07_fight
「俺は反対やな」
「お前が反対してものう」
「それをせんと取れん仕事なんやったら取らんかったらええねん」
「年商1960億円の会社の仕事じゃ、忍足。そんなこと言うちょる場合か?」
Manic Monday -fight-
「……言うとる場合やないのは、わかっとるけどもやな…」
「俺もあんまり感心せんが、仕方ないじゃろう?」
「ねぇ、さっきから何の話?」
第一会議室、時はあれから10日ほど越した日の朝だ。
会議と言っても呼ばれたのはわたしと吉井さんで、他の連中は営業に出かけている。
一方、そのわたし達の目の前に座るはリーダー仁王雅治と副リーダー忍足侑士。
最初はまともな会議だったはずが、ひと段落ついた時に雅治が発した言葉のせいで今に至る。
彼はこう言った。
―さて、翌々日に迫った毎年恒例のあちら側の提案だが、今日がリミットじゃ―
そして侑士の発言に戻る、というわけで。
入社して間もないわたしには当然、わけがわからないし、その取引先との仕事が初めての吉井さんも、きょとんとしている。
「何の話なんですか?」
そしてわたしの「何の話?」という発言から間髪入れず、吉井さんもふたりに問うた。
聞かれたふたりはよそよそしく上を見たり下を見たりしている。
そしてようやく、雅治の口が開いた。
「…明後日の夜は予定を入れんように、と言うちょったじゃろう?」
「ああ、そね。だから入れてないよ。仕事でしょ?」
「まぁ、仕事っちゃ仕事やねんけど…」
侑士はなんだか言いたくなさそうだ。
「実は取引先から毎年のように頼まれることがある。あっちの言い方じゃと、断ったら取引を白紙にするっちゅう言い方じゃ」
「わーナニソレ。怖いねぇ」
どうせ相手側の尻拭い的な仕事でもやらされるんだろうと暢気な返事をしていた。
例えば食品会社なんかだとわかりやすい。
お歳暮の時期やお中元の時期、こちらにノルマを投げてくる。
つまり、お前のとこでCM取らせてやるからお前のとこの営業は一人につき50人分の注文を取って来い、というやつだ。
こっちがCMを作成するからこそ売上も伸びるというシステムなのになんだかおかしな話だが、よくある話だ。
そしてノルマを達成できない人間は自腹でそれを買うことになる。
勿論、そんなものは会社の経費で落ちるはずもない。
侑士がしぶるのも頷ける、というわけだ。
彼は理に適わないことが大嫌いだから。
「で、その返事をせんといかん。それが今日だ」
「なるほど、それでリミット、と」
「そういう訳じゃ…そこでふたりに相談なんだが」
「えーなんですか?怖い…」
「相談なんて言って、どうせ断われないんでしょ?わたしら」
可愛い声を出して怖いと言う吉井さんとは裏腹に、皮肉たっぷりのわたし。
雅治はそんなわたしを見て、ふっと笑った。
一方侑士は、さっきからわたしとも吉井さんとも目を合わさない。
それが妙に癪に障った。自分は逃げれることなのだろうか?
「ようわかったのう伊織。残念じゃが明後日、お前さんと吉井には取引先との接待に参加してもらう」
「え?」
「接待…なんだ、そんなことだったんですか?」
あまりにありきたりな話に、わたしも吉井さんも目をぱちくりとさせた。
接待なんて普通にある話で、侑士がしぶることでもないんだけれど。
「ただし条件がある」
「条件?」
「ああ。接待する側は女二人のみ。そして男性社員は来ないこと。相手側は社の上層部4人。ちなみに全員男じゃ」
「………」
「………」
しん、となった第一会議室。
ものすごくピンクな色を感じ取っているわたしと吉井さん。
まだまだ目を合わせようとしない侑士に、何事もなかったかのような雅治。
しばらくそのままの状態を維持していると、雅治がふと口を開いた。
「相手は10年前からうちの会社と取引してくれちょる業界内でも最大手の会社じゃ。本当なら接待慣れしちょる秘書部の連中を行かせることも出来たが、うちの部に二人の女性社員がおるのにそういうことは出来んちゅう部長の判断じゃ。秘書部はうるさいのが多いからの。それに、全員が役員補佐だ。何を言われるかわからん。ついでに言えばこの行事は10年前からある。ただ問題になったことは一度もない。多少、手を握られたりちゅうような…そういう話とか、まぁどこの会社にでもあるようなちょっとしたスキンシップはあるようじゃけどの」
「つまり、断るな、と…」
「そういうこと。無理強いは出来んが、完全にこっちとしてはパワーハラスメント全開じゃ。すまん。俺にもどうしょうも出来ん。上は承知じゃからの」
「……堪忍な、ふたりにこんなん、させたないけど…」
