ファイナリー_03








3.








「仁王」

「お?どうしたんじゃ幸村」

「フフ。アツアツな二人に、良いものをあげようと思ってね」


仁王は賢いから、忍足から多少離れた日陰に彼女を連れて、彼女から忍足が見えないように話していた。

何が賢いかって、そこは位置的に忍足にはかつがつ会話が聞こえない程度で、例えば、笑い声ならしっかり聞こえる……そんな場所だ。

でも、忍足にはしっかり二人の姿が見える場所。

そして、仁王の楽しそうな表情だけが見えて、彼女の背中しか見えない場所。

笑い声だけが聞こえてくる二人の姿は、忍足の嫉妬心にますますエンジンをかける。

さすが、俺が見込んだだけある男だね、仁王。

おかげで、忍足がさっきからチラチラと二人を見ている様子は近くにいる俺からは丸見えで、本当に愉快だ。

俺としてはもう少し仁王が彼女に迫ってもいいと思うけど、そんなことを今更仁王に伝えるわけにもいかないから自ら出向くことにしてみた。

俺を目の前にした仁王は一瞬、微妙にぎょっとしていたみたいだけど……フフフ、俺の考えていることが仁王にはわかっちゃったかな。


「はい、日焼け止め」


仁王にそれを差し出すと、少しだけ呆れたような顔をした。

俺が忍足の嫉妬した姿を楽しんでいることが、悪趣味だとでも言いたげだ。

間違っても、仁王に言われたくはない言葉だけどね。

一方、隣にいる佐久間さんはきょとんとしている。

アツアツの二人に日焼け止めの意味がわからないなんて、可愛い人だな……フフ。


「まあ……お言葉に甘えるしかないかの……」

「うん?わたし、日焼け止め付けて来てるけど……」

「でも、もう一度付けた方がいいと思うな。ほら、ムラがあっちゃいけないからね」

「じゃの。あー、じゃけど伊織、先に俺じゃ。付けて来ちょらんし」

「そうなのかい仁王?じゃあ一石二鳥だね」

「雅治が先に付けるのは全然いんだけど……一石二鳥……?」

「そうだよ佐久間さん。まずは、スキンシップが大事だからね」







*   *







幸村のヤツ、完全に楽しんじょるのう。

まあ俺も、楽しんじょらんわけじゃないが……目の前のビキニにはちと目が眩む。

その上触ってええっちゅんなら、俺が襲っても知らんぜよ……いいんかの忍足?

