XOXO_11


11.


冷静に聞いていられなかったのか、伊織さんはウイスキーをぐっと飲み込んだ。それを見て、ママがウイスキーを注ぎたす。伊織さんは、「あ、すみません」と慌てたように頭をさげた。

「これが仕事なんだから、謝らないでくださいな」
「あ、そ、そうですよね。すみません、ありがとうございます」

野瀬島が無戸籍児だ、と言ったママの言葉は、そこで一旦、区切られていた。その衝撃的な言葉に、伊織さんだけでなく、僕も驚いている。
野瀬島が過去に発した『この世に存在しない人間だ』という言葉に、ずっと気味悪さを感じてはいた。戸籍になにかあるんだろうとは思っていたけれど、無戸籍だとは思わなかった。彼は株式会社を立ち上げて、その社長を務めているからだ。無戸籍ではきっとできない。

「野瀬島は、現在は戸籍があるんでしょうか」気になったので、口に出していた。
「でしょうねえ。メディアにも出てますし、さすがに戸籍取得はすでにしたんじゃないですか? 無戸籍児も一時話題になりましたから、取りやすくもなってるでしょう」

そうだろうな……と思う。手段はいくらでもあるはずだ。
あの、ところで……と、伊織さんが声をあげた。待ちきれなかったのか、ウイスキーグラスを手で何度もなでている。

「それで、野瀬島はなぜ、無戸籍だったんでしょうか」
「ああ……まあいわゆる、300日問題ですよ。ご存知?」
「はい。なんとなくですが。聞いたことはあります」

伊織さんは少し首をひねっていたけれど、僕は頷きながら答えた。『離婚後300日問題』という話は、ときどき耳にする。元夫との離婚後300日以内に子を出産すると、その子が戸籍上、元夫の子どもとして扱われるという問題だ。

「300日問題にありがちな話ですけどね、みずえは元夫からDV被害を受けていました」

つまり、元夫の子どもとして届け出てしまうと、戸籍に現在の居場所が登録されてしまう。DV被害であれば、元夫から逃げている可能性が高い。それを避けたくて、届出をしないまま生まれた子どもを育てる、ということだ。
ママの言うとおり、300日問題で無戸籍児になるパターンとしては、いちばんよく耳にする話だった。

「当時はね、離婚がなかなか成立しなかったんですよ。いまみたいにDVがどうとかで女が保護されるような時代じゃなかった。みずえは、この都留市に逃げだしてきたんです。それでこの店で、ある男と会いました。その男とのあいだにできたのが、克也です」

都留市に来る以前のみずえがどこに住んでいて、どんな人生を送ってきたのかは、ママもよく知らないらしい。
みずえが語りたがらなかった……と、ママは言っていた。
不幸な生い立ちを間接的に聞いたママは、みずえを雇った。情深い人なんだろうなと思う。だからこそ、今日だって初対面の僕たちにいろいろ話してくれている。

「あの……その野瀬島の父親ですが、その人がいるなら、戸籍登録は嫌かもしれないですけど、現住所がバレても、守れないですかね? そういう手段は、とれなかったんでしょうか」

伊織さんは、伊織さんらしい思考回路でママに尋ねていた。それは、ママにも伝わったらしい。

「ふふ。お嬢さんは、純粋なのね。彼氏が誠実だから、余計かもしれないですねえ」
「え……」

無垢な伊織さんが、ぱっと顔を赤くして、僕を見る。思わず、微笑み返した。
まいったな……いまはしっかりとママの話を聞かなきゃならないのに、そんな顔をされたら、本来の目的を忘れちゃいそうになるよ。
ママは伊織さんの様子にくすくす笑いながら、長い紫煙を吐いた。

「相手の男はね、既婚者だったんですよ。妻とは冷え切ってるとか言ってね、そんなわかりやすい嘘を信じて、みずえはその男に夢中になっていました」

――必ず離婚するよ。だから俺の傍から離れないでほしい。

不倫男の常套句だとわかっていながらも、この人だけは違うと、みずえは信じ切っていたらしい。
男の僕だからわかる。そんなことはありえない。もちろん、結婚したあとでほかの人を好きになってしまうのは、人間だから仕方がないこともあるだろうけど……本気で好きなら、離婚してから向き合うはずだ。それができないときは、その恋をあきらめるよりほかない。
いまの、跡部のように……でも彼は、まだ間に合うはずなんだけどな。

「でもそうして克也を育てながら、2年経ったくらいでしたかねえ。認知も一向にしてくれそうにないから、自分なりに調べたんでしょう。結局その男に、克也と同い年の息子がいることを、みずえは知ったんです」
「……まったく、冷え切ってなかったということですね」伊織さんが、悲しい声で聞き返した。
「当然でしょう。この業界にいて、そんなことまともに受け取るみずえがバカなんですよ」

それでも、恋は盲目とはよく言ったもので、夜の業界に限らずそういう経験をしている女性は、少なくないだろうな、と、僕は思った。
女性をモノ扱いしている男たちはみな、自分の欲求を満たすために、平気で嘘をつく。女性は愛されていると思うと、その言葉を信じてしまう。
僕はそんなふうに女性を騙したことはないけど、正直、やろうと思えば簡単だろうな、と思うことがある。それほど女性は愛情深い人が多いのに、なぜ男性は軽薄な人間が多いのか。男性として、少し申し訳ない気分になった。

「みずえはそれから半狂乱になりましてね。まあでも、男のほうが一枚上手だったんでしょう。すぐにみずえを捨てて、この店にも一切、来なくなりました。愛人なんて腐るほどいたんじゃないですか? 当時も、大きな企業のお偉いさんでしたから」
「……野瀬島は、そのことを知っていたんでしょうか」伊織さんが、ためらいがちに聞いた。
「いいえ。もちろんあの子はなにも知らないまま育てられたんです。けど、どこかで知ることになったんでしょうね。目つきが変わったな、と思ったことがありました。しょっちゅうね、この店に顔をだしてたんですよ、克也は」

それは海外遠征の話があったときじゃないか。伊織さんと顔を見合わせながら、僕たちはわずかに頷いた。

「克也が高校生のときでした。みずえが、『息子に店の手伝いをやらせたい、給料はいらないから』と、言いだしてきたことがありました。不登校だって聞いていたし、ずっと家でぼうっとしてるのも気の毒でしょう? アタシも気軽にOKだしちゃってね」

そこから数ヶ月後に、このお店でトリカブトの食中毒がでたという。

「みずえにはその件で辞めてもらいました。そんな女がいたんじゃ、お店に誰も来なくなりますからね。ま、辞めてもらってもお客さんは結局、来なくなっちゃって、店をたたむことになったんですけど、たたむ数週間前くらいにね、みずえの不倫相手だった男の部下が、ひょっこり顔をだしたんですよ」

