04_誘惑


4. 誘惑


お好み焼きのくだりを思いだしつつ、俺は待ち合わせより1時間も前に駅前に到着した。
伊織はかわいい。伊織が悪いんとちゃう、わかっとる。それでも昨日のお好み焼きの時間は、ホンマに拍子抜けに次ぐ拍子抜けやった。

――わたしたち、まだ付き合って1ヶ月ちょっとですけど……侑士先輩に、もっとわたしのこと知ってほしいっていうか……。
――俺にばっか聞いてくるけどさ、伊織こそ、あるんちゃうの? 知りたいこと。
――だって、侑士先輩の口から、言ってほしいし。

あの視線、あの言いかた。どう考えても完全に誘っとると思ったのに……。

――広島風には、オタフクソース合うなあ。伊織、さすがやなあ。とか……? へへっ。

へへっ、やないわ!
なんでオタフクソースの話やねん、紛らわしいことばっかり言いやがって。しばらく開いた口がふさがらんかったわ、ホンマに……ああ、いやいや、あかん。伊織が悪いんとちゃうんやから。
おかげさまで俺の気分は、ハイからローに転落した。せやけどいつもなら、あと2時間は一緒におれたはずなんや。その時間でたたみかけようかと思ったっちゅうのに、伊織は家の用事があるとかで帰っていった。
あげく、いつもやと時間が遅いから親御さんへの挨拶を遠慮しとったで、昨日くらいの時間ならええかなって思ったのに、家まで送ろうとしたときも、めっちゃ強めに拒んできよったしな……もう、いろいろがっかりやった。親に紹介もできへんような男に体を許すなんて、無理ちゃうか? 伊織のなかで、俺はまだ認めてもらってないんかもしれへん。
でも……そんなん考えたところで、伊織がほしい。抱きたい。伊織のなかで完全に認めてもらってないなら、抱くことで認めさせたるとか、ちょっと横暴な気分になってくる。
ちゅうわけで、俺は今日、伊織との待ち合わせ前に内緒で本屋に行くことにした。昨日はひとりの時間が多かったで、ネットで初体験情報をあさりにあさりまくった。せやけどネットの情報なんかどれもアテにならん。だいたいがエロ動画に誘導されて、俺が呆れ返ったころに見つけたのが、ハウツーセックスの書籍やった。
レビューも悪くなかった。なるほどな、と納得する。結局、真面目に彼女との初体験を勉強しようと思ったら、書籍でしかないんやなということも理解できた。
幸いなことに、待ち合わせた駅前の本屋は大手っちゅうこともあって、デカい。独特な本屋の匂いを感じながら、俺は検索パネルでタイトルを入れて、目的の場所を探した。奥のほう、コーナーを曲がったところに、どうやら俺の目的の書籍があるみたいやった。
そこには、まったく人がおらんかった。内心ホッとする。万が一、知り合いにハウツーセックスの本なんか読んどるとこ見られたらたまらんからな。
本棚を見あげて、すぐに目につく。さっと目的の書籍を手に取って、俺は目次をめくった。
『相手が初体験の場合に失敗しない秘訣』は、どうやら45ページにあるらしい。

「先輩! ここだよ!」

45ページにたどり着いた瞬間のことやった。背後から声がして、俺は勢いよく振り返った。見ると、ぼけーっとしたひょろ長い男の背中に、超ミニスカートの女の子が近づいて声をかけとった。
はああああああああ……もう、ビビらせんなや! いや、こんなん勝手にビビった俺が悪いんやけどさ。なんや、お前らも先輩後輩のカップルかいな、ホンマ紛らわしいな、どいつもこいつも! なんでこんな隅っこに来よんねん……ああ、なんや、その占いの本が読みたかったんか。

