04_いつかのふたり






―なぁ伊織、これ、受け取ってくれる?―

―え…これ…―

―お前と付き合いだしてすぐに買いに行ったんや。一年目の記念日んなったら、絶対にこれ渡そって思っとった―

―本当に!?えっ…え、侑士…わたし…貰っちゃっても…いいの?―

―なんかあかんことでもあるか?俺にはないで。な、ペアやから、俺んもあるし…―














Manic Monday -いつかのふたり-














「伊織…?」

「………」


このカフェで…付き合い始めて一年目の、記念日だった…。


―あ…ありがとう…どうしよう、すごく嬉しい…カワイイ…この指輪…―

―な…伊織…一年ごとに、こやって俺、ふたりの指輪買うで。そんで、10年目の記念日んなったら…10年分の愛めっちゃ込めた指輪、受け取ってな…―


ああ、すごく懐かしい…


「…伊織ーーー?」

「え!は!?はい!!何!?」


と、思い出に浸っていたわたしにいつの間にか侑士が怪訝な顔をしてこちらを見ていた。

もちろん、わたしは一気に現実に引き戻される。

ほわわわと鳴っていたBGMも、急にショートした感じだ。


「注文聞かれとるで…どこの世界に行っとったんや」


わたしの顔を見て呆れ模様の侑士。

あんたとの昔の世界に浸ってたのよ。悪い?

だけども当然、そんなこと言えない。

軽く笑って軽く睨んでさっさと注文を済ませようとした。


「あはははははっ…あー…ほっといてくれるかな?えーと、注文ね、えーと…野菜と豆のパテ&ブレッドをペアリング付きで」

「は…?」


「あああああ!じゃなくて、オニオンリング付きで!!オニオン!!そうよ!オニオンリング!!ちょ、ちょっと言い間違えただけ!」

「…は、はぁ…畏まりました。お客様はどうされますか?」


ますます怪訝な顔をしてこちらを見る侑士(加えて店員)から、わたしはばっと目を逸らした。

言い間違えにしてはダイレクト過ぎる。

だめだ、こんなとこに居たら、すぐにあの頃のことを思い出して浸っちゃう。

だからさっきだって声掛けられてもしばらくぼーっとしちゃってた。

頭切り替えてわたし!あれは10年前!10年前…10…って、結構経ってるな…。


「すんませんね、なんか…ええと、俺は豆カレーお願いしますわ。両方とも持ち帰りで頼んます」

「畏まりました。少々お待ち下さい」


ここのカフェは、ゆっくり座って食事をすることも可能だけど…満員の店内を見て、侑士が車の中で食べようと提案してきた。

侑士は豆カレーか…あれ…10年前にも、豆カレー…ああ、そうか。

あの頃から侑士は豆カレーが大好きで…いつもそればっかり頼んでたっけ。


「くくっ…」

「なんや?どないした?」

「い、いや…侑士変わってないなぁって。ほら、ここ来ると、侑士っていーっつも豆カレーだったでしょ?」


わたしが特別深い意味もなくそう言うと、侑士はぱっと表情を変えて、わたしに微笑みかけてきた。

まるで、少年のようだ。


「ははっ…せやな。好きなもんは変わらんわ。言うたってお前かて、いっつもなんやかんや頼んだ後にオニオンリングやがな」


そのすぐ後、勝ち誇ったような顔でそう言ってきた侑士は、レジの上に貼り付けてあるメニューをこつこつと叩く。

そういえばわたしも、オニオンリング絶対食べてたっけ!