――ママ、大変だったね。僕が金を落としていくから、頑張ってよ。

「あんな男にもいい部下がついているものでねえ。もうたたむって決めていたけど、その気遣いが嬉しくてね。ほかにお客さんもいないから、たくさんサービスして、たくさんお話ししたんです。そのときね、妙な話を耳にしたんですよ、アタシ」
「妙な話、ですか?」ドクン、と僕の脈が反応した。
「ええ。不倫相手の男に、克也と同年の息子がいるって言ったでしょう? その子がね、数ヶ月前から突然、引きこもりになっちゃったんだって言うんですよ」

――ちょうどママのお店の食中毒があってから、すぐだったよ。優秀で明るい息子さんだったのに、急に学校に来なくなって、担任が心配で家庭訪問したら、引きこもりで一歩も部屋から出てこないって言われたって。

「なんだか気になりましてね」

たしかに、とてもきな臭い。時期も怪しければ、僕は野瀬島が海外遠征をあきらめてから、『東京に友だちがいる』と同級生に自慢していたことを思いだしていた。
その友だちが、野瀬島の腹違いの兄弟だとしたら……? なんの不自由もなく暮らしている兄弟に、憎しみを抱いた可能性は、十分にある。
そして、この店で起きた「リハーサル」。みずえも不倫相手の男には、恨みを抱えていたはずだ。

「そこから数年後ね、お店がまたオープンできたときに、その部下の人、また顔をだしてくれたんですよ。アタシはずっと気になっていたから、つい聞いたんです。あの男の息子がどうなったか。なんて言われたと思います?」

――まだまだ引きこもりだって。しかもそうなって以来、だれひとり息子さんの姿を見た人はいないらしいんだ。

ゾクゾクと、背筋に嫌な汗が流れていった。エアコンがしっかり効いている店内なのに、全身が緊張感で熱くなってきている。
側で聞いていた伊織さんも同じなのか、こくん、と喉を鳴らした。
野瀬島は、母親と結託して、腹違いの兄弟になにかしたのか。したに違いないと、ここにいる3人全員が、思っている。本当に引きこもりなのか。不倫相手の男の家族がそう言いつづけるのは、真実だからか、それともほかに、なにか理由があるからなのか。

「ママ」
「はい?」
「その不倫相手の男の名前、わかりますか?」

ママは、伊織さんの核心をついた言葉に、黙り込んだ。
また長い紫煙を吐きながら、おもむろにスマホを手にしている。僕も伊織さんも、黙ってそれを見つめていると、ママは、トン、とスマホをテーブルの上に置き、僕らに見えるように、正面に向けた。

「……周助さん、これ」
「うん……なんとなく、見えてきたよ」

液晶に表示されていたのは、跡部の務める『アスピア商事』のCEO、九十九静雄だった。





『スナックよりみち』を出るころには、21時を回っていた。情報を仕入れてすぐに店をあとにするのはママに悪いからと、僕らはそこからしばらくは世間話をしながら過ごした。ママに、簡単につくれる洋風お惣菜レシピを教えたということもあって、時間が経つのはあっという間だった。

「野瀬島は、九十九の息子に復讐をしたんでしょうか」

帰りの車中、神妙な面持ちで、助手席に座っている伊織さんが、そうつぶやいた。
おそらく、その可能性は高い。問題は、「引きこもり」として長年、家族が処理していることだ。

「本当に引きこもりだっていう可能性もあるよね。でもやっぱり、お店で起きた食中毒の事件後、すぐに優秀で明るい人が引きこもりになるという点が、解せないよね」

偶然にしては、都合がよすぎる。ママが口にした「リハーサル」は、案外、的を射ている気がする。

「それに、周助さんが跡部さんから聞いた話によれば、跡部さんは九十九から直々に、野瀬島のサポートを要請されているんですよね? ということは、九十九は野瀬島と組んでいる、ということになります」
「うん。そして事実上、彼らは親子だ。もし野瀬島が本当に九十九の息子に手をかけていたとしたら、九十九がそれを知らないまま、というはずがない。むしろ、いまの関係性からして、そこから組んでいる、という可能性も高い」
「うーん……でも、わかりません。自分の息子に手をかけた愛人の隠し子と、なぜ手を組むんでしょう。本来ならば、警察に突き出しませんか?」
「本来ならば、ね……九十九という男がどういう人かわからないから、なんとも言えないけど……野瀬島と手を組まなくちゃいけない理由があったのかな」

なにか取り決めをしている、というふうにも考えられる。
だけどこれ以上の推理をしても、憶測の域を出ない。今後こそ、跡部に任せる時期がきたような気がする。
ちょうど、そんなことを思っていたときだった。伊織さんも僕も、高速道路に入る手前の道路で、異変を感じ取っていた。

「周助さん……なんだか、混んでますね?」
「本当だ……どうしたんだろう」

山梨の長閑な道路が、やけに車で混んでいる。僕たちが首をひねっていると、そこにカーナビの案内が流れてきた。
どうやら高速道路で事故が起きて、30キロの渋滞になっているらしい。高速道路に入る手前から、その影響が出ているようだった。

「ええ……30キロかあ。それって、抜けるまでどれくらい時間がかかっちゃうんでしょう」
「うーん……単純計算で、3時間、かな」
「え、3時間!?」
「うん……たぶん、そのくらいになるよ。ほら見て、伊織さんへのマンションの到着時間」

カーナビが予測する到着時間が、1時を超えていた。

「うわ……遅くなっちゃいますね……周助さん、明日もお仕事ですよね?」
「なに言ってるの。伊織さんもでしょう? 仕方ないよ」

僕がそう言うと、伊織さんはどういうわけか、はっとした顔をして僕を見た。かと思えば、どうかしたの? と尋ねる前に、突然、僕から目をそらして、うつむいている。

「伊織さん……?」
「すみません……その、周助さんには、内緒にしようと思っていたんですが……」
「内緒?」
「はい……もし明日も調べれるような状況なら、わたしひとりでも、と思っていたので」
「え……?」

言っていることがよくわからなくて、僕はまた首をひねった。
伊織さんの彼氏になったのはつい昨日のことだけど、彼氏に内緒なんて、悪い子だね、と言ってしまいたくなるのを、なんとか堪えた。面倒くさいことを言って、伊織さんに嫌われちゃったら、困る。やっと伊織さんを、僕の彼女にできたんだから。