「ソウルメイト……あー、1日違いだ!」
「残念。でも所詮、占いだよ」

ソウルメイトて……そんなん、お互いがそう信じとったらええんちゃうの? ま、でもええよねえ、そういうの。おぼこい顔して、付き合いたてか? かわいいやん。女の子は伊織くらいかなあ? 男のほうも、俺くらいな気がするわ。お前らもラブラブなんやな、ええこっちゃ、応援したる。せやけど、まだキスとかもできてへん感じちゃう? なんや、ふたりしてぎこちないし、男のほう、童貞感かもしだしとるもんな。

「このあと、どうする?」
「んー? 先輩の部屋がいいかなあ」
「いいの? 今日もシていい?」
「もう、先輩……こんなとこで聞かないで……!」

前言撤回。
死ね、アホ。クソが。なにイチャイチャしてんねん。はよ先輩の家に行けや!
はあ……腹立つ。とっくにキスもセックスも終えとるやんけ。あんなガキまるだしの顔しよってからに。どうなっとんねん、最近の高校生は!
いやいや、ちょっと落ち着こうか、俺。こないだから何度も言い聞かせとる言葉やけど、何回やっても落ち着かん。どうしてしもたんやろ。
そうや、周りがなんやねん。俺と伊織はふたりのペースでやっていけばええんや。昨日うまくいかんかったからって、一生うまくいかんわけやない。なんなら昨日に誘えんかったのも、神様が俺に与えてくれたお勉強の時間やと思うわ。そうや、そうに決まっとる。せやから今日、ここに来たんやし。
伊織に優しく優しくして……ええ初体験にしてやりたい。はじめてやからこそ、俺がいい思い出にしたらなあかんねん。
そう、伊織のはじまりは俺。終わりも当然、俺……いや、最初と最後だけちゃう。伊織の生涯、俺だけや。はあ、なんちゅう贅沢。俺だけの伊織、もう、めっちゃ好き。
自分でもにんまりしとるのを自覚しつつ、気を取り直して本を開いた。女性の体のしくみから、どういう理由で痛くなるかまで、こと細かく書かれとる。衝撃やったのは、初体験の痛みは「本来ない」という研究結果があることや。
アメリカのドゥウェック医師によると(なんちゅう名前や……)『安全かつお互いの合意の上で行うセックス』は常に楽しく、痛みを伴わないことがほとんどで、これは初体験でも同じらしい。ドゥウェック医師は言う。「多くの人は気づかないうちに処女膜が破れており、痛みを伴わないことも多々ある。裂けるような感覚を感じる人もいるが、痛みはすぐに消えてしまうのが一般的」らしい。痛みを感じる理由はさまざまで、いちばんあるのが十分に潤ってないこと、次に「痛い」という神話への不安から骨盤底筋を堅くこわばらせてしまうこと……。
俺は、その本をかじりつくように読んだ。けど、時間が経つのは早い。いつのまにか、待ち合わせ10分前になってしもうた。
静かに本を閉じて、ため息をつく。初体験の痛みについては、ようわかった。結局は、精神的な不安が多いと十分に愛撫しても痛いってことやな。ん……わかった。それでも痛くないようにめっちゃ潤すつもりや。それはわかったけど、結局、伊織をどう誘って、どんなふうに触れていったらええんか、肝心なことがわからん。ほかの女にしてきたような愛撫はあかんよね? はじめてなんやから、優しくせな……ああもう、ハウツーちゃうかったんか。
けど……どうしても、どうしても伊織を抱きたい。どうしたらええんやろ……。どないして誘ったらええんや? 断られたらどないしたらええ……そんなん俺、泣きそうになるかも。

本屋を出て、ぼんやり考えつつ待ち合わせ場所に到着してから5分程度。伊織の姿が見えて、俺の視界がぱっとあかるくなる。悩みを抱えたままの俺の気分をあげてくれるのは、やっぱり伊織しかおらん。その悩みも伊織やから矛盾しとるけど、顔を見るだけで優しい気持ちになるから不思議や。

