Up to you_05




5.


恋愛って、こんなに苦しいものだったっけ?

「佐久間さん、みーつけた」

振り返ると吉井さんがわたしを見つけて微笑んでいる。
昼休み、裏庭の木の下のベンチでぼんやりしていたときだ。
あれから数日経ったから、わたしのなかでいろんなことが淘汰されていた。でも、心の奥に残ったしこりだけは、どうしても取り除けない。

「いい天気だけど、やっぱり外は少し寒いね?」
「そうだね。もうすっかり冬だし」

となりに座って、両手をいそいそと擦り合わせている。
顔色を窺うようなしぐさに見えてしまうのは、わたしの心の問題なのか、彼女から発せられる圧の問題なのかはわからなかった。

「気になってたの、あれからどうなったのかなって」
「そっか。雅治からなにも、聞いてないんだね」
「聞けるはずないじゃん、仁王、あんまり立ち入られるの好きじゃないから」

そこまでわかっていながら、それでも立ち入ったあなたを、わたしは尊敬する。
引っ掛けてみようか。いや、そんなことをしても無駄か。
ぐるぐると、意地の悪い気持ちがわたしを支配していった。

「予備校の彼とは、いままで通りに接することにしたの」
「え……じゃあ、状況変わらず? 仁王、それ知ってるの?」
「知ってる。雅治も納得してくれた。っていうか、雅治が言いだしたことだから」
「それ本当? 仁王がいいって?」
「うん」

へえ。と、面白くなさそうに正面を向いた吉井さんは、足元の石を蹴って転がした。
やっぱり修羅場の話を聞きたかった? つまらないと思った? あなたが望んでいた結果とは、全然、違ったんだろうね。

「じゃあ本当に普通に戻らないと、また逆に仁王に怒られちゃうね」
「え?」
「だって、いままでずっと一緒に予備校に行って、一緒に帰ってたんでしょ? じゃそういうふうに戻らないと。そうじゃない? 予備校の彼さえ告白してこなければ、わざわざ彼を避けることなく、これまで通りの付き合いをつづけてたはずだよね?」

正直、それはそのとおりだと思う。わたしは顔を伏せた。

「違うの違うの、責めてるんじゃなくて、仁王がその決断をしたってことは、結局、気遣われることのほうが侮辱だ、みたいな気持ちってことでしょ? じゃあ、いままでどおり、変わらずにいなきゃ」
「そう、なのかな」

下心が見え隠れするものの、言っていることは一理あるかもしれないと思った。
雅治自身も言っていた。わたしが侑士を「忍足くん」と言ったとき、「そういう気遣いが余計にむしゃくしゃする」と。

「予備校の彼にとってもいいんじゃない? ふっきれた佐久間さん見たら、あきらめるかもよ。あー、俺、完全に友だちなんだって」
「うん……」
「ねえじゃあさ、今度その彼と一緒に帰ったら、わだかまり解消ってことで、お祝いに花火しない? あたしと佐久間さん、ふたりで」
「花火? この季節に?」
「余ってるんだよね、めっちゃくちゃ。だから最近、なにかにつけて花火してるんだけど」

ケラケラと笑う吉井さんに、うまく頷くことが出来ない。
こないだのことさえなければ、彼女と一緒に花火なんて、そんな楽しそうなこと断る理由なんかない。
でも、モヤモヤしたまま、これから吉井さんに向き合っていくことなんて、絶対にできない。
……やっぱり、聞かなくちゃいけないと思った。

「ねえ、吉井さん」
「ん?」
「あの日、吉井さんがわたしにアドバイスしてくれた日。予備校の駐輪場で話せば? って」
「うん」
「そのこと、雅治に言った?」

正面を向いていた吉井さんが、ゆっくりとわたしに顔を向けた。
雅治がわたしの後を尾けたわけでも、偶然に居合わせたわけじゃないのも、わたしにはわかる。だとしたら、誰かに焚き付けられた。あなたがわたしを焚き付けたように。それしか、考えられなかった。

「言ったよ。まずかった?」

さっきまでの笑顔は吹き飛んで、その目がわたしを射抜いていた。
これが、彼女の本当の姿だったんだと、思い知らされた。

「……吉井さん、雅治に見られちゃまずいって言ってたじゃない。だからわたしに、いろいろアドバイスしてくれたんじゃなかったの?」
「そうなんだけど、あたし仁王の友だちでもあるから、良心の呵責に耐えれなくて」
「そんなの、嘘だよ」
「なにが言いたいの佐久間さん」

