Up to you_06


6.


「雅治も、来てたんだ?」

その声に振り返ると、伊織がぎこちない笑顔でそこに立っていた。
夕方に「伊織と約束している」と吉井に誘われた冬の花火。
そんな話は聞いてなかったのもあって、突然だったが、俺はなんの迷いもなく承諾した。
「無事に予備校の彼と友だちに戻れるお祝いの日」だと聞いたからだ。
そんな祝いの場を俺抜きで設けるほど、伊織は忍足との仲を考えていたのかと思うと、複雑な気分になった。俺のためと思う一方で、それだけ忍足とのことが伊織の心に残っている証明のような気もする。

「あたしが呼んだの!」
「そう、そっか」

心なしか、元気がないように見える伊織に不安になった。
大見得を切った以上、嫉妬心は封印するようにと、あれから何度も自分に言い聞かせた。
よく考えてみれば当然だ。嫉妬は自信の無さ。
だから俺は、伊織を信じる。なら、嫉妬する必要はない。そんなの、忍足に餌をやるようなもんだ。

「どうじゃった、伊織」
「え?」
「忍足と。普通に戻れたか?」

近づくと、真っ直ぐに俺を見て、伊織は頷いた。

「うん。全然、普通だった」
「そうか、ならよかった」
「もー、仁王、さっきからまだかまだかって、佐久間さんのこと」
「やかましい余計なことを言うな」
「本当のことじゃーん」

伊織がここに来るまでのあいだ、俺と伊織の関係を全面的に応援すると宣言してくれた吉井は、冷やかすように俺をつついた。
吉井の計らいは、正直ありがたい。こいつ抜きで話すと、余計なことをあれこれ考えて、また嫉妬してしまうかもしれん。

「ほら佐久間さんも花火持って! やろ!」
「あ、うん」
「ねえ仁王、あたしたちさ、仁王のおかげで仲良くなったんだよ」
「ん?」
「仁王への愚痴、共感できる人間ってあたし以外いないじゃん?」
「なに?」

じっとりと伊織を見ると、伊織が「ち、違う!」と焦って首を振る。

「ほーう、それは貴重な話だ」
「してないってば、雅治!」
「これからしようって同盟を組んだだけだよねー?」

にこにこと微笑む吉井に、伊織の表情はどこか硬かった。
やっぱり忍足となにかあったのかと勘ぐってしまいそうになる自分が、嫌になる。

「仁王これ、火、つけて!」
「ちょ、引っ張りさんな。やるから」
「だって怖いじゃんっ、でも近くでみたいから!」
「なんなんじゃそれは……」

吉井が俺の腕をしっかりとつかみながら、花火の行方を気にする一方で、俺は伊織の表情の硬さが気になっていた。
来てからずっとぎこちない。楽しそうに見えるが、どこか無理が見える。

「ひゃっ、ついた!」

はしゃぐ吉井を見届けて、俺は伊織の傍に向かった。

「どうした伊織? 具合、悪いか?」
「全然、悪くないよ、なんで?」
「なんとなく。表情が硬いっちゅうか。ひょっとして火が怖いか?」
「そんなことないよ、大丈夫」
「てかさあ、佐久間さん、その友だち、呼べばよかったのに」
「え」

いつのまにかはしゃぎ終わっていた吉井が、脳天気にそんなことを言ってくる。
どういうつもりだと思いながらも、これが吉井流の、「普通」なのかもしれない。
そのとき、伊織の目に、強い意識を感じた気がした。
伊織も俺と同じように、考えたのか。

「誘ったんだけど、いいって」
「伊織……忍足を誘ったんか?」
「うん。だって友だちだもん。いろんなこと水に流してもらうために、誘ったけど、いいって」
「えー、残念。そのイケメン、忍足くん? あたしも見たかったなあ」

誘ったという伊織の言葉に、面食らっている自分がいた。
この場に忍足を誘うということは、俺との仲を見せるということになるから、そのほうが、伊織の心情としては正しいのかもしれない。
だが……それが嬉しいのか嬉しくないのか、いまの俺には、正直よくわからなかった。
結局、しばらくは忍足とのことを意識せざるを得ないだろう自分が、腹立たしい。





