ファイナリー_02






2.








「俺なあ跡部……どう見てもそんなアウトドアな男に見えへんやろ?」

「貴様が根暗なのは知ってる」

「……いや、根暗やのうて……」


かったるそうな顔して真横に立ってる跡部を、忍足は机に肘をついたまま見上げている。

多分それは、他に目のやり場がねえからだ。


「忍足、これは監督の命令だ」

「……あの人スーツ着て真夏の海に来る気か?」


「生憎あの人のビキニには興味ねえからな。スーツで来られても暑苦しいがビキニよりマシじゃねえか?」

「まあそうやな……いやそんなことどうでもえんやけど……」


「つかあの人来ねえしな」

「あ、来うへんの。ふーん……」


隣に居る俺の存在を完全に無視して、忍足は跡部とだけ話してやがった。

昨日のことを根に持ってんのか、それとも昨日の事と嫉妬の相乗効果で俺と目を合わせないのかはわかんねえ。

でも相当、忍足が俺にムカついてんのはわかる。


「で?」

「でじゃねえよ。とにかく週末は絶対参加だ」

「いやいやそれはわかったで。こいつは何の用やねんちゅう意味」


しらっと俺に指をさしながら、忍足は結局俺の方を見もせずにそう言った。

お前そんな解り易くて、よく佐久間のことが「もうどうでもいい」とか言えたな?

あからさますぎて、はっきり言って激ダサだ!!


「おい忍足、お前さっきから何で俺のこと無視してんだよ」

「無視なんかしとらんで宍戸。お前はなんでここにおんやろって思ただけやん」


「別に深い意味はねえよ。俺と跡部がつるんでたら何か変なのかよ」

「おいおい、なんでお前そない喧嘩腰やねん」


その時、ようやく忍足が俺の方に視線を合わせた。

俺達三人を取り巻く空気が変わる。

今すぐ殴り合いが始まってもおかしくねえって思うほど、俺と忍足は睨み合ってた。

だけど…………


「ふっ……やめろ二人とも。俺様のことで喧嘩されたんじゃたまんねえぜ?あーん?」

「は?……」

「…………」


すっげえKYがここに一人。

いや、こいつが居てくれたおかげでなんとか穏便に過ぎたのかもしれねえ。

俺と忍足はすぐさま跡部に冷めた視線を送って、その場をやり過ごした。




* *




「おい跡部!」

「あーん?なんだ?」


「なんだじゃねえって。お前何のために俺に付いて来させたんだよ?」

「なんでだと?ふん、そんなこともわからねえのかカットバン」


……いちいちムカつく野郎だぜ。

こいつの中で俺のあだ名はいつからカットバンだったんだよ、くそ!

しかも今してねえよ!!中学ん時の話じゃねえか!!


「忍足の反応を見るためだろうが。お前にどの程度嫉妬してんのか、俺様なりに見極めただけだ」

「……でどうだったんだよ」


とりあえず話を聞いてみる。

跡部のことだ……やることはめちゃくちゃな野郎だけど、最終的にはいつも正解に導く。

それが俺ら200人のテニス部員を率いる部長、跡部景吾だ。


「まあ今俺が言えることは、お前は実行委員から外れたってことだな」

「………………え、なんの?」


「それは言えねえ」

「なんなんだよそれ!!」


「まあ当日を楽しみにしてな。ギャラリーは多いほうがいいからな」

「いやだから、何の話かわかんねえし!」


昨日はいきなり水着を用意しろっつって、で、今日は付いて来いだ。

一体この金持ちが何やろうとしてんのか、俺にはさっぱりわからねえ。

とりあえず俺の役目は、実行委員から外れたっつーことからして、ひとつしか……。


「しつこい奴だな。当日だっつってんだろ?あん?」

「……お楽しみはとにかく佐久間を連れて来てからってことかよ」


「わかってんならさっさと帰って支度しとくんだな」

「…………」


90%は腑に落ちてなかった。

だけど俺には、もうどうしょうも出来ないことは明白で。

俺は忍足のチームメイトで男友達だっつうのに、忍足の本音も引き出せねえし。

とにかく週末、佐久間を海まで……連れてくしかない。













□ □












「!!……ちょ、宍戸……これどういうこと!?」

「まあ、見たまんまっつーか……」

「なんでよこんなの聞いてない!なにこれ!!」


俺の真後ろから痴話喧嘩みてえな声が聞こえてきやがる。

やっと宍戸と佐久間の登場か……全く、この俺様を待たせるとはいい度胸じゃねえか。


「……跡部お前……まさか……」

「あーん?どうした忍足」


俺の隣で佐久間の声を確認した忍足は、冷静さを隠しきれてねえ顔をして俺を睨んでやがる。

涼しげな顔をして対応してやると、忍足はぷいと横を向いた。

ふんっ……宍戸と一緒にいる水着寸前の佐久間が気に入らねえってか?


