06_前触れ




6. 前触れ


伊織の瞳が、月の光をあびてゆらゆら揺れとる。ボルドーのドレス。肩にかけたショールが少しだけはだけて、透き通った素肌が、めっちゃ綺麗。
今夜の伊織は、俺を酔わせる。小野瀬曰く、ホンマにこれが俺に見せるためのドレスやったなら、誘っとるようにしか思えへんくらい、色っぽい。
こんな気持ち、はじめてや。色気のある女はぎょうさんおるし、そんなん何人も見てきたけど、伊織はそんな女たちと比べ物にならんほど、この胸をときめかせてくる。
なあ伊織、俺、どんだけお前のこと好きやと思う? どんだけ、愛しとるかわかっとる?
付き合う前から、四六時中、お前のことしか考えてない。ホンマに。

「その日は、ずっと」
「侑士先輩……」
「俺の傍におってほしい。ずっと」

せやから、お願い。俺の誕生日に、伊織をくれへん?
伊織……いくら天然で鈍感でも、俺の言うとる意味、わかってくれるよな?
「ずっと傍におって」くれたら、俺、それでええ。ずっと、一晩中。わかる?
俺、伊織がほしいんや。

「なあ伊織、もっかい言うわ」

伊織の顔が、きゅっと真剣味をおびた。気づいてくれとる。今日こそは。
好きや、伊織。お前のその表情も、なにもかも、全部、めっちゃ好きや、伊織……。





小野瀬とテニスの話題で盛りあがった直後、伊織は気をきかせたんか、ふらふらとどこかに消えていった。
初の跡部宅訪問やら、数々のオードブルを目の前にしてすっかりご機嫌になった伊織やったけど、行きは怒らせてもうたし、あんなに着飾った伊織を、思春期の野獣どもが群がりまくっとるこのパーティー会場でひとりにすることに、俺はちょっと焦っとった。
俺らの交際を知っとる氷帝の学生だけならまだしも、財閥関連の大人もおるし、誰かにナンパされかねん。されても伊織は無視するやろけど、あの姿をほかの男が舐め回すように見ると思うだけでイライラしてくる。

「そういえば忍足先輩、今週の土曜、個人練習日じゃないですか。部活、来られます?」
「ああ、せやな。行く予定やで」

伊織の行き先が気になったものの、人が多くてわからんようになった。
小野瀬との会話を適当に切りあげて探しに行きたいけど、小野瀬もかわいいしなあ。ちょっと久々に話すもんやから、もったいない気持ちもあって、俺だけがソワソワしてしまう。

「小野瀬も来るんか?」
「行きます! オレ、意外に練習熱心なんです」
「へえ? 中間考査の直後やのに、大丈夫か? 補習とかくらうんちゃうん?」
「く……忍足先輩、オレ、先輩ほどじゃないのはわかってますけど、補習はギリないですから、いままで……たぶん」

小野瀬は、あんまり勉強が得意やないらしい。前に、「赤点確率変動中でやばいです。数学、教えてください!」と言うてきたことがある。俺はそのころから、小野瀬がめっちゃかわいく見えてきた。
その類いのおねだりは伊織にお願いされたかったことのひとつなんやけど、間に合っとるんか、言うてきたことない。跡部のせいで千夏ちゃんの成績がアップしたとか、悔しがっとったくせに。親に紹介すんのも嫌がるし……なんか、どっか信用されとらんよなあ。

「なんやねん、たぶんって。自分のことやろ」
「嫌すぎて記憶から抹消してる可能性も、あるかなと」
「ははっ。お前のことやで、ありそうやな。まあええよ。ほなその日、ちょっと打ち合おうや」
「えっ、マジですか! あ、でもその日、兄ちゃん来るな……」
「おお、小野瀬の兄ちゃん? ええやん。なんかあかんの?」
「ん……いいんですけど、負けたらずっと言われるなと思って。嫌がらせ的に」

