Yellow_02






どうして…貴方がここに居るんですか…?

どうして…私と出逢ってしまったんですか…?












Yellow












2.





「え?周助…伊織と知り合い?」


伊織ちゃん?と周助さんが呟いたことで、千夏が驚いた表情で私と周助さんを見比べる。


「千夏に話したことなかったかな?僕が毎朝行くストリートテニス場で、毎朝練習に付き合ってもらってるコいるって…それが…伊織ちゃん」

「ええっ!!本当!?そうなの伊織!?」

「あ…うん…あっ…やだ…本当にびっくりしちゃった…」


私は懸命に頬を上にして笑顔を作った。


「すごい!!世の中って狭いのね!!」


千夏はその綺麗な顔をしっかりと笑顔にして、声を大きくして手を叩く。


「立ち話も何だし…ほら、千夏、座ろうよ」


そう言って周助さんは、千夏の腰に手を当てて彼女を席へと促した。

そんな二人の様子を見て、私は胸が、強く激しく圧迫された。


「千夏と伊織ちゃんが親友だったなんて、どうして今まで気が付かなかったんだろうね?」

「私、周助に伊織って名前出したことなかったっけ?」


「聞いてたら気付いてると思うんだけどな…」

「でも信じられないよね!!ホント、世の中狭い!!」


二人の仲が良いということがしっかりとわかるようなその会話に、私は自分自身と親友と好きな男性を騙してまで頬を無理に緩ませた。

自分の手と手を握り合わせてこの表しようのない苦しみや悲しみを、懸命にその拳へと押し込めた………………。


周助さんのくれた左手首にあるブレスレットが、物凄い熱を持っているように感じる。

その熱を持ったブレスレットにきつく手首を締め付けられるような感覚…。

切なくて哀しくて、今にもその手首から血が出そうな苦痛を、私は二人の話を無心で聞くことで、そして笑顔で聞くことで…それを抑えた。









「――――それでね、その時、周助が『吉井さんは堪え性のない人だね』って!どう思う!?」

「え、僕そんなこと言ったっけ?」


「言ったよぅ!ひっどいなぁ、この人!!って、思ったもの!!ふふっ」

「でも上司に怒られて、それを我慢出来なくて大声出すなんて、堪え性ないよね…?」


「あーーー!まだ言うか!!」

「あははっ…ごめんごめん」


二人の会話を、私は頭に残らないようにして聞いていたのに、それでも私の脳内では、異常なほど繰り返されるやりとり。 

 
たまたま千夏が就いた担当がスポーツ記事で、どうやら千夏と周助さんは取材先で出逢ったらしく、それから段々とお互いを意識しはじめるようになったみたいだった。


「…伊織?どうしたの?さっきから、そのお肉切ってばっかり」

「え…」


「本当だね。伊織ちゃん、刻んでるだけで、ひとつも食べてないじゃない」

「それじゃまるでパズル…伊織、具合でも悪い?」


私はその馴れ初めを、テーブルにあるステーキを細かく切りながら聞いていた。

周助さんが言ったように、細かくだた切るだけで、口に運びはしなかった。




…当てつけじゃない。運べなかった。




こんなに赤々としたレア肉を口に運んだだけで、私は吐いてしまいそうな気分だったから。

とてもじゃないけど楽しく食事出来る様なそんな余裕は私にはなかった。


「あ…やだ、バレちゃった?実はさっきちょっと付き合いで食べてきちゃって。今ダイエット中だから…お肉は禁物でしょ?ごめんね、なんか…」

「ダイエット!?…別に、そんな必要ないじゃない、伊織」


「必要あるかどうかは私が決めるの!いいから千夏、続きを聞かせてよっ」

「もう、今日の約束は随分前からしてたのに…先に食べちゃうなんて!ふふっ…まぁ、今日はとても特別な日だから、OKにしちゃうけどさ!」


千夏はそう元気よく笑って、話を続けた。

その話に時折、周助さんが入って…私の気分は音を立てて、暗い闇へと突き落とされた。






* *