「実は、明日から……というか今日から、わたし、夏休みなんです」
「え……あ、そうなんだ? じゃあ、遅くなってもかまわないってこと?」
「そう、ですね。ですから、わたしは大丈夫です。というか……」

というか……のつづきが気になって黙ってみたのだけど、伊織さんはうつむいたまま、つづけようとしなかった。
いじらしくなって、僕は言ってみることにした。せっかく、車も停まっているし。赤信号の約束、いまのところ、帰り道は実行していなかったから。
同時に、ずっと考えている野瀬島の件を、頭から取り払いたかった。

「伊織さん」
「は、はい」
「キスさせて?」
「えっ」
「ふふ。ちょうど、車も停まってるし。いいでしょう?」

昨日から、僕は伊織さんと何度もキスをした。伊織さんの、あの勘違いした告白を思いだすだけで笑いそうになるけれど、それ以上に、僕の胸は何度だってときめく。
好きな人に、あんなふうに熱烈に想いを伝えられたことなんて、一度もない。あんなに泣きながら、僕が好きだと訴えてきた伊織さんが心の底から愛しくて、本当だったら、何時間でもキスしていたかった。

「あ、じゃあ、はい……」
「かわいい。大好きだよ、伊織さん……」

目を閉じて素直に僕のキスを受け入れようとする伊織さんに、そっと唇を寄せる。
渋滞をいいことに、僕は何度も、触れるだけのキスをくり返した。

「しゅ、周助さん……」
「うん? しつこい?」
「いえ……あの……わたし……」いっぱいいっぱいの顔で、ン、ン、と声を漏らす。
「ふふ。ドキドキする?」
「はい……あの、わたし」顔を真っ赤にしながら、チュ、チュ、と音を立てる僕からのキスのなかで、伊織さんは言った。「泊まっても、いいです……」
「えっ……!?」

あまりに驚いてしまって、いつもより倍の声量が僕の口から飛びだした。
ぎょっとしたせいで、触れていた唇からも距離を置いてしまったくらいだ。ドキドキする? なんて、攻めていたのは僕のほうなのに、ときどき現れる伊織さんの天然な大胆発言に、僕の全身がドキドキとしはじめていた。

「あっ……、あ、でも、周助さん明日仕事ですもんね! すす、すみません、変なこと言って!」

どういうつもりで言っているのかわからないのが、伊織さんの怖いところ……。なんせ、天然だから。
でもそんなことを言われて、素直に「そうだね、だから帰ろうか」なんて、僕が言うとでも思うの?

「……周助さん?」
「うん、ちょっと、待ってて」

赤くなりそうな顔を必死に堪えながら、僕はスマホを取りだした。あまり夜遅くに女性に電話をするのは控えたかったけれど、これは、僕のなかでは緊急事態だ。
幸いなことに、相手は3コール鳴らないうちに電話に出てくれた。

「シェフ、どうかされましたか?」
「ごめんね遅くに。明日なんだけど、夜の営業だけにしたんだ。でも千夏ちゃん、バイトだよね? だから、昼はお休みでいいよ。僕の都合だから、バイト代は払うね」
「え……あ、はい、わかりましたー」
「うん、ごめんね。おやすみ」

ピ、とすぐに電話を切った。伊織さんが、「しゅ、周助さ……」と、言葉を失っている。
やっぱり天然で言ったのかな……言葉を失いたいのは、僕のほうなんだけど……。

「……泊まれるところ、探そうか」
「そ……いいんですか、周助さん、あの」
「もちろん、同じ部屋でいいんだよね? 伊織さん」

見つめながらそう言うと、伊織さんは、こくん、とひとつ、頷いた。





野瀬島のことが、一気に頭から消えてしまった。それでも、伊織さんがどういうつもりなのか、僕はまだはかりかねているところがある。
彼女だって大人だから……とは思いつつも、まだ付き合って2日目だ。正確にはようやく丸1日経ったくらいだし……ママも言っていたけど、伊織さんって純粋……というか、無垢なところがありそうで。
とにかく心を落ち着けようと思いながら、僕はシャワーを終えた。少し、お酒が必要な気がする。

「伊織さん、僕、ビール飲もうかなと思って、買ったんだけど……伊織さんも飲む?」
「え、わたしのも、買ってくれたんですかっ」
「うん、一応ね……どうする? ウイスキーもたくさん飲んでたから、無理はしないでね?」

不可抗力とはいえ、僕のマンションに泊まったこともあるし、お風呂にも入ったことがあるせいか、伊織さんにはなんの緊張も見えない。今日も髪は半乾きで、バスローブも平気で着ちゃって、「時間がきたら寝ますよ!」という感じに見えるから、僕はいささか、呆れていた。
スナックでは「僕の前では、いくらでも無防備になってね?」なんて攻めまくっていたわりに、僕もいざとなると全然ダメだな、と思う。ここまで無防備になられると、自分だけ舞い上がっているみたいで、情けなくなった。
……まさかこんなことになるとは思ってもなかったから、すでに理性が飛んじゃいそうなんだけど……そう思ってるのは、僕だけなのかな。

「いただきます!」やっぱり、飲むんだね……。もう、本当に無防備なんだから。
「じゃあ、はい。乾杯」
「はい、乾杯……ここ、いい場所ですよね! 明日の朝には、富士山が綺麗に見えるのかな」
「うん、そうだね。ホテルのパンフレットが、嘘じゃなければね」
「目の前には富士急です。なんだか面白いですよね。周助さん富士急、行ったことありますか?」

伊織さんは、まるで中学生の修学旅行のようにはしゃいでいた。ひょっとしてこの状況、よくわかってなかったりして……。目の前にはダブルベッドがひとつしかないのに……これほどいつもの調子でこられると、少し気後れしてしまう。

「あるよ。学生のときにね。待ち時間が長くて疲れちゃった」
「ジェットコースター平気です? わたし、乗れますけど、富士急のは怖くって……」
「へえ? 楽しいじゃない。スリル満点。今度行こうか? お化け屋敷も行こう」
「ヤですよ! 絶対ヤ! ジェットコースターだけならまだしも、お化け屋敷は絶対ヤです!」
「ふふ。僕がついてても? 伊織さんのこと、守ってあげるよ?」
「嘘っぽいです……周助さんはスタッフの人と一緒になって脅かしそう」
「おかしいなあ。信用ないんだね、僕」

案外、僕のことをわかっているなと思いながら、僕と伊織さんはコンビニで買ったスナック菓子をテーブルに広げて、それこそ修学旅行のように、おしゃべりをした。ちょっとした旅行気分がお互いを高揚させて、饒舌にしたのか、お酒もよく進んだ。