早よ止めに来んしゃい。

こっちは健全な高校男子じゃき。


「じゃあ伊織、よろしくな」

「え?」


幸村の思い通りに動いちゃることにした俺は、佐久間サンに日焼け止めを手渡した。

だが佐久間サンは未だに意味がわかっちょらんようだ。

しょうがないから、誘導しちゃることにするか。


「まだわからん?じゃあまず手をこうしんしゃい」

「何?こう?」


手で受け皿を作らせる。

その瞬間に、日焼け止めを大量に落としてやった。

ぎょっとした後、はっとしたような表情の佐久間サンは、ようやく事態に気付いたようじゃった。


「こ、ちょ、もしかしてこれを、わたしが……」

「ご名答!じゃ背中からよろしくな」


佐久間サンにぐるりと背中を向けると、こっちをガン見しちょった忍足と目が合った。

忍足は咄嗟に目を逸らしたが、その表情はポーカーフェイスの名が廃る程の油断した嫉妬の顔じゃ。

幸村が面白がるのが、わからんでもないのう。

一方、俺に背中を向けられた佐久間サンからは躊躇いの吐息が聞こえてくる。

だがそれも10秒を過ぎた頃には、挑戦の熱に変わった。


「髪、避けて……ついちゃうから」

「お、じゃの。すまんすまん」


言われた通りに束ねちょる髪を左側に避けると、僅かにひんやりとした感触が首筋に伝わった。

柔らかい手付きに、ついつい変な気分になりそうじゃし……。


「背中……広いね」

「そうか?まあ女からしたら、男はみんな広いじゃろな」


「だね。でも普段、こんなにじっくり触れたり見つめたりしないから、なんか改めてね、広いなって……」

「……それを言うなら、女の身体は壊れそうじゃ……」


「えっ……雅……っ」

「そろそろ終わりじゃろ?次は俺が、お前さんの背中に塗っちゃるよ」


俺の背中に丁寧に日焼け止めを塗っていく彼女の手が、右肩に来たところで自分の手を重ねて止めた。

忍足を盗み見る。

また目が合う。

……なんちゅうても、バカな男じゃ。







* *







「ちょ、あれマズイだろ跡部!」

「全くたるんどる!」

「うるせえ野郎共だな」


仁王が佐久間の背中に日焼け止めを塗りたくっている。

それに嫌気がさしたのか、忍足が飲み物を運んでくるとテントから離れた途端、宍戸がぎゃあぎゃあと喚きはじめやがった。

日焼け止め作戦はどうやら幸村のススメらしいが、それにしてもエロい。

俺はその演出に結構満足してんだが、宍戸は気が気じゃねえみてえだ。

ったく、テメーは佐久間の保護者かよ。


「なるほど宍戸くんは全くご存知なかったわけですね」

「仁王に女子を紹介するなど、俺も聞いていなかったぞ跡部」

「テメーに言う必要あんのか?」

「とうぜ……!」

「ないよ。弦一郎は知らなくても、部長の俺が知っているんだから文句ないよね?」

「…………」

「で、でも俺には知る権利があるぜ跡部!なんで俺に黙ってたんだよ!」

「宍戸は仲間ハズレなのか。書き加えておこう」

「ちげーよ!」

「まあいかにも蚊帳の外って感じだもんな、お前」

「んだと丸井……お前なあ、前々から思ってたけどすげー感じ悪い奴だよな!」

「そう興奮すんなって宍戸。あんま調子乗ってっと、お前潰すよ?…………ワカメが」

「誰のことっすか丸井先輩!!」


面倒なカットバンは他の連中に任せることにして、俺は仁王と佐久間の様子をオペラグラスで覗いた。

よく見ると遠方から忍足がしっかり二人の様子を睨んでやがる。

どーせ睨むならこっちに居りゃ良かったじゃねえかあのメガネ。


「楽しそうだね跡部、お肉いるかい?」

「悪いな。にしても幸村、仁王はさすがじゃねえの」


背中に日焼け止めを塗る仁王の仕草は思わずこっちも疼いてきやがるほどエロかったが、それに加えて野郎は戸惑う佐久間を余所に、あの女の腕から手の先までわざとらしく日焼け止めを塗りやがった。

男の掌が女の腕から指までねっとりと絡み合うその場面は……ちょっとエロすぎんじゃねえか仁王?

佐久間の顔、日焼けしてるぜ。


「仁王のフェロモンは忍足よりも上だと思うよ」

「……まあ、うちの忍足はフェロモンっつーよりただの変態だからな」

「あははっ。言えてるかもしれないな、それ」


完全に忍足を面白がっている幸村は実に上機嫌だった。

つーかどうやら、うちのレギュラーも立海のレギュラーも、状況を把握してねえ真田以外は全員面白がってるみてえだ。

ただ二人、カットバン保護者と忍足を除けばな。


「なあ跡部!もう止めろよ!忍足が仁王に殴りかかるかもしんねえだろ!?」


とか考えてたら、他の連中に任せてたはずのカットバンが俺に食ってかかってきやがった。(見ると、連中は目の前の肉に夢中になってやがる)

必死なその顔に思わず笑いが込みあげてきちまいそうだ。


「ふん、それならそれでいいじゃねえか。忍足と佐久間はうまくいく」

「フフッ。宍戸は心配症なんだね」

「いや、そ、そういうことじゃねえって!俺はなんつーか……!」

「でもあの様子じゃ、忍足は動きそうにないと思うよ。なかなか彼はああ見えて、頑固みたいだね。みんなの前で『どこでどうなってようが知らない』と言った手前……ね」

「だな」

「そんなことまで知ってんのかよ幸村……」

「俺と跡部は仲良しだからね」

「嘘つけよ!」

「それより跡部、実行はまだかい?」

「実行……?おい、なんだよそれ……幸村!なんだよ!」

「君は少し黙ってなよ宍戸。自慢のスポーツ狩り、坊主にされたくなかったらね」

「…………え」

「フフフッ。冗談だよ」


そうして宍戸が幸村に完全に茶化されてる時だった。

ようやく、仁王が俺様の視線に気付く。

オペラグラスの中で仁王と目を合わせた俺は、にやりと笑ってGOサインを出した。


「実行だ幸村。まあ楽しめよ」








*    *








ええんじゃの?