「おはよう、伊織」
「おはようございます侑士先輩! あの、待たせちゃいました?」

上目遣いで、申し訳なさそうにして……むしゃぶりつきたくなるわホンマ。俺はさっと手を差しだしながら、余裕をだしてカッコつけた。

「ああ、いやいや、俺もいま来たとこやで。気にせんでええよ」
「あ、よかった……」

控えめに、伊織が俺の手を握ってくる。それだけで体がゾクゾクしてくるわ。
しかも服装もかわいい。小花柄プリントのベージュのシャツに、肩のベルトがついたカーキのスカート。上下ともふんわりしとるけど、髪をきゅっとうしろで束ねとるせいか、ぶりぶりすぎんセンスもええ。それが伊織のかわいい雰囲気をうまく引き立てとるし、めっちゃよう似合っとった。

「伊織、ええなその服。よう似合ってる」
「本当? このあいだ、買ったばかりで」
「そうなん? うん、オシャレやし、めっちゃかわいい」

素知らぬ顔をして歩きながら、頭のなかは伊織の体のことでいっぱいやった。付き合う前も見たことはあるけど、付き合うようになってから、しょっちゅう遭遇するようになった伊織の私服。いろんなパターンを見て、俺には気づいたことがある。
伊織のおっぱい……意外と大きいんや。あかん、鼻血でそう。
毎回めっちゃ平常心を装っとるけど、外で食事するときなんかとくに、うっかりテーブルの上に乗っとることもあるでな、もう俺はそれで、ギュンギュンになる。
いや、ちょっと許してください、思春期なんです。そんなもん高校3年生の健全な男子が見せられて、平気なわけないやん。
今日やって、手をつないで歩いとるけど、ときどきピタッとくっついてくるもんやから、もう俺の腕に……はあああ、めっちゃ当たって……も、めっちゃ嬉しいんやけど、俺、痛いくらいんなるから、ホンマ情けない。でも、幸せや。

「いまの……面白そうやったな……?」
「わたしも思った。よさそうでしたよね」

ある意味、最近のデートは俺からしたら拷問に近い。それでも伊織とイチャイチャはしたい。映画館に入ってから、俺らは公開予定の予告編を見てじゃれあった。

「ホンマ? せやったら今度また、ふたりで観にこよな?」
「うんっ」

耳もとでささやきあいながら話すのって、たまらんよな。そのぶん、顔と顔の距離も近くなるし、隙あらばキスしたろうかな、とか考えてしまう。けど、したらしたで伊織に怒られる未来が見えとるから、俺はグッと我慢をした。

「そろそろはじまるで、伊織」
「ですね」
「提案なんやけど」
「え?」

それでも、やっぱりイチャイチャはしたい。俺は本編がはじまる前に、肘かけをとおりこして、伊織の手を握ってみた。
伊織の体がピク、と小さく反応する。肩がきゅっとあがって、こわばっとった。

「……こうしとかん? 嫌?」
「嫌じゃ、ない」

かわい……。もうそんなん言われたら、上から優しく握るだけじゃ全然たりひん。俺はぐいぐい指を絡ませて、今度はしっかり伊織の手を握りしめた。これだけで勃ちそうんなっとる俺は、いざそうなったときにどうなるんやろう。いささか不安になってくる。
いや、やからこそ、まずはこういう暗いとこで触れ合うことからはじめるのは得策や。俺も伊織にちょっと慣れんとな。初体験の相手が経験者やのに三こすり半とか笑えへん。せやけど、伊織もこんなんだけで体をこわばらせとるんやから、ドゥウェック医師の説を考えたら(俺もよう名前を覚えとったな)、絶対に痛いやろうな……。ああ、どないしよ。できれば伊織が痛いことはしたないのに。でも伊織のナカで俺のを包んでほしい。ああ、想像したあかんて言うとるのに、想像してまた反応しはじめとるやん、どうしようもない。
悶々としはじめたときやった。俺の肩にトン、となにがか落ちてきたと思ったら、伊織が甘えるようにして、俺に頭をあずけはじめた。
ふわあ……電車のなかでようこんなことになっとるカップル見るけど、好きな子にされたら、こんな感激するもんなんか。いままで鬱陶しいだけやったのに。好きな子にされたことないから、知らんかった。

