01_再会
「おう伊織、こっちじゃ、こっち」
「あ!やっと見つけたよ〜!時間に間に合わないかと思った…」
「安心しんしゃい、お前さんはもう採用も同然じゃ」
「…うん。その言葉、信じてる」
Manic Monday -再会-
急いで雅治の場所まで走ると、彼はにっこりと笑って迎えてくれた。
わたしの背中をそっと摩りながら、採用同然、だなんて自信満々に言ってくる。
「なんせ面接場所は赤坂の寿司屋じゃからのぅ」
「えっ…はっ!?今から寿司屋に行くの!?本社じゃなくて!?」
今年25歳になるわたしは、大学を卒業して大手通信会社で営業をしてた。成績は社内でも上位。
そのおかげで上司や同僚からの嫉妬から起こるイジメに耐え切れなくなっていた頃、雅治から連絡があった。
―うちの本社からほど近いとこに別事務所を構えて、大手とのプロジェクトを計画することになった―
―すごいじゃん。成功したら一気に昇進?―
―まぁそんなとこじゃ。それで、営業アシスンタントが一人足りんのよ―
―伝手ならむーり!―
―なーに言うちょる。お前さんを引き抜きたい。今より倍の報酬を払うぜよ。最初は、契約社員だがの―
―……倍の、報酬?―
雅治は大学の友達の友達で、飲み会でたまたま出会った同い年の男。
大手広告代理店勤務。奴の勤めてるところは業界第2位だ。つまり金持ち。
でなんとわたしは、彼にヘッドハンティングされたというわけ。
元々、わたしを自分の会社の営業にしたいと思っていたし、今回は同期との賭けもあるらしい。
どっちが早く有能な、つまり採用される人物を見つけてくるかで、営業部長への株があがるとか。
そして今日、面接に来たというわけだ。
「ここじゃ…お前さんから入りんしゃい」
「えっ…あ、じゃあ、はい…」
赤坂の高級寿司店の前で、わたしの緊張はMAXだ。
どうやら雅治が言うには、営業部長がこんなとこで面接するってことは、もう100%採用と思って間違いないらしい。
その本当か嘘かわかんない雅治の表情。
それを読み取れないうちに、わたしは店のドアを開けた。
* *
「営業の成績が素晴らしいみたいだね。実は君の勤めているところに私の友人が居てね。少し、噂を聞いてきたんだ。彼が言うには、今の会社じゃ昇進間違えないみたいだったけど…」
「あ…いえ…それが…」
「…まぁ大きい会社じゃし、そううまく昇進っちゅうわけにも…」
「くくっ…そうかそうか、仁王、まぁそんなにフォローしなくても、俺の気持ちはもう固まってるよ」
叶野部長は体格と同じくらい、心が広く穏やかな人だった。
わたしの事情は、きっともう分かってる。
雅治は誤魔化したのかもしれなくても、きっと、この叶野部長は気付いてる。
人間関係で、わたしが会社を辞めること…昇進自体、邪魔されていること。
悪いのはあっちだけれど、会社でその状況を見ていない人間からすれば、わたしはチームとの協調性がうまく出来ない人間という見方をされる。
それでもわたしを買ってくれる叶野部長の為に、わたしは尽くしたいと思った。
「部長、それは…」
「当然、採用だ。すぐにでも今の会社を辞めてもらって構わない…とは言っても、もう辞表は出してるんじゃないの?」
「…バレてましたか」
「よっぽど辞めたがっているのは、表情でわかるよ」
「あはは…」
そう。
雅治がわたしの履歴書を叶野部長に見せて、80%採用だと言った時点でわたしは今の会社に退職願を叩き付けていた。
来週で辞める手筈が整っている。
これでもし、不採用だったとしても別に良かった。
今の世の中、派遣なんてものもあるわけで、すぐに仕事は見つかると高をくくっていた。
それに、雅治に限って確証がないことをわたしに言うとも思えなかった。
「まぁそういうことだから、今日はゆっくり飲もうか。私との親睦会だ。また歓迎会は、入社してから決めるけどね」
「あははっ。ありがとうございます、叶野部長。懸命にやらせていただきます。とにかく、今回の企画を成功させるように…まずは契約からですよね」