そこでやっと、侑士が口を開いた。
雅治の言い方には会社人間として当然のことをしろ、というような含みが感じられる。
だけど侑士には、その圧力がない。
これがこのふたりの違いだ。それはどちらがいいとも、悪いとも言えない魅力。
「わかりました!わたし、大丈夫です」
「吉井さん…」
「佐久間さんも、大丈夫でしょ?だって、うちの上層部に比べたらきっとマシですよ!」
「あ…ははっ。まぁ、それもそだね。ちょっと、飲みに行くだけだしね」
「うんうん!失礼のないように、飲んでればいいんですよ!」
「そだね!頑張ろっか!」
情けない。部下に元気付けられてしまった。
そう思うのと同時に、これが吉井さんのいいところだな、とわたしは微笑む。
侑士は、そんな彼女を好きになったんだろう。
確かに彼女はどこか、癒しを分け与えてくれる人だ。
「ありがとな、ふたりとも。ただ許せん行為があった場合は、会社のことは忘れて全力で否定しんしゃい。それは俺が許可する」
「はい!」
「了解」
こうして、その日の朝の会議は終了した。
□ □
「俺も一緒にええ?」
「!…おかえり侑士。ちょうど今、始めたとこなんだ」
「さよか。はぁ、疲れた…今日は珍し、早うに昼食にありつけたわ〜」
そして、翌々日の昼休み。
今日は夜が最低なことがありそうだからストレス発散の為に社内の友達と食事に行くと早めに出かけた吉井さんが居なくなったことで、他にいる男性社員は全員営業中だったため、わたしは事務所の真ん中のテーブルで作ってきた弁当を突付いていた。
そこに、珍しく侑士がコンビニ食を片手に戻って来た。
彼が社内で食事を取る場面なんて、なかなか見れるものではない。
「早かったね。お茶入れる?」
「おお、おおきに。せやねん、今日はしゃんしゃん話が纏まったんやわ」
「ふーん。良かったじゃん」
「タレントも決まりそうやし安心したわホンマ…」
事務所にある液晶TVを見ながら、侑士はぽつりと呟いた。
先日の会議後、何故か何度もわたしと吉井さんに頭を下げてきた侑士。
「彼が悪いわけじゃないのに…」と呟いた吉井さんと同じく、わたしもなんだか申し訳なく思ってしまった。
それもあってかなんだか彼は最近、妙にお疲れ気味のような気がする。
その前の会議中も、なにか悩んでいるような顔をしていた。
顔色が悪いとか、そういうことはないんだけれど。
でも何か、悩んでいそうなのは、わたしにはわかる。
「伊織…」
「ん?」
そんな侑士をちらちらと見つめながら食事をしていると、侑士がぼそっとわたしの名前を呟いた。
その声色が何か思いつめているようで、少し助けを求められているようで、どきっとする。
「お前、弁当作ってきとんか」
「ああ、時間ある時ね、たまに」
「さよか…相変わらず、彩りのええ弁当やな」
「あら。お褒め頂いて光栄ですワ!」
にっこりと微笑んだ侑士の口から出た言葉に妙に緊張してしまって、誤魔化すようにおどけて見せた。
考えてみれば侑士と話していると、わたし達は必ず、相変わらず…という言葉を発している気がする。
それほど想い出に浸っているということなのか。
それとも、ただ、過去として割り切り、懐かしんでいるだけなのか。
「それ、くれへん?」
「へ?」
「それ…玉子焼き。俺、好きやったの覚えてないか?」
一気に。
わたしの胸が高鳴り始めた。
そう。侑士はわたしの作った玉子焼きが大好きだって、いつも言ってくれていて。
高校の時も、わたしがお弁当を作っては一緒に食べて、玉子焼きは一番に、いつもわたしが食べさせていた…甘いひととき。
「ほほ、ほ、ほ、ほほ欲しいの?」
「ん…あかん?ええやん、一個くらい」
「いいよ!いいよ、勿論。どうぞ、こんなで良ければ、どうぞ」
真っ赤になりそうな顔を、うわずってしまいそうになる声を懸命に堪えて。
わたしは玉子焼きを取って、侑士のコンビニ弁当の中に放り込もうとした。
「あ」
「え!?」
「味気ないわ…そういう時はあーんやで?」
「は、はぁ!?」
冗談ぽく言った侑士にわたしはまともに答えてしまって。
そんなわたしを見て、侑士はけたけたと笑う。
あの頃みたいに。その笑顔に何度、心が弾んだ事だろう。
「はははっ。冗談や冗談。おおきにな。あ、ここに置いてもろてもええ?」
「……」
「…?伊織?」
玉子焼きを持ったままの右手が、小刻みに震えていた。
どうしよう、この人、彼女がいるってわかってるのに。
だけど、どうしても…どうしてもしたい。そう、ただ、懐かしみたいだけ。
「いいよ」
「は?」
「あーんって、してよ…」
「え…」