「テレビ、つけてもいいですか?」
「もちろん、どうぞ」

ひととおりしゃべりおえると疲れたのか、伊織さんはパチっとテレビをつけて、無防備にベッドに座った。綺麗にメイキングされたダブルベッドが、くしゃりと音を立てて沈んでいく。それだけで、僕は想像をかきたてられてしまった。
ビールやおつまみと一緒に、一応こっそり、買っておいたけど……伊織さん、やっぱりわかってないのかな、この状況……。

「えっ」
「うん?」

僕が悶々としながらビールをあおっているなか、伊織さんから驚きの声が漏れる。テレビに視線を預けると、そこには跡部と一緒になって騒がれていた、あの女性が映っていた。
このあいだまでモザイク付きで動画を流されていたはずなのに、今日に至ってはモザイクなしで、しっかりと映っている。しかも、それは記者会見のような状況だった。

『あの3億円の慰謝料は、わたしが跡部景吾さんを脅して巻き上げたお金です』

テレビのなかに映る彼女はそう言ってから、一連の流れを話したあと、週刊誌に掲載されていた通帳コピーが捏造だということも証明した。記者たちの質問に、しっかりと背筋を伸ばしていて、強い眼力を送りつづけながら答えている。正々堂々、という言葉がピッタリだ。

「周助さん、これ、どういうことでしょうか……」
「……嘘を言っているようには見えないのが、すごいね」

僕は素直に、テレビに映る彼女に感心していた。これはきっと、並大抵の覚悟じゃなかったはずだ。跡部から聞いた話によれば、彼女は女優を目指していた。でもこんなことをしてしまっては、もう、その夢は途絶えたと言ってもいい。
日本人はその部分では、とても潔癖だ。バカバカしい国民性だと、海外生活をしていた僕としては情けない気持ちになる。

「……ということは、彼女は言っていることは、嘘だと言うことですか?」伊織さんが、僕の言葉を拾って尋ねてきた。
「うん……跡部はね、女性に脅されてお金をわたすような男じゃないよ。でも3億のやりとりは、彼女が提示した通帳があるんだから、本当なんだろうね」

跡部は、この女性のことを深く想っているはずだと、僕は信じている。この女性も、跡部のことを想っているように思う。フードトラックに来てくれたときに、跡部と彼女のお互いの視線が切なく交差していたのを、僕はとてもよく覚えていた。

「そういえば周助さん、ママに言ってましたよね。僕の友人も野瀬島に痛めつけられているって……」

ずっと気になっていたのか、伊織さんが心配そうに僕を見ていた。
困った人がいると放っておけない伊織さんだから、この女性を見て、心を痛めているんだなとわかる。
伊織さんのその優しさに、僕はきゅっと胸がしめつけられた。本当に、素敵な人だね、君は……。

「うん……実はね、僕、一度見たんだよ」
「え? なにを……ですか?」

跡部にしか話すつもりがなかったことだけど……伊織さんは僕の彼女だから、少し、吐きだしたくなった。
胸の奥につっかえていた暗澹とした気持ちを抱えることには慣れている僕だけど、この一連の跡部に関するニュースは、僕を救ってくれた跡部に起きたことだからこそ、ずっと心のなかでくすぶりつづけている。

「うん……跡部には、婚約者がいるんだ」

あの日、跡部が連弾をしにピアノに向かっている途中で、「あたし景吾と婚約してるんです」と跡部の彼女は僕に挨拶をしてきた。僕は目をまるくした。跡部の彼女だろうことは想定していたけれど、まさか婚約までしているとは思っていなかった。彼は結婚に興味が無さそうだったし、なにより跡部はどう考えても、いまテレビに映る彼女に恋していると確信していたからだ。

「それは……この女性ではなく?」
「ふふ。伊織さんも、そういうふうに思う?」
「なんとなくですけど……跡部財閥のニュースをここ1週間見ていて、釈然としない気分なんです。わたし、彼女と話したからかもしれないですけど。人を脅すような人にも、思えないですし……跡部さんのことは知らないですけど、あの連弾の動画を見る限り、とてもいい雰囲気というか、なんというか」

さすが、勘が鋭い。ここ数週間の探偵行動でそうなったのか、それとも、見る人が見れば、わかるのかもしれない。

「うん。僕は跡部の婚約者にも会ったことがあるんだ。この女性と、もうひとり若い男性と、跡部と婚約者で、4人でお店に来てくれたことがあってね」
「ダブルデートですね、まるで」
「そうそう。伊織さんと香椎さんのときみたいなね」
「あっ……そ、周助さん……いじわる言わないでくださいっ」
「ふふ。ごめんごめん」まだちょっと、妬いてるんだよ?
「そ、それで?」ぶすっとしながら、伊織さんが僕を促した。
「うん、それでね……」

フードトラックの緊急の仕入れに使う、近くのスーパー付近で、僕は跡部の彼女と野瀬島が歩いているところを見た。野瀬島と跡部の彼女は、二人ともサングラスをかけて、喫茶店に入るでもなく、路地裏のようなところに入っていった。

「えっ!? 野瀬島と!?」伊織さんが目をまるくする。
「食事にきたときに、跡部の彼女も同じ職場だということは会話からわかっていたから、そのときの僕は、さほど気にも留めてなかったのだけど……」

3億のニュースが出てから、あの二人が会っていたことが、やけに引っかかるようになった。

「たしかに、同じ職場なら、彼女が跡部さんのお仕事を手伝っている可能性も、ありますもんね」
「そうだね。だけど、やっぱり引っかかる。3億の件がどう行われたのかわからないけど、内通者がいるとしたら、彼女しかいないなと思ってね」
「ない、内通者?」
「そう……だって3億もお金を支払うって、大金だし、個人間のやりとりでしょう? 跡部も、この女性も完全否定してないし、通帳の記録もある。ということは、理由はわからないけど、3億の支払いは事実だ。でもそれを甲乙外の人が知っているなんておかしいじゃない? 銀行員はわかるだろうけど、口外なんてするわけないし……」
「婚約者の人は、知っていたということですか?」
「跡部の彼女なら、可能性はあるよね。だとしたら、それをリークするのは、彼女しかいない。そこに野瀬島が絡んでいるとしたら、すごく納得感があるんだ。僕らが集めた情報じゃ、野瀬島は昔から、跡部に絡んできているでしょう?」

それに……婚約者が3億の件をリークしたところで、そう簡単にマスコミが動くとも思えない。週刊誌に出ていた通帳コピーは捏造だったと、今日の記者会見でも判明した。だとしたら、捏造をできる人間がいたはずだ。そんなことが、跡部の彼女にできるとも思えない。