「あ!それは言えてる。だってここのオニオンリングさぁ!」

「んん、かりーっとしとって、うまいねんなぁ、あっつあつやし!」

「そう!そうなんだよね〜!」

「せやねんなぁ!俺いっつもお前のつまんで怒られとった気ぃ…す…」


あはははっとふたりで笑い合って少しの盛り上がりを見せた後、「お前の」のところで侑士がわたしの頭をぽんぽんと撫でて、はっとした表情を見せた。

それは、わたしがその侑士の行動に、先にはっとした表情を見せたせいだ。

おかげで、侑士の声は途中で消えていった。

お互いはっとして、きっと今わたしがドキッとしたこと、侑士にはお見通しだ。


「……あー…なんや、懐かしいな」

「あ…うん、そだね。変わってないね、ここも…」


そう言って、侑士はぎこちなく、そしてゆっくりとわたしの頭から手を離した。

一年目の記念日に座った席は、奥の窓際の席だった。

あれから10年…ちゃんと付き合っていれば、もう近々、10個目の指輪とプロポーズを受け取っていたんだろう。

だけどわたしの手元に、侑士から貰った指輪は3つだけ。


「お待たせしましたー」

「あ、侑士お金…」

「ああ、要らん要らん、それはええから、こっちの袋持って」

「あ…うん…ありがとう」


さり気ないお金の出し方も、変わっていない。

やっぱり彼は、あの頃のままだと思うと、胸が高鳴った。


侑士に言われたように、店員の手から袋を受け取って車に移動中、わたしはそっと、鞄を触った。

―――それは侑士と別れた時。

わたしは、ペアリングを外して鞄の中に押し込めた。

それまでの歴代ペアリングはお守りとして、いつも鞄の中に入れていた。

だから、同じ場所にそれを放り込んだのだ。


そのまま放置して半年後…新しい鞄を買った時に中身を入れ替えていると、ひょっこり3つの指輪が出てきて。

捨てれないまま、その3つの指輪は今日までずっといろんな鞄を彷徨っている。

そして当然、今日はわたしの持つ鞄の中に。


「伊織、はよ食べな冷めてまうよ?」

「えっ…あ、ああ、うん、そうだね、うん、食べる」


車の中に入ってから、また少しぼーっとしてたわたしを侑士が急かした。

わたしはメインをすっ飛ばして、いつもオニオンリングから食べる。

今回もそうしていきなりオニオンリングにがっついたわたしに、運転席に座ってスプーンで豆カレーを突付いている侑士がぷっと吹き出した。


「な、なに!」

「や、お前ほんま、全然変わってへんわ…ははっ!」


「…あーすいませんねぇ、少しはおしとやかにした方がいいかしら?」

「くくっ…いや、えんちゃう?伊織は伊織のまんまで。な、俺もそれ、一個貰ってもええ?」


きゅっと目を細めたままの侑士が、伊織は伊織のままでいいなんて言いながら、あの頃みたいにオニオンリングを寄越せと言ってきた。

そして、承諾を取る前に、もうそれを取って口の中で頬張ってる。

それを見てわたしは、途端に胸が熱くなった。

なんで…ずるいよ侑士…なんで思い出させるようなことするの…。


「伊織…?」

「え…」


「どないした?俯いて…具合でも悪いん?」

「あ…ううん、あの…大丈夫、なんでもない」


ふと、そんなわたしの様子に気付いた侑士に、顔を覗きこまれるように見られて。

わたしはすぐに取り繕ったけど、侑士は少しだけ眉間に皺を寄せたまま、わたしを見ていた。


そこから、ほんの何十秒かの沈黙。

最初にそれを破ったのは、侑士の方だった。


「…なぁ、伊織」

「ん?どしたの?」


この空気、絶対おかしい。

わたしがそう思ってるんだから、侑士だってそう思ってるに決まってる。

お互いがお互いのことを思い出して、懐かしんで、何気ない侑士の行動が、わたしを俯かせて。

それをまだ引き伸ばすような侑士の呼びかけ。

わたしはなんでもないような声を出した。間抜けな声を。


「しんどいんちゃう?」

「なにが?」


わたしの具合が悪くないことなんて、侑士は百も承知だ。

だとしたら…この「しんどい」は、わたしの心情を気遣って言ってくれているんだろうか。


「思たんやけど…」

「……」


より戻さへんか、だったらどうしよう。

いきなりそれを期待してしまったわたしは、オニオンリングをごくんと飲み込んだまま黙ってしまった。


「…俺とお前とで仕事するんは、仕事自体に差し支えると思わんか?」

「…………は?」

「せやから、まぁ俺とお前はその…」


仕事自体に差し支える…?わたしとあなたの関係が?