「内積ってなんなんだろ。未だに意味がわかんない」
「伊織は数学が嫌いじゃの」
「こんなことわかる雅治のほうがどうかしてるんだよ」

花火から1週間。
週末に、わたしは雅治の家に来ていた。
あの翌日から侑士はなにごとも無かったようにわたしに振るまい、あくまで友人関係をつづけてくれている。
一方で、学校での吉井さんの態度も変わらなかった。
わたしとふたりになることが無かったからかもしれないけれど、それでもかなり、わたしとしては安堵していた。
そういうわけで、雅治とはいつものようにお勉強デートだった。
たぶんこの時間も、そのうちグダグダになって、結局、寄り添って映画を見ようなんてことになるんだと思いながら、まだそのギリギリで耐えている。
試験前なんだから、真面目に勉強しなきゃいけないのはお互いよくわかっている。

「仕方ない、もう3度目になるが説明しちゃる」
「よろしくお願いします」

ちんぷんかんぷんな雅治の説明を聞きながら、それでもこのあいだの花火より、気分はマシだった。
雅治はわたしを見てくれている。そう思うのに、吉井さんとの距離感が気になって仕方なかった。
彼女の前のめり感も怖かったし、わたしに開き直ったあの態度もずっと気になっていた。
なにより、彼女は美しい。
単純に女性として、負けていると思う部分が目に見えてわかるからこそ、そして侑士のことがあったわたしだからこそ、つけいる隙を簡単に突破されそうな気がしていた。

「よい、聞いちょるか」
「聞いてる……けどやっぱり途中から意味わかんなくなってきちゃった」
「まったく……」

呆れながらも、雅治は微笑んでくれた。
それが嬉しくてわたしが照れ笑いを重ねると、そのまま唇が寄せられる。
こうなってしまったら、もう教科書も参考書も要らなくなってしまうのが、いつものパターンだ。
でも、そのとき。
いつものパターンを遮る音が、わたしたちの耳に届いてきた。それは、雅治のスマホの着信音だった。

「おっと。邪魔が入った」
「ふふ。残念」
「……吉井だ」
「え」

雅治と一緒にいて、彼女から電話がかかってくるのははじめてのことだった。
ぼんやりと考えたことが現実になってしまったようで、胸が締め付けられる。
そんなこと、思いもよらないんだろう雅治は、なんのためらいもなく電話に出た。

「もしもし? おう、どうしたんじゃ?」

電話の出だしは、わたしとの電話とのトーンと、まったく一緒だ。
そんなあたりまえのことに、傷ついている自分がいる。

「なんじゃまた面倒な……わかったわかった。え? 英語? また面倒な……いま伊織とおるんじゃけど……お前、容赦ないな? ちょっと待て」

雅治がスマホを耳から離してわたしを見る。
嫌な予感しか、しなかった。

「吉井が英語でわからん部分があるから、オンラインでどうしても教えろっちゅうんじゃけど、時間は取らんって。ええかの?」
「うん、全然いいよ。わたし、勉強してるし」
「そうか、すまん……吉井、ええって……やっかましいのうお前。ええから、パソコンつけるぞ」

吉井さんとの会話に戻った雅治は、悪態をつきながらも笑っていた。
すでにオンラインでつながる手段があるという事実にも引っかかれば、わたしとはオンラインでつながったりしたことがない点も、妙に引っかかる。
こんなふうに、どんどん醜くなる自分の思考が、止まらなくなりそうで、怖い。

「吉井さん、いつも雅治に教えてもらってるの?」
「いや……まあ、ごくたまにそういうこともあるが。なんか、今回はついでな感じじゃったけど」
「ついで?」
「委員会の連絡じゃったんよ、最初。クリスマスのやつ、あるじゃろ」
「ああ、うん」
「あれ、当日は俺と吉井のペアでカップルたちを盛り立てんといけんらしい。面倒じゃ」
「……ペアで、か」

当然、彼女の計算だとわかっていても、そんなこと、言えない。

「じゃ当日、わたしはあんまり雅治とはいれないかな」
「いや、そんなことない。盛り立てなんて一瞬じゃから」
「そっか……で、そのついでに、英語を教えてって?」
「え? ああ、うん」

いちいち話を戻してしまうのは、不快感が強いからだった。
雅治がパソコンを起動して、オンラインミーティング用のアプリを起動する。
脳天気な起動音が鳴って、画面上に露出度の高い部屋着を身にまとった吉井さんが現れた。
全部、そのつもりで準備してたとわかっても、わたしは堪えるしか無い。