前に聞いたから知っとったけど、小野瀬には兄ちゃんがおるらしい。俺も姉ちゃんがおるからようわかるけど、あいつら上のもんはなんで、下をいたぶることに快感を得るんやろな。うちの姉ちゃんなんか男よりも凶暴やから、たぶん小野瀬の兄ちゃんよりたちが悪い。
年下、こんなかわいいのになあ。伊織は別格やけど、小野瀬もかわいいで。なんなら日吉もかわいいしな。青学の桃城もかわいいし。越前なんか生意気がすごすぎて、かわいすぎやろ。

「あー、それは言われるの決定やな」
「ぐ……わかってますけど! 1ポイントくらい……」
「へえ? やってみいや。負けへんで?」
「ぐ……」

顎を引きながら観念したような小野瀬と顔を見合わせて、お互いが同時に笑った。
キリがええな、と、たぶん小野瀬も感じとる。そういう相性のよさが、伊織のいとこやなあと感じる瞬間やったりする。

「よっしゃ、ほな伊織のとこ行こかな」
「ですね! じゃあ先輩、また!」
「おう、またな」

軽く片手をあげながら、くるっと踵を返す。小野瀬は引き際もよう知っとる。ホンマ、いろいろあったけどめっちゃええヤツや。
俺の醜い嫉妬も、受けとめて流してくれて……伊織のいとこで、小さいころからの同士やもんな……悪いヤツなわけないねん、よう考えたら。それやのに俺は……反省せなあかん。
伊織を探しに会場中をぐるぐるしとるあいだに、いつのまにか跡部の演説は終わっとった。群がる後輩たちの隙間から俺を見つけて、颯爽とこっちに歩いてくる姿が見える。
ああ……伊織のことも気になるけど、こいつ今日は主役やし(まあそんなん、いつものことなんやけど)、一応ちゃんと挨拶くらいしとかなあかんよな。

「よう忍足……なにをうろちょろしてやがんだ? アーン?」
「お誕生日おめでとう跡部……どえらい格好やな、お前」
「そうか? よく似合ってるだろう」
「ん……やとしても、あんま自分から言わんほうがええと思うで?」

まあ、それがお前らしいっちゃらしいんやけどな。
跡部は白いスーツで全身をばっちり決めとった。主役やから別にええねんけど、どないやねん。お前は挙式前の新郎か。

「ところで、伊織、見てへん?」
「佐久間ならベランダのほうにいるからと、千夏が会いに行ってたようだが」
「お、そうなんや。ほな跡部も一緒にベランダ行かへん?」
「いや、俺はいまからステージで部員たちからの贈り物を開けなきゃならねえ」

行きたいのは、山々だがな……とつづけながら、跡部は準備中のステージに視線を送った。
山々なのはあのステージの上やんけ、と心のなかでツッコみつつ、こいつもいろいろと大変やなと、同情したくなる。

「毎年やっとるけど、飽きひんの?」
「飽きはしねえが、やってやらねえとせっかく今日のために奮発した野郎どもが、かわいそうじゃねえか」
「……ん、なるほどな」

それをやることによって奮発してまうプレッシャーについては、考えてないんやろか……ま、ええけど。

「それにひきかえ、お前らバカップルは、よくもあんなものを俺に贈りつけやがったな」

跡部のこめかみが、ほんの少し動いた。さすがの跡部も気持ち悪かったんやろな。ひょっとしてめっちゃ気に入ったらどないしようと思っとったけど。

「ああ、あれな。かわいいかわいいお人形やったやろ? この豪邸にはよう似合っとると思うで?」
「嫌がらせも甚だしいな」
「お前に言われたないねん、あのあとどんな空気になったかわかってんのかっ」
「アーン? ったく、ガキだなてめえらは」
「ピュアなんや、俺たちは」

ふっと他人事まるだしで笑いながら、跡部がネックレスをなでる。あれ? 跡部ってネックレスなんかするんやっけ? と、一瞬は思ったものの、すぐに気づいた。跡部もなんだかんだ言いながら、ピュアなところがあるヤツやから。