どうなっても知らんぜよ?

……ちゅうても、俺も結構楽しみっちゃあ楽しみじゃ。


「伊織」

「ん……?」


俺が身体に触れたことで顔が真っ赤になっちょる佐久間サンは、はっきり言うて今すぐにでも襲いたくなるほどエロい声を出してきた。

本人はその気はないんじゃろうけど、そりゃ余りにも官能的っちゅうもんじゃろう?



「……あー……ちと、身体冷やさんか?海にでも入って」

「あ!そうだね、そうしよう!そうしよう!」


彼女は慌てたように立ち上がって、ずんずんと海に向かって行く。

恥ずかしがっちょるようじゃ……すまんの……お前さんに恨みはないが、今からもっと恥ずかしい目に遭うてもらう。

恨むなら、こんな突拍子もないこと思いついた跡部を恨みんしゃい。


先に海に入っていった佐久間サンを追って、俺もゆっくりと海水に身を沈める。

遠浅じゃないだけあって、胸まで浸かるのに大して距離は要らんかった。

ふう……久々の海は心地良いもんじゃのう……。


「雅治ー」

「お?どうした?」

「見て見て。くらげ」

「ははっ。おお、結構デカイのう」

「大きいのは刺さないって本当かな?」

「確かに、こまい方が刺すっちゅう話を聞くのう……刺されんように気をつけんしゃい」

「はーい」


彼氏か……っちゅうくらい、それっぽい会話じゃった。

じゃから、佐久間サンと俺のことを誰よりも注意深く見て、誰よりも気にかけちょる忍足なら。

今こうして俺が佐久間サンと海に入って接近しちょるとこも目に焼きついちょるはずだ。

頭の中で勝手に妄想して。

ひょっとしたら俺と佐久間サンが海面の見えんところで抱きしめ合っちょるくらいに考えとってもおかしくない。(あの忍足じゃし)

ちゅうことは、やるなら、今しかない。


「伊織、もうちと、向こうまで行ってみるか?」

「いいよ!まだまだ足着くし!」


「よし、じゃあ行くぜよ!」

「はーい!……あれ……?」


直後、佐久間サンの叫び声がビーチ中に響き渡った。

……ちと、可哀想じゃし……なるべく見んようにするために1mは離れたつもりじゃ……。

じゃけど、どうしても視線はそこに集中しちまう……男の性っちゅうやつかのう。

兎にも角にも、任務完了じゃ。








*    *







「!?」


忍足もそうだったと思う。

俺は仁王と佐久間のことが気になってしょうがなかった。

でも自分じゃどうしょうも出来ねえもどかしさに頭抱えて、面白がってる跡部に悪態付いて。

でもどんなに足掻いたって、俺は行く末を見届けるしかねえって、どっかで思ってた。

そうやって、仁王と佐久間の様子を見てた時に、事件は発生した。


海の中で接近した仁王と佐久間が、離れた瞬間。

佐久間の信じられねえくれえの叫び声が海岸中に響き渡って。

何が起きたかわかんねえ俺は、咄嗟に海面の傍まで近寄った。


「どうしたんだよ佐久間!!」

「あ……ちょ、そ……!!宍戸!!どうしよう!!」

「どうしたんじゃ伊織!?」


嘘だ仁王!!テメー白々しいんだよ!!

お前絶対、絶対佐久間に何かしただろ!?

じゃなきゃこ…………え…………ま、まさか…………。


「や、ちょ、こ、来ないで雅治!!お願いだから来ないで!!」

「……?そう、言われると易々とは近付けんのう……じゃけど伊織」

「なな、何……」

「何事かと、ギャラリーが集まって来ちょるぜよ?」

「えっ……」


あっけらかんと言ってのける仁王を見て、俺は確信した。

間違いなく、仁王の仕業だ。

佐久間は全然気付いてねえかもしれねえけど、こんなことやってのけんのは仁王くらいしかいねえ!

あの野郎、佐久間の……そ、ビキニの上………だからつまり、これは……!

巷で噂のおっぱいポロリじゃねえかよ!!