見ると、侑士の目は真ん丸になってわたしを見ていた。
一瞬、口がぽかん、と開く。
だけど侑士はすぐに、畏まったようにこちらに身を乗り出してきて。
「ほな…あ…」
「もっと、大きく開けてよ」
「すんません、あ…ん…」
わたしは侑士の口元を怖いくらいに見つめた。
だって目なんか合わせること出来ない。恥ずかしすぎて。
侑士だってきっと天井向いてるとか、横向いてるとかしてる。
そうして、わたしがやっと口の中に玉子焼きを放り込むと、侑士はゆっくりと自分の席まで身を引いた。
「ど…どうよ」
「ん…んまい…」
「それは、それは!」
「おおきに。あー、久々にうまい玉子焼き食べたわ」
もうなんだこれ!と思いながら恥ずかしくてしょうがなかったわたしは、すかさずいろんな悪態をついてやろうと思った。
そして咄嗟に出てきたのは、気持ち悪いくらい嫉妬色の強い質問。
「あーら。カワイイ彼女に美味しい玉子焼き作ってもらってるくせに〜!」
「や…なんでそんな話になるんかな…」
侑士はぱっと視線を逸らして、また液晶TVを見ながらそう言った。
吉井さんの話になると気まずくなるのはなんでなんだろう。
そうは思っても、いけしゃあしゃあと話されても嫌なのだけれど。
「…伊織」
「はいはい?あ、もう玉子焼きないよ!これはわたしの!」
「いや、そうやなくて…あんな―――」
ものすごく真剣な表情で。
何か伝えようとしていることは明らかだった。
それが何なのかは、わたしにはわからなくても。
でも、その時。
やけにタイミング良く、後ろから忙しい足音と飄々とした声が聴こえてきて。
「お?珍しいのう忍足。事務所で食事か」
「おお…お帰り仁王。どやった?」
「なかなかうまくいかん…伊織、ちとすまんが食事が終わったら俺のデスクに来てくれ」
「え、ああ…了解」
雅治は足早にわたし達のいる場所を抜けて行き、自分の部屋に入って行った。
あそこはTVもパソコンもあるから、のんびりと一人で昼食を取るに違いない。
さて…
「で、侑士…?」
「え?…ああ、あいや、ええわ。なんでもないねん…さ、俺も仕事するわ」
「えー!まだ食べてる途中じゃん!」
「食べながらすんねん」
「ながら食いはよくないよ〜?」
「まいんち酒飲む女よりはマシや」
「ちょっと!」
「おーコワ…」
このとき侑士が何を伝えようとしたのか、わたしは気にも留めないまま。
聞いておけば良かったのかもしれない…このときに。
…そう思うのは、もう少し先のことだった。
* *
ノックを3回して雅治のデスクに入ると、彼はソファに座って四季報を読んでいた。
なんともおっさん臭い姿だと思いながらも、それでもキマる雅治はさすがだ。
「すまんの。特別用があったわけじゃないんだが」
「え?そうなの?」
雅治とは、あれから代わり映えのしない日々を過ごしている。
彼はやっぱり、しつこく返事を迫る人でもなかったし、辛抱強い人でもある。
わたしが未だ返事をしていないにも関わらず、何も言ってこない。
わたしだって勿論、なあなあにするつもりはないけれど。
でもここ最近は忙しくて、全然それどころじゃなかった。
だからもしかして、今日こそは返事の催促かもしれないなとは思った。
何故ならガラス張りであるこの部屋に、スイッチひとつでスモークをかけたから。
つまり、外からは見えないようにしたという事。瞬間調光ガラスってやつだ。
金掛かってる事務所だな〜なんて思いながらその瞬間調光ガラスに驚いていると、雅治が後ろからわたしの考えを遮るように話しかけてきた。
「行かせとうない、本当はな」
「…え、あ、今日のこと?」
「それ以外に何がある?」
「そうだけど…ちょ、雅治、あんな顔して頼んでおいて、今そんな顔するのってなんか卑怯!」
あの時の雅治は彼曰く、パワーハラスメント全開の顔をして接待に行けと言っていた。
だけどどうだろう。
今、わたしとふたりきりでいる彼のその表情は、本当に行かせたくないのだという切なげな目をしてわたしを見ている。
そんな顔をされたら、一瞬でも断ろうとした自分を恥じてしまう。
「卑怯ちゅうて言われても、お前さんが他の男に触れられるかと思うと我慢ならん」
「…っや、ちょっとそういうの…こ、こんなとこで言わなくても」
「なるべく、触れられんようにしんしゃい。俺の目には見えんでも、どうしても嫉妬してしまうからのう。だがお前さんから気を付けるっちゅう言葉が聞けたら、それも少し和らぐ」
「そ…ちょっと雅治…」
真剣な目でそう言ってくる雅治に、わたしは容赦なく赤くなってしまった。
今日はみんなしてなんなんだ!わたしの心臓を破裂させる日か!
