Yellow_04







避けなければいけないと、拒むべきだと心が訴える。

それなのに…彼のブラウンの瞳が、それを許してはくれない。
















Yellow















4.





絶対に何か、深い訳があるんだ…。



僕がそう確信したのは、今日よりもっと前のことだった。

伊織ちゃんは、1ヶ月前に体調を崩してしばらくストリートテニス場には現れなかった。

でも1週間も過ぎた頃には、またいつものように、僕と千夏と、朝はいつも3人であのテニス場で練習をしていたのに…彼女は忽然と、3週間前から姿を消した。

こないだのように体調を崩したとか、そういった理由がない限り、晴れた日には、伊織ちゃんは1日も欠かすことなくテニス場に来ていたのに…。

彼女が来なくなって3日も過ぎると、僕はすでに千夏に聞いていた。


「ねぇ千夏、伊織ちゃんに、連絡してみた?」

「…どうして…?」


「だって、もう3日も来てないよ?風邪をぶり返しちゃったのかもしれないけど…千夏に何の連絡もなしに来ないなんて、ちょっと不自然だと思うんだけどな…」

「…そうね」


「連絡ないの?」

「え?あ…うん…あ…私も、心配で連絡してるんだけど…何か、忙しいみたい…。疲れてるんじゃないのかな?伊織がすぐ切っちゃうから、ちゃんと、聞いてないけど」


僕と目も合わせずに、その時の千夏は食器を洗いながら面倒臭そうにそう言った。

僕はその時の千夏の顔が、今でも忘れられない。


「そっか…仕事、忙しいのかな?」

「…他に好きな人でも出来たんじゃない?夜遅くまで彼とラブラブで、来れないとか!」


急に元気な声を出して、思いついたように言う。

この時の千夏の言葉を聞いて、僕は変な違和感を覚えた。

他に好きな人…他にって、どういう意味なんだろう?


