キスの魔法_03







「伊織ちゃんお疲れ。今日、桃は?」

「桃は居残りで…部活、ちょっと遅れるみたいです」


「…伊織ちゃん、どうしてそんな、暗い顔してるの?」

「えっ」


「彼氏のこと話すときは、もっと嬉しそうにしなきゃ。今が一番いい時でしょ?」

「今が…一番…?」













キスの魔法













3.





放課後、テニスコートの外で私が皆のドリンクを作っていると、練習前のストレッチをいち早く終えた不二先輩が私にそう話しかけてきた。



桃に告白されて、付き合い始めてから早2週間。あっという間に時間が過ぎていた。

あの日、私は桃に「付き合っていることは秘密にしておこう」と提案した。

桃は、なんでだよって聞いてきたけど、私はその問いにハッキリとは答えなかった。

答えたくなかったわけじゃない。ただ答えが何なのかわからなくて、答えられなかった…。

でも私のその提案は、あっけなく次の日に却下された。


その日部室に入るなり、桃は私の手を取って大声で言ったのだ。


「俺、伊織と付き合うことになりました!」


私はびっくりして桃の顔を見上げたけど、桃は部室にいる間、一度も私を見なかった。


それから、2週間…。




「2週間くらいだよね?伊織ちゃんが桃と付き合いはじめて」

「そうですね…」

「だよね。一番いい時じゃない」

「そうなんですか?」

「だってほら…いろいろ、次の段階に進んだり、さ」

「次の…段階?」

「くす。…まだらしいじゃない?…キス」

「ふっ…不二先輩!!何言ってるんですか!!」

「くすくす。ごめんごめん、そんな怒らないで。文句があるなら乾にね」

「なっ…!!」

「なのに伊織ちゃん、最近ずっと暗い顔してるねって。千夏とも言ってたんだ」

「そ…そんなことないですよぉ!ほら!笑顔です!」

「…うん、そうだねっ」


不二先輩は納得してるとはとても思えないような表情で、ニコッと私に笑った。


そう、不二先輩の言っていることは、ただの勘違いではなかった。

私は確かに、近頃元気をなくしていた。

というのも、桃がああやって私との付き合いを宣言してからというもの、手塚部長が私をあからさまに避けるようになったからだった。


当然と言えばそうかもしれない。部長が私にキスした日の翌日だったのだ。

その日から私はいつも、手塚部長に桃とのことを話そうとしていた。

あのキスのことを考えると、私から手塚部長にきちんと話すべきだと思ったからだった。

そうやって私が近付こうとすると、手塚部長はさっとその場から離れる。

何度も何度も話そうと試みるも、それは何度も失敗に終わっていた。

結局、私と部長はこの2週間、必要最低限のことしか話さないままだった。



「あれ?あれは…手塚じゃない?」

「えっ」


ごちゃごちゃ考えて俯いてた私は、不二先輩の言葉でパッと顔を上げた。

不二先輩の視線の先を見ると、校庭内を歩く手塚部長がいた。

その隣には、手塚部長と同じ生徒会の副会長である溝口先輩がいた。

溝口先輩は、美人でスラッとした、男子生徒からの人気が高い先輩だ。

手塚部長と一緒にいると、本当に絵になる二人だった。

まるで、恋人同士のように…。


「キレイですね、ああやって美男美女が並ぶと」

「くす。そうだね。それに、付き合ってるみたいだしね、あの二人」

「えっ!!」

「あれ?知らなかった?ついこないだからって噂だよ」

「つ…ついこないだって…」


じゃ あれは まるで恋人同士じゃなくて…本当の恋人同士!?!?


「それ、本当なんですか!?不二先輩!!」

「…どうして?」


「えっ…」

「気になるの?手塚のこと」


「…べ、別に気になんか…」

「そう…ま、データによると、2週間前くらいっていう話かな」



2週間前…てことは、私にキスした2週間前くらいから 溝口先輩と付き合いはじめた??

じゃ…私にキスしたのは…なんだったの!?!?!?