「気が早いぜよ。契約取りは俺の仕事。お前さんは俺じゃったり、他の連中のアシスタント」
「あ、そうか」
「頼もしい人じゃないか仁王。まぁこれで、今回のチームリーダーは仁王に決定だ」
「ありがとうございます」
つまり、そういうことだった。
同期と躍起になって競争していたのはこの為…優秀な人材を連れてきた人間が、今回のプロジェクトチームの主導権を握る約束だったのだ。
手当がついて、給料が上がって、成功すれば当然、成績も伸びる。
さすが策士…もしかしたら最初から自分が勝つのを見越した上で、人材を見つける競争の提案を叶野部長に吹っかけたのも、雅治かもしれない。
それに安易に乗っかった叶野部長は、雅治に一目置いているんだろうということも想像がついた。
そんな想像を巡らせながら、わたしは美味しいお魚とお酒をご馳走になった。
* *
「今日はありがとうございました!再来週から、よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくね〜。気をつけて帰ってね、佐久間さん、ばいばーい」
「あははっ…ばいばーい…ふふっ」
真っ赤な顔した叶野部長を乗せたタクシーは、そのまま夜の街に消えていった。
「酔うといっつもああでのう。なかなか、ええ部長なんじゃ」
「うん、わかるよ…くくっ」
すっかり酔っ払った叶野部長を見送った頃には23時を過ぎていた。
18時から飲んでいたんだ、無理もない。
一方わたしと雅治は、違う店で飲みなおそうとそこから少し歩いた。
お互い、昔からお酒を飲みだすと長い。学生時代は、よくこうして飲み歩いた。
「大丈夫か伊織?」
「ん、大丈夫…なんか緊張してたせいか、今頃少し酔いが回ってきたかも」
金曜日のおかげでいつもよりも人が多い街並み。
人にぶつかりながら歩いていると、見かねた雅治が咄嗟にわたしの腰を支えた。
このさり気なさが憎い。一瞬、わたしのことが好きなんじゃないかと錯覚してしまう。
「そうか…今日はやめちょくかの?」
「え!やだよー!やめない!」
「ふっ…お前さん、どれだけ飲む気じゃ?」
「どーせ経費で落ちるくせに!美味しいワイン飲ませなさい」
やれやれ、と言いつつも笑った雅治は、よろけるわたしを支えながら赤坂の路地にあるワインバーに連れて行った。
店内の明かりは薄暗く、ここならもしも顔が赤くなってたとしても、雅治にバレてからかわれることはないだろうと安心する。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは。マスター、96年のシャトーカントメルル、まだあるかの?」
「ございます。少しお待ちを」
ドアを開けて雅治が入った途端、マスターがにこやかに笑いかけた。
常連なんだとすぐにわかる。
まだあるかってセリフだけでそれは十分知れるけど、名前だけ聞くとすごく高そうなワインだ。
それにしても…仕事も有能で、いいお店を知っていて、性格も良好(…たまにぎょっとすることはあるけど)で、容姿も抜群な雅治。
なんでこの男に女がいないのか、わたしは不思議でしょうがない。
「雅治、いくら経費でも高いんじゃない?」
「お前さんはそんなこと気にせんでいい。チーズ、食べるか?」
「あ、欲しい…」
「マスター、チーズの盛り合わせも頼む」
「かしこまりました」
なんてこと考えていたのに。
注がれていくワイン、しばらくして来たチーズの盛り合わせに、わたしのテンションは違う方向に上がった。
こういういい店ってのは、もう、グラスの音すら違うものだ。
乾杯と口付けたワインからは、とてつもなくいい香りがする。
「きゃー!もう、明日は休みだし飲みまくっちゃお!」
「俺に襲われても知らんぜよ?」
「はいはい、どうぞご自由に」
そんなこと誰にでも言って…だから女が本気にしてくれなくて、特定の人がいないのかも。
