キスの魔法_01
「桃〜!買出し付き合って〜!」
私は大声を出しながら、勢いよく部室を開けた。
でも…そこに居たのは…
キスの魔法
1.
「朝から威勢がいいな、お前は」
「ぶっ!ぶちょっ…!」
驚愕のあまり口をパクパクさせている私に向かって、彼は淡々とした口調で語った。
「今日は俺が鍵当番だ。桃城は明日だ」
「えっ!!」
「よく それでマネージャーが務まってるな、佐久間」
「すいません…」
この人は私の1コ上の先輩であり、生徒会長であり、テニス部部長、手塚国光。
ここ青学で彼を知らない人はいない。
理由は簡単。
テニスの名門と言われるうちの学校でテニス部部長を務め、おまけにNo.1と言われ、おまけに勉強も出来、更に容姿端麗。
こういう人のことを非の打ち所がないって言うんだよね…。
「それで?買出しがあるのか?」
「あ…はい…」
「…桃城と買出しに行く約束でもしてたのか?」
「いえ…ただいつも、桃が付き合ってくれてて…」
「そうか…」
「はい…」
「…」
「…」
き、気まずくない?
「荷物で大変なら、俺が手伝おう」
「えっ!あいや、大丈夫です!!わ、私一人で行ってきますから!」
ただでさえこんな気まずいのに、部長と買出しなんて、無理だって!!
私はさっと踵を返し、部室を出ようとした。
「わっ!!」
「わぁ!もう、びっくりしたなぁ。どうしたの?伊織ちゃん」
「あ…千夏ちゃん…不二先輩…」
「おはよ、伊織ちゃん。やけにお急ぎだね?くすっ」
「おはようございます、不二先輩」
彼女は私の1コ上の(一応)先輩。ご近所さんってことで、昔から私達は仲が良い。
男テニのマネージャーに誘ってくれたのも、千夏ちゃんだった。
千夏ちゃんは青学No.2と言われる不二先輩と付き合ってる。
二人はいつも一緒で、仲良くて、誰もが羨む恋人同士。
「吉井、ちょうどいいところに来た。佐久間が今から買出しに行くらしい。付き合ってやってくれないか」
「おはよ手塚。そういうことね。わかった」
「くすっ。千夏も伊織ちゃんも、気を付けてね?」
「はーい。いってきまーす」
私達は声を揃えて部室を出、買出しに出掛けた。
スポーツショップに向かう途中、千夏ちゃんがニヤニヤと私を小突いてきた。
「ちょっと、どうなのよ」
「な、何がよ」
「さっき手塚と二人きりだったじゃん!伊織ちゃん!」
この人は、本当に恋愛話が好きだ。
まぁそのほとんどは、不二先輩とのおノロケなんだけど…。どうやら今日は違うみたい。
「二人っきりって…違うよ。私はてっきり桃だとばっかり…」
「だって今日は手塚が鍵当番じゃん」
「だからそれを間違ってたの!もう、それで部長に厳しいこと言われたんだよ!?」
「なに?もしかして、アレ?『よくそれでマネージャーが務まってるな、佐久間』とかなんとか?」
「そうそうそうそう!!!なんでわかるの千夏ちゃん!!」
「口癖だもん。私もよく言われるよ」
「しかも似てたし!!」
「ふふふふふ。手塚のモノマネなんか簡単よ。眉間に皺寄せて、ちょっと声を低くして…」
「暇だよねー。千夏ちゃんて」
「あんたねぇ、バカにしてんの?」
「うそだって」
「どーでもいいけどさぁ、桃とどうなのよ」
突然何を言い出すかと思えば、今度は桃の名前が飛び出す。
千夏ちゃんは、いつも話の回転が速くて、時々私を困らせる。
「どう…って?」
「付き合わないの?」
「なんでそうなるの!」
「なんでって…好きなんじゃないの?」
「…さぁ」
「さぁって…アンタねぇ…」
桃と初めて会ったのは、中学1年の時。不思議とそれから、クラスはいつも一緒だった。
私が男テニのマネージャーをやり始めてからどんどん仲良くなっていき、周りからはよく「付き合ってるんでしょ?」と勘違いされるほどになっていた。
でも、私と桃は付き合っていない。
一時は、桃のことかなり好きだった。だけど私と桃の間には、何も起こらないまま時が過ぎていき…私はそのうち、桃への気持ちが曖昧になっていったのを自覚していた。
結局今は、好きなのかどうかわからない。
もちろん嫌いじゃないけど、その好きという感情は、友達として、という気もするし…
「伊織ちゃん?」
「えっ」
「ぼーっとしてないで、ほら、これ持って」
「ああ、ごめん」
千夏ちゃんに一喝されて、私達は青学へと戻った。
その頃にはもう部員全員が来ていて、練習を始めていた。
「よー伊織。朝から買出しかぁ?」
「おはよ、桃。明日なんだってね、鍵当番」
「ん?そうだけど…どうかしたか?」
「別に」
「なんだよ。変なヤツだな」
ぶつくさ言う桃に少し苦笑しながら、私はテーピングを救急箱に詰めていた。
「あっ―――伊織先輩!危ない!!」
リョーマくんの声が後ろにしたので振り返った瞬間、私の意識は途絶えた。
目を覚ますと、私は保健室のベッドに寝かされていた。
何が起こったのかわからず、私は身体を起こそうとした。
「伊織!目、覚めたか!?」
そこには私の手をしっかり握ってくれている桃がいた。
「あ…桃…っつ!」
「大丈夫か!?無理して起きるなよ!」
頭に痛みが走った。咄嗟に頭に手を当てると、小さくたんこぶが出来ていた。
「えっと…何がどうなったのかな?」
「…言うなって口止めされたんだけど…」
「?」
桃は周りをキョロキョロと見渡すと、神妙な面持ちで語り始めた。
「実は…越前と千夏先輩が軽く打ち合っててさ…千夏先輩が…その…」
「千夏ちゃんが、どうしたの?」
「越前の真似して、ツイスト打とうとしたら、あさっての方向に行ったんだよ…それがお前の頭に…直撃」
「…」
「ゆ、許してやれよな、ワザとじゃないんだからさ!」
あのバカ女ーーーーー!!!!!!!