期待していた言葉とはあまりに違うその問いかけに、侑士は悪気がなかったのかもしれなくても。

わたしはなんだか無性に腹が立った。

冗談じゃない!そんなこと侑士にだけは言われたくない!


「どういう意味それ…わたしは全然平気!この通り仕事の時は仕事に集中してる!」

「いや、それは、わかっと…おま、なんでそんないきなりキレとんねん」


ぶちん、ときたわたしに、侑士はまた焦ったような表情を見せて。

だけどわたしのヒステリーに慣れているおかげで、対処はうまい。

それでもわたしのヒステリーが、止まることにはならないのだけど。


「じゃあ何?それじゃまるで、わたしがまだまだ未練たらたらで自分はそうでもないのにわたしが仕事に私情を持ち込むようなその言い方!」

「……そうなんか?」


わたしが言ってることはほぼ真実であったとしても、それに真顔になって「そうなんか?」と聞く侑士はさすがに冷静だ。

って、それを肯定してたまるか!!


「な、はぁ!?そうじゃない!だいたい、仕事に差し支えることを心配することが差し支えなんじゃないの!?自分が私情をモロに混ぜ込んで仕事がうまくいかないからって、わたしのせいにしないでよ!」

「な…っ…誰もお前のせいにしてないやろ!?俺のどこが仕事が差し支えとんねん!俺の仕事はうまくいっとるわ!!勝手に成績下げとんちゃうわ!!」


「よく言う!それでも差し支えてるんじゃない!わたしのこと気にして!」

「はぁ!?なんやて!?お前な、自惚れんのもええ加減にせえ、誰が気にしとんじゃ!」


「自惚れ!?自惚れてんのどっちよ!!それに気にしてないって言える!?だいたい、男女の関係が仕事に差し支えるって、あんたいくつよ!?団塊の世代かっつーの!おまけにそんなこと侑士に言われたくない!吉井さんとのことの方が、よっぽど仕事に支障が出てると思うけど!?」

「な!?な、なんでそこで俺と千夏のことが出てくんねん!」


「俺と千夏!はっ…俺と千夏だって。それよ、それが支障なのよ!いい?吉井さんは普通に出来るコだけど、はっきり言ってミスが多い!そのミスったら、大抵、侑士と電話した後に出てくる!おまけに侑士と電話するために仕事ほっぽらかして女子トイレに行くなんて考えられない!」

「そんなん全部俺のせいなんか!?上司のお前がちゃんと教育したったらええんちゃうんかい!」


「仕事中にいちゃいちゃ電話するあんたはどうだってのよ!そりゃ仕事も疎かになるわよ真昼間から愛してるだの好きだのなんてあんな若い女の子が愛しのダーリンからラブラブ電話もらっちゃぁ――」

「誰がそんな電話しとる言うたんじゃ誰が!お前は聞いたんか!?」


「違うって言えるわけ!?だいたいそういうこともろくに出来ないでわたしとの関係が仕事に差し支えるなんて偉そうなこと言って欲しくないわねぇ!お宅の彼女を先にどうにかしたら!?あなたが推薦した部下でしょう!?わたしの部下に迎えるならもっと優秀な人材をお願いしたかったわねぇ!!もう帰る!!後の仕事はわたしがいなくても出来る仕事でしょ!?ついでなら付き合せてもらおうかと思ったけど仕事に差し支えちゃいけないからお先に事務所に帰ります!!」

「ああ結構なことやなぁ!こっから事務所まで電車でどんくらいかかるんやろな!そんで俺と言い合いして結局仕事放棄かい!ほんまに私情持ち込んどんのはどっちや!」


「ああああああああああああそうですか、そうですか!いいです、帰って上司の仁王さんに今日一緒に行動した上司がゲス野郎なので帰ってきましたって言い訳しておきますから!」

「誰がゲス野郎やてぇ!?」


「部下の吉井さんにもハッキリ聞こえるように言っておきますからご安心くださいね!」

「俺も仁王に一緒に行動した部下が地に足が着いとらんプッツン女で大変やったわって報告しとくわ!!安心しときーや!」


「結構!!」

「結構!!」


大きな音を立てて、わたしはお昼ご飯の袋と鞄を持って車を出た。

あったまきた!!