「お……」
「あっ……お、重いかな……っ」
「ちゃうよ。そんなことない。めっちゃ嬉しい。いまの、しとって……?」

遠慮がちに、バッと頭を離した伊織の表情が、「ものすごい頑張りました」と言わんばかりに赤くなっとって、舞いあがりまくる。もう我慢ならんかったから、言いながら耳にキスをすると、伊織は俺を叱ることもなく、ぐずった子どもみたいに腕にすり寄ってきた。
だっはあ……なんちゅう子や。悪いわこの子。狙ってへんからもっと悪い。伊織……耳、舐めたら怒る? 怒るよな絶対……。

「かわいいな、伊織」
「も、侑士先輩……あんまりそゆこと言わないで」
「言いたいんやもん。かわいいすぎや、俺の彼女」
「恥ずかしい……」

気分が一気に高揚して、伊織をたっぷりなでながら、俺も伊織に頭をあずけた。そうそう、電車でこうやって寝とるカップルおるよなあ。伊織のシャンプーの香りが鼻をくすぐって最高に心地ええ。

「好きやで、伊織」
「も、わざとでしょ……」
「ん。伊織も言うて?」
「……好きです、侑士先輩」
「おおきに……」

今度から毎回、映画のときはこないしてイチャイチャしまくったろ。
考えとるあいだに館内は真っ暗になって、いよいよ映画がはじまった。綺麗な映像が満載で、ストーリーを抜きにしても、それだけで癒やされた……のは、後半のベッドシーンが流れるまでのことやった。

『よかったら今夜、食事でもいかがかしら?』
『僕が、君と……? ハハッ……保護者の代わりかな?』
『いいのよ、それでも……わたしはアンティークが好きだから』

海外の映画にはようあることやけど、とにかく展開が急やった、というのもある。シャレたセリフが終わった瞬間に主演のふたりが絡みはじめて、お互い裸でアンアン言うとるころには、俺の心臓はうるさいくらいに音を立てとった。さっきまでの癒やしが一気に興奮に変わって、俺は背筋をまっすぐに立てた。すっかり収まっとったミニ侑士が、また暴れだそうとしはじめたからや。伊織がとなりにおるっちゅうのに……!
もっとやわらかくてオシャレな、『アメリ』みたいな映画やと思っとったのに、想定外やわ。いまの俺に、こういうシーンはあかんって……これまでなら平気で見れるけど、完ッ全にあの女優が伊織に見える。めっちゃええ顔するやん。うっとりして、ほんで積極的に動くやんけ、まあそれは海外あるあるか。
ああ、伊織やったらもっと恥じらうんやろな……でも、あんな顔、するんかな。はあ、伊織のあんな気持ちよさそうな顔、見たい……俺の腕のなかで、乱れていくんやろ? 俺の指で揉みしだかれながら同時に俺ので突かれて、ようなるんやんな……? く、たまらん……!
妄想が爆発しそうになったときやった。なんや、手と腕が圧迫されてきたなとは、思っとったけど、それは俺のせいやと思っとったのに。伊織が俺の腕に両手を絡ませて、むぎゅうううっと強く抱きしめてきとった。
ちょ、待って、ちょお待って伊織……おおおおおおおおおおおおおおおおおっぱい……俺がいま、揉みしだく想像しとったやつ……あ、あかんって、殺す気か!

