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可愛いの処女

賀髪には、可愛いという言葉には縁がなかった。

言われたとして「綺麗」だとか「美しい」だとかいうもので、顔にはおくびも出さないが悪い気はしなかった。当然あまり興味はないのだが。


女性らしく、賀髪は可愛いものが好きだった。猫、うさぎ、リスといった動物、小物、ぬいぐるみ、など。かと言って集められるわけもなかった。たまに女獄卒が部屋に来るので、間違ってもぬいぐるみなどというものは置けないのである。

賀髪だって女だ。いくら毒女だの生真面目だの言われようが、可愛いものが好きで何が悪いのか。言えばきっと馬鹿にされるに決まっている。似合わないだの意外だの。そんなの賀髪自身が一番知っている。
だから現世に行った際、それらを見つめることしかできない。とても欲しいわけではない。けれど、可愛いという言葉すら使えないのは窮屈で仕方なかった。

他の女獄卒が羨ましい、などと口に出せるわけもなく、胸の内にしまっていた。


ある日、食堂で可愛らしいぬいぐるみを見かけた。こんなもの、誰が置いていったのか。平腹とよくいるテンションの高い女獄卒か、獄卒には合わないくらいの朗らかな笑みをする女獄卒か。しかし後者なら花にするか。賀髪には思いつかなかった。

じっと見つめて考えていると、佐疫がやってきた。

「賀髪、どうした……あ」

「佐疫さんのですか?」

ぬいぐるみを見て固まった。心当たりがあるのか。佐疫は苦笑して答えた。

「僕の、というかプレゼントなんだけどね」

「ああ、あの方ですか」

何故か屋敷に住み憑く女亡者。何の罪もなく害もないので居座らしている。谷裂はあまりそのことに良く思っていないようだったが。佐疫とはよく話しているようなので、そのためだろう。

「箱に入れてたのに、平腹あたりが開けたのかなあ」

「中身が気になって開けてみたはいいものの、途中で何かあって放置ですね」

「だね」

佐疫がそのぬいぐるみを取った。賀髪の視線がそのぬいぐるみから離れない。それに気づいたのか、佐疫が言った。

「賀髪、気になるの?」

「え?」

「ずっと見てるから。もしかしてぬいぐるみとか好きなの?ちょっと意外かも」

意外。分かっていたはずなのに、胸がきしむ。

「いえ、普通です」

賀髪の声音が少し低くなった。佐疫にばれていないかと不安なる。

「あの人に喜んでもらえるといいですね」

「あ、賀髪、」

佐疫が引き留めようと声をかけたが、賀髪は無視して食堂から出た。少し気分が沈む。こういうときは、部屋で紅茶を飲むに限る。そう思った。



次の日。

「賀髪ってぬいぐるみ好きなの?」

「……なんですか突然」

木舌が唐突に尋ねてきた。毎回毎回、不意打ちすぎて困る。顔をしかめる賀髪とは反対に、木舌は笑っている。

「まあまあ。で、どうなの?」

「普通です」

「ふーん。別に好きでもいいのに。ギャップで可愛いじゃん」

可愛い。そんなことを言われるのは初めてで、つい木舌を見た。彼は表情を変えずにいる。

「そういうことはあの人に言った方がいいんじゃないですか」

「ん?言ってるよ?」

「…………」

「俺はいいと思うんだけどね。まあ賀髪、素直じゃないしね」

「木舌さん、うるさいんですけれど」

「怖い怖い、」

空を切る音がした。瞬間、木舌の頬に傷ができ、真っ赤な液体が流れていく。木舌は後ろの壁を見た。鋏が綺麗に突き刺さっている。

「やめてよ!!?怖いから!」

やはり木舌を相手にすると疲れる。無視して退散する。

しかし、生前も含めて言われたことのない言葉に、賀髪はとても不思議な感覚がした。



「何ですか、これ」

また翌日。谷裂が箱を突き出してきた。まるでいらないものを押し付けるような形で。

「部屋で開けろ」

「は?だから何ですか」

「いいから部屋でだ。その、お前にやる」

あまりにも不可解で、賀髪は谷裂の警告をスルーして箱を開けた。

「おい!俺の話を聞いていたのか貴様は!!」

中身は、ぬいぐるみだった。なんとも言えない生き物のそれ。つぶらな瞳が可愛らしい。

「……可愛い」

ぽつりと、そんな形容詞が出た。久しく、いや全く口にすることがなかったそれ。じっと見つめる賀髪に、谷裂は口をつぐんでいる。

「これ、頼んだんですか?」

「……言えるか。笑うだろうからな」

いつもなら、そうですね、笑います、などと返してしまうところだが、今はできなかった。ぬいぐるみの瞳と目が合ったままだった。

「なんでこんなものを」

「……その、佐疫や、木舌がうるさくてだな」

「なるほど」

谷裂では絶対に出てこない発想だ。しかし、よく買う気になれたものだと思う。

「似合わないでしょう、私には」

ようやく目を離して言った。谷裂はきっぱりと答える。

「似合わないな」

言われることは予測がついていた。ならば何故、彼はこんなものを賀髪へと贈ったのか謎だった。

「似合わない、が……それを持つお前は、まあ、その……愛、らしいんじゃ、ないか」

顔がリンゴのように真っ赤だ。彼だって可愛いなんて言葉に慣れていないのだろう。男だから余計かもしれない。そう考えたら、口元が緩んできた。手に取ったぬいぐるみを抱きしめる。作られたものだが毛並みがよく、柔らかい。

「無理しなくていいんですよ」

「うるさい」

「ありがとうございます。大事にしますね」

微笑みかければ、また谷裂の顔が赤くなる。軍帽のつばを掴み、ぐっと下におろした。なんだか面白くて吹き出しそうになる。
人に言われたからとはいえ、実行してくれたのが賀髪には嬉しかった。そういう貴方が好きです、と言ったら、さらに顔を赤くさせるのだろうか、などと思うのだった。




可愛いと言われたことがないヒロインに可愛いと言うネタとぬいぐるみをあげるネタを混ぜました。
いろいろ他の女獄卒やら亡者やら出ましたが、いつか書けたらいいなあと思います。木舌以外は今のところ会話文にひとつずつ置いています。朗らかな子は田噛夢の子です。
佐疫が失言してかなり申し訳なくなり、谷裂木舌に話して、木舌が探りを入れ、谷裂が買う、という流れでした。本当に周りに、というか木舌に支えられてますねこの二人。
何だか谷裂もヒロインもデレすぎているのではとかなり不安ですが、まあ、まあ、砂糖が売りなので、ここは……。
タイトルは安直ですがいい感じかと思ってつけました。