ますます、彼女の視線が鋭くなった。良心の呵責なんて、こんな神経の図太い人が、信じられるわけない。
でもどうしてだろう。彼女に本音を聞くのが、こんなに怖いのは。

「このこと仁王に言う? 言いたきゃ言えば?」
「……開き直ってるの?」
「違うよ。言ったところで、仁王はあたしを責めたりしないもの」
「え……」
「だって結局、最終的に決めたのは佐久間さんじゃん。予備校の彼に会ったこと、あたしのせいにするあなたを目の当たりにしたら、仁王、どう思うだろうね?」

こういうことだったんだと、やっと理解が追いついてきた。
彼女がなにも恐れていないのは、わたしが言わないとわかっていたからだし、わたしを怯ませるのに十分な御託も用意していたから。

「それにわかるでしょ、あたしがあんなことした理由」
「……もういい、聞きたくない」
「あたし仁王が好きなの」
「聞きたくないってばっ」

冬の風が足元を駆け抜けていった。不思議と、寒さは感じなかった。
心まで吹き飛ばされそうな思いをしているのは、わたしか、吉井さんか。

「あたし、よっぽど佐久間さんより仁王のこと好きだと思ってるし、あたしのほうが絶対に仁王を幸せにできるって思ってる」
「そんなことない」

そう思うのに、わたしの声は震えている。

「じゃあ教えてあげよっか、あたしがそう思った理由。佐久間さんは仁王のこと、全然わかってないからだよ。どうせそんなに好きじゃなかったのに、失恋の穴埋めができなくて、寂しいから付き合っただけ」

……違う。

「だってそうじゃん。本当に仁王が好きなら、仁王をずっと見てきたあたしっていうライバルに気づかないはずない。本当に仁王が好きなら、もっとあたしに見せつけて、もっとあたしを引き離そうとするよ、それが女だもん!」

……違う。

「なのにほかの男に気をとられてるから、あたしにつけ入れられたの、違う?」
「違う!」
「どうだか」

好きなように言われて、悔しくて涙がこみ上げてきた。
わたしは雅治が好きだ。じゃなきゃ、いまだってこんなに苦しくない。
それなのに、どうして吉井さんにここまで言われて、思い切り言い返せないんだろう。

「でもね、佐久間さん」

俯いていたわたしに、吉井さんは距離を縮めてきた。
彼女の香水が鼻をかすめて、思わず眉間にシワが寄る。

「あたし、佐久間さんと仁王を壊してやろうとか思ってない。だから邪魔する気はないの。だってあたしは仁王の女友達だし。だから佐久間さんとも仲良くしたいと思ってる」
「……なに、言ってるの」
「これ、冗談でもなんでもないから。ふたりの仲をわざわざ引き裂こうなんて思ってない。引き裂いて手にいれる恋なんて、あたしのプライドが許さない。あたしは仁王につけ入るつもりはないの。彼にはそのままのあたしを、好きになってほしいって思ってる」

自信満々に口端をあげて、彼女はつづけた。

「だからいまのままでいよう? それに、自分の彼女と女友達が仲悪いって仁王が知ったら、佐久間さんの印象、すごく悪くなると思うよ?」

猫撫で声で顔を覗き込んできた彼女は、わたしの手に薄いピンク色の爪をした手を乗せてきた。

「だってそうでしょ。仁王にとってあたしは、数少ない気の合う女友達。これで佐久間さんがあたしのこと苦手ってわかったら、どう考えても、あたしを女ってだけで毛嫌いしてるって構図になる」
「でもわたし、あなたと元々、仲がいいわけじゃない」
「だから余計に不自然なんじゃん。仁王の彼女になってから、あたしを避けだすなんて。元々、なんともなかった間柄なのに」

めまいがしそうだった。
一度は信じた相手だったからこそ、強烈に突き放された気分だ。

「花火、楽しみにしてるね」
「……行くわけ、ないでしょ」
「大丈夫。きっと来たくなるから。だって友だちでしょ、あたしたち」

……やめてよ。

「それじゃあたし、仁王に呼ばれてるから。またね」

わたしの言葉を無視して、気になることを言って。
吉井さんは、満面の笑みで去っていった。





憂鬱な放課後だった。

「帰るか」
「うん」
「……すっかり冬だな」
「うん、寒いね」
「手、つなぐか?」

確認なんて、とらなくていいのに。

「うん」

数日経ったとはいえ、あれからの雅治との会話は、ずっとぎこちないまま過ぎていた。
メッセージのやりとりも、電話越しの声も、お互いが探り合っているような、居心地の悪さ。
いまだってそうだ。
触れ合う手のあたたかさは変わらないのに、ふたりのあいだには見えない隙間があって、そこに入ってくる風が、とても冷たいように感じる。せっかく、肩を並べて歩いているのに。