「……伊織」
「あっ」

恥ずかしい。穴があったら入りたかった。俺の体、思いっきり反応してもうて。伊織の前では余裕ぶちかましてカッコつけときたいのに、童貞みたいに体が震えた。

「あっ……ご、ごめんなさ……」
「い、いや……ええんよ……」

伊織もうっかりやったんやろう、すぐにパッと体を離して小さな声で謝ってから、恥ずかしそうにうつむいとる。
ああ、ちゃうねん。誤解せんでほしい。嫌やったとかそんなんちゃうんよ伊織……。せやけど、せやけど俺……こ、こんな官能シーンを観ながら、さっきまであんな想像しとったからさ……いま伊織のおっぱい押しつけられたら、最悪、場所を忘れて揉みしだいてまうやんか? な? わかって。嫌やろそんなの? さすがにぶん殴られたうえに、通報されるやんな?
せやけど、そんな心のうちを伊織に勘づかれるわけにはいかん。官能シーンのあいだは、伊織がそっと俺の顔を覗いてきとったけど、俺はそれに気づかん振りして、スッと心を閉ざした。閉ざすことができんかったのは、さっきからずっと暴れとる股間だけや。

「ん、ええ話やったな……伊織、でよか」
「あ、うんっ」

長い官能シーンが終わってから、20分くらいして映画は幕を閉じた。思わずため息がもれそうになる。ミニ侑士がまだまだ暴れとったで、本編が終わってすぐに出ようかめっちゃ悩んだけど、ラストシーンは感動的で伊織も目とかうるうるさせとったし、余韻に浸りたいやろうと判断して、エンドロールが終わるまで席におることにした。
映画によるけど、こういうときにさっさと席を立つのは、絶対あかん。実際はめっちゃトイレに行きたかったけど、ムードは大切や……デリカシーのない男にだけはなりたない。

トイレに入ったころには、ミニ侑士も収まっとった。ホンマに、一時はどないしようかと思ったけど、なんとかバレずにことなきを得てホッとする。
せやけど、伊織もあのシーンやから、あんなに反応したんかなあ。そうやったとしたら、伊織も興奮したってことやろか……俺との想像、しとったり……? いやいや、油断は禁物や。昨日、オタフクソースでズッコケたばっかりやんけ。期待したあかん。
頭のなかでぶつぶつ言いながら、女子トイレの前で伊織を待った。

「侑士先輩、待たせちゃってごめんなさい、ちょっと混んでて……」
「ええんよ、女の子のほうはいつも混むもんやし。気にせんとき」

5分程度やったけど、男子トイレに比べたら断然、長い。どれだけ時代が流れても、なんでこの女子トイレ問題はまったく改善せんのやろうといつも思う。俺は男子やからええけど、女子からしたらたまらんやろう。
それやのに、伊織は心なしか、赤い顔してでてきた。長い時間トイレにおって現実に戻ったやろうに、まだ感動しとるんや……もう、なんちゅうかわいい子なんやろ。





映画館を出て、俺らはまた手をつないで歩きながら話しとった。
さっきまで目を潤ませとった伊織も、すっかり晴れやかな顔でお日さまを浴びてキラキラしとる。
秋晴れの下でデートするの、実はずっと夢やった。秋は俺の生まれ月やから、この季節がめっちゃ好き。女とは付き合ってきとるけど、こんなたっぷり時間をかけてデートなんてしたことないし。そのはじめての相手が伊織やってことも、嬉しい。

「さて……跡部のプレゼント、なにがええかなあ?」
「でも跡部先輩ってなんでも手に入りそうだから……ちょっと難しいですよね!」
「ん、ホンマそうやねん。けど規格外のものしか知らんから、普通のもんでも案外、喜びよる」
「あ、それ千夏も言ってました。でも、千夏も悩んでるだろうなあ」伊織が優しい顔になる。こういうとこ、惚れなおしてしまう。友だち思いや。「シンプルに、自分がほしいものをあげる、とかでどうかな?」
「そうやね。それがええよな。ほなそれ、見ながら決めよか」
「うんっ」