それから私は二人と別れ、自宅で一人、ベットの中で泣き崩れた。

周助さんと千夏の、二人で一緒に居る姿が私の中で鮮明に残っている。

私の恋は終わったんだと、張り裂けるような想いで泣いた。

それでも千夏は大切な親友で、周助さんも大好きな人で…私は二人の幸せを願えないような人間にはなりたくないと強く想った。

何時間もそうして泣いて、漸く落ち着いてコーヒーを口にした。

暖かいその温度が、私の冷め切った心までをも溶かしていくような感覚に駆られる。








幸せになってね…








私は心の中でそう願った。

そうじゃないと、この想いが哀しくて壊れてしまいそうで――――。













+ +












一晩中泣いて、気持ちを切り替えようと、私は今日もストリートテニス場へと足を運ぶ。

そこに彼が来ることはわかっていた。

言わば、それが私の失恋の儀式のような…そんな気持ちで私はストリートテニス場へ向かったのだった。


「おはよう、伊織ちゃん」


私が壁打ちをしていると、いつものように後ろから声をかける周助さん。

その声にぴたっと私の動きが止まる。





この声に何度も胸がときめいて、何度も私を熱くさせた…。





思わずそんなことを考えて、私は静かに目を瞑った。

すると私の右頬に静かな水が零れ落ちる。

それに気付かれないように、汗を拭うようなフリをして、私はタオルでそっと右頬を撫でた後、ゆっくり彼に振り返った。


「おはようございます、周助さん」

「うん、昨日はありがとう。遅くまで僕らに付き合ってくれて」


毎日見ていた周助さんの笑顔が今日は何故だか本当に素敵に見えた。

その笑顔は私のものではないという現実と、「僕ら」というその言葉に、私は身体が震えそうになる。


「伊織ーー!」


私が周助さんに振り向いて間もなく、後ろから千夏の声が聞こえてきた。


「おはよ伊織!ここに来ているのが伊織ってわかったらね、なんだか私も一緒にテニスやろうかなって!!きっと楽しいよね!」



千夏の無垢なその笑顔が、余計に私を傷付ける。

何も知らない私の親友…私は昨日、貴女に好きな人が出来たと話したかった。

その人が…貴女の婚約者だった…それを知らない貴女…。

そして今日…ここまでやってきた貴女…。


「周助とジョギングして来たのに、周助ってば私を置いてダッシュよ!?」

「だって千夏があまりに遅いから…」

「失礼な!!…まぁ、否定はしないけど」

「…千夏は昔から、走るの苦手だったものね」

「そうだよね〜…伊織に格好つけたってバレバレよね?ははっ」

「じゃあ、千夏、お詫びとして、僕がテニス教えてあげる。ね?」

「えーっ!伊織に教わるよーっ!周助の指導って、何か怖そうだもんっ」

「酷いな…僕はたまにOBでコーチやってるんだよ?」

「だから怖いんじゃなーーーぃ。ふふふっ」

「僕はこれでも人気あるコーチなんだけど…。もう」


楽しそうに笑う二人を、私は静かに見つめていた。

周助さんの腕が千夏の身体に絡まって、どうして私が今こんな辛い想いをしているのかさえわからなくなってしまう程の胸の痛み。


「ねぇ…伊織、そのブレスレットどうしたの?すごく綺麗!!」

「え…あ…いや…これは…」


千夏が私のブレスレットに気が付いて、目を爛々とさせて聞いてきた。

私は思わず答えに詰まる。

そしてそれを外せずにいる私は、嫌な女だとつくづく感じた。

昨日から疑問だったから…周助さんがどういうつもりで、これを私にくれたのか。


「ああ、それは、僕が伊織ちゃんにあげたんだよ」


周助さんは、私の想いを打ち消すようにそう言った。


「えっ、周助が!?」


千夏が驚いて周助さんを見上げた。すると彼はにっこりと笑って…


「うん。伊織ちゃん、先月誕生日だったみたいだから。いつもお世話になってるお礼にね。伊織ちゃんが今履いてるテニスシューズも僕があげたんだよ」

「そっか!伊織、先月誕生日だったよね!そうよね。周助といつも練習してたんだもんね。ふふっ…あ、じゃあ私からも何か…」