「お前、ひょっとしてそれ」
「ん? ああ、これか」嬉しそうな顔しよって。
「へえ? 千夏ちゃんからか。似合ってるやん」
「そうか。慣れてねえといじっちまうもんだな」
「そのうち慣れるやろ。ええな。独占欲まるだしで。イニシャル付きやったりして」

それには応えず、跡部はしれっと目を背けたけど、めっちゃ頬がゆるんどる。なんやねん腹立つわー、また見せつけられとる。

「慣れるだろうな。生涯、はずすつもりはない」
「はいはい、ごちそうさん」

呆れつつも、めっちゃうらやましくなってくる。
俺も、もうすぐ誕生日や……。伊織、なんか考えとるんかな。と、ぼんやり浮かんで、俺はこのとき、ようやく気づいた。
そういや伊織……なんかそんなこと、聞いてきてなかったか?

「あ」
「ん?」
「あー、……そういうことやったんか」
「アーン? どういうことだ」

このあいだ、伊織が俺の家に来たときに「ほしいものないですか?」って聞いてきたの、それやん! ああああああ、アホすぎんか俺。それしかないやんっ。回りくどい聞きかたして、妙な前置きしよったから、まったく気づかへんかった、そうや!

「おい忍足、どうした? なにへこんでやがんだ、てめえは」

俺はヤンキー座りよろしく、その場にしゃがみこんだ。ああ、それを俺は、お誘いやないかって勘違いして、あげくの果てにオタフクソースにめっちゃ心のなかでツッコミかましとったわ。ボケてんのか! って思ったけど、ボケとんの俺やんけ。

「いや、ちょっとな……」
「しかし誕生日プレゼント、といえばだ、忍足よ」
「ん……なに?」またノロける気か? もう勘弁してくれ。
「佐久間がお前の誕生日になにをやるかで悩んでるらしいぜ……?」
「えっ……」

ヤンキー座りから一転、俺はすっくと立ちあがった。跡部がこんなこと言うてくるなんて、千夏ちゃんからの情報に決まっとる。どえらい勘違いかましてもうた俺は、伊織がかわいそうになってきとった。ここで情報を探っといたら、伊織の予算内に収まるものをしれっと匂わせることもできる。

「そ、それで? お小遣いがどんくらいとか聞いてんの?」
「は? んなこと知らねえよ」
「え、じゃあ、なんやの? どうせ千夏ちゃんからの情報やろ? 悩んどるってだけ?」
「ああ、それなんだが……」

一旦、周りを見渡してから、跡部は俺にそっと近づいてきた。いつもより距離が近いで、内緒話やと思うと、やけに緊張した。なにを聞いたんやろか。
跡部がわざわざ言うてくるってことは、ことは……え、もしかして……。

「佐久間は、その気になってるらしいぜ?」
「……なんやて?」

耳もとでささやかれる跡部様ボイスに、昇天しかける。もちろん、相手が跡部やからっちゅうわけやない。内容にや。その気って、その気って、アッチのその気ってことやんな!?

「だが、千夏から聞いたぶん、多少、歪曲されてる可能性もあるが……」
「それでも2パーセントくらいは真実やろ……跡部、それって」
「ああ……どうやら佐久間はお前への贈り物のことで、千夏に相談したらしい」

跡部が一旦、言葉を切った。ふっと微笑む。俺の心臓がドキンと波打った。何度も言うけど、相手が跡部やからやない。

「千夏は佐久間に、ヴァージンを捧げろ、と提案したらしいぜ」

発音よすぎるヴァージンに、めまいを起こしそうになった。千夏ちゃん……! 君って子は……!