俺がほしいのは伊織やけど、跡部にやるわけにはいかんから、真面目に考えてみる。
ショッピングモールについてから、俺らはいろんな店をまわった。けど不思議なもんで、こういうときはなんでやろうか、探せば探すほど、迷宮入りしていく。
俺のおすすめのラブロマンス小説5冊、とかでもよかったんやけど、絶対にいらんって言われて終わりやで、迂闊に手は出せへん。伊織の思いつくものも、1万円以上する鍋とかフライパンとかで、あげくの果てに「侑士先輩、見て……! お好み焼き用の小さいコテですよ!」と目を輝かせはじめたから、その場から引きずりだした。
目的を忘れてへんやろか。相手は跡部やで? ほんでいつまでお好み焼きの話をしとんじゃお前はっ! オタフクソース顔に塗りたくってベロベロ舐めたろか! あ、ちょっとエロいなそれ。んん、悪くない。伊織にしばかれるやろけど。

「はあ、なかなか浮かばへんな」
「そうですね……わたしの趣味は音楽と料理だから、全然、跡部先輩には関係なさそう」
「音楽もクラシックやったら可能性あったけどなあ。俺も昔、なんやいろいろやらされたけど、クラシックに詳しくないんよねえ。ほんで跡部、そんなんも全部、持ってそうや」
「言えてるー……」

俺がぼやくと、伊織も同じ思いやったんか、しみじみとうなづいた。
誰でもそう思うよなあ……あんな金持ち捕まえて、プレゼントもへったくれもないわ。

「あんまり跡部と趣味が合ったって経験もないしなあ」芸能人相手ですら、女の趣味もあったことがない。伊織と千夏ちゃん見とったらようわかる。
「跡部先輩の趣味ってなんなんでしょうね?」
「ピアノ……かなあ。ほかは興味ないで、知らんわ」
「あははっ……そういうとこ、侑士先輩らしい」伊織が笑うと俺も嬉しい。かわいい笑顔をもっと見たいで、しつこく笑わせたくなるねんなあ。
「やってえ、気色悪いやん、俺が跡部の趣味を知っとるとか」今度は大げさに言うてみた。
「気色悪くはないけど……ちょっと妬いちゃうかも? なんて」

笑わせようとしたつもりやったのに、伊織は苦笑した。ぎょっとする。
なんで……跡部に嫉妬するん? 俺、ホモちゃうで?

「伊織……ちょお、変な想像してへんよね?」
「え? 変なって?」
「せやからその、BL的な」
「やだ、してないですよ! あ、でもクラスの子で侑士先輩と跡部先輩のそういう妄想して、楽しんでいる子はいました」

なんの報告やそれ……そんでなにその妄想。やめようや、俺らめっちゃノーマルやのに。ああ、でもBL好きやったらそういうことにもなるんか? あんまり人の趣味を否定したらあかんけど……俺と跡部がベッドでアンアン言うんやろか……。ちょっと待って。それはどっちがタチでどっちがネコなん? めっちゃ重要なことやから掘り下げたいけど、伊織にそんなこと聞くわけにもいかんし……。でも俺がネコやったらどうしよう……跡部に突っこまれて喜んでんの俺? なんか腹立つなあ! どうせやったら俺がタチやろ! 挿れられるより挿れるほうがええやん! なんか痛そうやしさ!
って、ああああああ、なんちゅう想像をしたんや俺は……あかん、気持ち悪い。

「侑士先輩? 大丈夫ですか? なんか暗い」
「ん……」伊織が余計な情報を入れたからやけどな。まあええわ。「でもまあ、伊織はそういう想像しとるわけやないやろ?」そこだけは頼むわ。
「もちろん、違いますよ。けど、侑士先輩と跡部先輩って、男の友情って感じがして。ときどき、羨ましいなって思うことがあるから。実はちょっぴり妬いてます」

さっきのBLはどこへやら、俺の心が一瞬でほんわかなる。はあ、なんちゅうかわいいこと言うんやろ。
伊織……俺と跡部に男の友情やなんて、そんなごっつ汗臭い青春みたいなん、ないで? もちろん、BL的な絡みもない。せやけど……そんなかわええこと言うてくれるなら、いくらでも勘違いしとってもらってええわあ。あ、BLの勘違いはせんといて。

