Yellow_05







どこまでも最低に…どこまでも残酷に…。

私の中の貴方への想いを貴方が受け止めた瞬間、私は嬉しくてたまらなかった…。















Yellow













5.





「……」

「……」


待ち伏せをしてごめん、と言った彼の瞳には謝罪の色などなかった。

周助さんのその姿に、その真剣さに、息を呑んで黙った私に合わせるかのように周助さんも黙り込む。

その時間があまりに長く感じられる。

ほんの1分くらいのことが何時間とも思える程…。


「乗って…?」

「えっ…」


沈黙を破ったのは周助さんだった。

助手席を示して、私に促す。


「いいですっ…あの…終電で帰れますから」

「…やっぱり君が来なくなったのは、僕を避けているからみたいだね」

「えっ…」

「……違うなら、送らせて欲しい」

「どっ…どうしたんですか周助さんっ…やだな、もう…」


私は軽く笑いながら言った。

なんの冗談ですか?というように…


「からかってるわけじゃないよ…?本当のことを知りたいだけなんだ」


私の誤魔化しなど、なんの効果もなくて。

いつもならこんな風に笑えばまた同じような笑顔で返してくれるはずの彼が、怖いくらいにそのブラウンの瞳を強く光らせている。


「あっ…」


そのまま、また沈黙が私たちを襲って、何か切り出そうと考えていると、ふいに周助さんが私の手首を掴んで助手席のドアを開けた。

いつもつけていたブレスレットがチャラっと音を立てる。


「乗って?もう終電にも間に合いそうにないし…ね?」


哀しい微笑みを私に向けた周助さんの表情に私は胸を打たれて…

…拒めなかった。

私は戸惑いを隠せないまま私がいつも、私だけを見ていて欲しかったその瞳に見つめられて…抵抗できなかった。


私が車に乗ると、周助さんはすぐに運転席へ移動して、それからゆっくりと車を走らせていった。

途中、何か話しかけようと試みても、何を話せばいいのかわからない。

私はとにかく黙ったまま、その耐え難い空気に馴染もうと懸命に外を眺めていた。


「どうして?」

「えっ…」


私が流れる景色を見ながら、自分に抑制をかけていると、周助さんが突然、私に話しかけてきた。


「どうして来なくなったの?」


いきなり核心をつく言葉。

…わかっていた。

このことを聞かれるということを。

彼がどうして私を待ち伏せしたのか…それは明らかに私の様子がおかしいからだろうと…そして、千夏と私の間に何かが起こっている事を感じ取っているのだろうと…


でもそれを知ったからと言って、何が変わるんだろうか…


「…いや…最近、忙しくて!ふふっ。嫌ですよね、10代の頃は全然平気だったのに!」


嘘に慣れてきた。

その嘘と一緒に、無理に笑うことにも慣れてきた。

この頃の私は、周りに嘘ばかりついて生きている。

そんな風に思った瞬間…嘘をつく自分にさえ慣れてきた…。


「嘘つくの下手だよ、伊織ちゃん」


私の懸命に作っている笑顔を、一瞬にして凍らせるような、そんな冷たい声と言葉で私に問いかける周助さん。


「…嘘じゃ…ないです…」

「…じゃあどうしてさっき、僕のこと見て泣いたの?」

「…!」

「泣いて、走り去って…どうして?」

「…………」


また静かに襲う沈黙。

周助さんは運転中だから、私を見ようとはしなかったけど…きっとこれがそうじゃなければ、彼の瞳の強さに負けて、白状していたかもしれない。


次第に私の家へと近付いた町並みを見て、私はほっと胸を撫で下ろす。

ここからならもう歩いて帰れる。

周助さんに会いたかった、だけどこんな形で責められるのは、とてもじゃないけど耐えれそうになかった。


「あ、周助さん、私、ここで…」

「…」


私の言葉に何も返さず、周助さんはその道路の脇道に静かに車を止めた。

エンジンの音が静かになった瞬間に、心なしか、彼の口元からため息が吐き出される。


怒っているわけじゃないのは、その表情を見れば一目瞭然だった。

何かとても辛そうで、悲しそうな…そんな表情をしていた――――。







伊織ちゃんが僕を見て泣きながら走り去っていった交差点で…僕は無意識に彼女を追いかけていた。

頭の中で、千夏とのやり取りが繰り返された。

その時、僕の中で何か、組み合わさったような感覚があったんだ。


僕を避けている伊織ちゃんの態度に、僕は胸が締め付けられた。

そして、彼女の泣き出したその瞳を見て…余計に辛くなった…。


「じゃ、じゃあ…ありがとうございました!」