完全に頭に血が上っていたわたしは、車から出た後、思い切りタイヤを蹴ってやった。

車体がバウンドする。

それと同時に、侑士が車から出てわたしを早足で追ってきた。


「お前全然変わってへんなぁ!?なんでも問題をすり替えて、最終的には全部俺のせいや!」

「はっ、じゃあ今の話し合いはわたしが悪いと!?ちょっと付いてこないでよ!」


「今のは話し合いなんかとちゃうやろ!頭冷やせ!」

「侑士っていっつもそうだね!絶対自分に非はないと思ってる!最低のブタでゲス野郎!女心を微塵もわかってない!!あの時だって侑士がそんなだからわたし達うまくいかなかったん…っ!ちょっと痛い!離し――…!」


侑士を振り返りもせずに暴言を吐いてスタスタと歩いていたわたし。

その手首が、突然後ろから掴まれて。

咄嗟に離してと叫んで侑士を振り返った瞬間、わたしは黙った。


「―――っ…侑…」

「……俺があん時のこと後悔してへんと思うか?」

「え…」


…その侑士の顔を、わたしは初めて見ていた。

酷く、悲しくて…辛そうな、切ない表情…。


「……もうええわ。帰り。これタクシー代や」

「え…あちょ、侑士!」


「帰って報告書作っとれ」

「ちょっと侑士!!」


わたしの声は、車に入った侑士がドアを閉める音と一緒に消された。

侑士はそのまますぐに車を出して、わたしの視界から、消えてった。







□ □ □







侑士との喧嘩はいつもこうだ。

言い合って、お互い傷つけ合って、言い過ぎたってわかるのに、もう止まらなくなっちゃう。

手首に残った侑士の感触が、その想いに余計拍車をかけた。


「お?伊織…もう帰ってきたんか?」

「ただいま…」


事務所に戻ると、仕事がひと段落していたのか、雅治がコーヒーを飲みながら事務所内のど真ん中テーブルに座ってくつろいでいた。

予定よりもかなり早くに帰ってきたわたしに少し驚きの表情。

そして、雅治にはいつも、すぐにバレる。わたしの機嫌が悪いこと。


「…ちと早いのう?」

「わたしだけ帰ってきた」


ほら、だからこんな、探るような物の聞き方。

しかもその聞き方にまたイラっとして、わたしは可愛げのない断片的な返事。


「ほぅ…?そらなんでまた」

「先に帰って、仕上げておいて欲しい書類が出来たからって。なにか問題でも?」


ああもう最低。またやっちゃってる、このヒステリー癖。

雅治を見ると、少しふっと笑ってわたしの挑発的な態度を軽く受け流している。

この人はさすがだ。侑士とは大違い。

きっと大人なんだ、わたしや侑士とは違って。

だから、子供が喚いても冷静で居られる。

だから今だって。


「いや、別に問題はない。なんでじゃろって、思っただけ」


こんなに優しい。

普通、いきなりあんな態度取られたら、「感じ悪い!」って怒るのが人間だ。


「…ごめん」

「伊織…」

「ごめんってば」


自分の態度の悪さに気が付いて、わたしは謝った。

だけど、またそれを見透かされたように名前を呼ばれたことがなんか悔しくて、二回目の謝罪がまたイラついた物言いになってしまう。

そんなわたしにも、雅治はまた笑ってくれた。

それからそっと、席についたわたしの傍まで来て、コーヒーを置いてくれた。


「名前呼んだだけじゃろう?そう怒りなさんな…」

「……」

「俺、今ここに居らんほうがいいか?」


どうしよう…この人優しすぎて、ビックリする。

雅治って昔からこんなに優しかったっけ?