「そう…だね…あ、もうこんな時間だ。大学行ってくるね」

「あ、うん!いってらっしゃい!」


僕を見送る千夏の表情が、どことなく何か思い詰めているような顔をしていて…その時は気にしないようにしていた僕も、伊織ちゃんが来なくなって3週間も過ぎた今は…

二人の間に何かあったのかもしれない…その答えにたどり着くことは、容易かった。






* *






「不二先輩!」

「やぁ、桃!」


そんなある日の午後――――

大学のキャンパス内で歩いていた僕に、正面から来る桃と、その隣にいる可愛らしい桃の彼女が僕に大きく手を振って声を掛けてきた。


「不二先輩、今日のテニス部の飲み会、勿論来るんスよね!?」


飲み会が大好きな桃が、僕に嬉しそうにそう話しかける。

桃はいつも、浴びるようにお酒を飲んで、遅くまで騒ぎたいタイプだ。

だから、少しお酒が強い僕が来る事が相当に嬉しいのかもしれない。

そんな可愛い後輩に僕は自然と笑顔になる。


「あ!…そうだったね…すっかり忘れちゃってたな…」

「ええっ!?まじッスか!?」

「ごめんごめん、でもきっと大丈―――」



桃に「大丈夫だよ」と言おうとした時、それを遮るように僕の携帯が鳴った。

僕は桃に「ちょっとごめん」と言ってから、着信表示を見てすぐに電話を取った。


「もしもし千夏?」

<周助?今日は仕事が早く終わってね、今、買い物に来てるんだけど、今日の晩御飯、何がいい?>


「あ…うん、それなんだけど、僕も今電話しようと思ってて…」

<…どうかした?…>


正直、僕は言いにくかった。

この所、こうした飲み会だけじゃなくても、テニスの練習で遅くなったり、友達と一緒に遊んで帰宅が遅くなったりしただけで、千夏は機嫌を損ねるようになっていた。

特に、突然の飲み会なんて、千夏が一番嫌うパターンで…。


「それが…僕、すっかり忘れちゃってたみたいなんだけど…今日、テニス部で飲み会があるんだ。ほら、いつもやってる…」

<嘘…そんなの…全然聞いてない…>


「ごめん、僕も今…桃から聞いて、すっかり忘れてて、ごめんね…今日は遅く―――」

<せっかく今日…仕事、早くあがれたのに…>


「うん…ごめん…」

<…>


いつからだろう?千夏がこうして僕を束縛するようになったのは。

前はこんなこと、何でもないことだった。

「気をつけてね」そう言って、いつも機嫌良く、僕に言ってくれていたのに。

結婚が、決まってくらいから…千夏は一人で部屋で待つのが嫌だと言い出すようになって…。


そうして千夏と不自然な無言電話をしている中で、僕の表情を見て、察しのいい桃の彼女が気を使って、その場から離れようとしてくれた。


「ねぇ、行こう?」


桃の腕を引っ張って、促すように彼女がそう言った途端、電話越しの千夏が声をあげた。

桃は彼女と一緒に、不安げな顔してその場から離れて行く。


<誰!?今の女の人の声…周助、本当は誰と一緒に居るの!?>

「えっ?いや、桃と…今のは桃の彼女だよ?」


<本当?じゃあ桃城くんに変われる?>

「えっ…いや…今、桃、あっちに行っちゃったよ…」


<…桃城くん、タイミングいいんだね…>

「…」


<…やっぱり…行って欲しくない…>

「…………わかったよ…。今日はちゃんと帰るよ」


<周助…怒った?…ごめん…や、やっぱり…>

「いいよ、帰るから。じゃあまた後でね。夕食は、なんでもいいから」


僕は少し不機嫌にそう言って電話を切った。

正直……最近の千夏のこうした束縛には、僕はうんざりしていた。

そうした千夏の気持ちをわかってあげられない僕が悪いのかもしれないけれど…。

でも僕は…息苦しかった。


「……」

「……」


千夏の待つマンションに帰ってから、ほとんど会話もないまま、僕らは食事をしていた。

僕が何も言わないことに、千夏はまるで怯えたような顔をして…。

少し物を口に運んでは、僕のことを覗き見ていた。


「…別に…行っても良かったのに…」

「…いいよ」


「でも…たまにしかないんじゃないの?テニス部の飲み会」

「……」


「そんな…怒るくらいなら…行けば良かったじゃない…」

「もうやめよう?その話は。あ、ねぇそれより、伊織ちゃんから連絡あった?」


自然と、話を変えるつもりで言った。

深い意味を込めてるつもりも、僕にはなかった。

確かに、伊織ちゃんのことは…気になってはいたけれど。


「…伊織のこと、そんなに気になる?」

「え…?」


さっきまで怯えた顔をしていた千夏の目が、一瞬にして違う色に変わった。


「わかんないな…なんで周助、そうやって伊織のこと気にするんだろ。別に、伊織がテニス場に来なくなったのが、そんなに大騒ぎすることとも思えないんだけど」


伊織ちゃんの話をすると、決まって口調がキツくなる千夏に、僕に得体の知れない感情が込み上げてきて、つい、言い返す。


