星降りの夜に(トリップ/シリアス/運命変えない) | ナノ

  臆病者の物語


その日はとても蒼かった。



手慣れたリズムで靴を履き、トントンとかかとを叩く。薄いTシャツの上に乗っているリュックはとても軽い。一息ついて玄関の扉を開けば、何とも言えない蒸し暑さが身体にまとわりついた。少し汗ばむTシャツをパタパタと仰ぎながら空を見上げると、蒼い空と白色の雲の綺麗な境界線が美しく照り輝いている。

夏だ。あぁ、夏だ。

あまりの美しさに思わず目を細める。その眩しい景色から逃げるようにポケットからスマホを取り出し、イヤフォンを耳に突っ込む。
曲は私の大好きなFFZのサウンドトラック。CD4枚分の曲が全てスマホにダウンロードされていて、通信料を気にせず何処でも聴けるようになっている。

ふぅ、とため息をついて点滅している蒼を見ながら横断歩道を前に止まる。 周り信号を待つ人間がとても暑苦しい。隣にいるおばさんは額から汗を垂れ流している。少し離れたところにいる、犬を連れた飼い主を煩わしそうに見ている「その他大勢」。それを無視して、再び物思いに耽る。

この曲は、私が初めてプレイしたゲームのサントラだ。いつも不機嫌な、大っ嫌いな父がまだマシだった頃、私に対して珍しく笑顔でやり方を教えてくれたゲーム。私はあっという間にそのゲームにハマった。金髪の彼とその仲間達。キャラの濃いメンバーの織り成す世界は物語の深刻さとは別に、いつも楽しそうで、幸せそうだった。仲間と一緒に冒険している彼らはキラキラ光っていた。仲間などと大それた物はない私にとって、彼らはアイドルみたいな存在。そう、憧れだ。

出来ることなら私も貴方達みたいに…だなんて叶わない現実を抱いて何年経っただろう。時間が止まったままの彼らとは違い、確実に私の時間は過ぎていく。いつの間にか彼らとは同世代となってしまった。なのに私は変わっていない。コミュ障で弱虫、常に何かに怯えて過ごしている。

そんな私は、貴方達みたいに強くはなれない。しかも社会人なのにニートもどき。ニートなのには理由があるのだがまあそれは置いておくとしても、世間からすれば情けない負け犬。ひとまずバイトで食いつないでいるが、それもそろそろ限界だろう。親に怒られる事だけを心配して人を恐れて逃げ隠れしている私はただの臆病者だ。

ほぼ同じ年なのに、彼らは沢山の壁を乗り越えて強くなっていく。画面の向こうには、いつもドキドキハラハラする大冒険の世界が広がっている。何回も画面の向こうを羨み彼処に行けたらな…と夢見てきた。それでも2次元だと割り切っているせいか、画面を挟んで見守るだけで良かった。貴方達の活躍をただ見ているだけで。
そう、よかったのに。


「お……あ…いぞ!」


遠くから聞こえる声が、ふと私の意識を呼び戻した。うるさいな、などと思いながら無視していても何故か人のざわめきは止まない。あまりの煩さに、ため息をつく。
なんだろう、と振り返れば周りにいたはずの人達は皆いなくなっている。ついさっきまでいたおばさんや、犬の飼い主や、その他大勢は皆私とは離れたところに立っていて、まるで私と皆の間に境界線引かれているみたいだ。そんな人達の青白い顔と、金魚みたいにぱくぱくさせている口と。その口の動きが、皆同じように動いているのを見て、それが私に向かっての言葉だと気づく。なんとか理解した私はイヤフォンを片耳外した。その時いきなり飛び込んでくるのは、予想もできない一言。


「危ないから早く逃げろ!!」

「……は?」


何を言っているのだ、そんな事を思いながら薄ら笑うと、余計に焦り出す人々。冗談と思ったらそうでないらしい。皆が手招きなどをして私を呼び寄せようと必死だ。
さらに振り返って自分の目の前を見れば、真っ赤に染まった自動車用の信号機。そして信号を無視する大きなトラックが、
私の所に迫り来ていて。


「……え?」


慌ててもう片方のイヤフォンを取れば、人々は危ないぞ!だの逃げろ!だのと騒いでいて。

いや、赤信号でしょ?私は大丈夫な筈じゃん。だって来るはずがない。来たら、可笑しいんだから。
そんな風にぐるぐると回る思考とは反対に足は地面に張り付いたかのように動かなくて。


「キャー!!!」


あのおばさんと思われる人の叫び声が辺りに轟き、トラックの運転手は今更ながら遅すぎるブレーキを踏み始めて煩い音が鳴りびびく。辺りは、惨劇を想像した大合唱に包み込まれる。

いや、ちょっと待って。何で皆見てるだけなの。トラックの事教えてよ。あ、でももう避ける時間とかない。死ぬのかな。まだ死にたくない。でも無理。これじゃ死ぬ。痛いのはやだ。どうしよう、どうしよう。

誰か、助けて。


────あ、綺麗な蒼い空。


現実逃避するかのように見上げた空は、私を嘲笑うかのように美しくて。そんな空を見つめているうちに、何だか呆気ないな、などと馬鹿げたことを思う。
私の人生こんなもんか。つまらないなあ。あーあ、もっと楽しく生きたかった。そう、例えば…彼らみたいに。

そんな空の端にトラックの影が、映る。




臆病者の物語




あーあ、呆気ないなぁ。
臆病者にはぴったりのエンディングなんだけどね。

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