「や、ちょ、遠ざけて!やだやだ、なんでこんなことに……!」


ハプニングだと完全に信じて疑わない佐久間は、胸を両腕で思い切り隠して(当たり前だけどよ!)顔を真っ赤にしていた。

なんでこんなことする必要があんだよ跡部!!

マジで腸が煮えくり返る思いだぜ……でも今は、俺が佐久間を助けてやらねえと……!

そこまで考えて、首に巻いてたタオルを佐久間に持ってってやろうとした矢先だった。


事件発生からわずか1分程度だ。

俺と佐久間の距離は約10m……その俺の頬の辺りを、鋭い風が切っていった。

驚いてその風の正体を見ると、ものすげえ速さでクロールしてる奴がいて……。


…………言うまでもなく、忍足。

10mの距離を、5秒もしねえうちに泳ぎきりやがった。


「ゆっ……」

「このドアホ!!」

「きゃあ!!」


忍足は、まだ近辺のあった海面に浮かぶ佐久間のビキニを取って、直後、佐久間を思い切り抱きしめた。

アホとかなんとか言いながら、それはこっちが見てて恥ずかしくなるくらいのラブシーンだ。

二人の上半身だけ見たら、どうやってもアレを連想させちまう。

けど、忍足のその行動は、そうするしかないって感じだった。

隠すもんがねえし、胸から上が見える状態で、ビキニ着け直すわけにもいかねえし。


「おい忍足!貴様、佐久間はどこでどうなってようが関係ねーんじゃなかったのか?あーん!?」

「!」


気が付くと、跡部は俺の真横まで来てその様子を面白がって見ていた。

お前、どうしてもそれが言いたかったんだろ……。


「うっさいボケ跡部!!お前殺すぞ!!」


この様子じゃ、忍足は全て跡部が仕組んだもんだって、気付いてるな……。


「ふん、まるで躾のなってない犬が吠えてるようなザマだな」


いや、躾はお前もどうなんだよ。

躾がなってる奴は普通こんなこと考えねえぞ!?

でも……これが跡部の計算通りってことなのか?

いくら正解に導くっつったって……これが正解……なのかよ?


「あー、嫌な任務じゃったのう」

「仁王、お前……!!」


更に気が付くと、俺と跡部のいる場所よりも少し離れたとこで仁王が海からあがってきていた。

のんびりした顔しやがって!!

仁王のいる場所まで走っていくと、それに気付いた仁王は、ニッコリと笑いかけてきた。


「宍戸、お前さん忍足ばりにこっちを睨んじょったのう?さてはあの彼女のこと、好きなんかの?」

「ちげえよ!あいつは俺の親友なんだよ!!」


跡部が提案したこのとんでもねえ企画の実行役である仁王。

俺はそんな仁王に茶化されたことが余計に頭に来て、ムキになったように返した。


「おうおう、跡部の言う通り熱血じゃのう」

「っ……んなんだよテメェ!」

「まあそうヒートしなさんな。じゃがのう宍戸、その親友っちゅう定義がそもそもの発端かもしれんこと、お前さん自身がよう理解しちょかんといかんのんじゃないかの?」

「えっ…………」


意味深に笑った仁王は、そう言って俺の肩をひとつ叩くと、満足そうにテントの中に戻って行った。








*   *







「侑士……あの……」

「……なんも言うな」


「…………」

「…………ああそうや!」


「えっ!?」

「お前のことどうでもええとか言うといて、全然どうでもようないわ!悪いか!ついこないだ別れたばっかやねん!まだ好きやわ!!あかんか!?」


「……あ、あかんく……ないよ……」

「…………」


あいつら、いつまであの状態でくだらねえ会話を続ける気だ?

事が済んでからかれこれ5分近く経っていた。

二人は依然、抱き合ったままだ。

周りに居たギャラリーも、佐久間の乳が見れねえと判断したのかすでに散っている。

忍足の胸板に押しつぶされた溢れんばかりの佐久間の乳はいつになったら布を当ててもらえる?