「あ、ごめんなさいっ! なんか鬱陶しいこと言っ」

きゃっ、という声で、伊織の言葉がかき消された。すっぽり俺の腕のなかに収まって、体の熱があがっていく。やってもう、我慢できんもん。ホンマならキスしたいくらいや。

「伊織かわいい……めっちゃかわいいっ」
「ちょ、も……侑士先輩っ……外なのに!」

抱きしめられた瞬間に、伊織はジタバタ暴れだした。必死に訴えてくるその声も、かわいい。
伊織ー、俺のミニ侑士もさっきまでめっちゃジタバタしとったんやあ。俺だけやなんて、寂しいやん。せやから伊織もちょっとジタバタしよ?

「あかーん、離せへん」
「だ、ダメだよ、離してっ」
「ええ? やって好きなんやもん」
「も、こういうのはふたりきりのときだけだって、約束したじゃないですかっ」
「ん? したっけそんなん?」
「もう! 侑士っ!」

残念やわ、場所に気づいとったか。伊織は人前をまだ恥ずかしがるとこがあるんよなあ。
俺は全ッ然、かまわんのやけど。めっちゃ熱烈チュウを送りたいの、これでも我慢しとるんやで? 褒めてよ。

「わかったって。堪忍な。かわいすぎて我慢できへんかった」

パッと解放して頬をなでると、目をふせてうつむいた。

「もう、ほら……みんな見てる……」
「ええやん、見せつけようや」
「ダメです! もう……!」

真っ赤な顔して、ガウガウ俺に噛みついてきよる。悪いけどまったく、怖ないで伊織……かわえすぎ。

「はいはい……せやかて、さっき映画館でもベッタリやったやんかあ」
「はいは1回っ。そ、それに、あれは暗かったからなのっ」
「はーい……なんやつまらん」

伊織はたまーに、こないして説教くさくなる。理由は当然、言うてもきかん俺の行動やねんけど。いまだに、教室に行っても怒るし……もうバレバレやで、ええやろと思うんやけど。やってさあ、伊織に会いたいのに、なんで俺が我慢せなあかんねん。
一方で怒った顔もめっちゃかわいくて見たいから、俺はやめる気もにもならん。怒ったときは絶対に俺のこと、「侑士」って呼んでくれるのも最高に嬉しい。たぶん、呼び捨てることが伊織のなかでは強気にでとるってことを意味するんやろうけど。

「もう……ああ言えばこう言うんだから。いつもいつも」最近はタメ口も慣れてきとるしね。頑張り屋さんやね。
「せやなあ。えらいすんません」
「も、侑士、まったく反省してないでしょ?」

めっちゃ逆効果やで……? 俺、その顔と呼び捨てがたまらんのやもん。
ま、ええわ……そのまま知らん顔しとこ。

「ん? しとるしとる」
「嘘つき……」
「な、それより、時間も迫ってきたでな。もう跡部に聞く?」
「へ?」
「そのほうが早ない?」
「ああ、そうですよね、たしかに!」

伊織のぷりぷりした顔を見てすっかり満足したことで、本来の目的を思いだした。伊織もすっかり忘れとったんやろう、ポンッと漫画みたいな動きで、拳が手の上で弾かれた。お前は一休さんか。とかツッコんだらまた長くなるで、伊織の頭を一度なでてから、俺はポケットからスマホを取りだした。

「ちょお待ってな、いま聞くから」
「うんっ」
「誕生日プレゼントなにがええ? と、送信」
「跡部先輩、なんて返しくるかなあ。ちょっとドキドキしますね。高額なものだったらどうしよう」
「十分、ありえるからな。ポルシェ、とか言うてきたら、ドタマかち割ったろな?」
「ん、それはドタマかち割ったりましょ」

キッと目が強くなった伊織に思わず笑った。乗りやすい性格も、俺は好き。慣れてない関西弁も微笑ましい。
跡部からのメッセージを待つために、近くのベンチに座って俺らは返信を待った。戻ってきたのは、自販機でお互いが飲み物を買って、少し落ち着いたころやった。