「でも、婚約者の人、どうしてそんなことするんでしょう? なにか意味がありますか?」
「もちろん。重大な意味があるよ」
「え、ど、どうしてですか?」

伊織さんには到底、理解ができないことだろうなと思いながら、僕はテレビを指さした。
でも、僕にはわかる。さっき聞いたばかりだから。

「嫉妬だよ。ほら見て、この人。伊織さんが感じた雰囲気は、間違っていないよ。彼女は、跡部のことを愛してる。跡部も婚約者がいながら、彼女のことを愛してる」
「じゃ……じゃあ婚約者の人は、それに気づいて……?」

野瀬島みずえがそうだったように、叶わぬ愛に溺れて半狂乱になる人のなかには、執着と復讐の荒波にのまれて、対象者の破壊を望む人間がいる。
そのあとのことなど、なにも考えてはいない。人と人との縁を引き裂き、どんな手段を使ってでも相手を地獄に落とそうとする。醜い嫉妬が火山のように噴火して、正気ではなくなってしまう。その災いはいつも、自分の愛する相手ではなく、相手に関係している弱者に向けられる。それがいちばん、愛する相手を苦しめ、愛する相手を支配できる方法だからだ。九十九の息子のように。この、女性のように。

「僕はね、伊織さん」
「はい……」
「すべて推測でしかないし、状況はわからないけど、野瀬島とつながっているというだけで、婚約者よりも、この彼女とうまくいってほしいと思うんだ」

跡部の婚約者と野瀬島の関係は、たしかなことじゃない。
だけど跡部がテレビに映るこの彼女を愛しているという事実だけで、僕としては十分な判断材料だった。跡部は気高い男だ。彼が本気で愛する女性も、きっと気高い。記者会見の様子を見ていても、それは一目瞭然のように思えた。

「あの、周助さん」
「うん?
「そのこと、跡部さんには……」

話さないのですか? と、その目が訴えかけてきていた。
そのとき、ちょうどニュースが終わった。

「電話をしようと思っているよ。野瀬島の件も含めてね。だから伊織さん、約束してほしい」
「え……?」
「野瀬島の件は、もうこれきりにしよう? あとは跡部にまかせれば、きっとなにかわかるよ」
「……そう、ですよね」
「なにより、僕、伊織さんにもう危ないことしてほしくないんだ。これまで付き合っておいて、いまさらだけど。だって伊織さん、僕の大事な彼女なんだから」
「……周助さん」

ベッドに座る彼女のとなりに、そっと腰をおろした。頬を包んで、優しいキスを送る。
野瀬島のことが頭から吹き飛んでいたはずなのに、跡部のニュースのおかげで、すっかりもとに戻ってしまったな……と、僕は少し残念な気分になっていた。
伊織さんがテレビなんかつけるから……なんて、言いたくなってしまう。手強い人だな、本当に。

「そろそろ寝ようか」
「え」

静かに僕のキスを受け入れていた伊織さんが、また、目をまるくした。
そうだよね、伊織さんだって大人なんだから、いくら天然で無防備でも、ある程度の覚悟をしていたはずだ。
だけど……ひょっとしてお人好しが発動しちゃってるんじゃないかって、ことあるごとに野瀬島の話題に戻る伊織さんに、僕は少し遠慮がちになった。
まだ付き合って丸1日……あまり焦って、伊織さんに嫌われたくもないし。一緒に抱き合って眠れるだけで、十分に幸せだから……。跡部のことを話したせいか、僕も理性を取り戻してきていた。

「ふふ。僕が襲いかかると思ってた?」本当なら、そうしたいけどね。
「あ、いえ……でも」
「うん?」
「わたし、覚悟してきたというか……さっき、ですけど」
「ふふ。うん、ありがとう。でも、無理してほしくないんだ」
「そ……無理じゃ、ないですよ?」

怯えた子猫みたいな顔をして、伊織さんはそう言った。その顔が、無理してるように見えるんだけど……あまり挑発されると、また、理性を失いそうになるから、やめてくれないかな……。せっかく僕が、紳士に努めようと思っているのに。天然っていうより、小悪魔すぎない?

「それ……伊織さんは、僕としたいってこと?」
「そ……」

顔を真っ赤にして、口もとに手を当てて、目を伏せた。まずい……僕まで赤くなりそう。それに、ちょっといじわるな質問だったかな。

「周助さんは、わたしとは、したくない、ですか?」
「え、いや、僕は……」したいに、決まってるでしょう?
「子どもっぽいですか? 妹みたいにしか、見えないとか……」よく、言われるんです。と、拗ねている。
「え、ちょっと待って、伊織さん」

また、なにかとんでもない誤解をされている気がする。たしかに伊織さんは見た目が年齢よりも若く見えるけど、そういうことじゃないんだけどな。

「でもわたし、大人ですよ!? 男性経験、ないわけじゃないですし!」
「ちょ、ちょっと!」

僕は、すっかり忘れていた。伊織さんはスナックでもウイスキーを3杯飲んで、その酔った体でシャワーを浴びて、あげく、ビールを1缶、空けている。
当然、酔っているだろうし、はじめて会ったときのように、大胆になっていた。
だからって……いまの僕が、その発言を冷静に聞けると思う? 本当に、挑発がうまいんだから!

「魅力ないかもしれないですけど、それなりに!」
「伊織さん! 僕、そんなこと聞いてないでしょう? 会ったときも言ってたよね、それ」本当に、金輪際、やめてほしいな。
「え、そ、そうでしたっけ……」

ふんわりと、首をかしげた。もう……本当に腹が立ってきた。
イライラする……伊織さんが誰かとセックスしてるところを想像させるようなこと言うなんて、いくら天然だからって、限度がある。ひどいよ。

「伊織さん、わかってないの? 僕、伊織さんが好きなんだよ? そんなこと聞いたら、冷静でいられないよ」
「え……周助さん、お、怒ってます?」
「怒ってるよ。嫉妬してる、いま、すごく」

ただでさえ僕は、香椎さんにもまだ、嫉妬してるのに。

「あ……それは、すみません、ごめんなさいっ。でもあの、わたし、魅力ないのかなって、思っちゃって……」
「そんなわけないでしょう? 魅力的だよ。だから好きなんだよ?」
「でも、それとこれとは別とか、よく聞くので……わたし子どもっぽいから、周助さん、そういう気になれないのかなって」
「はあ……」思いきり、ため息が出てしまった。「だからって、あんなこと言わないで?」
「はい……ごめんなさい」