「あー仁王ごめんね。あ、佐久間さん?」
「あ、うん」
「ごめんねデート中にー!」
「ううん、大丈夫」
「大丈夫じゃない。ええ加減にしてくれ」
「仁王には言ってない。でさあ、ちょっとこの例文なんだけど……」

アプリのチャット画面に英文が流れてきた。
雅治も「教える」というスイッチが入ったのか、真剣な表情でパソコンに向かっている。
本当に、わたしと彼女が普通の女友達なら、一緒に画面に向かって、あれこれ言ってはしゃぐだろう。
でも普通の女友達じゃないのは、お互い承知の上だ。

「吉井、この例文、そもそもおかしくないか? つづりとか」
「あ、やばい1行間違えてる」
「お前……」
「ごめんって仁王ー、許して!」
「甘えた声出しちょらんと、さっさとしんしゃい」
「ぶー、ケチ」

見ていられない気持ちになって、わたしは目の前の教科書に顔を向けた。
でも、意識はふたりの会話にくぎ付けだった。
数学の問題は、さっぱり頭に入ってこなかった。
彼女への不安が、はっきりと嫉妬に変わった。そう思った。





「わかったんか」
「わかった、ありがとうねー仁王! てか思ったより時間使っちゃって。佐久間さんごめんね」

気がつけば、吉井とオンラインミーティングを始めてから1時間半がすぎていた。
伊織は俯いたまま、吉井の声に反応しない。

「伊織」
「え」
「吉井が、ごめんねって」
「ああ、大丈夫。わたしも勉強に集中できたし」
「ならよかったー! じゃあまた、学校でね」

どことなく、伊織の機嫌が悪いような気がして、吉井との通信が切れたあと、俺は伊織の顔を覗き込んだ。

「どうした?」
「え」
「なんか、調子が悪そうじゃけど」

そういえば、最近もこんなことがあった気がする。
公園の、花火。伊織の表情が硬くて、あのときもこんなふうに、やけに気になった。

「別に、大丈夫。内積は結局、よくわかんないね」
「顔が暗いのう」
「だってわかんないから」
「いくらでも教えちゃるよ」
「もういいよ、雅治も疲れたでしょ? 吉井さんにも熱心に教えてたし」
「まあ……思ったより結構、時間かかったの」
「だってふたり、勉強に関係ない話、間に入れまくってたもん」

声質は笑っている。顔も笑っているが、伊織をまとう空気感が、穏やかさを失っていた。
やっぱりどうも、機嫌が悪いらしい。ひょっとして、吉井の割り込みが気に入らんかったか。

「どうした、伊織」
「どうしたって、なにが?」
「なんか、らしくない気がするんよ」

責めているつもりはなかった。
理由も言わず不機嫌になる女は多いが、伊織がそういう女だとは思えんし、曖昧な態度や俺を困惑させることを、良しとするタイプでもない。

「わたしらしいって、どんなこと?」
「こないだもそうじゃけど、なんか思うことあるなら、言いんしゃい」

ピクッと、伊織の眉が動く。
こんな、いかにも恋人らしい不穏な空気を感じたのは、はじめてだった。
黙っている伊織をじっと見つめて待っていると、しばらく考えたあと、小さな声でつぶやいた。

「……雅治じゃなきゃ、ダメだったのかな」

俺が徐々にほぐそうと思っていたその心情を、伊織が吐き出してきた。
当然、さっきの吉井のことだとわかる。

「……ひとりで考えてもわからんかったんじゃろう。変な意図はないと思うが」
「なんで?」
「え」
「なんでそう言い切れるの?」

つっかかる、という言葉がぴったりに、伊織の目は真剣だった。
嫉妬されている、とダイレクトに伝わってくる。
「普通の関係」なら、それも可愛いと思えたかもしれない。
だが俺は、その瞬間に忍足と伊織の関係性を頭のなかに呼び戻してしまった。

「吉井とは、付き合い長いんよ、俺」
「それは、知ってるよ。でも吉井さん、友だち多いよね。雅治じゃなくても」
「伊織、それは考えすぎじゃって。俺だって吉井の友だちのひとりなんよ。英語がそこそこできるのが、吉井のなかじゃ俺がいちばんやったんかもしれん」
「……言ってることは、わかるけど」
「なにが、そんなに腑に落ちん?」