「……宍戸と……」

「え?」


「……お前なんやかんや、俺に女友達んことで文句言うとったけど、お前かて宍戸とめっちゃ仲ええやん」

「え、うん……だって、ずっと、ともだ――」


「嘘つかんでええっちゅうねん」

「えっ」


「お前、宍戸んこと昔好きやったやろ」

「…………そ」


「そうやろ!?」

「…………」


沈黙を貫いていた忍足がようやく口を開けたと思ったら……なるほどな、そういうことか。

俺の推測は佐久間と宍戸の関係に忍足が単に嫉妬したもんだと思っていたが、この様子じゃ忍足の推理は当たってるみてえだな。

つまり、佐久間は昔宍戸が好きだった。愛するが故か、その過去に忍足は気付いた。

今でも仲の良い二人のことが妙に気になる。嫉妬もする。

だから自分も女友達と普通に接した。元カノだろうが関係なく接した。

それに佐久間が腹を立てた。矛盾していると忍足は余計に腹が立った……いたちごっこ。

……ふん、結局くだらねえ。



「跡部!」

「あーん?なんだ、貴様かカットバン」

「だから!……つか、二人はどうなった?」

「……あのまま、動きゃしねえ」

「え……」


宍戸がそこに目を送った時、佐久間は忍足の胸に顔を埋めて泣いているように見えた。

宍戸にもそれが見えたのか、真面目な顔して黙り込みやがった。


「……俺のやきもちや。堪忍」

「ううん……侑士の、気持ちが聞けて嬉しいよ」


「……ちょお、奥まで行こうや。海ん中やったら見えんし……俺が着けたるよ」

「あ、うん……」


忍足はようやくまだ乳が出たままだってことに気付いたみてえだ。

これ以上は見ててもしょうがねえ。

そう判断した俺が、ビーチからより離れていく二人を見て、テントに戻ろうとした時だった。


「なあ、跡部さ」

「あーん?」

「あそこまでやる必要あったのかよ?」

「やる必要があるようにさせたのは忍足だろうが。俺様はそれまで幾度となく、妬かせてタイミングを与えてやったつもりだぜ?」

「……ホントかよ。お前めちゃくちゃ面白がってただけだろ」

「人聞きが悪りぃじゃねえの」


まあ、確かに面白かったけどな。

だが、あっという間に元通りじゃねえか。やはり俺様は常に勝者だ。

そうだろ宍戸、貴様もなんだかんだ言いつつ俺様を尊敬しているに違いない。


「なあ、跡部さ」

「フッ、まあ皆まで言わずとも、貴様の言いたいことは――――」

「――――俺も良くなかったんだよな……」


前髪をかき上げた俺の手が止まる。

見ると、宍戸は俯き、落ち込んでやがった……。

ほう……忍足たちの会話を聞いてたわけでもねえってのに、貴様にしちゃ勘が良すぎるぜ。


「……誰の入れ知恵だ?」

「……仁王」


なるほどな。

宍戸が自力でそんなことわかる奴じゃねえのは百も承知だ。

やるじゃねえの、仁王。












□  □











仁王に言われて、いろいろ考えて、海からあがってテントから離れた場所にいる二人に、俺は、なんて声かけるべきなのかすげえ悩んだ。

いや、いいところを邪魔するべきじゃねえのはわかってる。

だけどもう、バーベキューも終わりだってことを二人に伝えなきゃいけねえ時間になっちまってて。


――もう二時間も経ってんだ。貴様の話は終わってるだろ――


跡部の言葉を信じてこっそり近付くと、二人の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


「俺な、伊織」

「うん?」


覗いて声をかけようとした寸前で、忍足が佐久間に何か喋りはじめて。

咄嗟に身を隠して、そっと二人を覗いた……うわあ、悪趣味だな、俺。

だけど、その姿は、俺を微笑ませるには十分だった。

寝転がってる忍足の腕枕の上で、佐久間は幸せそうな顔して忍足に抱きついてて。

どっからどう見ても、ラブラブな恋人同士。


「……今日思い知らされたわ……お前のこと、ホンマ好きなんやって」

「……わたしも、思い知らされたなあ〜」

「そうなん?」

「うん。雅……仁王くんに、日焼け止めつけてもらったんだけど」

「…………知っとる」


佐久間が「雅治」と言いかけたことと、日焼け止めのことを思い出した忍足は、むすっとした表情でぼそりとそう言った。

佐久間はそんな忍足の頭を撫でて、「どうどう」と笑っている。

なんかこっちが見てて、恥ずかしくなっちまう。

だけど佐久間は、そんな俺にも構わず(つっても気付いてねえけど)続けた。


「侑士以外の人に触れられたことが、すごく汚された気がして恥ずかしかった。だからね、海に行こうって言われた時、急いで海に入ったの。洗い流したくて……侑士じゃない人の、触れた痕……残ってるはずないけど、なんとなく……」