「昼休み、どうしちょった?」
「裏庭で食べたよ」
「そうか」
「雅治は……委員会、だったんだっけ」
「そうなんよ。今年はやけに吉井が張り切っちょる」

昼休みの出来事が、蘇ってきた。雅治の口から出てくる吉井さんの名前に具合が悪くなりそうで、雅治とつながっている手を、思わず離してしまった。
立ち止まって、雅治が切ない目でわたしを見る。

「……手、嫌じゃった?」
「違う、ごめん、そうじゃない」
「なあ、伊織」
「ごめん、嫌とかじゃなくて」
「俺の家に、ちと寄らんか」
「え」

決意を固めたような顔で、雅治はもう一度、わたしの手を取った。





「あれからゆっくり話せんかったから」

部屋に入ってベッドの上に座ると、雅治はそう切り出した。

「雅治、忙しいもんね、最近」

頷きながら、となりに座る。ふんわりと、大好きな香りが漂ってきて、妙に安心した。
またこの部屋に来れたことを、無意識が喜んでいるのかもしれない。

「委員会やらなんやら、面倒が多くての」

立海主催のクリスマスパーティーが近づいているせいだろう。あんなことがあったのにゆっくり話せなかったのは、そういうタイミングの悪さもある。
今日もお昼休みだって委員会で席を外していたし、一緒に帰れたのも久々で、だからこそ、余計にぎこちない空気になっていた。
ひょっとしたらわたしを避けているんじゃないかと考えては、不安になったりもした。勝手だなと、自分を責めながら。

「なあ伊織」
「うん?」
「あれからいろいろ考えて、まあこれでも結構、悩んだんよ」
「……うん」
「あの日ちょっと、俺も冷静じゃおれんかったから。怖い思いさせとったなら、謝る」
「そんな、雅治が謝らなきゃいけないことなんて、なにもないよ」
「そうだとしても、俺らしくなかった。後悔しちょるんよ、これでも」

ゆっくり引き寄せられて、やがて体を包まれた。
久々のことだった。触れ合うわたしたちの体が、あの日からできた隙間を埋めていくように、熱をもちはじめる。
雅治の背中に回した手に力をこめると、同じように返してくれた。

「雅治」
「ん」
「ごめん、苦しめて。でもわたし、雅治が好き。ホントだよ」
「ん……信じちょるよ」
「ホント?」
「ホント。じゃから、もうええから。忍足とのこと」
「え……」
「いままでどおりにしんしゃい。あの日は衝動的だったが、その気持ちに嘘はない。予備校に行って、普通に話して。一緒に帰るのも、別にかまわん」
「……本気で言ってるの?」
「いまじゃむしろ、そうしてほしい。そうした上で、やっぱり俺が好きだと言うてほしい。だって伊織は、俺が好きなんじゃろ? 俺も伊織が好きだ。それならなんも、怖がることない」
「雅治……」
「もちろん、嫉妬心はある。たぶんそれは、簡単には消えん。だがなにが嫌って、伊織がつらい顔しちょるのが、俺はいちばん好かん。そうさせとるの俺じゃし、俺が変わるしかない、そう思った」

雅治の目がわたしを優しく見つめた。
本気でそう思ってくれていることが伝わって、胸の奥が震えるのがわかった。
その答えにいきつくまでに、雅治がどんな想いだったか想像すると、たまらなくなった。

「俺が喚いたら、伊織を信用してないってことになる。それも変だ。俺はただ、伊織と楽しい時間を一緒に過ごしたいだけ。伊織を苦しめたいわけじゃない」
「……優しすぎるよ、雅治」
「それ、優しすぎる男はつまらんとか、言い出さん?」

静かに落ちてきたキスに身を委ねると、やがて唇を割って、雅治の熱がゆっくり入り込んできた。
流れてくる情熱に、どんどん体が熱くなっていく。

「……ン」

思わず漏れた声が恥ずかしくてうつむくと、「顔あげて」と耳元で囁かれた。
ためらいがちに顔をあげたら、また、深いキスが落ちてきて、また、力が抜けていく。
気づけばそのままベッドに押し倒されて、一気に緊張が駆け巡った。