言いよどむように拳を口に当てた伊織は、しばらく押し黙ったあと、俺の顔を見て言った。

「雅治に、近すぎると思う」
「……どういう意味だ?」
「ふたりがもともと仲いいのは、わかってるよ。でも、なんか不用意っていうか。さっきだって、画面越しだったっていっても、あんな部屋着で」
「どんな部屋着だ?」
「気付いてたでしょ。胸元、大きく開いてたし」
「だから?」
「だから」
「吉井が俺を誘惑しちょるって? 考えすぎだ」
「そうかな」
「しちょったとして、俺はそこに乗っからんし」
「わたしにとっては、そういう問題じゃないから。それに、こないだの花火のときも、ずっと雅治に触れてたし」

お前も、忍足に触れられていた。
俺なんかよりよっぽど……強く抱きしめられていたのはお前だろう。
すんでのところで、その言葉を喉の奥に押し込めた。
言うべきじゃない。わかっているのに、頭のなかが熱を持っていく。

「伊織、なにが言いたいんよ」
「……吉井さんと、一緒にいないで欲しい」

冷静をなんとか保っていた俺の言葉もこれで、こと切れたと自分でもわかった。

「自分はよくて、俺はダメっちゅうこと? ずいぶん勝手やの、お前」

はっとするような顔を向けた伊織の目に、みるみる涙がたまっていく。
その頬に手を差し伸べれば、きっとそれで終わったはずだ。
だが俺は、そんな簡単なことができないほど、胸の底の怒りに身を任せていた。

「ごめん、今日は帰るね」

引き止めることすら、しなかった。





……最悪だ。
でも、もう遅い。
どうして止められなかったんだろうと思う。
あんな嫉妬をして、自分のことを棚に上げて、雅治にあたって、怒らせた。
ひとつだけ、どうしても口にできなかった事実――吉井さんが、雅治を好きだということ。
本人から聞いたとは、とても言えなかった。
良心の呵責といえば聞こえはいいけれど、そんなものじゃない。
言ったことで、雅治の吉井さんに対する波が、なんらかの感情の形を作るのも耐えれなかったし、それを本人に漏らしてしまう自分に、なりたくなかったのだ。
雅治との喧嘩らしい喧嘩は、これがはじめてのような気がする。
嫉妬で雅治を怒らせたことは何度もあるけど、今回の喧嘩は、あきらかにいままでのものとは違っていた。それがわたしからの、嫉妬だったから。
雅治の言い分はもっともだ。でも吉井さんの露骨さを黙って見ているのは怖かった。雅治に愛されていると思うのに、わたしには余裕がない。その余裕のなさは、自分がこれまで巻き起こしてきたことが発端なのも、わかっている。
だからこそ、悔しくて。
バッグのなかのスマホが震えていた。
雅治かと思って勢いよく取り出すと、液晶には「侑士」と出ていた。
あれから「普通の友だち」をしてくれている侑士に、もう、あまり警戒はない。

「もしもし?」
「伊織、ごめんな週末に」
「ううん、大丈夫」
「ちょおさ、英語でわからんとこあって。予備校で出された問題……って、ごめん、時間っていま、大丈夫やった?」

こんな感じだったんだろうか、と思う。
でも吉井さんの気持ちを知っているわたしは、素直にそう受け取れなかった。
そんなの、雅治も一緒だ。これが雅治の部屋のなかだったら、同じことだったんだから。
どうしてわたしは、あんなこと言ってしまったんだろう。

「伊織? もしもし?」
「ごめ……」
「なんや、どうしたん」
「わたし、最低だ」
「伊織? 待って、いまどこ? 大丈夫か? 仁王となんかあったん?」
「大丈夫、ごめん」
「違うって、友だちとして聞いてんねん!」

あくまで、友だちの侑士。
吉井さんと雅治の関係より、よっぽど疑われても仕方のない、侑士の存在。
なのに相手のことは疑って、自分は違うと思ってしまうのは、人間の醜さの最たるものだ。

「……本当に、大丈夫だから」

電話を切って、わたしは涙をこらえたながら自宅まで歩いた。
でもその努力は、自宅前の公園で待っていた侑士に、崩されようとしていた。





「厚かましいやろ、俺」
「ホント……」
「否定せえよ」

ふんわりと、侑士が笑う。
公園で元気に遊ぶ子どもたちが、ベンチに座って辛気臭い顔をしているわたしと侑士の横を通り過ぎていくたびに、あたたかな風を与えてくれている気がした。