「そうかな…ここ3ヶ月、毎朝来てたんだよ?それに、千夏に何の連絡もないっていうことのほうが僕は不自然な気がするんだけど…きっと、何か来れない理由があるんだよ」

「だったらそれを干渉するのはやめたらどう!?どんな理由があったって、周助には関係ないじゃない!!」

「…そうだね…千夏の言う通りだ…」


彼女にそう怒鳴られて、僕は妙に納得した。


確かに、僕は伊織ちゃんのことを気にしすぎているかもしれない…。

そして、どんな理由であろうとも…僕には関係ない…。


そう感じた時、僕の胸の奥にあるものが何かにチクリと刺されたみたいな気がした。


「なんでそんな顔するのよ…周助…」

「え…?」

「どうしてそんな切なそうな顔するのよ!どうしてよ!!」


ヒステリックに声を上げた千夏の目から大粒の涙が頬を伝っていて、僕は千夏の傍に行って、彼女の肩にそっと手を触れた。


「千夏…?」

「やめて!!触らないで!!」


千夏にそう言われて、僕の手がパシンと乾いた音を出す。

そうした自分に驚いているのか、千夏は目を見開いて僕を見上げた。


「あっ…ごめ…」

「僕…ちょっと出てくるよ…。今は、僕が居ないほうがいいみたいだ…」

「周助……っ!!」


僕はその呼び止める声を聞きながら マンションを後にした――――。







* *







…残業していた。

ここ最近は、仕事をただ闇雲にすることで私は気を紛らわそうとしていた。


千夏に言われて…あのテニス場へ行かなくなってから、あと少しもすれば、1ヶ月が過ぎる。

あれから私と千夏は一切の連絡を途絶えていた。

当然だろう…千夏は私に連絡し辛いに決まっている。それは私だって、同じことだった。

今更ながら思うのは、どうして千夏があんなに不安になるんだろうということだった。

周助さんに愛されて、結婚まで決まっているのに…と、そう考える度に、自分の妬ましさに卑屈になる。


「佐久間さん、ちょっと休憩しよう」

「あ、はい」


職場で同じチームである先輩が、夜遅くまで仕事をしている私を気遣ってそう声を掛けてくれた。


「俺、課長と食事に行くけど…佐久間さんもどう?」

「あ…いえ…私は、近くのコンビニでいいですっ」


「そう…ちゃんと栄養取るんだよ?なんか最近、痩せてきたよ?」

「えっ…あ…ダイエット、してますから!それでいいんです!」


こんな言い訳を、確か前に一度使ったな…ぼんやりとそんな事を考えながら、私は会社を出て、近くにあるコンビニへと向かった。

そこで適当なお弁当を買って、社に戻ろうと横断歩道を待ちながらふと向かいの人だかりに目をやった時……私の時間が止まった。
















「周助…さん…」


思わず声にしていた。そこには、周助さんが居た。

その視線はどこか遠くを見つめていて、そうしてすぐに俯いた。

その姿から目を離せないでいると、横断歩道はすでに青に変わっていて立ち止まってしまっている私に、周助さんは顔を上げると同時に気が付く。



自分でも無意識だった…


視線が合ったその瞬間、私は堪えていたものが溢れ出した。

その顔を見られないようにしたかったのか…私は咄嗟に走り出していた。


「伊織ちゃん!!」


周助さんの横を通り過ぎる私に、大きな声で彼はそう呼んでいた。


私はその声を振り切って走った。

すぐ目の前まできた社の裏口に私は急いで入って、そのままエレベーターに乗った。

誰も居ない会社の休憩室に、静かに電気を付けて、私はその場に座り込む。


どうして、涙が出るんだろう…。

逢いたくても…逢えなかったから…?


自分にどんな質問を投げかけてみても、その答えは虚しさを増す。

私は両手で自分の頬をパンパンと叩いてから、残りの仕事を片付けようと意気込んだ。




やがて時間は刻々と過ぎていき、終電も近くなり、私は会社を出ようと帰り支度をし始めた。

別に今日やらなくてもいい仕事を、こうして毎日夜遅くまでしていると、身体にどっと負担がかかって、私は家に着くと すぐに眠りに落ちていた。

でも今は、それが本当に心地良かった。

何も考えずに済むから…ただそれだけで、私は救われている。


それなのに…ついさっき見た周助さんの姿が頭に過ぎって、私は酷く動揺していた。


考えないように、考えないようにと自分の心に話し掛けながら私が会社の裏口から外へ出ると、目の前の道路に車が一台、止められていて…。
















「ごめん…待ち伏せなんかして」


そう言った彼は、その言葉とは裏腹に、真剣な眼差しで私を見つめていた――――。





to be continue...

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