冗談めいた雅治の口ぶりに、素っ気無く返して。
それに笑った雅治をきっかけに、学生時代のこと、仕事のこと、いろんなことを話しながら、これからお互い頑張ろうと約束した。
□ □ □
「もしもし雅治?今ね、DDB第2ビルにいるんだけど…あ、4階?あ、うんわかった!じゃあ…」
DDBとはわたしが今日からお世話になる広告代理店の略称だ。
35階建てビルの本社から徒歩1分もしないところに、その事務所はあった。
4階までエレベーターで上がれば、エレベーター前で雅治が待っていてくれると言う。
「おう、おはようさん。いいスーツだな」
「おはよう雅治。あなたも相変わらずいいスーツ。ああ、緊張する」
「大丈夫じゃ。皆、気のいい奴等ばっかりよ」
「うん、うん…部長は?」
「部長は主に本社。ここでのリーダーは俺じゃ」
「了解!とりあえず、リーダーと友達なのは心強い」
事務所前でそう話しながら、ひとつ深呼吸をしたわたしを確かめて、雅治は事務所のドアを開けた。
見ると、事務所はビルの一室と言えど、かなり広かった。
真ん中に大きなテーブル。その周りに6つほど区切られたデスク。
奥にはプライベートルームなんだか会議室なんだか、いくつか部屋があるようだ。
まじまじと見渡すわたしに気付いて、右にあるデスクの、ブルーの仕切りからぴょこっと頭を出した女性。
その女性が「あ」と声を上げたとこで、他の人達もぴょこっと仕切りから顔を出した。
「みんなちと、聞いて」
席を立って真ん中のテーブルまで出てきたのは、女性ひとりと、営業マンらしき若い男性がふたり。
「今日から一緒に仕事をすることになった、佐久間伊織さん。彼女のデスクは新しく作った、一番手前の席じゃ。まぁ営業アシスタントじゃけ、主に俺と…あれ…吉井、あいつは?」
「あ、遅れるそうです。あと少しで…」
はっきりと説明が終わらず、なんだか紹介がうやむやになったまま、話題の中心人物は雅治の言う、『あいつ』になってしまった。
女性の、吉井と呼ばれた職員が慌てて答える。
あと少しで…、多分、「来られると思います」と答えようとしたんだろう。
その時だった。
わたしの後ろから、突風と一緒にドアの開けられた派手な音と、ゆるい声が聞こえてきた。
「…っだぁ〜、もう朝から人身とかほんま勘弁して欲しいわぁ〜…お?なんや仁王?なんか始まっとんか?」
「忍足、遅刻じゃ」
「しゃーないやろ、電車遅れや。ほれ、意地悪な同僚がそう言うと思って証明取って来たわ」
「ちょうどええ。お前さんもこっちに来んしゃい。今から新人紹介するとこじゃ」
わたしはその声と名前を聞いただけで、もう、硬直してしまった。
その姿は雅治のおかげでまだ見えなくても、わたしにはわかる。
そこに居るのは、きっと間違いなく…高校時代の元カレ、忍足侑士だ―――。
* *
侑士は、雅治の影に隠れたわたしをまだ見つけてはいない。
その時、傍にいた男性社員のひとりが言った。
「じゃあ仁王さん、話を戻すと主に仁王さんと忍足さんのアシスタントなんですね?」
「そうじゃの。お前さん達はペアで動いとるじゃろう。だが伊織が…佐久間が必要になったら俺に言ってくれ。いつでも貸す」
「え…?」
「どうしたんじゃ忍足?」
伊織が…と口走った後、佐久間、と言い直した雅治に、彼がついに、気付いた。
ふっと、体を傾けてわたしを見る。
わたしは、やっと見えた彼の顔を見ながらおどおどとした表情で軽く会釈をした。
「言うちょったじゃろう?今日から新人が入るって」
「…知っとったけど…俺…全然履歴書とか見とらんかった…でな…」
「…?なんじゃ?」
「…あ…いや…」
侑士は、わたしを見てすっと目を細めた。
体中の血液が沸騰してる。その瞬間に、全てを思い出してしまいそうだった。
狂おしい程に愛し合った三年間。
高校卒業間近、些細な諍いから自然消滅をしたわたし達。
大学は、わたしが別の大学に行ったことで、会うこともなかった。今でも…忘れられない人。