「雅……っ」
「すまん、そういうつもりじゃなかったんだが」

そう言いながらも、時間が止まったように、雅治はわたしを見つめた。
やがて言葉とは裏腹に、額に、目に、頬に、キスを落とす。心臓が、痛いくらい唸りだした。
その目がどんどん、色味を増していくから、余計に。

「雅、あの」
「のう、伊織」
「は、はい」
「好きだ」
「うん。わたしも、好き」
「抱きたい……」
「え」
「お前を抱きたい」
「ま、待って雅治、あのわたし、心の準備が」
「だが、親がもうすぐ帰ってくる。くそったれが」
「へ?」
「じゃから、思い切りキスさせて」

そのまま覆い被さるように、雅治は何度も、キスを落としてきた。





裸になったわけでもなく、ただいつもよりも長く、深いキスを何度もしたってだけなのに、雅治の家を出てからも、わたしの身体のほてりは全然おさまらなかった。
やっぱりベッドに押し倒されたのが、かなり効いたらしい。
もう18歳にもなれば、きっとそういう展開も、あるわけで……。
雅治と結ばれることを想像すると、経験したことがないからなのか、相手が雅治だからなのか、胸が甘くうずいていく。
玄関の前で、変な顔になってないか手鏡で何度も確認したあと、深呼吸をして家に入ってから、不自然さに気づいた。
母の靴があったからだ。今日はたしか、父の単身赴任先に行くと言っていたはずだ。だから予備校も休んで、早めに帰ってきたのに。
それなら雅治と、もう少し一緒にいればよかった……なんて。

「ただいま。母さんいたの」
「あ、おかえり。なんか父さん仕事で忙しいとかでね。部屋の掃除だけして帰ってきちゃった」
「せっかく行ったのに、一緒にご飯くらい」
「そのつもりだったんだけど、仕方ないでしょ」

キッチンに立つ母は一度も振り向かず、ボウルの中に手をつっこんでなにかをこねくり回している。
ひょっとして、父のために作ろうと思っていたハンバーグだろうか。うちの父は、ハンバーグが大好きだ。

「それよりあんた、早いね?」
「うん、今日は雅治の家で勉強してたけど、母さんいないって言うから」

勉強した、という嘘をつくのにも、だいぶ慣れてきた。

「へえ。やっと認めるんだ、仁王くんが彼氏だって」
「っていうか、別に否定なんかしてないし」
「あ。だからかあ」
「だからって?」
「なんかがっかりそうな声を出してると思ったら、母さんがいないほうが、よかったからね?」
「は?」
「連れ込もうと思ってたんでしょ、仁王くんのこと」
「な、人聞き悪いこと言わないでよ! そんなことするわけないでしょ!」
「真っ赤な顔して、ホントに勉強してたの? ムキになるのも怪しい」
「もう、いい加減にしてっ」

やっと振り向いたかと思えば、目ざといんだから。
そうは思いながらも、母に怒って2階の自室に逃げたあと、わたしは少しだけ笑っていた。
雅治とのことをからかわれるのが、ほんの少しだけ嬉しくて、こそばゆくて、自分が愛しくなる。
吉井さんのことや、侑士のこと……問題は多いけど、雅治となら乗り越えていける、そんな気がしていた。
きっと、もう大丈夫。





「おつかれ、侑士」
「おつかれ。ちゅうか、一緒に帰ってええの?」
「だから、もう全部、もとに戻したんだってば」

笑ってそう言うと、侑士はすました顔をして「ふうん」と歩き出した。
近くにいた周りの生徒たちはニヤニヤと、わたしたちを見ている。でも、そんなのもうどうだっていい。雅治とのこれからのために、わたしは侑士と、向き合っていくべきだと思うから。

「忍足と佐久間さん、やっぱりお似合いだな」
「えっ」
「余計なこと言わんですぐ帰れや」

こないだ駐輪場にいた学生だ。彼の制服からしてきっと氷帝だから、侑士の同級生だってことはわかるけど……なんか機嫌悪すぎ、侑士。

「そんなんじゃないよ、わたし彼氏いるから」

同級生に向かって、いつもより大きめの声で答えると、彼は目をまん丸にしてわたしと侑士を交互に見た。

「え……マジ!? そ、そうなのかよ忍足!」
「そうやって本人が言うてはるやないか。わかったらはよどっか行け」

うんざりと手で払うように彼を追いやっている。同級生らしき彼は、ぶつくさ言いながら自転車に乗って去っていった。

「あの、侑士さ」
「なん?」
「こないだ、ごめんね」
「……ええよ、別に。あのあと、大丈夫やったん?」
「雅治とちゃんと話し合った。だから侑士との関係性も、ちゃんとお互い、納得の上で」
「ふうん……あっそ」