なんで、わたしの気持ちがわかるんだろう。

ひとりにして欲しいって、どうしてわかるんだろう。

だけど雅治なら、居てくれても構わないって思える。不思議な人。


「雅治って、優しい…」

「なーに言うちょる」


また、軽く笑って。

今度はわたしの頭を弾いた。

さっき、侑士にも頭を撫でられた、この行為。

侑士にされるのと、雅治にされるのと、なんだか感触が違う。


「あの…ごめんね…なんかちょっとイライラして…あーなんでだろ、不思議…雅治には素直になれる」

「…見透かされちょる気がするからじゃないかのぅ?」


「あははっ…それ当たってるかも」

「じゃろ?」


不機嫌なわたしの気分を、少しだけ和らげてくれる雅治は、結構偉大な人だ。

わたしは自分のことをよく知っている。

なかなか、このわたしの不機嫌が上機嫌になることはない。


「佐久間さん!」


少し、そうして表情が解れた時だった。

デスクの仕切りの中に、吉井さんが書類を持って割り込んできた。


「はいはい…あ、プロット案?」

「そうです!頼まれたひな形をエクセルで打ちました、確認お願いしますね」


「うん…ありが…あれ?」

「え?」


エクセルの書類を受け取った瞬間だった。

彼女がよくやるミスを、わたしは見つけてしまった…よりによって、今。

たいしたことじゃない。

だけどこうした小さいミスを放っておくと、次の大きなミスに繋がることが多い。

金額表記にカンマが入っていないのだ。

金額は大事なところだから、必ず太字にするようにといつも言っているのに、それも出来てない。

仕事が出来ない人じゃないのはわかっている。

だけど仕事に雑なところがあるのは、ちょっと問題だ。

肝心な見直しが出来ないというのは、事務員としては致命傷。


「吉井さん」

「はい、何か変でしたか?」


「何か変じゃない、こないだから、金額にはカンマをってわたしずっと言ってるよね?」

「えっ…あ!また忘れちゃって…ごめんなさい」


きゃぴ、と笑ってミスを軽く捉えてるその態度に、わたしはカチンときた。

雅治が横で、少しわたしの様子を伺っているのがわかる。


「ねぇ何度目?それと、太字にするようにって指示も出してるはず。ひな形もう一回よく見直して!」

「…っ…すみません」


言っているうちに段々とイラついてきたわたしは最後の口調が強くなってしまった。

そんなに厳しく言う必要があったことでもないのに。

これだ―――これが侑士の言ってた、差し支え…ああああああもう、当たってるじゃん!


「あの、今すぐ…」

「いいよ、他の人の仕事終わってからで」

「でも…」

「いいって言ってるでしょ!?その気遣いが出来るならとっとと仕事を覚えて何度も同じこと言わせないで!」

「…っ…」


元々、わたしは前の会社でもこうして部下を怒鳴りつけることがしょっちゅうだった。

だけど、彼女は怒鳴られることに慣れてない。

それは目を見ればわかる。なんせ広告代理店の事務員だ。

のんびりやってきたのに、いきなりこんな上司の下なんて。

泣きそうな彼女の顔。ねぇ、あなたは侑士と喧嘩しても、同じ顔をするの?


「…伊織、言いすぎじゃ」

「……」


当然、そのやり取りを傍で見てた雅治がわたしを咎めてきた。

彼はこの事務所のリーダーだ。

不穏な空気は排除する役目にある。

明らかに、今のはわたしの言いすぎ…というか、事務員には厳しすぎた。


「いえ、仁王さん、わたしが悪いですから…あの、佐久間さん…本当にすみま――ひゃっ…!」

「っと!おい、伊織!」


わたしはもう、自己嫌悪で頭がいっぱいになって、仕切り口に立っているふたりを押しのけてその場から逃げ出した。

咄嗟に目についたのは、事務所内の奥にある第二会議室。


「伊織!待ちんしゃいって!」

「頭冷やしてくる!!」


追いかけてくる雅治に叫んで、わたしは大きな音を立てて扉と鍵を閉めた―――。





to be continue...

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