しゅん、と頭をさげた伊織さんに、せっかく保っていた理性が、また飛んだ。
いいよね? ここまで僕を挑発したんだから。もう全然、抑制がきかないよ。

「ねえ伊織さん……悪いって思ってる?」
「お、思ってます! ごめんなさい!」
「じゃあ……この嫉妬、消してくれる?」
「え」
「覚悟、してきたんでしょう?」

見つめると、伊織さんがピン、と背筋を伸ばした。
ゆっくりと、目を閉じる。その緊張しきった恥じらいの姿に、僕も容赦なく体が熱くなっていった。
ああ……もうダメだ。絶対に、止まれない……いいよね? 伊織さん……。

「……もう、我慢できないよ……伊織さんのせいだからね?」
「ン……周助さん」

柔らかい唇に、はじめて舌を入れていく。それだけで、欲望が一気に膨れ上がった。
頭を抱え込むようにして、チュ、チュ、と何度もくり返しながらそのままベッドに押し倒すと、伊織さんは苦しそうに僕を見あげた。

「しゅ、周助さん……ドキドキします」
「ん……僕も。伊織さん、かわいいね。かわいくて、たまらない……」

バスローブを解くと、伊織さんは両手で顔をふさいだ。大人だと言っていたわりに、恥ずかしくてたまらないみたいだと思うと、とことん、いじめてみたくなる。
僕もバスローブを脱ぎ捨てて、下着一枚になった。
舌を絡めながら、すっかり爆発しそうになっている自分を、まだ下着をつけたままの伊織さんの中心にグリグリと押し当てて、ゆっくりと乳房を包んだ。

「あ……はあ、しゅ、周助さ……」
「うん……僕もすごく、興奮してるの、わかる?」
「そ、そんな、当てない、で……」
「ダメだよ。僕を嫉妬させた、おしおきだから」
「そんっ……あ、ひゃ……」

すでにぷっくりと主張している乳房の先端を、親指で揺らしていく。キスからじわじわと耳に到達して、食べるように愛撫したら、ビクン、と伊織さんの体がうねった。

「ひゃ、あっ……あんっ」
「耳、ゾクゾクする?」ささやきながら、耳のなかと、うしろ側をそっと舐めた。
「あ、あ……、も」
「伊織さん、すごくエッチな体してるね。どこか子どもっぽいの?」

じれったいのか、ぎゅっと僕の首に伊織さんの手が巻き付いた。舌で首筋をつたいながら、胸の突起を2本の指でつまんだ。
コリ、と、その先端が、しっかりと指のなかで熱くなっていった。

「えっ、そんな……ン、ああっ」
「胸も、すごく綺麗。ピンク色で、かわいい。キスしてほしそうだね……ここ」

チュク、と長いキスをして、もう一度、首筋を舐めて、そっと乳房を口に含んだ。舌先で突くように揺らすと、それは、もっと硬くなっていった。まるで、もっとしてって言ってるみたいで、僕はそれに応えるように、ちゅうっと吸いあげた。

「や、あっ! ……あっ、あ……」

かわいい伊織さんの姿に、僕の腰も動きはじめていた。ナカに入ることを想像するだけで、胸の鼓動が激しくなる。
押し当てている僕の欲望に伊織さんも反応しているのか、じんわりと、そこも熱くなってきている。
ああ……もう、狂いそうだ。僕ので、伊織さんが、すごく濡れてる。

「伊織さん……僕が当たってるとこ、もう、湿ってきてるよ?」
「そっ……やだ……はずかしいっ」
「ん? ふふ。どうして? 僕、嬉しいよ?」
「だ、だって……は、はしたない……わたし」
「うん? そんなことない。かわいいよ? 伊織さんがエッチだって、僕にバレちゃうから、はずかしいの?」

乳房を吸いあげながら、下着越しに指を這わせた。ぐりゅ、と押し込むと、下着がいとも簡単にナカにのまれていく。すべる布の感触が、また僕の興奮を掻き立てていった。本当に、指が湿っている。
クチュ、クチュ、と1枚隔てているとは思えないほど、蜜の音がわずかに響いた。

「ああっ……や、いっいっ……ああっ」
「うん? いいの? ここ?」
「はあっ……あ、あんっ……ああ、周助さ……いじわる、しないでっ」
「あ……焦らしてるの、バレちゃった? ふふ」

涙目で、伊織さんが僕に訴えかける。布越しじゃ奥までは届かないから、伊織さんは足を震わせながら、僕が直接触れる瞬間を待っているようだった。
まいったな……本当に、これのどこが、魅力がないんだろう。普段はがんばり屋さんで、かわいくて、夜はこんなに大胆で、そのうえ体まで素直なんて、反則だよ。

「伊織さん……僕に直接、触ってほしい?」
「ン……周助さん……ンンッ」下唇を噛むようにキスすると、こく、と頷いた。
「キスしながら、教えて? どの指がいい?」

手を握りしめて合図すると、伊織さんの手が、ためらいがちに中指だけを握ってくる。
真っ赤になりながら僕のキスを懸命に受けている目が、また潤んでいた。
なんなんだろう、この人……普段はあんなに無垢な顔しているのに……本当に、小悪魔だね。

「ふふ……長いのがいいんだ? 素直だね」
「ンッ……はあ、も、周助さん、いじめないで……」
「伊織さんのせいだよ……こんなにかわいいと、いじめたくなっちゃうよ」

下着に、ゆっくりと手をかけた。ペチャ、という音が漏れるほど、伊織さんは濡れていた。
言われたとおり、僕は中指を押し込んだ。つぷ、ずぷぷ、とのまれていく。あまりにスムーズだったから、僕はそのまま、人差し指も同時に入れた。

「あっ……! 周助さっ……ああんっ」
「ごめんね……? もう1本挿れちゃった……でも、痛くないでしょう?」
「あっ、ンッ……! 痛く、ないけど……ああっ、あっ……!」
「ん、すごくかわいいよ……伊織さん、ここが気持ちいいの? 奥、ふくらんでる」
「ンンッ……あ、ああ……そこ、き、気持ちい……周助さっ……あっ!」
「はあ……すごく、甘い声だね、伊織さん……もっと、聴かせて?」

指を奥でバラバラと動かしながら、激しいキスをくり返した。
伊織さんの背中が何度も反って、絶頂が近づいているとわかる。人差し指を抜き取って、僕は刺激をゆるやかにした。
キスからそのまま、舌を胸からお腹へと這わせていく。最後は、中心へと持っていって、寸前で止めた。

「あ、周助さん……は、恥ずかしい」
「ん……でも、してほしいでしょう?」

チュ、とギリギリのところにキスをすると、ビクっと腰が揺らいでいく。
すごく、ヤラしい……。こんな姿、ほかの男に見せてきたなんて……また嫉妬してしまう僕がいる。

「う……ああっ……ンッ、……もう、ホント、いじわる……!」
「ふふ。言ってごらん? ここに、キスしてほしい?」
「あ……う、あんっ……ン……し、してほしい……」
「ん……素直でいいこだね……たっぷり、してあげるよ……」

