キスの魔法_04







「いてっ…なんだよ桃、いきなり止まんなっ…え?」


部室のドアが開く音が聞こえて 

私は咄嗟に部長に回していた手を、離すべきだった。

きっとそれが、正しかった。














キスの魔法













4.





「手塚…伊織…ちゃん?」


桃の後ろで英二先輩が目を見開いて私達を見る。

桃がそこにいることはわかっていたけど、怖くて彼の表情を見ることは私には出来なかった。

手塚部長は桃と英二先輩を見て、ゆっくりと私を離すと、桃の目をしっかりと見て言った。







「桃城…」



手塚部長の声が聞こえてないかのように、桃はその場に立ち尽くしていた。







「説明…してくれ…」



長い長い沈黙の後に、桃がやっとの思いで出した声。

その声は掠れていて、逆に私を酷く怯えさせた。


「桃…あ…あたし…あたし…」


言い訳がましい私の第一声。何を言おうとしてたのか。

曖昧な謝罪、最低な御託を並べていくのか…?

桃、あたし…、それで?なんだって言うんだろうか?

こんな自分が許せなかった。最低、最低だ――――。

このまま誰も何も言わなかったら、私はきっとその続きの言葉が出て来なかっただろう。

そうした私を知ってか、私の言葉が詰まる前に、それを遮ったのは手塚部長だった。


「違うんだ、桃城」


私の前に出て、部長はそう言った。

このままなら、きっと私が言ったであろう言い訳の言葉を…。


「何が違う?何がッスか…部長…」

「佐久間が、悪いんじゃない…」


「当然でしょ…伊織はそんな女じゃねぇ…」

「俺が佐久間に…」


「言い訳なら、聞きたくないッス…」

「…桃城、俺は…」


「ふざけんな!!あんた人の女に何してんだよ!!」

「やめろ桃!!」


手塚部長につかみかかりそうになった桃を、英二先輩が部長の前に出て止めた。


「離してください英二先輩!!俺は許せねぇ!!部長とか、もうそんなんはどうだっていい!」

「抑えろ、桃!!やめろ!!やめろよ!!」


今まで見たことない桃の表情に私は震え始めていた。

無意識に後ずさりして、また無意識に私は泣き出す。

自分が泣いていることに気が付いた時 私はさっき以上に自分を憎んだ。

泣けば済むと思っているのか、本当に泣きたいのは誰なのか。

自分の優柔不断さと 曖昧な気持ちの恋人感覚で 私は人を傷つけている。


「桃、抑えろって!!下がれ!!下がれよ!!」


英二先輩が怒鳴る。その声に桃は力を鎮めた。

それを見て英二先輩が必死に桃を押して部長から離すと、桃は怖い目で私を見た。


「伊織、こっちに来い」


その不機嫌な声の低さに私は全身で怯えた。

来いと言われているのに、私はしばらく動けなかった。


「伊織ちゃん…」


私を見て合図するように頷く英二先輩。

私はそれをきっかけにして、緊張をほぐすように自分の手と手を握り締めてから桃の傍へ行くためにゆっくりと動き出す。


「佐久間…」


手塚部長の切ない声に反応する私を、桃が見逃しているとも思えない。

だけど私は振り切った。そうしなきゃいけないと私自身が叫んでる。


「とりあえずさ、話は後にして…な?な?手塚も桃も、伊織ちゃんも、練習に戻ろう!」


ぱっと表情を変えて英二先輩がそう言うと、桃が手塚部長へ向かって行った。


「桃っ!」


英二先輩が反射的に呼び止める。

桃はその声を無視して、部長の前に立ち睨みつけた。


「どいて下さいよ、部長」

「…ああ」


桃はロッカー前にいた手塚部長へ冷たく言い放ち自分の荷物を乱暴に放った。

そのまま着替えようと制服のボタンに手を掛けるのと同時に、部室の小窓が開いているのを見つけ、あからさまに顔を歪めて舌打ちをすると、その小窓に八つ当たりするかのように大きな音を立てて勢いよく閉めた。

その音に私の体がびくっと反応する。

そんな私を見て、少し気まずそうな顔をして、桃は無言で着替えはじめた。


「あ…。ほ、ほら、伊織ちゃん。着替えはじまるから、もう出ないとにゃ♪」


英二先輩が私の背中を優しく後押しして、私はそのまま部室から出た――――。


私は部活終了と共に、逃げるように学校から出た。

練習の間もずっと俯いたままで、誰の顔もはっきりと見ないままだった。

家に帰って部屋に入ると、私はずるずると扉を背中に座り込んだ。

一体、自分がどうしたいのかもわからない。

桃が好きなんだと私が思う一方で、手塚部長の温もりを覚えている体が熱い。

ベットに倒れこんで天井を仰ぐと、また私の目から涙がこぼれた。

醜い――――。










「伊織〜。お友達〜」


気が付くと私はいつの間にか眠りに落ちていた。

それもたった1時間くらいのこと。

母の声でむくっと起き上がると、私は返事をして鏡の前に立った。

今 来ている友達…、一人しかありえない。

きっと来ると思っていた。もう覚悟は出来ているはず…。

そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと玄関を開けた。

そこにはやっぱり思ったとおりの彼がいて…私を見ると唇を噛み締めるような顔をした。


「出れるか?」

「うん…」


家から少し離れたところまで、私達は歩いた。

無言のまま、ただ延々と歩く。

人気がなくなったところで、彼は立ち止まったかと思うと、私の手首を掴んで抱き寄せた。


「…桃…」


私は何故か桃の体を否定するかのように、彼の胸に手を押し当てた。

そんな私に構うことなく、桃は私の唇を強引に塞いだ。


「んっ…や桃っ…」


私の口の中で舌を絡ませようとする桃に対して、私は首を振ってそれを拒んだ。


「なんでだよ!」


桃はそんな私の行動に怒りを露にする。


「なんでだ!部長とは出来て俺とは出来ねぇのかよ!」

「違う…そうじゃない…」


自分で自分に虫唾が走る。


「なんで部長なんだよ!!お前をずっと見てきたのは俺だ!!なんで俺じゃない!?お前は俺の女じゃねーのか!!」

「私は桃の彼女だよ!!」


「じゃあなん―――!」

「ごめんなさい!!…ごめ…ごめんなさい…本当に…ごめ…うっううっ」







今日、私は何回、涙を流したんだろう。

その流した涙の数だけ、自分が嫌いになっていく。

一番なりたくなかった女に、私はなりさがっていた。






「泣くなよ…」


桃が再度、私を抱き寄せた。

優しく私の頭を撫でて、優しく私を包み込む。

どうして私みたいな女を…そう思わずにはいられない。


「伊織…」


桃が私の名前を呼んで 私は自然と顔を上げた。


「俺…すげー嫌だった。お前と部長が…あんなこと…俺…お前のこと誰にも渡したくねぇ…俺はお前が居れば…何もいらないから…だから…俺の…俺だけの伊織でいてくれ」


そう言って桃はくしゃくしゃな顔をして私を見ると、さっきとは違うキスを私に落とした。

自然に振ってきたそのキスを私が受け入れたのと同時に、私は部長を振り切るべきだと、心からそう思った。





to be continue...

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