「別になんでもないわ……なんであいつ来とんねん」

「その質問は、なんでもないとは言わないんじゃねえのか?」


「なんで来とんねん」

「宍戸が呼んだみたいだぜ?」


「…………お前が呼ばせたんちゃうんか?」

「まあもう別れた女のことなんか、無視しときゃいいだろ?」


先週。

忍足と佐久間の騒動を聞いた俺にひとつの案が浮かび上がった。

佐久間のことは、もうどこでどうなっていようが知らないとまで言い切った忍足。

まあそんなのは嘘だと、あの鈍感な宍戸でもわかるほどだ。

だが忍足は絶対にそう言い張る。

なら身を持って教えてやろうじゃねえかと思いついたのが、海での遊戯だ。

夏に海に来りゃ当然、水着になる。

今時スクール水着の女子高生なんて居やしねえ。佐久間はまず十中八九ビキニだ!

しかもそのビキニ姿が、男の視線を集めたら……。

まだ佐久間を好きな忍足が、耐えれるはずがねえ。

ただそれだけじゃ弱えからな……とっておきを用意してある。

ククッ…フッ…フハハハハハハッ!ハーッハッハッハッハッハッ――!!


「おい跡部……ってお前何爆笑しとんねん」

「――ハッ……!!…………」


「…………気色悪……」

「……なんだ忍足、用なら早く言え」


一瞬、空気が淀んだ気がしたが俺様はそういうことは気にしない。

忍足は俺を呼んだまま冷めたような視線を送ってきやがった。


「そっちの端持っとけや。テント張れんやろ。動け」

「……チッ……面倒臭えな」

「お前が提案したんやろが!海のバーベキュー!しょうもない!よう監督も許したわ!!しかも何で強制全員参加やねん!鬱陶しい!」


舌打ちすると忍足は突然、更年期のババアの如くキレ始めやがった。

どうやら佐久間が来たことに結構な苛立ちを抱えているようだな。

ま、好きな女のビキニ姿なんか、こんな性欲旺盛な連中に見せたくはねえよなあ。

ふん、バカめ忍足……だからこそ、だ。

俺は氷帝学園テニス部で『バーベキューin海』を提案した。

監督に許可を貰って、あとの強制全員参加は勝手に俺が監督の名前を使ってやったことだ。

総勢200人。ビーチは当然、貸切だ!


他の連中も、10人で1チームになってまずはテントを張っている。

ここはレギュラーAチーム。ビーチのど真ん中だ。

せかせかとテントを張る忍足の背中を、このチームの特別参加者である佐久間はかなりの距離を置いて遠くから見つめてやがる。

忍足はその視線に気付きながらも、目を絶対に合わせず無視。

まあそうしてられんのも、今のうちだ……お、どうやら役者が揃ったようだな。


「!……ちょ、おい跡部!なんであいつら……!」

「なんだカットバン?何か嫌な予感でもすんのか?」


女子生徒は他の部員達が呼んだ後輩も含めちらほら居るようだが、やはり一番際立っているのは佐久間だろう。

認めたくはねえが、佐久間はまあまあイイ女だ。

そんな佐久間にいきなり色の付いた視線を送ってきた連中が来た。

そいつらの姿を見た宍戸は、途端に俺様の所に飛んで来る。テメーは保護者か。


「嫌な予感するに決まってんだろ!!なんで!てかカットバンじゃねえよ!」

「ああ、今日はねえな」

「高校あがってからずっとねえよ!いやそんなことどうでもいんだよ!」

「宍戸さーん、すいませんこっち手伝って下さい」

「ちょ、ちょっと待ってろ長太郎!」

「もう、我侭だなあ宍戸さんは……」

「なんの騒ぎやねんうっさい……え……」


連中の姿を見てもびくともしねえ鳳はさすがだな。

宍戸はさっきから大慌てだ。

忍足はその騒ぎに漸く後ろを振り返りやがった。(恐らく、振り返ると佐久間がいるから避けてやがったんだな)