「あっ…いいの千夏!!いいの…」

「え〜!私からも何か贈らせてよ!伊織の誕生日あたりは、丁度、周助との引越しとか色々で、伊織にお祝いの言葉も言えなかったんだもの」
 
「…いいの…本当に…いいから」


私は俯いて否定した。

千夏の言葉は本人が気付いてない分、私の胸を締め付ける。

そして……











いつもお世話になってるお礼に…か…。



……昨日の今日で、この辛さに耐えれる程、私は決して強くはない。


「あ…の…」


私との話を終えて、早速、ガットの張りを見ている二人に、私は申し訳なさそうに話しかけた。


「どしたの伊織?…なんか…顔色悪いよ?」

「あ…うん…ちょっと気分が優れなくて…ごめん、千夏とテニスしたいんだけど…ちょっと今日は、もう帰るね」

「大丈夫?伊織ちゃん?」


周助さんが心配そうな顔して私に聞いてきた。



周助さん…貴方は本当に残酷です…。

私は…本当に苦しいです…。



「大丈夫ですから!」


私は溢れ出そうになる涙を懸命に堪えながら、走って自宅まで帰った。





その日は日曜だと言うのに、私はただTVを付けて、何も考えずに寝そべっていた。

TVで何をやっていたかなんて全く覚えていない。

頭が真っ白で、この苦しみから逃れるにはどうしたらいいかなんてことをただひたすら考えていた。




それでも私はこの現実を、受け止めないわけにはいかないと思った。

結局、昨日、今日と考えたって、大切な親友と大好きな人への想いは変わらない。

それは想い合っている二人の気持ちが変わらないのと同じように…。

私はその翌日からも、自分を押し殺してストリートテニス場へ向かった。


「具合は良くなったの?」と聞く周助さんに、「元気になって良かった!」と安心した顔の千夏は私を快く迎えてくれた。








そうして私の気持ちも、一週間を過ぎると段々と落ち着きを取り戻し始めた。

いまだに二人を見るのは辛いこともあるけれど…それでも二人に幸せになって欲しいという願いは、そう…あの日の夜よりも…きっと強くなっていた。


「伊織、今日、この後少し…二人で話したいことがあるの」


いつものストリートテニス場で、周助さんが飲み物を買いに行っている間に千夏が私に言ってきた。


「…?どうしたの千夏?あ、周助さんと喧嘩でもしたの?ふふ」


人の気持ちは簡単だと思う。今の私がそうだ。

一週間前には耐えられなかったこの状態が無理に笑顔を作って自分をマインドコントロールすることで、こんな冗談まで言えるようになる。人間は…本当に簡単だ。


「ん〜…それとはちょっと違うんだけどね…」

「??まぁ、いいよ。私も今日は予定ないし!」


「良かった!じゃあ着替えたら、あそこの喫茶店に集合ね!」

「うん!OK!」


千夏は近くの喫茶店を指差して、とびきりの笑顔でそう言った。

私は言われた通りに、いつものテニスの練習を終えて着替えてから、指定された喫茶店へと向かった。


「伊織〜!こっちこっち」

「あ、いたいた」


千夏が手を振って私を呼んで、私はそのテーブルへと座った。

大好きなアールグレイを注文して、私は千夏へ身を乗り出す。


「一体どうしたのよ、こんなとこまで呼び出して」

「…うん…伊織にね…聞きたいことあって」


その時の千夏の視線が、私の左手首にあったことは、私が後から思い出して気が付いたことだった。


「…?聞きたいこと…?」

「うん…ねぇ、伊織…私に隠してることあるでしょ?」

「……」


突然の切り出しに、私の心臓が強く鳴った。

自分の鼓動が全身で 脈を打っているような錯覚。


「…伊織…周助のこと…好きなんでしょう…?」


千夏はいつになく真剣な表情で、私の目を見てそう言った――――。





to be continue...

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