「くうううう……跡部、千夏ちゃんって、神様やったんやな!」
「あいつは女神だ、いつだってな」いや、ボケたんや。真顔でなに言うてんねんこいつ。
「そんで、そんで、そんで……? 伊織の反応はっ?」けど、スルーした。先が気になる。
「ああ……あくまで千夏の意見、だが」
「どないした、どないした、どないした……っ」

心臓がありえへんくらいにバクバクしてくる。跡部がわざわざ俺に言うってことは、ことは、しかもさっき、「その気」って言うたしっ!

「脈アリ、だとよ……」

思いっきり体が仰け反っていく。こんだけ腰も首も折り曲げたら世界びっくり人間みたいになるんちゃうかと思うくらい、体が歓喜でぐにゃぐにゃになった。

「めっ……めっちゃ……叫び倒したい……っ!」
「やめとけ、恥ずかしい」
「千夏ちゃんてめっちゃええこやなあっ、跡部!」

腹筋に力を入れて、なんとか体をもとに戻した。バイーンって音が聞こえる勢いや。
千夏ちゃんが伊織に提案した誕生日プレゼントもそうやけど……そういう情報を跡部に漏らして、さりげなく俺に伝わるようにしとんのが千夏ちゃんのすごいとこやわ。いやまあ、跡部も千夏ちゃんも単に面白がっとるのが98パーセントやろうけど、今回ばっかりはそんなんどうでもええ。めちゃめちゃ感謝するわっ。

「ようやく千夏の魅力に気づきやがったか……しかし千夏は俺の女だからな」
「心配せんでも、頼まれたって千夏ちゃん口説いたりなんかせえへんわ」
「なんだとっ!? てめえそりゃいったいどういう意……!」
「伊織が好きやから、やで……落ち着いてや。千夏ちゃんええ女やってことくらい、俺かてわかっとるがな」
「ふんっ……まあ、いいだろう」

難しいやっちゃな。嘘に決まってるやろ……けどまあ、こういうときは褒めとかなあかん。
今後ふたりの協力のことも考えると、とにかく機嫌だけは損ねんようにしとかんと。

「はあ、せやけど、伊織も……さよか。ああ、どないしよう。嬉しいっ」

思わず、両手で顔を覆ってしまう。伊織を抱ける日がもうすぐ来るんやと思ったら体が震えそうになる。
俺の誕生日に……「わたしをあげます、侑士先輩」とか言うん!? たまらんわっ!

「しかし、千夏からの情報だ。あまり鵜呑みに……」
「いや、今回は100パーセント信じることにするわ」
「ああ、そう」

跡部は結構な具合でひいとった。
おお、ええよ、勝手にひいとけ。俺がいまどんだけ感動しとるか、千夏ちゃんとヤりまくっとるお前にはわからんやろ。

「異常にプラス思考なんだな、てめえは」
「こういうときにマイナス思考は邪魔になる。千夏ちゃんは伊織の親友なんや、間違いないやろ」
「まあ、緊張しすぎて、失敗だけはすんなよ」
「もうすでにめっちゃ緊張してきたわ……」

さっきからずっと心臓がうるさいけど、これから伊織と顔を合わせると思ったら、さっきよりも心臓が、もう爆発しそうになっとる。
こんなんで、伊織のこと抱けるんやろか……。アホか、抱けるに決まっとるやろ! もうすでにギンギンやないかっ! ああ、あかん、落ち着かせんと伊織の前には行けへん。抱きしめたらバレてまうわ。

「まあ、さすがの俺でも緊張したからな。気持ちはわかるぜ」
「はあ、さよか」

跡部がときどきしてくるこの、「俺様も奥手」アピールはいったいなんなんやろ。
とは思いつつも、たしかにこいつも千夏ちゃんのこと、俺が伊織を思うくらいに惚れこんどるのは見ててわかる。
これまでの誰より優しくしとるし、これまでの誰よりベタついとる。ネックレスなんかいままで腐るほどもらってきとるくせに、つけたことなんかないし。よっぽど、なんやろう。