そして連中は、どこに行くでもなくこちらに向かってくる。

にしても、夏の海が似合わねえ野郎共だな。
「やあ跡部。今日は呼んでくれてありがとう。これが、例の彼女?」

「え!れ、例!?え!?」

「おーう……跡部の言う通り、べっぴんさんじゃのう」

「良かったじゃないか仁王。可愛い人で」

「え、いや、そんなことないし!」

「ちょ、例ってなんだよ跡部!」


まずは部長のお出ましだ。

例の……と言われ佐久間がぎょっとしてやがる。

ぎょっとして一歩引いたところに、仁王が佐久間を色気たっぷりに見つめる。

いいぞ仁王……もう始めてくれてるようだな。

それを見て宍戸は、怒りを剥き出しにして俺に振り返った。


「おや?宍戸くんは聞いてらっしゃらないのですか?」

「え、な、何を……」

「今日は跡部が是非というから来たんだ」


あの柳生が一瞬爽やかに見えたぜ……海っつーのはその雰囲気だけで人間を盲目にさせるな。

だが、隣にいる柳はその海の力を持っても爽やかになりきれてねえようだ。


「息抜きに海でバーベキューなどと、たるんどる」

「じゃあテメーはすっこんでろ真田」

「む、それは俺に対する挑戦だな跡部!」

「嫌なら来なきゃ良かっただろうが。貴様を呼んだ覚えはねえ」

「バカを言え!こんな所に俺抜きで来て何か起こってからでは……!」

「副部長、どうでもいいっすよ」

「何!赤也!貴様、口を慎まんか!」

「そうだね弦一郎。ちょっと静かにしようか?」

「……………………」

「で?跡部、当然もうデザートも食っていんだろぃ?」


真田と切原のコンビは早速ごちゃごちゃと何か言っていた。

しかし幸村の一言で一瞬にして場が凍る。

それを眺めていた俺の横に、丸井がぷーとガムを膨らましてきやがった。

テメーは一生ガム食ってろ。


「好きに取れ」

「やりぃ!」

「のう跡部」

「ん?どうした仁王」

「俺に紹介してくれるんじゃろ?この彼女」

「!?は……ちょ、え!?ちょ、宍戸!聞いてない!!」

「いや俺も聞いてねえよ!!跡部!佐久間連れて来いって言ったのは仁王に紹介するためかよ!?」


宍戸がくってかかってきやがった。

ああ、だから熱血野郎は面倒臭えんだよ。


「ああ、いや。俺がどうしてもっちゅうて跡部に、いい子がおらんかって頼み込んだんじゃ。とりあえず、こういう場を設けてくれんかって言うての。紹介でっちゅうと女の子が引くかもしれんちゅうて、跡部なりに気を使うてくれたんじゃろうし?」


そこで仁王がナイスフォローに入る。

さすがペテンだな。口から出任せが次から次に出てきやがる。

こいつを選んで正解だったな。


「まあそういうことだ。佐久間、お前も男、探してんだろ?」

「……そ……わたしは……」


仁王は結構なイケメンってやつだ。(まあ俺には劣るがな)

面食いの佐久間が嫌いなはずがねえ。

だが、佐久間の中には揺ぎ無い、忍足って存在が根付いてやがる。

その流れるような視線が、今、忍足に絡みついた。

「引き止めてくれないの侑士?」ってか?けっ、うっぜえ。


「まあ別に、紹介じゃからって俺と付き合わんといけんわけじゃないぜよ?」

「仁王さ、お前女に困ってるように俺には全然見えねえんだけどな!」

「なんじゃ宍戸、俺が出会いの場を求めちゃいかんかの?」

「そうじゃねえよ!でもお前が跡部に頼み込むなんて考えられねえ!」

「随分じゃのう宍戸。俺は跡部大好きじゃけど?」

「嘘つけよ!!」

「……わたし……」


そんな仁王と宍戸の会話さえ、佐久間は完全に無視して忍足の背中を見つめる。

その時、今までの会話が全部聞こえていながらも我関せずを決め込んでいた忍足が、ふとこちらに視線を向けた。

ふっ……そうだろ忍足。さすがに紹介相手が仁王じゃ、貴様も焦るよな?


「…………宍戸、どうでもええけど、こっち手伝どうてくれへん?」

「……おい忍足、お前――!」


いいのかよ!?――宍戸からそんな言葉が続くとこだった。

佐久間が泣きそうな顔をして、それでいて決意を固めた顔をして言い放つ。


「ありがと跡部。こんな素敵な人、紹介してくれて」


……さあ、幕開けだな。













□ □












先週のことじゃ。

跡部から突然の電話。

どっから俺の番号を手に入れたのかはわからんが、まあ跡部ならなんちゅうか納得じゃ。

それは、アルバイトをせんかっちゅう内容じゃった。

アルバイトの内容は、忍足の元カノにアレを実行する。おまけになるべく口説けときた。

報酬は立海メンバー全員の昼食とデザート。

全然受ける気にならん報酬じゃったが、そのことを幸村に話したら。


「面白そうじゃないか仁王、やりなよ」

「いーや。面倒なのはごめんじゃ」


「せっかくのチャンスじゃないか」

「チャンス?何の?」


そりゃあ……と言いながらラケットを手に持った幸村は、不適な笑みを浮かべて俺に振り返った。


「跡部に貸しを作れる……フフッ」

「…………」


目は本気じゃった。

つくづく恐ろしい男じゃと思うのと同時に、受けんと幸村に何されるかわからんと踏んだ俺は、今、ここにおるっちゅうわけ……。


「忍足」

「……なんや」


つまり忍足を嫉妬させればええっちゅうことじゃ。

まあ元々、ペテンやら女たらしやら変態やら、いろいろ言われてきた俺じゃし?