「伊織ちゃん…?これはあくまで、噂――――」

「不二先輩、これ、あと千夏ちゃんに頼んでおいて下さい!私、ちょっと用事思い出したんで!!」


私は不二先輩の話も聞かず、部員達のドリンクを押し付けて、その場から全速力で走って行った。








「ったく。聞いたことないわ、そんな噂」

「千夏…居たの?いけないコだね。立ち聞きかい?」


「どういうつもりなの?今のは」

「僕は一言も乾のデータなんて言ってないよ?」


「そんなデタラメなデータ、誰のデータよ」

「くす。エセ乾データ」


「おせっかいなんだから」

「でもあれじゃ、桃も手塚も、何より本人にも良くないよ。どっちにせよ気持ちがハッキリしてないなら、僕らも祝福できない…そうは思わない?」


「全く…」

「大丈夫…恋愛に困難は付き物でしょ?」






「手塚部長っ!!」


私は走って部長と溝口先輩の前に出て、息を切らして部長の名前を呼んだ。

きょとんと私を見つめる溝口先輩の顔を見ると、部長への怒りが込み上げてくる。

その怒りを隠せない私はさぞかし子供っぽく見えるだろう。

でもそんなことはどうでもよかった。


「そんなに大声を出さなくても聞こえる。なんだ、佐久間」

「お話があります!!」


私は部長をキッと睨んだ。部長は眉間に皺を寄せて、私をじっと見ていた。


「それなら後で聞こう。今から溝口と…」

「あっ、いいよ。手塚くん。私が先生に伝えに行くから」


「しかし…」

「いいって!」


「…そうか。すまないな、溝口」

「うん、いいよ。また明日ね!」


溝口先輩は手塚部長にそう言って手を軽く振ると、私の方を見て軽く会釈をした。

私もつられて会釈を返す。

そんな溝口先輩の後姿を見ていると、じわじわと得たいの知れない感情が私を襲った。


「それで…どうしたんだ。そんなに息を切らせて」

「…」

「…ここで話しにくいことなら、部室に行こう」


部室に向かって歩き出す部長の後を、私は2,3歩下がってついていった。

部室に入った部長は、私の真正面に立って腕組をした。


「それで?何事だ」

「…一体、どういうつもりだったんですか?」


「…なんのことだ」

「…保健室のことです」


「…言わなきゃわからないのか」

「わかりません!!」


思わず私は声を荒げる。部長の顔を見ていると、何故か涙が出そうになった。

なんだか悔しかった。そしてなんだか、苦しかった。


「溝口先輩に悪いとか思わないんですか!?それともあれは、ただの弾みですか!?それであの時、私に謝ったんですか!!」

「…佐久間、何故――」


「言い訳なんて聞きたくありません!全部つじつまが合いました!私に弾みでキスして、私に勘違いされちゃ困るから、次の日から私を避けてたんですね!?それでよく普通の顔して溝口先輩に―――!!」


言葉が詰まる。

私はまた泣き出していた。

ここのとこ、部長と二人になると私は泣いている。

ふとそんな暢気なことを思った。

さっきと同じ、何かよくわからない悔しさに私は顔を歪めて俯いた。

部長に涙を見せたくなくて、そのまま私は 部長に背中を向けた。

そうして手で涙を拭おうとした時、後ろから強い力で抱きしめられた。


「…!!嫌っ…やめて下さい!!」


手塚部長は抵抗する私の力を奪うように、私を強く抱きしめる。


「やめない」

「…どうしてっ…どうしてこんなこと…!!」

「…それならお前は、どうしてそんなことが俺に言える?」


その言葉を聞いて、私は抵抗する力を失くしたように動きが止まった。

それは部長の声が、あまりにも切なく響いて…。


「…お前は…どうして俺を受け入れたんだ…」

「…手塚…部長…」 


「お前は…桃城と付き合い始めた日に、どうして俺を受け入れた!!」

「そ…それは…っ」


「そのことを知った日から お前との接点をなるべく持たないようにしていた俺の気持ちが…わかるか?」

「え…」


「そうすればお前を忘れられると努力していた俺の気持ちが…」

「…」

「どうして俺を傷付ける…俺はお前しか見ていない。他の誰も、俺の目には映らない」


私は何も言えなかった。

それと同時に、溝口先輩とのことは噂だったと思い返して、やられた、と思った。


「お前こそ、本当は誰を求めている…」

「…わ…私は…桃を…」


「それならどうして、俺のために涙を流す?」

「…」


「俺と溝口とのことを誤解して、どうしてそんなに苦しそうな顔をするんだ」

「私…そんなつもりじゃ…っ」


震えた声でそう言おうとした時、部長が私の肩を掴んで正面に向かせた。

身を屈めて、私の顔の前に自分の顔を寄せ、じっと私を見つめる部長。

その瞳はどことなく切なく、私はその瞳から目が離せなかった。


「どういうつもりか…答えてやる」


そう言うと部長は無抵抗な私の身体を抱き寄せ、片方の手を背中に回し、もう片方の手で私の髪の毛に指を絡ませながら後頭部を支えた。


「お前が好きだ…」


そう呟くと部長はなんの躊躇いもなく、私に唇を寄せた。

キスしている間、私の脳裏に様々な想いが巡った。

桃のことが好きだった…そう思った。

それでも手塚部長の存在が私の心を掻き乱し、私を占領する。

卑怯者…醜くて…最低な私…。

私の頬を涙が伝い、部長はそれに気付くと目や頬にキスをして、そしてまた唇にキスを落とした。

部長の背中に手を回している自分に気が付いたのと同時に、ガチャ、というドアの開く音が聞こえた…。





to be continue...

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