伊織ちゃんの家までまだ距離があるところで彼女は車から降りようとしている。

僕との沈黙に耐えれないこと、僕にこの話をしたくないこと、それが痛いほど伝わってきた…でも僕は…知らなければいけない気がした…。

彼女が来なくなった理由に、きっと千夏が関わっているから…


………そんな理由だけじゃないってこと、気付かない振りして。


「聞かせて欲しいんだ」


車のドアを開けようとする伊織ちゃんの手を掴んだ。

伊織ちゃんが急いでこっちに振り返って、怯えるように僕を見る。


「…えっ…」

「千夏に何言われたの?」


「!」

「何か…言われたんでしょ?」


彼女の表情が一瞬にして強張るのを、僕は見逃さなかった。

答えを聞かなくても、理解出来るほどの動揺した表情。

隠そうとしていることも、同時に理解出来た…。


「なっ何も…」

「伊織ちゃん、お願い…僕が原因なのに、僕が何も知らないなんて耐えれないよ」


千夏がどんなことを言って、こんなに拗れているんだろう。

千夏の名前を出しただけで不安な顔した彼女に僕は力を強めた。

そのことに気が付いて、伊織ちゃんが少し手首を見つめる。

そこには僕のあげたブレスレットが摺り寄せられるように僕の手に触れていた。


「……やめてください……」

「え…?」

「私にもう、構わないで下さい…」

「伊織ちゃ…」

「も…もう…」

「そう言われたの?千夏に…」

「違いますっ…そんなんじゃ…」

「千夏は…伊織ちゃんに何言ったの?」

「…なん…ですか…それ…」

「…伊織ちゃん、千夏が…」

「千夏は!…千夏は関係ありません…私が…」

「…」

「私が悪いんです…ごめんなさい…なんて言っていいか…」


力なく彼女が笑って、その目に少しだけ涙を浮かべている…無意識に出てくる涙に伊織ちゃんは気付いてない。


この頃、僕を束縛する千夏のこと、伊織ちゃんの話をするとイライラしている千夏のこと、頭の中で一気に駆け巡った後、千夏をそこまで追い詰めたのは、紛れも無く僕のせいだとわかった。

伊織ちゃんの表情で…彼女の泣いた理由を聞かなくても…その答えを知った僕に…戸惑いはなかった………


「私なら大丈夫ですから。体調も良いし、仕事も順調!ただちょっと忙しいんです。だ、だけどそんな風に心配されちゃ、プレッシャーですから。だから、そっとしといて下さい…ごめんなさい…だから、ただの私の…我侭なんです。私が、悪いんです…」


私が悪いんです、そう何度も何度も繰り返した後に彼女はやっとその笑顔と裏腹に出てきた感情の波に気が付いたのか、はっとした顔をしてそっと目頭を手で押さえた。


「あの…それじゃ私…きゃっ」

「伊織ちゃん…」


出て行こうとする彼女を帰したくないと思った…。

僕がどうして腕を掴んで彼女を抱き寄せたかなんて、聞かれてもそう答える他ない…。

ただ…抱きしめずにはいられなかった。

どんなに最低だろうが、僕に恋人がいようが、それが婚約者の親友だったとしても…この気持ちを抑えることなんて、僕には出来そうもなかった…


「…しゅ…すけ…さん…?」

「……僕が会いたいって言っても…?もう僕には会いたくない…?」


自然と出てきた僕の言葉に、伊織ちゃんはどんな顔をしていたんだろう。

ただその細い肩を抱きしめている時、僕の頭の中には伊織ちゃんしか存在していなかった。


「…は…離して下さい…周助さん…こんなの…!」

「…ごめん…離せない…ごめん…僕…」


泣きながら僕から離れようとする彼女の瞳から大粒の涙が溢れていて、僕はその頬にそっと触れてゆっくり涙を拭った。


「…しゅっ…」

「君のこと…」


狼狽した表情の彼女の瞳を僕は、今にも張り裂けそうな想いで見つめた。

そして…ゆっくりと…


「…周助さ…」


否定するように首を振っている君の唇に触れた瞬間、君の目を見るのが怖くて僕は目を閉じた。

そっと離した唇から僕の吐息が少し漏れて…


「…伊織ちゃん…ごめん…好きだ…」


いけないとわかっていても…この抑えきれない気持ちをどこにぶつけていいかわからずに、僕は何も考えずに彼女から身体を離して、アクセルを思い切り踏んだ。

周りの車からのクラクションは、僕から遠いところで響いて聞こえているような感覚で…


彼女が左手首につけている、僕があげたブレスレットが熱を持っているように…

僕の胸の中もひどく熱を持ったまま、僕は車を走らせた――――。





to be continue...

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