今更興味ない女にどう思われても構わんのんじゃけど……ふう、ちと不安じゃのう。

アレを実行するには、バレた時のことを考えるとリスクがでか過ぎる。


「彼女、お前さんの元カノじゃって聞いたんじゃけど?」

「……それがなんやねん」


おうおう、睨む睨む。

佐久間サンから離れたとこで忍足に話しかけると、本人は不機嫌そうな顔して振り返ってきた。

そんなに俺が彼女に近付くんが嫌なら、別れんにゃ良かったじゃろうに。


「いや、あの彼女……伊織チャン、じゃったっけ?」

「…………」


よい忍足、眉間に皺が寄っちょるの、丸見えじゃぞ。

自分以外の男が名前で呼ぶの、耐えれんか?くくっ。


「最近別れたっちゅうことを跡部から聞いたんでな。後で文句言われるんはごめんじゃき。先に言うちょこうと思っての」

「別にあいつが誰と付き合おうが関係ないわ」


「ふーん。なら、えんじゃけど」

「……好きにしたらええやろ。嫌いで別れたんや」


わざわざ言わんでもええこと言うのは、天邪鬼の特徴じゃよ、忍足。

まあこの男、多分、佐久間サンと俺が付き合うことはないと思っちょるんじゃろうな。


「そうか。じゃあ好きにする。可愛いしのう!」

「ジロー起きいや。肉焼くん、手伝えっちゅうねん」

「忍足さん、自分、変わります……」

「おお樺地。さよか。ほなよろしく頼むわ」


わざとウキウキして見せちゃったら、忍足は遂に俺を無視してきた。

ああ〜もう、なんちゅう解かり易い男じゃ。笑いを堪えるのに苦労する。

なるほど、これは思ったよりも、面白いゲームかもしれんのう。

こんな風に忍足をいじめることが出来て肉が食い放題なら、言うことなし……。


「仁王くん」

「お?おう……すまんすまん、待たせちまった」


にやけそうになる顔を抑えながら忍足の表情を眺めちょると、あっち側で待たせちょった佐久間サンがすっかりビキニ姿になって俺に近寄ってきた。

まあなんとも綺麗な体をした女じゃ。

そんな彼女の姿を見て、俺も着ちょったTシャツを脱ぐ。

ああ〜、海パンになるんは久々じゃ。


「ううん。ねえ仁王くんて、本当に彼女いないの?」


ははあ。

この彼女も忍足に冷たくされて、ムキになっちょるようじゃし、遣り易い。

忍足に俺との仲を見せ付けたいっちゅう魂胆が剥き出しじゃ。


「ああ、おらんよ」

「カッコイイのに〜」

「ははっ!そうストレートに褒められると、照れるのう」

「またまた。言われ慣れてるくせに」

「佐久間サンも……いや、今から伊織って呼んでもええかの?」

「えっ……あ、うん……それは全然……」


忍足の耳がダンボになっちょるのが、もう見んでもわかる。

ブン太の笑いを堪える顔を見ちょったら、それは9割9分9厘間違いないじゃろう。


「じゃあ、伊織も雅治って呼んでくれん?」

「え、あ……うん、じゃあ、雅治」

「おお〜、ええ感じじゃ」


俺の芝居に聞き耳立てながら、立海メンバーは真田以外は半笑いじゃった。

事情を知らない真田は跡部に任せてある。(真田に知られると面倒じゃ。不純な!たるんどる!っちゅうての)

宍戸はさっきから俺と佐久間サンと忍足をきょろきょろきょろきょろ見ながら、跡部に何やらコソコソと抗議をしちょるようだ。


「ねえ雅治」

「ん?」

「さっき何か言おうとしたよね?」

「おお!そうじゃったそうじゃった。伊織も、言われ慣れちょるんじゃないかの?」

「へ?」

「可愛くて食べとうなる……とかの?」

「ぶっ!!」


佐久間サンが飲んじょったジュースを噴出すのと同時に、忍足の持っちょった箸が砂浜に落ちた。

さあ忍足、どう出てくるんじゃ?

それとも跡部の読み通り、お前さんはアレの実行まで黙っちょく気か?

まあ……それでも俺は構わんよ。

佐久間サンのビキニは、しっかりチェックしたからのう。





to be continued...

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