「最初はこの俺ですら、手が震えたからな」
「ホンマに?」
「ああ。美しすぎて、触っていいものなのか迷うほどだった」

……はあ?
ああ、あかん、誰のこと言うとねんって、ツッコむとこやったわ。跡部を怒らせたら面倒やで。適当にうなづいとくことにした。
でも、伊織やと想像したら理解できる。今日のドレス姿ですらめっちゃ綺麗やった。裸で向き合ったりしたら、めまいがするほど綺麗なはずや。

「だが、それさえ超えてひとつになれれば、抱くたびに愛しくなる。もっと深い愛を交わしあえる」

上を見ながら思い出に浸った跡部の視線は、そのまま俺に流れるようにたどり着いた。
こいつなりの応援をしてくれとるんやろうけど、くすぐったい気分になるな。

「お前と佐久間は毎度のことながら進展が遅せえよ。余計なこと考えてねえで、ぶつかっていけよ、忍足。愛し合ってんだろ? お前たちは」
「そら、そうや」

愛し合っとる。お前だけちゃう。俺も、これ以上ないってほど好きになった女は、はじめてやから。
いままでのセックスやなんて、最中にしゃべったこともない。キスもなるべくならしたなかったし、終わったらすぐにでも帰りたかった。そうや、俺は最低や。せやけど相手も俺が好きやったわけちゃう。そんなんお互いさまやったから……。
でも、伊織は違うねん。めっちゃ優しくしたい。めっちゃ好きやもん。伊織も俺のこと好きやって、わかる。信じとる、それだけは。

「まあ、せいぜい頑張れよ」
「ん、またな」

ひらりと跡部が手をかかげて、それを合図に俺も背中を向けた。
ベランダに向かうと、伊織と向かい合っとる千夏ちゃんと目が合った。合った瞬間、千夏ちゃんが微笑んで、そっと伊織から離れていく。
たぶん、気を遣ってくれたんや。あの子もずいぶんと大人びたなと感心する。大人にしたのは跡部なんやと思うと、無性にうらやましくなってきた。
跡部の雰囲気も、前に比べてかなり変わってきたし……そうしたのは当然、千夏ちゃんなんやろな。
俺よりもそれなりに恋愛しとった跡部が、本気になれる女を見つけて、その彼女を抱いとる……それだけで、ゴールまで一気に抜かされたような気分やった。





「なあ伊織、もっかい言うわ」

跡部との差を思い知らされて、無性に伊織を抱きしめたくなった。これまでの恋愛なんか、恋愛なんて呼べる代物やない。なんなら性愛だけや。けど伊織……お前だけはちゃうねん。
うしろからそっと手を回すと、伊織はわかっとったように、俺の腕をきゅっとつかんだ。

――伊織、寒ない? ちょっと待たせたな?
――ううん。もう侑士先輩があっためてくれてるから、平気。

いつもより落ち着いた伊織の声が、俺を癒した。
すっと綺麗に浮き出た肩に、その鎖骨に、ずっと酔っときたかった俺やけど……勇気を出して、核心に迫ったんや。
俺の誕生日に、「ずっと傍におって」と、めっちゃいろんな意味を込めて言うたつもり。
もちろん今回の場合は、抱きたいってのがいちばんやけど……一生、傍におってほしいとも思う。
そういう意味の、俺にとっての「ずっと」……。
最初はカッコつけのセリフやと思ったんやろう。伊織は贈り物をしようとめっちゃ食い下がってきたけど、こっちも負けじと食い下がった。
何度も、何度も伝えるうちに……ほんのり、伊織の表情が変わった。

「俺は、その日ずっと……ずっと伊織が俺の傍におってくれる、それだけでええ」
「……侑士先輩、それは、その……」

瞳が、また揺れる。
伝わっとる……? 伊織……愛しとるよ。やから、俺が言いたいこと、わかるやろ?