そんなバカなことを思っていても、この状況は改善しない。
沈黙が妙に重苦しくなったわたしは、こくん、とひとつ頷いてから、呟いた。
「気を、付けるよ…ちゃんと」
「…おう、それなら安心じゃ」
ふわっと、雅治の手がわたしの頭に触れた。
見ると、僅かに微笑んでわたしを見下ろしている。
いつの間に彼はこんなに、わたしの中でときめきを覚える人になったんだろうと思った。
…するとその手が、ふと落ちた。
わたしの手首を掴んで、軽く引き寄せて。
ぐっと近付く雅治の顔。彼の口元は、わたしの耳に囁くようにして近付いていた。
「何かあったら、真っ先に俺に連絡しんしゃい。すぐに行く」
「……ありがとう」
彼の掴んでいた手が離れて、わたしが背中を向けた瞬間、ガラスのスモークが消えた。
そのスモークの消えた先に、侑士の視線を見つけて…わたしはすぐに、目を逸らした。
「よーし次行こう!次!」
「はいはい、次行きましょう!次!」
すっかりほくほくに酔っている連中をタクシーに乗せて、三軒目の住所を運ちゃんに伝えた。
タクシーの中でわたし達が離れるのはまずい。
だから咄嗟の判断で、わたし達は別のタクシーに後を追うようにして乗り込んだ。
「はぁ〜〜〜…もう帰りたいです佐久間さん」
「吉井さんは、このタクシーで帰ってもいいよ」
「え!」
「だってお相手ヘベレケだし、きっとわかんないと思うから。それに、次は彼らの行きつけのスナックでしょ?ハッキリ言ってわたし達はもう用無しだよ。大丈夫大丈夫」
当然、若い子の方が連中に絡まれるのだ。
可愛くて癒しを与える吉井さんは、肩に手を回されたりハゲた親父とデュエットさせられたりで大変だった。
そして午前3時。
そろそろ帰してあげたいと思っていた頃に次に移動だと言い出した取引先。
ナイスタイミングだとわたしは思った。
だからこのタクシーに乗せて、最初から彼女を帰すつもりだった。
「そんな!佐久間さんひとりに出来ません!」
「だーいじょうぶだって!わたし、結構こういうの慣れてるし、うまく言っておくし。それに、わたしも早々に退散するから。ね?もう帰りなさい」
「でも…」
「条件接待はもうやったの!二次会にまで付き合ったら上等でしょう。それに、彼…待ってるんじゃないの?早く帰ってあげたら?」
彼女はもう表情が暗くなっていて、本当に帰してあげなきゃ可哀想だ。
だから頑固そうな彼女を帰らせる為に、わたしはそう言った。
すると、吉井さんは一瞬ハッとした顔をしてから、嬉しそうに笑った。
「そう…ですね。待ってくれてると思います!」
「…でしょ?それなら、このまま帰って。わたしは待ってる人いないから!」
侑士、吉井さんの帰りをやっぱり待ってるんだな…瞬間的に、切なく思った。
でもそのすぐ後、いけない!と切り替えて、わたしが笑いながらそう言うと、吉井さんが今度は楽しそうな顔をしながらわたしを見た。
「え〜〜〜!ウッソだ!」
「え!嘘じゃない!」
「嘘ですよ〜〜!仁王さんと、すっごくいい感じなの、わたし、知ってますよ〜?」
「そ…!!」
ニヤニヤニヤニヤとわたしを見ながらそう言う吉井さんの顔は、完全に中学生の「ヒューヒュー」状態だった。
全く、いくつになっても人の恋の噂は楽しいのはわかるけど!