若干、俺も感動した。

だってその言葉は例え嘘でも、忍足からすりゃめちゃくちゃ嬉しいに決まってる。

やっぱり佐久間は、すげえ一途だ。忍足のこと、好きでしょうがねえ。


「だから、侑士じゃなきゃダメなんだって……」

「ん……嬉しいこと、言うてくれるやん」


「えへへ。あ、だからかなあ?」

「何がや?」


「急いで勢い余って、ホック外れちゃったのかな……」

「いや……それ……」


「ん?何?」

「……いや、なんでもないわ。くくっ」


佐久間は未だに、あれが事故だって信じてるみてえで。

まあそれでもいいかと笑った忍足につられて、俺も思わず、微笑んだ。

すると、ふっと空気が変わるほどの忍足の声が、風と一緒に流れてきた。


「なあ伊織」

「ん?」


「もう離さへん。……死ぬほど、愛しとるよ」

「……侑士……」


それは、俺までドキドキしてきちまう程の忍足と佐久間の空間ってやつで。

忍足の優しすぎる甘すぎるその声も、どこか潤んだような佐久間の乙女な声も、俺は初めて聞いた。

おかげで。

いけねえ、いけねえって思うのに、二人のその、キ、キスシーンを……。


寝転がってる二人は、お互いの身体を強く引き寄せて、その、まるで、アレが終わった後みたいな雰囲気ばりばりってやつだった。

忍足の手は佐久間の髪の毛を優しく梳くように撫でて、佐久間は忍足の首に手を巻きつけて……やべえ、めちゃくちゃ絵になるじゃねえかよ、この二人。


「ンッ……侑ッ…」


とか思ってたら、忍足がキスしたまま起き上がって、佐久間の上に覆いかぶさった。

ちょちょちょおいおい待て待て待てよ忍足!!ここビーチ!!まだ人いるって!!


「侑士ッ……!?無理、たんま!!」

「伊織めっちゃ可愛え過ぎやって……もう我慢出来へん。仁王の毒牙、すぐ消したるからな」

「ややややや、む、無理!無理!!」


もう見てらんねえと判断した俺は、佐久間を助けることもしないままで。

急いでテントまで戻ると、跡部が怪訝な顔をして俺を見てきた。


「……カットバン、なぜ頬を染めてやがる?」

「カ、ほ、そ!?ちげえよ!!染まってねえし、だからカットバンはもうねえだろうが!!」


ともあれ……二人がまた元に戻ったことが、俺はやっぱり嬉しかった。

めちゃくちゃ人騒がせな二人だけど、あの二人が別れるなんて、やっぱ俺には考えらんねえし。

親友の佐久間と、チームメイトの忍足……これからも二人、ずっと仲良くしててくれ。

そう願った俺の夏。

あー、俺も恋してえぜ!!


















「……そう言われてみれば真っ赤じゃのう?」

「!……もういいだろその話!!掘り下げんなよ仁王!」

「おうおう、図星じゃからってそう吠えなさんな」

「ち、だからそうじゃねえって!!」

「フフフ。きっと忍足と佐久間さんの見ちゃいけないものを見ちゃったんじゃないかな、宍戸は」

「ち……!」

「マジ!?見てこようぜぃ赤也!」

「ウィッス!」

「こら待たんか赤也!丸井!!覗きなど断じて許さん!!」

「ワカメは海だと元気ですね。性欲も旺盛で結構なことです」

「しかし気付かれる可能性100%だ。相手は忍足だからな」

「だけど宍戸さんは気付かれなかったんですよね?」

「だから違げえって長太郎!!お前まで便乗して面白がんなよ!」

「ちゅうことは……忍足は……」

「宍戸に故意に見せたとしか言いようがねえな。つまり貴様は、それほど敵対視されてるっつーことだ」

「え…………」


忍足の中で俺っつー課題は、まだ残ったまま……そのまま秋に、突入すんのかもしれねえ。





fin.
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