「ずっとっていうのは……」

俺をじっと見あげて、女をむきだしにした伊織に、吸いこまれそうになる。
唇に、そっと近づいていった。いつもより、熱いキスを送る。深くて、甘い。こういうキスは何度もしとるけど、今日は違うやろ? やって、「抱かせて」って気持ち、こめとるから。伊織も、いつも以上に熱いよな? 秋の夜空の下やのに、寒さなんか感じへんほどに。
唇を離すと、熱っぽい目のまま、見つめ合った。いつもなら、こんなキスしたあとは恥ずかしがって目を伏せる伊織やけど、火照った顔を無理やりに起こして。
無言のメッセージや。伝わってくる。

――侑士、ちゃんと言って。

そうやね。俺も男や……はっきり言わな。
俺、伊織がほしい。誰よりも愛しとるからこそ、伊織を抱きたい。
ちゃんと、伝えな……と、思ったときやった。

「伊織……俺、お前を」
「侑士ー! ここにいやがったのかよー!」

聞き慣れた声に、俺と伊織は、ビクッと体を浮かせた。
ああああああああああああ……あと、少しのところやったっちゅうのに……!

「やっと見つけたぜ。おー、伊織も一緒か。だとは思ったけどよ!」

赤ヘルメットやった……ああ、あかん。ムカつきすぎて悪口を言うてしもとる。
岳人……お前ホンマに……見てわからんか!? めっちゃええムードなんやこっちは!

「おお、忍足と佐久間はこんなとこにいたんだな」
「わあ、おふたりともお似合いですね! すごくオシャレじゃないですか!」

しかもなんやねん……宍戸と鳳までおる。なんやこのズッコケ3人組は……ズッコケたんこっちやけどさ。
お前ら狙っとったんちゃうか……? 最悪のタイミングやってわかってへんのか?
俺は、いまから伊織に、抱きたいって言おうとしたんや!

「あ……先輩たち……、こんばんは!」
「おう、佐久間! 似合ってるぞ、そのドレス」
「あ、ありがとうございます、宍戸先輩」
「……お前らなにしに」
「本当、すごくいい色ですね、宍戸さん!」おい鳳、いま先輩である俺が話しとったんやけど?
「長太郎、これはボルドーって言うんだぜ?」
「さすが宍戸さんだ! なんでも知ってますね!」
「お前、いまちょっとバカにしただろ?」いまだけちゃう。こいつは高校にあがってから、密かにずっとお前のことバカにしとると思うで、宍戸。
「してないですよ、嫌だなあ、宍戸さん」
「なあ、お前らなにし」
「つか伊織セクシーじゃね!? 今日!」おい、岳人。割りこむなや。
「オレもそう思います!」追撃もやめろ鳳。
「い、いやそんなっ……え、本当ですか?」おい、伊織、乗るな。なんで喜んでんねんっ!
「なあって。お前らなにしに」
「伊織、伊織、ちょっと回ってみそ?」
「えっ、こ、こうですか? せ、セクシー? セクシーですか?」

俺をどこまで無視する気なんやこいつら……お前ら俺を探しとったんちゃうんか。
ほんで、さっきから伊織もなにテンションあげてんねんっ! おい、俺の許可なしに羽織っとるショール脱ぐな! うわあああ、伊織めっちゃセクシー……! いやちゃうやろ! セクシーなとこなんかこいつらに見せんなやっ!

「おおおおおおお!」
「くそくそ伊織、大人じゃーん!」
「え、大人ですか!? 本当に!?」

あかん、伊織が目をキラキラさせとる。なんで!? 俺も褒めたやん! そのときそこまで嬉しそうやなかったやん! なんで!?

