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妄想ジェラシー

谷裂という男は、上司の肋角を尊敬している。それは賀髪も同じだった。厳しくも部下を大事にしてくれる彼はまさに理想の上司と言えた。だが、谷裂の場合は肋角のことを愚直に慕いすぎだと、賀髪は思った。


今日は雨が降っている。雨音が聞こえるくらいには強い。規則正しく起床し、賀髪は日課の髪の手入れをする。終えてから食堂へ向かい、一杯の紅茶を飲む、ところだった。食堂の方が騒がしい。

速度を上げずに歩く。食堂を覗き込むと、焦げた谷裂がいた。

「肋角さん、煙草です」

「うむ、ご苦労。おっと」

煙草を渡した途端に谷裂が倒れた。肋角が支えると、そのまま佐疫に預ける。顔をしかめた賀髪に気付き、肋角は笑う。

「賀髪か。おはよう」

「おはようございます、肋角さん」

「俺は仕事に行くが、お前は……紅茶か」

「はい」

「賀髪といると煙草が吸えんからな」

「……すみません」

肋角は愛煙家である。だが賀髪は煙草を好まない。尊敬できる上司とはいえ、それとこれとは別である。あからさまに不快な表情を浮かべていたので気づいたらしい肋角は苦笑し、それ以来やめてもらっている。肋角は誰かと違い敏いのでそんなことをしなくても気づくだろうが。

「いいさ。ではな」

去っていく肋角に頭を下げ、食堂へと視線を戻す。平腹が倒れた谷裂に何かしている。シーツのようなものを彼にかけてロープで縛っている。谷裂の頭が頭なので、何かに似ている気がした。

「……何してるんですか?」

「ん?てるてる坊主!」

「怒られるよ?」

そう言いつつ、佐疫は止めない。賀髪も別段止める気はなかった。

「で、この阿呆は何してたんですか」

「んー、金棒持って外に煙草買ってきてた」

「馬鹿ですか?」

「そう思う!」

平腹には一番言われたくないだろう。それにしても、肋角に対しては従順で素直だ。ここまでだと、彼が別人のような気がしていた。

ふと、自分は谷裂に特別扱いしてほしいのか、そう思った。別にそんなことはない。賀髪はすぐに否定する。突然優しくされたりなどしたら気味が悪くて仕方がない。


谷裂が起きた。当然起きたら縛られていて驚いている。焦げた部分はすでに元に戻っていた。周りを見回す。佐疫、賀髪、平腹。谷裂の怒りの矛先はすぐさま犯人平腹に向かっていた。

「平腹ぁ!」

「あぎゃー!!」

しばらくそんな調子で鬼ごっこしていた。賀髪は見ていられないとばかりにため息をついて、キリカに紅茶を淹れてもらえるよう頼んだ。


谷裂に特別扱いしてほしい、なんて思っていないし、肋角に嫉妬なんて、していない。


「……終わったんですか」

午前中も終わるという頃、谷裂と会った。未だに憤慨しているような気がする。彼はいつでも厳しい表情をしているので、判断しにくいのだが。

「全く、佐疫もお前もやめさせろ」

「結局自分で解いたんですからいいじゃないですか」

「そういう問題じゃない!」

これ以上は言っても無駄だと判断したのかため息をついただけだった。
賀髪は朝のことが頭から離れなかった。つい、口が滑って尋ねてしまった。

「谷裂さん」

「何だ」

「肋角さんのこと、好きですか」

「好きというか、尊敬している」

「私もです」

「そうか。尊敬するに値する獄卒だからな」

「……そうですね」

会話はそこで止まる。彼に一体何を言ってほしかったのだろう。賀髪は己を恥じた。まさかこの女心の分からぬ脳筋に気の利く言葉をかけてほしかったのか。全く、馬鹿馬鹿しい。

賀髪は彼と別れようとする。谷裂を煽る気もない。

「おい、賀髪」

離れる賀髪へ谷裂は声をかけた。振り返ると、険しい顔で彼は言い切った。

「お前と肋角さんは別に決まっているだろう」

すぐに、返せなかった。当たり前ですと。谷裂は言いたいことだけ言って去ってしまった。


――――お前と肋角さんは別に決まっているだろう。


谷裂の言葉を反芻する。嬉しくない、なんて強がりと嘘をつけるほど、賀髪はひねくれていなかった。谷裂には、決して言わないけれど。



獄都新聞でのネタです。ツイッターしてない方にはなんのこっちゃという話ですが。谷裂が肋角さんリスペクトすぎたので。