか賀髪が眠らせたのかは分からないが、わざわざ嫌いな奴の顔を見ることもないだろうに。そんな田噛の考えが読めたのか、色気のある唇を嘲りの形に変えて言う。

「こんなところで寝てしまう間抜けの顔はいつもと変わらないと思いまして」

やっぱり性格悪いなこいつ。それは口には出さず心の中にしまう。

田噛は改めてめったに感情を表に出さない賀髪を見た。氷柱のように凍えている目に、生理的に受け付けないという男を映している。深い碧の底には憎悪も殺意も尊重も信頼もあった。田噛にも斬島にも佐疫にも平腹にも木舌にも肋角にも災藤にも向けられることのない、混沌としたそれは美しい気さえしてきた。

二人の間に何があるのかなんて田噛は知らないし、知ろうとも思わない。だが、もし立場が逆だったのなら谷裂もきっと同じような目で賀髪を見つめるのだろう。

本当面倒くせえ二人だな。田噛はそれ以上谷裂と賀髪のことを考えるのをやめた。




全員やってないなあ、と思ったので。次は木舌と災藤さんの予定です。
平腹は基本的に二人を怒らせてボコボコにされています。田噛もサボると二人に怒られています。
二人の間にはいろんな感情があってそれらは光っていたりもするのですが、別に決して温かくはないしむしろ絶対零度。そんなタイトルです。
タイトル配布元:mjolnir様