「ずいぶんと色っぽくなるもんだな。吉井もすごかったけどよ」
「わあ、宍戸先輩、本当ですか? あ、わたしは、千夏にはかなわないけど」
「そうか? 二人ともいい感じだぜ? でもお前、ちょっと痩せたな?」
「えっ。あ、そ、そうかな」
「宍戸さん、それは佐久間さんが恋してるからですよ! そして女性にそういうことを言うのは失礼です」そうや。ちゅうかなんで伊織が痩せたことに気づいてんねん。どういう目で見てんねん伊織のことっ!
「ええ? 痩せたのは悪いことじゃねえだろ? 綺麗になってんだから」
「き、綺麗!? 本当ですか宍戸先輩っ!」ああっ! 伊織もなんでそんなに喜んでんねんっ!
「ああ。前よりもこう、顔がシュッとして、綺麗になったと思うけどな」
「オレもそう思うぜ、伊織!」
「む、向日先輩も……? うわあ、き、綺麗、ですか?」

ええ加減にしてくれ……こいつらも腹立つけど……伊織!
さっきからお前の反応、ちょっと、イラッとすんでっ。なにをほかの男に褒められて浮かれてんねんっ。俺がいつもどんだけ「かわいい」って言うても、照れるだけのくせにっ。なんやねんその、恋しちゃった、みたいな顔はっ。お前が恋してんの俺やよなっ!?

「とにかく宍戸さん、体型のことを言うのはセクハラですから。ダメですね、宍戸さんは」
「おい長太郎、最後のなんだよ、最後の余計だろ」
「いや、オレも宍戸はダメだと思うぜ。だから好きな女とうまくいかないんだよ」
「なんだと向日! 俺のどこがダメなんだよ! つうか好きな女とか関係ねえだろ!」
「全部ダメなんですよ宍戸さんはっ!」
「お前、長太郎っ! 最近のその態度、いったいどういうつもりなんだよ!」
「ちょっと好きな人とうまくいきそうだからって、調子に乗ってると思います、オレ」
「つかさあ、昔から宍戸ダメ説、わりとあんぜ?」
「なんだと!? そんなの聞いたことねえぜ俺は!」
「そりゃオレたち、宍戸さんに隠れて言ってましたから。でももう隠すのはやめました。ちょっと好きな人とうまくいきそうだからって……」
「お前それ完全にやつあたりじゃねえか! 嫉妬してるだけだろ!」
「オレが宍戸さんに嫉妬なんてすると思います!? 100年早いですよ!」
「てめえそりゃどういう意味の100年だ長太郎!」

あかん。この頭の悪い連中の会話、永遠につづくわ。
ほんで伊織、話題が変わった瞬間、急に興味なくした顔になるん、やめて。お前にも話があるで、俺。ひとつは「抱きたい」やったけど、もうこのムードでは言えへん。いま気になってんのは、そこと違う。

「侑士先輩? どうしたんですか、黙って」
「さっきからなに言うても無視されとるしな、俺……」
「そう、でしたかね?」
「お前もさっきから、なんでそんなにニヤニヤしてんねん?」
「へ? ニヤニヤ? やだ、してないですよ」

しとる! めっちゃしとる! はあ、腹立つ……。

「侑士先輩? なんか怒ってます?」

ちょっとな……あと、さっき俺が言いかけたことをまったく気にしてないような様子も、ちょっとな……。

「怒ってへん」
「え、怒ってる」
「怒ってへんって……せやけど……」

あかん、行きもケンカしかけたのに、帰りもケンカとかになったら最悪や。
とりあえず、今日言えるかどうかは置いといて、ここは俺が大人になるべきやんな。俺も嫉妬深いとこ、なおさなあかんし。
まずはここに来たタイミング最悪なチームメイトと、さっさと想いを伝えんかった俺を許してほしい。お前の説教はそのあとや。
俺は、そっと伊織に耳打ちした。

「帰り、キス、もっかいしよな?」
「あ……う、うん」
「ん……約束やで」

連中には見えんようにこっそり手をつないできた伊織の小指に、俺はそっと小指を絡めた。視線を合わせて微笑む伊織の表情がめっちゃ穏やかで、愛しくなる。おかげで、ちょっと機嫌がようなった。
それはそれとして……俺の「抱きたい」気持ち、伊織に少しは伝わったんやろか……?





to be continued...

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