「話したくなかったら、話さんでもええんやけどさ」
「話したくない」
「さ、さよか」

わたしを心配して家の前まで来てくれた侑士に、ずいぶんな物言いだと思いながらも、話していると泣き出してしまいそうな気がして、わたしは口をつぐんだ。

「……まさか、また俺のことちゃうよな?」
「話したくないって言ってるのに」
「いや、やってそれやったら、俺にもなんや、なんか責任あるっちゅうか」
「違うよ、侑士のことじゃないってば」
「さよか、ほんなら、ええんやけど……なんちゅうか、俺と伊織の関係を許した仁王がやで、そんな伊織泣かすようなことしよんかなあって。あいや、これ隙を狙っとるとか、そういうわけやなくて」

ベラベラしゃべる男だな、と内心で思いながらも、侑士のその不器用な空気がなんだかとても新鮮で、わたしは思わず吹き出した。

「な、なに笑ろてんねん、人が心配してんのに」
「ごめん、だってなんか、すごい気遣われてる気がして」
「お前なあ、電話越しで泣かれたら男はアカンねんで? それはホンマ、最終兵器やねんで?」
「泣いてなんかないもん」
「嘘つけめっちゃ涙声やったっちゅうねん。別に伊織やなくても慌てるわ」
「そっか。うん、ごめんね」
「なんやねん素直になったり嘘ついたり。忙しない女やなホンマに」

侑士は少しだけイライラとうそぶいて、場を和ませようとしてくれていた。
そうしてわたしを元気づけようとしてくれているのがわかるから、ちょっぴり、胸が痛い。

「雅治にも女友達って存在がいて」
「まあ、そらおるやろな」
「その彼女、雅治のことが好きなの」
「……それは、伊織の想像ちゃうくて?」
「想像じゃない。宣戦布告された」
「え、こわ」
「なんだけど、彼女はあくまで、雅治の前では女友達で」

そこからの流れを、だらだらと侑士に話した。
なるべく客観的な立場で話そうとすればするほど、頭のなかはクリアになる。
雅治からすれば「ただの女友達」だと思い込んでいる吉井さんに対して、侑士とのことであれだけ揉めたわたしが嫉妬するのは、それはもう、とんでもなくお門違いだと思っただろう。

「なるほどな……素直で強いんやな、その女」
「そうだよね。わたしも話してて、そんな気がしてきた」

変な感情はいれたくなかったので、わたしが彼女に誘導された件だけは黙っていた。
そう考えれば、侑士の言うとおりなのだ。
多少、いじわるな誘導をされたとしても、彼女は本能のままに挑んできている。
わたしは、それが怖いんだ。ほんの少し前の、雅治と同じ。
雅治を奪われるのが怖くて、嫉妬して、その関係を阻害しようとしている。

「怖かったんだろな、雅治も」
「そやね」
「いまのわたしと同じくらい、怖かったんだろなって」
「アホ、仁王はもっとや」
「え」
「伊織が俺のこと好きやった過去、あいつはずっと聞いてきてたんやろ」

じっと、侑士がわたしの目を見つめてきた。
そのとき、ようやく気づいた。
前のように動揺することなく、侑士の視線を受け止められている自分に。
本当の意味で、侑士を友だちと見れている自分に。

「意外」
「え」
「侑士、雅治のこと、かばった」
「かばったんちゃうくて、事実やし。俺かて仁王の立場やったら、たまらんかったと思う」
「そうだよね」
「そうや。俺が言うのもどうかしとるけど」
「ホントだよ」

またふんわりと侑士が笑って、わたしにハンカチを差し出してきた。
え? と見上げると、侑士は優しい目をしていた。

「こういう役目やろ、男友達って」
「侑士……」
「泣いたらええやん、別にそんな、我慢するようなことちゃうんやから。なんなら肩くらい貸したるわ」
「……ありがと、侑士」

その言葉は魔法のようだった。
我慢するようなことじゃない。
頭のなかで復唱した途端、涙があふれてきた。
侑士のハンカチを握りしめて俯くわたしに、侑士は黙って、ずっと傍にいてくれた。





to be continued...

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