絶対殺す!絶対殺す!!アンタにツイスト打てるわけないでしょ!!たかがマネージャーの分際で!!
しかも口止めってどういうことよ!どこまで黒いのよ!!
「おい…伊織…?お、お前、すげぇ顔してんぞ…」
「…!」
桃が青い顔をしてこっちを見ていたので、私は咄嗟にいつもの笑顔に戻した。
「大丈夫。ヘヘ。心配かけちゃったね」
「ほんとだよ…俺、まじで心配したぞ…」
「あっ!桃、部活は!?」
「お前がこんな状態で、俺が部活に出れるかよ」
「えっ…」
ちょっと胸キュン的なその発言に、私が目を見開いて桃を見上げると、桃はものすごく目を泳がし、顔を赤くして手を口元に当てていた。
「いや…そその…」
「…」
「…」
どきどきどきどき…よくわからないけど、私の鼓動は確実に早くなっていた。
これは、もしかして、もしかすると…いやもしかしなくても…桃って…私のこと…?
「伊織っ」
桃がそう言ったかと思ったら、次の瞬間、私は桃の腕の中にすっぽりと収まっていた。
「ひゃっ…えっえっ…も、桃?」
「俺、きっと今逃したら一生言えねぇ。だから、今言う」
「えっ…えっ…」
「俺、お前のことずっと――――」
その時、保健室のドアが突然開かれた。
「わぁ!!!!」
当然、私達二人は咄嗟に身体を引き剥がした。
そこには、眉間に皺の寄った顔があった。
「…。もう、大丈夫なのか?佐久間」
「ぶ、部長。あ、す、すいません…ごごご迷惑をお掛けしまして…」
「いや…気にしなくていい」
そのまま少し時間が止まったかのように、3人とも黙っていた。
き、気まず…。
「桃城」
「はいっ」
「ここはもういい。お前は練習に戻れ。後は俺が見よう」
「あ…はい…」
「あっ…桃、ありがとね」
「お、おお。いいって。あ、今日、一緒に帰ろうな。そのたんこぶ、俺がおばさんに説明してやるから」
「うん、ありがと」
ニッと笑ってそう言った後、桃は心なしか寂しそうに保健室を出て行った。
部長と二人になった私は、気まずくならないようにかなり気を使って話した。
「それで、その時、千夏ちゃんが…」
「…」
手塚部長はずっと押し黙ったままで、時々相槌を打って私の話を聞いていた。
笑うところなのに笑ってはくれないし、返事も全部「そうか」ばっかりで、私は急激にやる気を失くした。
「…手塚部長…」
「ん?どうした」
「もう、練習に戻って下さい…私、一人で大丈夫ですから…」
「…佐久間?」
「部長…全然楽しくなさそうで…私…すいません…なんか…」
あれ?あれれれれ?なんで私、涙流してるの?
「佐久間!どうしたんだ、痛いのか?痛いのか佐久間!?」
私の頬をぽろぽろと涙がつたう。
自分でも、どうして泣いているのかさっぱりわからなかった。
ただ部長のつまらなそうな顔を見ていると、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
「いやち、違いま…あれ…おかしいな…なんで私…泣いて―――」
その時、私の言葉を遮るように、手塚部長が突然、私を抱き寄せた。
あれ…なんかさっきも似たようなこと…。
「て、手塚部長!?」
「俺が嫌いか?佐久間」
「えっ…」
「桃城とはいつも楽しそうなのに、俺の前だとお前はいつも暗い顔をしてるな」
手塚部長は少し黙ると、私をより強く抱きしめた。
「ぶ…部長…」
「桃城に、さっきこうされてただろう?」
「えっ…とそれは…」
や、やっぱり見られてた!?
「同じことをすれば…俺は桃城と同等になれるか?」
「えっ…ど、同等って…どういう…」
「いや、同等では…俺の気が済まない…」
そう言うと手塚部長はゆっくり私から身体を離し、私の顔を片手でそっと包んだ。
「ぶ、部長…んっ」
何が起きたのか、よくわかってなかった。気が付いたら、私は手塚部長とキスしていた。
でも私はそれを拒みはしなかった。拒む理由が見つからなかった。
手塚部長のキスは、優しくて、私は自然と目を瞑っていた。
手塚部長は ゆっくり唇を離すと まだ唇が触れるか触れないかの距離で囁いた。
「これで俺は…桃城に勝てるか?」
「…」
私が何も言えないで押し黙っていると、それが返事と受け取ったのか 手塚部長は再度私に口づけた。
to be continue...
next>>
02
[book top]
[levelac]