「そんなこ――――…っ!」
「お客さん、着きましたよ」
「え!」
否定しようと思ったら、場所が近かったせいでタクシーが目的地に到着していた。
結局、ニヤニヤ顔の吉井さんをそのまま見送り、わたしは取引先の連中と三軒目のスナックに入った。
「吉井さんは〜?ねぇ、佐久間さん。吉井ちゃん…」
「彼女、酔っ払いすぎてもうタクシーの中で戻しまくるので帰しました」
「え!うっわ〜…そぃぇは大変らったね〜!」
「佐久間さんはお酒強ぃねぇ…ふふふふ―――」
気持ち悪い息を吹きかけんじゃねぇよ。
と言ってやりたいとこをぐっと我慢する。
あんたらの飲むペースがおかしいんだ、とそれも言いたかったけどぐっと我慢した時。
彼らの行きつけのスナックの中から、ドスの利いた声が聞こえてきた。
「なんじゃコラァ!アフター付き合え言うとるやろがぁ!!」
「お客さん、困ります!」
びっくりして、彼らもわたしも入口のところで固まっていると、中からお客さん達がぞろっと出てきた。
どうやらタチの悪いチンピラが店側と諍いを起こしているらしい。
その騒ぐ声がどんどんこちらに近付いてきた。
暴れまくっているチンピラは、進む足が入口に来ているようだ。
「あの女どこに行ったんじゃ!!出せや!!」
「あの子はもう帰りました!お客さんも帰って!警察呼びますよ!」
見ると、ママらしき人が必死で男を止めている。
そのママさんが警察を呼ぶと言った途端、男は血相を変えてキレ出した。
途端、わたしは慌てる。
「ちょっと、止めてあげて!」
「えっ、や、やだなぁ佐久間さん、無理だよそんなの」
わたしの右隣のハゲはにへらにへらと逃げ腰で。
「どうしてですか!?止めてあげてください!あのままじゃ…!!」
「むむむむ、無理だよ!ナイフ持ってるかも」
左隣のおっさんは携帯をいじりながらそう言った。
「あんなチンピラ…!いきつけなんじゃないんですか?男4人がかりなら!」
「ああいうのは関わらないほうがいいのいいの」
後ろにいたおっさんは50代にも関わらずのうのうとそう言ってのける。
「ちょっと!!あんたら男でしょ!?そんなことも出来ないの!?」
「ちょ…なんだって!?君、自分の立場わかってんのか!」
そしてわたしの斜め前にいた一番頭の悪そうなおっさんがわたしに牙を剥いた。
「呼べや!!呼んだらええんじゃ!!ぼけえ!!」
「きゃあ!!」
「やだ!!ちょっと!!」
そして店の中のチンピラは、ママを突き飛ばして引っ叩いた。
わたしはびっくりして、声を張り上げたまま中にいるママの所へ駆け寄った。
後ろからわたしを止めようとする声が聞こえるけど、そんなの無視だ。
あんな頼りない男共の言うことなんか聞けるか!大企業が聞いて呆れる!!
「ちょっと何すんのよあんた!!大丈夫ですか?」
「いた…あんた誰…いけないよ…帰って…!」
「お前なんじゃこら…?」
駆け寄ったわたしはママを抱きかかえて男を睨み付けた。
ママは目をぎょろぎょろとさせながらうつろに喋る。
男は酒臭い体臭を撒き散らしながらわたしを見下していた。
そしてわたしはお酒が入っていることもあって、この状況に完全にぶち切れてしまった。
「このゲス野郎!!酔っ払って女の体触りまくる男よりも、女殴る男の方が最低なんだよバカ!!」
立ち上がったわたしは近くのカウンターにあったグラスを掴んで、中に入っている液体をその男にぶっかけ、言わなくてもいいことまで付け加えて声を張り上げた。
その瞬間―――
「何すんじゃこのクソアマがあああ!!」
頬に感じた強い衝撃と共に、頭の後ろに重たい衝撃を感じて。
わたしの記憶は、そこで途切れた――――。
to be continue...
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