中指を入れたままの花弁は、真っ赤になっていた。その上の蕾が、ぷっくりと体をふくらませている。
僕はそこに、ふうっと息を吹きかけた。

「ひゃっ……あ、う……周助さん……」
「うん、もう……すっかりとろとろになってるね」
「はあ……だって、周助さんが……っ、あ……っ!」
「綺麗だよ……すごく……ン」
「ひゃっ……ああっ!」
「好きだよ、伊織さん」

蕾をちゅるっ、と吸い上げた。ビク、とうねる体に合わせて、指を折りまげると、ナカがぎゅっと締まっていく。じっとりとあふれだす甘い蜜が、もうシーツに垂れてしまいそうだ。

「かわいい……僕がしゃべると、締まるね……」
「ち、ちがっ……だって、周助さんが、好きとか、いうから……っ」
「嬉しいの? ふふ……本当にかわいいね……ナカも、キスしてあげるね」
「やああっ……だ、ダメ……! ナカ、入れちゃ……!」

つぷ、と指に沿うように舌をナカに入れると、伊織さんの腰が一気に浮き上がった。
チュプ、チュプ、とキスの音も激しくなる。僕は片手を伊織さんの胸に這わせて、先端に指を立てて刺激を送った。

「や、あっ……ああっ! ダメ、ダメ周助さん、もう……い、イッちゃう!」

思ったよりも早く訪れたそのときを察知して、伊織さんの言葉を合図に、僕は指を引き抜いて、唇もそっと離した。
え? と、目を見開いて、伊織さんが僕を見あげる。イキそうだったのに、と、言いたげな切ない表情が、僕をゾクゾクさせた。

「えっ……あっ……なんで、周助さ……」

ああ……すごくかわいい。もっと僕をほしがって……? 最後はいっぱい、あげるから。

「ふふ……ごめんね? イキたかった?」
「わ……わざと、ですか?」目がまた、潤んできてる。
「そうだよ? おしおきだって、言ったでしょう?」

抱きしめながらキスをすると、ぎゅうっと僕の背中に手を回しながら、伊織さんは悲痛な声をあげた。

「ひ、ひどいです……周助さん」
「ん……ごめんね? でも、僕と一緒にイコう? ちゃんと、イカせてあげるから」
「うう……恥ずかしいのに、いじわるして、辱めるし、も……周助さん、ひどいっ」
「そんなにイキたかった……? エッチなんだね、伊織さんは」
「ううっ、周助さんのせいじゃないですかあっ」
「ふふ。許して? もっと気持ちよくしてあげるから」

買っておいてよかった……そう思いながら、僕は下着を脱いでそれをつけた。
伊織さんの花弁に指を挿れると、まったく冷めてないぬめった熱が、僕を包み込む。
ずぷっと、奥までしっかりと届いてくれた。

「あっ……ンン……!」
「見て、伊織さん。ほら、こんなによくなってる」

挿れた中指を出して、親指と重ねて引っ張ると、透明な糸がしっかりと小さな泡を立てて伸びていく。目の前でそれを見せると、伊織さんはぶんぶんと首を振りながら、目をぎゅっとつぶった。

「もうっ! 辱めないでって言ってるのに……!」
「かわいいねって言ってるんだよ? ダメ?」
「ダメです! うう、変態……」

男はみんな変態だから……だとしても、ちょっと傷つくなあ。

「ひどいな……僕はこんなに伊織さんのこと、好きなのに。伊織さんは言ってくれないの?」
「そ……好きですよ、わたしだって」
「うん……僕のこと、愛してる?」
「あ……愛してます……周助さん、すごく、すごく好きです。本当に……」
「ん……嬉しい。僕がほしい? おねだりしてみて?」
「う……ああ、もう……周助さんが、ほしい」
「……はあ、僕も、我慢できないから、もう、挿れるよ?」

大好きな人にほしいと言われて、僕は有頂天になった。
こくん、と頷いた伊織さんに、ゆっくりと入っていく。ず、ちゅ、とあふれでる蜜の音と、伊織さんとひとつになった喜びが体中を刺激して、頭のなかが、なにかに侵されたみたいにクラクラとした。

「あ、そ、そんな、ゆっくりしたら……」
「なあに? ……激しいほうがいいの? そうしてあげようか?」

すぐに激しく動かすと、伊織さんの嬌声が大きくなった。

「あ、そんな、あっ……ああっ!」
「あ、はあ……伊織さん……っ、かわいい。好きだよ」
「だ、ダメ……! 周助さ、も、イッちゃいそう……っ!」
「いいよ。もう気持ちよくなって……? さっきいじわるしたから、ご褒美ね」

甘くて、綺麗で、かわいくて、僕を狂わせる、愛しい声。

「ああっ……! あ、ああ……イクっ……いっ、あ、あああっ!」
「あ……イッちゃった……ン、すごい、ナカ、うねってる」
「う、ああ……しゅ、周助さん、ちょっと、ゆっくり……し」
「ダーメ。僕ので、何度もイカせてあげる。イッたばかりだから、またすぐイケるよ?」

ぎゅっと体を抱きしめて、熱いキスを送った。口のなかで喘ぐ伊織さんの声が、頭のなかでこだましていく。どろどろになった唇から、愛の糸が何度も僕たちをつないだ。
このまま、全部、溶け合ってしまえばいいのに……。

「あ、あっ……ンンッ……周助さんっ」
「かわいい伊織さん……はあっ……声も、体も。その顔も、全部、好きだよ……大好き」
「そ、ダメ、周助さん、……も、言わないで……ああっ…‥」
「どうして? 言いたいよ……かわいい。好きだよ」

耳もとでささやきながら、僕はゆっくりと伊織さんの背後にまわった。うしろから伊織さんの胸をしっかりと包んで、先端を揺らしながら、もう片方の手で花弁の蕾を何度もこする。
頬を包んで、無理やりに唇に吸いついた。懸命に舌を出してくる表情が、すごくセクシーだ。

「や、ああっ……そんなにしたらっダメっ……すぐ、い、イッちゃ……!」
「イッて……? いいんだよ。もういじわるしないから、好きなだけ、僕でイッて?」
「はあ……あ、あんっ……き、気持ちいっ」
「うん……もっと気持ちよくしてあげる。伊織……」
「あ、ああっ……、名前、そ、ダメ……」
「呼び捨て、興奮するの? かわいいね……伊織の感じるところ、全部、教えて?」