雅治が言っていた、同期…侑士のことだったなんて。
「おう、そうか。お前さん、氷帝じゃったの?」
「え…あ、うん、高校で…彼とは一緒で…」
「せや…せや、なんや、びっくりしたわぁもう〜!仁王、言うとってーな!」
「お前さんが勝手に確認せんかっただけじゃろう」
侑士は、お得意のポーカーフェイスでわたしと久々の再会を果たした。
わたしは、鳴り止まない心臓の音を、ずっと聞いていた。
どうしよう…侑士を目の前にしただけで、今でもこんなに、胸が詰まるなんて…。
「あっ…」
「?…おっ…」
給湯室は、皆のデスクが並ぶところから少し離れた場所にあった。
紅茶を淹れようとその場に行くと、さっき挨拶した侑士がそこでコーヒーを飲んでいた。
「…あ…久しぶり、やな」
「あ、うん…久しぶり。元気、してた?」
「ああ、元気やった。いや、まさかお前とは思っとらんかったで…なんちゅうか、奇遇やな。すごい再会や。何年ぶりやろか」
「あー…そだな…えっと…もう、7年…早いね」
18歳の時…侑士とわたしは別れた。
中学卒業間近から付き合い始めて、三年目だった。
毎日電話をして、毎日学校で一緒に居て、毎日、一緒に登下校して。
侑士は一人暮らしだったから、毎週のように泊まりに行って…。
毎日キスしてた…抱きしめあって…それがわたし達には、何より大事なことだった。
この人と、ずっとずっと一緒にいるんだって信じてやまなかった。
なのに、ちょっとしたことが、わたしには我慢出来なくて。
侑士には、わたしと付き合う前に少しだけ付き合っていた同級の女子生徒が居た。
彼女は侑士の家の近所に住んでいて、高校に上がってからは所謂、不良少年たちとつるむ様になり…
高校の卒業間近…彼女は自業自得で、他校と問題を起こし、怪我で病院に搬送された。
―なんで!?ねぇ、なんで侑士が行く必要があるの!?―
―せやから、ちょお、向こうのお父さんに状況説明してくるだけやって!―
―そんなの侑士がやることじゃないよ!警察に任せたらいいじゃん!―
―俺はあいつのおとん知っとるで、警察から聞くよりなんぼかええやないか!―
―そんなのまるで彼氏じゃない!―
―お前、そんなに俺が信用出来へんのか!?―
―侑士がどうしても行くってんなら、わたし、別れる!―
―それやったら好きにせぇ!!―
侑士にとって彼女は、大事な友達だった。
別れてからも友達の関係を築けるということ自体が、わたしには理解不能で。
それは人それぞれの価値観だから、強くは言わなかったけど。
でも侑士が彼女のために、病院に行くことが我慢ならなかった。
たとえそれが本当は、彼女の非行状態に悩まされていた両親のためだと、頭ではわかっていても。
侑士のその優しさを、幼いわたしの心は全部彼女のためだと置き換えた。
今ならわかることも、あの時はわからなくて。
当てつけのように、卒業から一週間後には携帯の番号を変えた。
おかげで、侑士とは音信不通状態だった…大人になって随分、そのことに後悔した。
「伊織…?」
「えっ…」
「どないしたん、ぼーっとして」
「あ…ごめん、なんか、ほんと久々で…うまく頭が回らないみたい」
「くくっ…さよか」
「ふふっ…相変わらず、バカなんだ」
つい、物思いに耽ってしまった。
侑士とこうして、また言葉を交わすことが出来るなんて思ってもなくて。
コーヒーの香りと一緒に流れてくる、彼の匂いに酔いそうだった。
もしかしたら、侑士も、あの日のことを後悔してくれているかもしれない。
そう思うほど、侑士との会話は楽しい。少し、弾んで。また、ぎこちなくなって。
そのゆったりとした会話の波が、まるで付き合う前のわたし達のようだと思った。
「なんやその…伊織、綺麗んなったな」
「えっ…や…っだな、侑士だって、すごいイイ男になっちゃって」
「俺は元々、ええ男やろぉ?」
「何それ!まるでわたしが元は悪かったみたいじゃん!」