わかりやすくつまらなそうなに歩く侑士は、まったくわたしのほうを見ないし、いつものように歩幅も合わせてくれない。
もう会えないと言ったとき、最後かもしれないと言っていたわりに、いざ会えるとなると、どうしてこんなに感じが悪くなっているんだろう。

「伊織さ」
「うん、なに?」
「えらい、さっぱりしたな」
「さっぱり?」
「せや。顔つきとか。なんか。前と全然ちゃう」
「そう、かな……」
「ほんで俺、えらいナメられてんやな、仁王に」
「え」
「それはそれで腹立つわ」
「待ってそれ、どういう意味?」
「……ってこと」
「え?」

つぶやいた侑士の声が届かずに聞き返すと、侑士はわたしに顔を近づけて、声を大きくしてゆっくりと言った。

「俺、いまめっちゃ嫉妬しとるってこと」
「侑士……」
「せやけど、伊織がいままでどおり俺に会ってくれるんは嬉しい。せやからめっちゃ複雑。やけど、家までは送る。夜道やし、危ないし」

ふてくされた侑士を、どんな感情で見るのが、なんて答えるのが普通なのかと、わたしは必死で正解を探してしまう。
だって侑士とは、友だちだから。これまで通り、ただの友だちでいるには……。

「侑士といままでどおりなのは、わたしも、嬉しい」
「それ、どういうつもりで言うてる?」
「もちろん、友だちとして……」そうとしか、言えない。
「ちゅうかなんなん、その顔」
「え……?」
「ちゃうやん」

イライラした様子で、侑士は立ち止まった。

「そんな女の顔させてんのが仁王のせいやと思うと、ホンマ腹立つわ」

侑士のその言葉に、態度に、わたしはコク、とツバを飲み込んだ。
そんな侑士を見たって、わたしは、なんとも思わない、思ってない、絶対に。

「侑士」
「なんや」
「わたし、雅治が好きなの」

まっすぐに侑士を見てそう言うと、眉間にシワを寄せた侑士が、一歩近づいて、わたしの腕を強く掴んだ。

「侑っ……」
「よう言うわ。俺のことも、やろ?」

わたしはすぐに、その手を振り払った。それが、正解だと思ったからだ。
どうしてだろう。傷ついた侑士の目を、直視できない。

「……ごめん、頭ひやすわ」

侑士のかすれた声が、耳の奥にやたらと残った。





侑士と分かれてから、どっと疲れた帰り道、家まであと5分のところだった。
突然の着信通知に、わたしはしばらく液晶を見ていた。それは吉井さんからの連絡だった。

「……もしもし?」
「佐久間さん? 遅くない? 約束してたじゃん」
「え?」
「お祝いの日! 佐久間さん家の前の公園で花火してるんだから、早く来てよ」

今日が予備校の日程を戻した初日だなんて、ひと言も言ってないのに、どうして彼女が知っているのか怖くなる。
それに約束なんてはっきり言ってした覚えはないし、彼女が本気で、わたしと友だちをやっていくつもりなんだろうか。
しかも……なんでわざわざうちの前の公園で。

「この季節に、若いっていいよね」
「花火なんて何年やってないだろ」

駅のほうへ向かうOLさんがしきりに話している。向かってくる歩幅はゆるやかで、でもその声は夜道に響いて、わたしの耳にもしっかり届いていた。きっと、吉井さんのことだ。

「でもお似合いだったね」
「ねー。美男美女で」

すれ違いざまに聞こえたのは、そんな言葉だった。胸騒ぎがした。
彼女、ひとりじゃない? ひょっとして……。
わたしはかけ出した。
あと少しの距離も、歩く速度じゃ我慢が出来なかった。
そうして公園の前についたとき、目の前の光景に、胸が酷く締め付けられた。

「ははっ、やめろ吉井っ。危ないき」
「だって仁王、これ、めっちゃ楽しいよ、ほら、持ってみて!」
「バカを言いんさんな、持てるはずないじゃろって!」

ふたりの笑い声は、声をかけることを何度もためらわせるほど、まぶしかった。





to be continue...

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