そのまま伊織さんの体をうつぶせにして、僕は上から覆いかぶさった。うしろから何度も攻めながら、背中のいたるところにキスをする。
体勢のせいなのか、ずちゅ、ずちゅ、という音が、より大きくなっていった。

「顔あげて、伊織。僕に、キスして……?」
「んっ……はあ……周助さ……ンンッ……!」
「ン、キスも、すごく上手だね……ナカ、ビクビクしてるよ……? またイキそう?」
「う、ああっ……う、い、イキそ……も、はあ……ああっ」
「ああ……伊織、そんなに締めないで……出ちゃう……」
「も、だ、出して、いいですからあっ……ああっ! い、くッ……!」

果てたことで、枕に顔をうずめて、伊織さんはぐったりとした。
でも、ごめんね……? まだまだ、愛したりないよ。もっと、伊織さんがほしい。
僕は、伊織さんをゆっくりと正面に向かせた。

「ああっ……周助さ……ま、またっ……ゆっくり、ゆっくりしてっ……!」
「もう……? ふふっ……本当に、エッチだね、伊織は……」
「う、うあ……だ、だって……」
「ん……じゃあ、少しゆっくりにしようかな……どう? 気持ちいい?」
「ん、あ……ああっ……き、気持ちいい、です」

ペースを落として伊織さんの足を持ち上げる。ナカを探るように腰を振ると、ぎゅうぎゅうと僕を締めつけた。
ああ、さっきからすごく、コントロールしてるつもりだけど、まずいな、僕も、イッちゃいそう……。

「ン、すごい……伊織のナカ、あったかくて、柔らかくて、ぎゅうって締めてくる、かわいいね」
「あ、ああっ……そ、ああ、奥……すごっ……ああっ、周助さ……」
「うん? 奥、気持ちいい? はあ……僕も、すごく気持ちいいよ?」
「あ、ああっ……しゅ、周助さん、も……ダメ……気持ちいいけどっ、も……」
「イキたくなってきた……? ふふ。ゆっくりしてって、伊織が言ったのに」
「ご、ごめっ……だって、ああ……く、苦しいの、お願いっ……」

一度は焦らしちゃったから、焦らすとクセになっちゃったかな。どうしよう、こっちが苦しいよ、そんなにかわいいなんて、頭がおかしくなりそうだ。
おねだりする伊織さんが、愛しくて、大好きで、もう絶対に誰にも触れさせたくなくなる。

「じゃあ、誓ってくれる……?」
「え……あっ……周助さ……っ、ああっ……も、壊れちゃうっ」
「もう……僕以外に、触れさせちゃダメだよ? こんなにかわいい体……いい? 誓える?」
「ち、誓う……あ、あんっ……ち、誓うからっ」

奥に突き上げながら、激しいキスを送りながら、手をしっかりと握りしめながら、僕はさっきした嫉妬を吐きだした。
もう、絶対に僕から、離れないで……。

「もう、ほかの男を思いだすのも……禁止だよ? 浮気も、許さない。僕だけ見てくれる? 過去の人は、全部、忘れてくれる?」
「浮気なんて、しませんっ……あっ、はあっ……全部、忘れますっ……わたしには、周助さん、だけっ……あっ……あ」
「ん……信じるよ? 伊織……僕にも、伊織しかいないから」
「信じて……愛してますっ……周助さんだけっ……」
「はあっ……伊織……好きだよ、愛してる」
「わ、わたしも、好き……周助さんっ」
「はあ……も、僕も我慢の限界……いくよ?」

長いあいだ、じわじわと攻めていたせいで、もうはち切れそうだった。
僕は激しく腰を突き上げて、伊織さんを強く抱きしめた。

「ああっ……だめえっ、周助さんっ……また、い、イッちゃ……イク……!」
「僕も、もうイク……ああっ……イクよ、伊織……一緒にイこう? ……うっ、く……!」

同時に果てたあと、僕はゆっくりと伊織さんに体をあずけた。伊織さんもぐったりと、僕を包んでいる。伊織さんは果てたあともすごく締めてくるから、僕はしぼり取られるように、しばらく欲望をドクドクと吐きだしていた。
それでも、交わした愛の言葉をたしかめあうようなキスをしながら、僕たちはふっと微笑みあった。

「ああ……すごく、よかったよ、伊織さん……ずっとこのなかにいたい」
「はあ……はあ……も……周助さんって……やっぱりドSなんですね……」
「え……?」
「ドSで、甘くって、もう、わたし、絶対に抜けだせません」

伊織さんはそう言って、とろけた顔のまま、僕にキスをしてきた。
抜けだそうと考えた時点で、またおしおきしなきゃ、なんて冗談めいて思っていると、キスのあと、きゅうっと、伊織さんが僕の首に巻きついてくる。
ああ、ちょっと待って……そんなことされたら、僕、また……。

「……伊織さん、離れる、ね」
「え……?」
「ん、ずっとこのなかにいたいんだけど、また、したくなっちゃうから」
「え……えっ!?」
「ごめん……いっぱい出したんだけどな……」

ちょっと恥ずかしくて、ぼそぼそと言いながら、僕はそっと伊織さんから離れた。
ちらっと伊織さんを見ると、目をまんまるにして、僕のそれを見つめている。

「伊織さん……あんまり、見ないでほしいな」
「だ、だって周助さん、まだ、そんなに……た、足りないんですね? 1回じゃ」
「いや……そんなこと、ないよ。うん、大丈夫」

精神的には、満たされたよ。身体的には、足りないみたいだけど……。たぶんそれもこれも、伊織さんのせいなんだけど……あんなにかわいい姿を見せられたら、何度だって抱きたくなるよ……。だけど、負担はかけたくないし。
なんだか申し訳ない気持ちになっていると、さっきまでとろんとしていた伊織さんの顔が、急にキリッとしはじめて、僕は少し、顎を引いた。

「……体力つけなきゃですねっ」
「え?」
「わたし、頑張りますね!」
「も……ふふっ……本当に、人がいいね、伊織さんは」

またおかしな方向に張り切る伊織さんを見て、僕は笑った。ほっとするようなぬくもりを抱きしめて、短いキスを何度も送る。伊織さんはときおりはにかみながら、僕のキスをかわいらしく受け止めてくれた。
こんな幸せを手に入れることができるなんて、思ってもみなかった。ずっとつらい日々だったけど、起こったことはすべて必然なんだなと、やけに悟る自分がいる。
伊織さんを抱き枕にして静かな眠りにつきながら、その必然は、きっと跡部にも訪れたことだと、ふと思った。

跡部に電話がつながったのは、その4日後のことだった。





to be continued...

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