「はははっ!…いや、そこまでは言わへんよ、いくらなんでも」
「ちょ、ちょっとどういう意味それ!失礼だなー!」
ふたりで笑った。
それが、本当に嬉しくて。
もしかしたら、本当に、昔の関係に戻れるかもしれないと思った。
「…な、伊織、これからよろしゅうな。いろいろ、世話んなるわ」
「あ、うん…こちらこそ。いろいろ教えてね」
「ん…さ、ほな俺、戻るわ」
「うん…あ、わたしは、も少し居る…」
ん、ほなな…軽く手を振り、侑士はその場から去った。
彼が去った後、ほくほくとした自分の顔…鏡を見なくても、十分すぎるくらいにわかった――。
「よ、お疲れさん。初日じゃし、疲れたじゃろう。飯でも食って帰るか?」
「え!いいの…?」
「どうせ帰ったら自炊もせんとコンビニ食じゃろうて」
「うがー…雅治にはお見通しだ…」
男性社員、侑士も含めて、雅治以外は外出からそのまま直帰だった。
女性の吉井さんは、事務員だからなのか、18時には帰って行った。
残った事務所で雅治とふたり、そんな会話をしていたのは19時頃のこと。
「何がええかの?」
「んー…焼肉!」
「おっ…ええ選択じゃ」
「しかも叙々苑でお願いします!勿論、游玄亭の方で!!」
「……お前さんは、ちゃっかりしとるのぅ」
「わーぃ!お金持ちの友達最高!」
はしゃぐわたしに苦笑しながらも、友達に優しい雅治はいつもわたしの我侭を受け入れてくれる。
雅治の車に乗り込んで麻布までのドライブ中、雅治がふと、わたしに聞いてきた。
「そういや、忍足とは結構な知り合いだったみたいじゃのう?お前さんが氷帝出身じゃったこと、すっかり忘れちょったが…」
「あ…うん、あの人、超有名人だしね。知りたくなくても知ってるっていう感じかな」
雅治には黙っておくことにした。
せっかくわたしをDDBに紹介してくれた雅治に、変な気を使わせたくはないから。
「ん、DDBでも同じじゃ」
「あらー、それは雅治だってすごい有名人だって聞いたよ〜?吉井さんに」
侑士がDDBで有名人なのは安易に想像がつく。
だけど雅治も、高校、大学と超有名人だったはずだ。
今日のお昼休みに事務員の吉井さんと話してた時、彼女がきゃぴきゃぴと話してくれた。
彼女は23歳でたった2歳差だと言うのに、その美貌からか、なんだかとっても若く感じてしまう。
「わたしのポジション狙ってたコすっごい多いんですよ〜!ってさ。雅治と侑士がタッグ組む時点で、叶野部長に事務員の申請出したコが500人居たって…ホント?」
「はははっ。そりゃ大袈裟じゃのう。まぁ3、400はおったっちゅう話を聞いたことはあるが」
「どっちにしてもすごいけどさ…でもその中から吉井さん選ばれたんだもん、優秀なんだねきっと」
「ああー…、それは優秀とはちと違うぜよ。まぁ、優秀じゃないことはないが」
「え…?」
「お前さん気付かんかったか?」
なんのことだろう?
そう思って雅治をまじまじと見ると、ふっと雅治は微笑んだ。
優秀とは違う、採用の理由…。
「吉井は忍足と付き合っちょるからのぅ。忍足が自ら自分の女を入れることはせんじゃろうが、吉井に頼まれたんじゃないかのぅ?推薦状があったっちゅう話を、部長から聞いちょる」
「え………」
その瞬間に、わたしの中で淡くときめいていた恋心の想い出が、無惨に崩れた。
侑士と、またいい仲になれるかもなんて、すごい驕りだった…。
あれから7年経っていて…未だ忘れられないのは、わたしだけ…。
「伊織…?」
「あ…ああ!あ、やっぱり!?すごいなんかね、雰囲気かもし出してるよねあの二人!」
「まぁのぅ…付き合って半年っちゅうから、ええ時期なんじゃろう」
「半年…そっか、そりゃ、すごいいい時期だ…羨ましいね…」
地に足がついていなかったわたしの感情…
今はすっかり、地下室まで潜り込んでしまいそうな程に落ちてしまった―――。
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