「お、通知きた」
「わ、なんて返ってきてるだろ」

寄り添いながら、スマホのロックを解除する。
伊織にも見えるようにメッセージアプリを起動すると、跡部に送ったまま閉じとったせいで、トーク画面がそのまま液晶に表示された。
そして、俺も伊織も、固まった。

『コンドーム1年分』

おまけに、Amazonで売られとるコンドームのリンクつき。なるほどこのコンドームが、跡部のお気に入りなんか。たしかに箱の見た目もスマートやし、評価も高いで、フィット感とか潤滑具合もよさそうやな……って、おい! 言うとる場合か!
あのボケ! 俺と伊織が一緒におるのわかりきって、こんな返事してきよったな! ど……どないすんねんこの、気まずい雰囲気! あのボンボン! 坊主! ホンマ跡部お前、覚えとけよ!

「あっ……はは。ああ、なんや、アホやなこいつ? 笑えへんしな?」

とにかくこの沈黙なんとかせなあかんと、俺は伊織の顔色をそっと伺った。伊織、顔をまた真っ赤にして、固まっとる……。
あああああ、いつも俺と跡部がこない会話しとると思われたらどないしよう! いやしとるけど! そういう問題ちゃうしっ。

「あは、ははっ。は、ははっ、はい……笑えないですっ」

引きつった顔で、伊織も俺も、なんとか苦笑いでごまかしながら、その時間を終えた。しかもそこから俺らの会話は、なんとも言えん雰囲気を持ったものになった。

「さて、どうしよかな……」薬局に行く? とは言えへん。さすがに。ちゅうか1年分って何箱くらい買えばええねん。お前のペースわからんやんけ。いや買うつもりないけどさ。
「そう、だね……あの、跡部先輩、さっきの本気、なのかな」
「そ……そんなわけないやん。え、伊織、買うつもりやった?」

ちょっと食い下がってきた伊織に驚いたで、自然とそう聞くと、伊織は首と手を同時に、ちぎれるんちゃうかと思うほどの勢いで、ぶんぶん振りだした。待って、その反応……逆に怪しいんやけど……。

「ち、違うけど! 違うけど、わたしにとって跡部先輩は先輩だから、先輩の言うこと無視していいのかなって!」
「いや、聞いたん俺やし、ええやろ」
「あ……あ、そっか」

もしかして……ちょっとどんなんか見たかった……とか、ちゃうやろな? うっそ、ちょっと興奮する。
「俺はこのタイプが好きやで?」「えー、どんな感じなんだろ?」「ほな伊織、試してみる?」「う、うん。侑士先輩なら、いいよ……」とかそういう展開もあるか!?
いやいや、落ち着けって、俺……オタフクソースのことを忘れたあかん。この子は、思わせぶりなときほど違うこと考えとるんや。いまはめっちゃ慌てとるけど、たぶん問い詰めたら、また俺がズッコケるだけやろ。

「じゃあとりあえず、ほかの、探しますか」
「せや、ね。ん、そうしよ」

結局、一か八かにかける勇気もなく、俺らは仕方なくショッピングモールを周回した。
さっきよりも確実に会話が減っとって、やっぱり変な空気になったやん、と思うと、跡部への恨みがジワジワ押し寄せてくる。
ジワジワを胸に残しとったせいやろう。俺は、メルヘンなショップの前に立った。え、と伊織は驚いとったけど、俺が指さすと、伊織も思うもんがあったんか、目がスッと悟りを開いたように静かになる。
そうやろ伊織……俺、なかなかええ提案するやんな。
俺の指の先には、45センチほどのちょっと不気味な人形が赤いドレスを着て、ええこにして座っとった。ホラー映画で小さい女の子がいっつも抱っこしとるような、まさに、アレや。

「こんなん、どうやろ」
「すごくいいと思います。目もなにかを見透かすようにしてますし、フリルもついてて、跡部先輩にピッタリです」

これには伊織も、大賛成やった。





to be continued...

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